流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

287. それぞれの敵

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「ぐぅ……!」

 一人。

「がっ!?」

 二人。

「うぅ……」

 三人。

 声を上げては騎士が倒れてゆく。「ひるむな!」と後方の騎士が叫んだ。しかし包囲はゆるりと広がる。

(やはり烏合の衆か……)

 取るに足らない連中だ。ナイシスタはあまりに簡単に倒れてゆく騎士達の様子を見て、改めてそう判断した。

 三階へ上がった直後、部下であるルヴェーの死を目の当たりにした。ったのはそこの黒ローブ。ダグべやイオンザの者ではない。恐らくは同業かそれに近い存在。まとっている空気、かもし出す禍々まがまがしさがそう物語っている。
 ルヴェーの仇を討つべく黒ローブに仕掛けた。直後、騎士の集団が現れる。こうなるともはや黒ローブどころではない。まずは騎士を削らなくては。黒ローブも同様に考えたのだろうか。特に申し合わせる訳でもなく、騎士狩りが始まった。

「ハァァッ!!」

 ナイシスタは雄叫びを上げながら踏み込んだ。そして閃光の剣を騎士の顔面に突き刺したその横では、ミストンが蹴り倒した騎士の首に刃を突き立てる。その反対側。トラドはふわりと軽やかに、舞う様にナイフを滑らせ騎士の喉をっ切る。
 三者三様。鋭く、荒く、滑らかに。共通して言えるのは、彼らの刃は確実に命を奪うという事だ。

 と、トラドはひらりと身をひるがえしナイシスタへ向け跳んだ。隠術いんじゅつの超加速。「ハッ!」とナイシスタは声を上げた。笑った様な、そんな声。事実その顔には笑みが浮かんでいた。迷いもせず、ナイシスタは突きを放つ。剣とナイフ。どちらがより早く相手の身体を貫くのか。明白だ。長い方が先に到達する。

(チッ……)

 互いの刃が交錯する寸前、トラドはトンと床を蹴って横に跳ぶ。標的をナイシスタから騎士へと切り替えた。
 剣をい潜っての一撃。容易な事だ、本来なら。しかしこの女の剣はそこから変化する。先にやり合った時は、突きの直後にそのままいできた。
 誘っている。女の顔を見れば分かる。トラドは強い不快感を覚えた。主導権を握られるのは愉快な事ではない。

(クソが! 面倒な……)

 トラドの目の前には、異常な速さで接近され驚く騎士の姿があった。苛立ちをぶつける様に、トラドはその首筋に乱暴にナイフをじ込んだ。

(フッ……)

 ナイシスタは笑みを浮かべたまま、引き戻した剣をすぐにまた突き出した。首を貫かれた騎士は声を上げる間もなく崩れ落ちる。

(何なんだよコイツらは……)

 そんな二人を横目にミストンは思い切り剣を振り抜いた。

 騎士共の相手をしながら隙を見て仕掛ける黒ローブ。それを苦も無くあしらう我らが群れのボス。そして互いに再び騎士に向かう。混戦の最中さなか、事もなげに行われる高度な攻防。
 仮に自分だったら出来るだろうか。仕掛ける側でも、受ける側でも……

(……おかしいだろが、どっちもよ!)

 無理だ。

 振り抜いた剣はガチンと激しい音を鳴らし、騎士が被っている鉄兜てつかぶとを大きくへこませた。切れなかったが問題はない。騎士はそのまま横に倒れた。脳震盪でも起こしたか、その衝撃は充分伝わっていた。

「ふぅ」

 小さく息を吐いたのも束の間、すぐに次の騎士が向かってくる。ミストンは少し苛つきながら斬り掛かった。
 確かに強くはない。だが決して弱い訳でもない。それはそうだ。腐っても王国騎士団。要人警護が主な役目の騎士共が弱いはずがない。
 わらわらと群がる騎士相手に手一杯のこの状況。他の者に注意を向ける余裕などない。

(やっぱ異常だぜ、この二人……)


 ▽▽▽


(何だこれは……何の冗談だ……!)

