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第一章:夕顔花魁

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 開けた窓から太陽とそよ風が流れ込む時間帯。良質な睡眠のお陰かいつもより気分も良く体も軽く感じる。

「失礼致しんます」

 その声の後、三回に分けて開く襖。その向こうには跪座した禿、初音の姿があり襖を開いた彼女は跪座から正座へと変えると丁寧に頭を下げた。そして再び跪座に戻すと横に置いてあった足膳を持ち私の前へ。

「朝食をお持ちいんたし……いした」

 ぎこちなく言い直されても間違いのままの言葉の後、初音は足善を私の前に置いた。

「いんした。朝食をお持ちいたしんした。もういっぺん」
「朝食をお持ちいたしんした」
「ありがとうございんす」

 ちゃんと言い直せた彼女にお礼を言い終えてから会釈を返す。

「それと。失礼致しんす。失礼致しんますじゃなくて、失礼致しんす。はい。もういっぺん」
「失礼致しんす」
「そう。ややこしくてもゆっくりと覚えないといけんせんよ」
「はい」
「ええ返事やな」

 私はそう言って初音の頭を撫でてやった。

「夕顔姉さん。今日もきれい」
「ありがとうございんす。初音も十分綺麗でありんすよ」

 頭から頬へ下げた手の触れる満面の笑みは本当に可愛らしかった。でもだからこそ胸が痛い。

「さっ、もう行きなんし」
「はい」

 襖まで早足で向かった初音はくるりとこちらへ振り返る。

「失礼致しんした」

 頭を下げ立ったまま襖を閉め行ってしまった。離れていく足音を聞きながら溜息をひとつ零すがあの笑顔を思い出すと「まぁいいか」という気分になり料理へ手を伸ばした。この日は、三好の蕎麦と天ぷら。

「あれ?」

 今まで何度も頼みここで食べてきた料理のはずだが、この日は少し違った。

「天ぷらが一つ多いみたいだけど……」

 一人呟きながら頭には八助さんの事が浮かんでいた。

「おおきに」

 届かぬお礼を口にしてから私は朝食を食べ始めた。
 それからたった一夜の非日常を忘れさせるように夕顔花魁としての日々が戻ってきた。毎日お客と共に酒池肉林をし夜はお客を悦ばせる為に偽りの快楽に塗れ愛を演じる。これまでと変わらぬ吉原に身を捧げる日々が。あと幾度こんな日を繰り返せばいいのだろう。お客が寝静まり一人外を見つめ、妹分への教育の時間だけが心休まるだけのこんな日々を。いや、夜の自由も結局は偽り、妹分は可愛すぎるが故に心苦しさも感じる。本当の意味で心休まる時など無いのかもしれない。
 夕顔花魁という地位の代わりに私はあまりにも多くの何かを失った気がする。いや、違う。遊女とならざるを得なかった以上、この地位で少しでも何かを得なければ私には何も無いままだった。

              * * * * *

「失礼致しんます」

 襖を開けた初音は今日も間違った言葉と一緒に私の前へ蕎麦と天ぷらの朝食を運んで来てくれた。そして運び終えた彼女が出て行くと一人朝食の時間。花魁になって好きな食べ物を出前出来るようになったがこれからいつもの一日が再開すると思うと……。料理が美味しいのがせめてもの救い。
 私は蕎麦のつゆを少し飲んでから天ぷらを食べようとお皿を手に取った。するとその長方形のお皿の下から折り畳まれた紙が隠れん坊でもしてたみたいに顔を出した。初めての出来事に小首を傾げながら手を伸ばしてみる。紙と交換しお皿を戻すとお箸を置いた。

「なんやろうこれ?」
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