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第二章:三好八助
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店に戻るとそこには休憩中の源さんが湯呑を片手に座っていた。
「ただいま」
「戻ったか」
僕はそのまま彼の向かいに腰を下ろす。
「それで? どうだったんだ?」
「うん。良い想い出が出来たかな」
「それは良かったな」
源さんはそう微笑むと湯呑みを口まで運んだ。
僕はその湯呑みに書かれた一字を眺めながら昨夜の事、そして別れ際の事を思い出していた。
「どうした?」
いつの間にか卓上へと湯呑みが戻ったのも気が付かぬ程ぼーっとしていた僕を源さんは伺うような表情で見ていた。
「いや。別にちょっと……」
「もう二度はないぞ。絶対にな」
僕の心を見透かしたように彼はそう言った。
「それは分かってる。だからもう完全に終わった気がして。なんか変って言うか複雑な気分」
悲しみとは違う喪失感って言う訳でもない、それは初めて経験する気持ちだった。
「人生において挑戦する事は大事だが、いくら頑張ろうとも望む通りの結果が出ない時もある。色々と思う事もあるだろうがどう足掻いても結果は変えられん。むしろその分、次への出発が遅れてしまう。諦めない事も大事だがそれと同じぐらい諦める事も大事だ。希望を持つ事は大事だがそれと同じぐらい絶望もあると知っておく事も大事だ。立ち止まるなとは言わんが歩き出さないと次が何も始まらない」
「分かってる。別にどうこう出来るなんて思ってないし」
「ならその気持ちを忘れられるぐらい集中出来る目標を見つけろ」
「うん。――とにかく今回はありがとう。源さんのおかげで叶った訳だし、それに借りた分もちゃんと返すから」
「確かにあれは貸したが金を貸したわけじゃない」
「でも借りたのはお金だよ?」
「金はいい。だが貸しひとつだぞ?」
源さんは人差し指を立て見せるとその指で僕を指差した。
「なんかお金より厄介そうだけど。分かった。ちゃんと返すよ。ありがとう」
「礼はいい。あの話も知ってるし、お前さんがずっと見てたのも知ってる。それに頑張ってたのもな」
「確かによく見てたけど、でもここじゃほとんどの男の人はあの人を見てるよ。外歩けばあっという間に人の道が出来る」
「まぁそれは否定しようがない事実じゃな」
「それより残りの準備は僕がやるよ」
僕はそう言って立ち上がったが「儂もやる」と彼もまた腰を上げた。そしていつもの日常と何ら変わらぬ朝と合流した僕は非日常からあっという間に連れ戻されてしまった。
でも別に毎日のように朝早くから夜遅くまで三好で源さんと働くこの日々は嫌いじゃない。ただ前とはどこか違った気がするのは――未だにあの日の夕顔さんの笑みを忘れる事が出来ないのは何故だろう。ふとした瞬間、無意識的に頭に浮かぶあの光景。同時に海の向こうにある世界のように言葉に出来ない感情が僕の中で渦巻き始める。やっぱり一度でも会ってしまったのは間違いだったかと思ってしまう。でも記憶に残るあの日は否定しようがない程に最高なモノだった。
そんなある日。僕は筆を取っていた。そして流れるように紙の上を走らせていた。こんな事していいのか分からないけど――いや、駄目だとは思うけど僕は決意と共に感情を認めた。
「八助! 出来たぞ!」
「今行く」
僕は店へ下りると源さんの作った料理が乗った足膳を確認した。
「今日は届けてくれと頼まれてるんだ。吉原屋まで頼む」
「分かった」
「気を付けろよ。でも早くな」
「了解」
そして源さんは台所へ戻り僕は足膳を持ち上げる――前にさっきの手紙をこっそり天ぷらの乗ったお皿の下に忍び込ませた。
「ただいま」
「戻ったか」
僕はそのまま彼の向かいに腰を下ろす。
「それで? どうだったんだ?」
「うん。良い想い出が出来たかな」
「それは良かったな」
源さんはそう微笑むと湯呑みを口まで運んだ。
僕はその湯呑みに書かれた一字を眺めながら昨夜の事、そして別れ際の事を思い出していた。
「どうした?」
いつの間にか卓上へと湯呑みが戻ったのも気が付かぬ程ぼーっとしていた僕を源さんは伺うような表情で見ていた。
「いや。別にちょっと……」
「もう二度はないぞ。絶対にな」
僕の心を見透かしたように彼はそう言った。
「それは分かってる。だからもう完全に終わった気がして。なんか変って言うか複雑な気分」
悲しみとは違う喪失感って言う訳でもない、それは初めて経験する気持ちだった。
「人生において挑戦する事は大事だが、いくら頑張ろうとも望む通りの結果が出ない時もある。色々と思う事もあるだろうがどう足掻いても結果は変えられん。むしろその分、次への出発が遅れてしまう。諦めない事も大事だがそれと同じぐらい諦める事も大事だ。希望を持つ事は大事だがそれと同じぐらい絶望もあると知っておく事も大事だ。立ち止まるなとは言わんが歩き出さないと次が何も始まらない」
「分かってる。別にどうこう出来るなんて思ってないし」
「ならその気持ちを忘れられるぐらい集中出来る目標を見つけろ」
「うん。――とにかく今回はありがとう。源さんのおかげで叶った訳だし、それに借りた分もちゃんと返すから」
「確かにあれは貸したが金を貸したわけじゃない」
「でも借りたのはお金だよ?」
「金はいい。だが貸しひとつだぞ?」
源さんは人差し指を立て見せるとその指で僕を指差した。
「なんかお金より厄介そうだけど。分かった。ちゃんと返すよ。ありがとう」
「礼はいい。あの話も知ってるし、お前さんがずっと見てたのも知ってる。それに頑張ってたのもな」
「確かによく見てたけど、でもここじゃほとんどの男の人はあの人を見てるよ。外歩けばあっという間に人の道が出来る」
「まぁそれは否定しようがない事実じゃな」
「それより残りの準備は僕がやるよ」
僕はそう言って立ち上がったが「儂もやる」と彼もまた腰を上げた。そしていつもの日常と何ら変わらぬ朝と合流した僕は非日常からあっという間に連れ戻されてしまった。
でも別に毎日のように朝早くから夜遅くまで三好で源さんと働くこの日々は嫌いじゃない。ただ前とはどこか違った気がするのは――未だにあの日の夕顔さんの笑みを忘れる事が出来ないのは何故だろう。ふとした瞬間、無意識的に頭に浮かぶあの光景。同時に海の向こうにある世界のように言葉に出来ない感情が僕の中で渦巻き始める。やっぱり一度でも会ってしまったのは間違いだったかと思ってしまう。でも記憶に残るあの日は否定しようがない程に最高なモノだった。
そんなある日。僕は筆を取っていた。そして流れるように紙の上を走らせていた。こんな事していいのか分からないけど――いや、駄目だとは思うけど僕は決意と共に感情を認めた。
「八助! 出来たぞ!」
「今行く」
僕は店へ下りると源さんの作った料理が乗った足膳を確認した。
「今日は届けてくれと頼まれてるんだ。吉原屋まで頼む」
「分かった」
「気を付けろよ。でも早くな」
「了解」
そして源さんは台所へ戻り僕は足膳を持ち上げる――前にさっきの手紙をこっそり天ぷらの乗ったお皿の下に忍び込ませた。
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