 次々と倒れる仲間達が床を埋め尽くさんとしている。最後方で剣を構える騎士は戦慄した。二十名程いた仲間達は自分を含めすでに数人。たった三人の侵入者に手も足も出ない。

 北側で侵入者発見の報を受け駆け付けた。そこはすでに戦場だった。しかし言っても相手はたった三人。すぐに制圧出来る、そう思った。だがこの有り様だ。
 騎士達はじりじりと後退する。足が前に出ない。身体がそれを拒んでいる。

「どけ!!」

 背後から声がした。と思ったらすぐに、するりと横をすり抜け何者かが前に飛び出した。ガキンと剣がぶつかる音。弾ける様に両者は距離を取る。

「ようやく来たかい、バッサム……」

 飛び掛かるバッサムを弾き返し、ナイシスタはニヤリと笑った。「てめぇバッサム!!」と怒鳴るミストン。しかしナイシスタは静かに「ミストン、お前は鎧を始末しな」と指示を出す。

「コイツは私に用があるんだ。だろう、バッサム?」

「……余裕だな」

「 行き掛けの駄賃さ。面倒事はまとめて片付けるに限る」

 肩をすくめるナイシスタ。「ナメてんじゃねぇぞ!!」とバッサムは再び斬り掛かる。

 バッサムがナイシスタに仕掛けたその横では、「チッ……」と小さく舌打ちする者がいた。トラドだ。

(こんな事ならさっさと王子を探しに行きゃあ良かったぜ……)

 全く余計な事をしてしまったと、トラドは自身の判断を後悔した。

 三階に上がると騎士と交戦中の茶色のローブを発見した。ルヴェーだ。こいつらは厄介な連中だと二階で学んだばかり。どさくさに紛れ始末しようと試みるも、ルヴェーに気付かれ戦闘になった。
 しかしルヴェーはその力量差に恐れをなし逃走。追い掛けるとそこにはこの女が。更に騎士共が次々と現れ、気付けばこんな状況だ。
 放って置けば良かったのだ。ルヴェーを発見した、しくはルヴェーが逃走した時点で本来の任務に戻っていれば、こんな面倒な事にはなっていなかった。

「チッ……」

 トラドは再び舌打ちする。「あぁ、やっぱりいたな」という声と共に、騎士の脇から特大の面倒事が現れた。


 ▽▽▽


 前方。長い廊下の先に騎士の集団を見るや、バッサムは「先に行く!」と勢い良く飛び出した。ここから分かるのはすでに戦闘の真っ最中だという事。
 何か確信めいたものでもあったのだろうか。あの鈍い銀色の鎧の壁。あの壁の向こうに討つべき敵がいると、そう感じたのだろうか。

 かく言う俺も同じ事を感じていた。これ程の騒ぎだ、その渦中にいてもおかしくはないだろうなどと、冷静に分析した末の可能性という話ではない。

 直感。確証などまるでない。だが分かる、そこにいる。

「通るよ」

 声を掛けると騎士はびくりと肩を揺らし振り返る。青ざめた顔。困惑、そして少しの安堵感がうかがえる。「あ……」と声を漏らす騎士を無視して前に出た。

「あぁ、やっぱりいたな」

 直感は当たっていた。立っていたのはこちらを睨みながら舌打ちする黒ローブ。

「しつこいな……迅雷ィ……」

「お互い様だ。お前には聞きたい事がある」

 ガチンガチンと、少し奥の方から激しい剣戟けんげきの音が響いてくる。バッサムが女の傭兵とやり合っていた。辺り中にが転がる床の上で、二人は器用にも巧みに鎧を避けながら剣を振るっている。

「傭兵と仲良く騎士殺しか」

 状況から見て、恐らく黒ローブと傭兵は共闘していたのではないか。

「知るか……全員敵だ!」

 そう吐き捨てると、黒ローブは突如騎士達に向かって走り出した。驚いた騎士達は咄嗟とっさに剣を構える。しかし黒ローブはシュッと斜めに跳んで、タタタタンと壁を走ると騎士の後方に着地。驚く騎士達を尻目にそのまま走る。

 逃げた……訳ではない。逃げるのならばさっきみたいに姿を消す。そうしないという事は、落ち着いて戦える場所に移動するつもりなのだ。ここは足場・・が悪い。
 当然あとを追う俺だが、あんな曲芸出来るはずがない。「どいて!」と声を上げ、騎士と壁の隙間を走る。その時視界の端にチラリと見えたデンバの顔。何だか不満そうだ。きっとデンバも黒ローブを狙っていたのだろう。が、早いもの勝ちだ。

 少し走ると黒ローブは廊下を右に折れた。西側、宮殿の正面へと向かう廊下だ。やはり戦うつもりなのだ。明らかに俺が追い付ける速度で移動している。
 黒ローブを追い廊下を曲がると直後、突然ビュッと光る物が飛んでくる。瞬間俺は腰の魔喰まくいを抜いてそれを弾き上げた。ガチンと音を鳴らしたのはナイフ。黒い影がシュッと後方へ跳んだ。

「角で待ち伏せして攻撃。さすがにあからさまだ」

「フン……多少は頭が回る様だ」

 ビリビリと痺れる手。チラリとナイフに視線を落とす。弾かれたナイフの刃はへこむ様に欠けていた。

(何だあの得物……やたら硬ぇな……)


 ▽▽▽


「むぅ……」

 デンバは低く唸るとおもむろに腕を組む。すっかり出遅れて取り残されてしまった。黒ローブをしばき上げ、メチルの行方を吐かせるつもりだったのだが……

(しかしコウが行ったのであれば……)

 暗殺組織アルアゴスの目。都市伝説のごとく語られる大陸の暗部の一つ。敵は手強い。が、あの魔導師がられるイメージなどまるで沸かない。ゆえに二階での死んだ振りには心底驚いた。

(…………)

 思い出したらまた腹が立ってきた。まぁ、黒ローブの方は問題ないだろう。バッサムは女の傭兵と戦闘中。となると自分がすべき事は……

「ここは引き受ける。王子の部屋を守れ」

 そう告げると、戸惑いながら様子をうかがっていた騎士達は互いに顔を見合わせる。そして恐る恐る、騎士の一人が口を開いた。

「あ……あんたらは一体……何なんだ?」

 突然現れた三人。足が前に出ない自分達を余所よそに、侵入者共の前に立った。味方なのか?

「心配するな、敵ではない」

 デンバはそう答えたが、しかし騎士達は再び顔を見合わせ一向に動こうとしない。

「刺客がこいつらだけとは限らないだろう」

 デンバが続けてそう言うと、騎士達はようやく「……分かった。ではここはお任せする」と後方に走り出した。

「ふむ……」

 やっと邪魔者がいなくなった。デンバはふぅ、とため息一つ。すると「おいデカいの!」と怒鳴る声。茶色のローブ。傭兵の仲間だ。

「俺の仕事を取るんじゃねぇ。勝手に逃がしやがって」

 ミストンはカチャリと剣を肩に担ぐと、じっとこちらを見ている大きな法衣を睨み付ける。

「大体てめぇらは何者だ? バッサムの仲間か?」

「む……」

 小さく唸ると、デンバの視線は女の傭兵と交戦中のバッサムに向く。果たして仲間と言えるのだろうか。奴は少なくとも、自分と同じ目的で動いている訳ではない。

(コウとは利害が一致しているのか……?)

 連れの仲間だから仲間か。いや、一時いっときの共闘相手程度のものかも知れない。

「…………ごちゃごちゃ良い。来い」

 デンバはスッと両腕を上げて構える。考えるのが面倒臭くなった。どうせやるのだ、考えるだけ無駄だ。ミストンは「ハッ……」と小さく笑う。

「そうかい……んじゃ余り者同士仲良くろうや!!」
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