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7話 男爵令嬢マリア

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男爵家の3人兄妹の末っ子として産まれた私は美しい…らしい。

自分ではよくわからないが、みんながそういうからそうなんだろうと思うことにした。

でも15歳になった今の私は、みんなと違うこの銀の髪と紫の目が嫌い。

この国では栗色や蜂蜜色など茶系の髪色が多く、目の色は青や緑が多かった。

王族は金色の髪と赤い瞳を継承することが多く、高貴な色とされている。

私のような銀髪や紫の瞳はいないわけではないがかなり珍しく、

両方併せ持って産まれた私は顔立ちも整っていたため、

稀代の美少女として持て囃されて育った。

私も子どもの頃はその言葉を信じて少なからず自信も持っていた。

でも12歳の時、

茶会で出会った初めて好きになった隣の領地の、同い年の侯爵家子息に、

この髪と目の色が魔女みたいで気持ち悪いと言われてから、すっかり自信をなくし、

銀髪も紫の目も大嫌いになってしまった。

自信を失くした私にも社交会デビューの時があと数日後に迫っていた。

婚約者を本格的に探し始めるためでもあるため、

この姿を見られることがどうしようもなく嫌だったが、

貴族社会で生きるためには仕方のないこと。

半ば投げやり気味にその日を迎え、

皮肉にも私の心とは対象的な、

煌びやかに装飾された王宮へと重い気持ちで向かう。

落ち着かない気持ちで馬車に揺られ、

もうすぐ王宮に着く、というところで、ガクンッと大きく馬車が揺れて止まった。

王宮でのエスコートのため、一緒に馬車の私の向かいに乗っていた父が、御者のところへ出て行った。

窓を開けてみると、大きなくぼみに車輪がはまってしまったと説明する御者の焦った声が聞こえてきた。

どうなっちゃうのかしら。まぁ、行きたくないからどうでもいいんだけど。

そう思っていると運がいいのか悪いのか、後ろから別の馬車が走ってきて、後ろで止まった。

「どうかされましたか?」

後ろの馬車の御者が心配そうにかけつけてきた。

父が事情を説明すると後ろの馬車からさらに2人の男性が降りてきて、馬車を持ち上げに来てくれた。

たぶん1人は父親で、もう1人は息子だと思う。

身なりや馬車の大きさを見るに、この方達も王宮へ向かっているのだろう。

しかし目前で私たちの馬車が通せんぼしているせいで一緒に立ち往生してしまったのだ。

申し訳ない気持ちと、持ち上げる際に少しでも軽くなるよう、私も急いで降りようと扉を開けると

「お気をつけて」

と言いながら息子の方が優しい手つきで手を差し伸べてくれた。

一瞬ドキッとしたが、

その瞬間『魔女みたい』と言われたあの言葉がリフレインして、

どうせ嫌われるのにいちいちドキドキすることが馬鹿らしく、恥ずかしくも思えて、

思わず固い表情になってしまった。

「ありがとうございます。

この度は我が家の馬車がお邪魔してしまって本当に申し訳ございません。 

なんとお詫びを申しあげたらよいか…」

「いいんですよ。困った時はお互い様でしょう。

僕は東の海に面したポーネットから来たロイーズ=マルセルといいます。

君の名前も聞いてもいいかな?」

と言いながら微笑んだ柔らかな眼差しに、

思わず吸い込まれてしまった。


ふわりとした蜂蜜色の髪は

きっと日に透けるともっと美しいのだろう。

今は夜も近く光がないのでわかりにくいが、

瞳はたぶん空のように明るい青色。

私のような銀髪紫目から見たこの方は、あまりに眩しくて、

見惚れる自分を止められなかった。

「あの…ごめん、嫌だったかな。

大丈夫、無理に聞いたりはしないから、気にしないで。」

苦笑いに変わった彼の顔をみて慌てて答える。

「いいえ、いいえっ、違うんです!

あまりにあのっ…髪と目の色がお綺麗で見惚れてしまって…ってあっ!いやだ!そうじゃなくて!

私はマリア=ポートマンですわ」

真っ赤になってしまって、失礼かとも思ったが、

あまりに恥ずかしいのでうつむいてしまった。

「ふふっ、嫌われたんじゃなくてよかった。

君の方こそ、その銀に輝く髪と宝石みたいな紫の瞳、とってもキレイだと思うよ。」

驚いて思わず顔を上げたら、そこには優しく微笑んでいる眉目秀麗な青年の顔があった。

私の髪と目がキレイなんて、どうせ社交辞令なんでしょ

そう疑いながらも、頬は素直に真っ赤に染まってしまっていた。

「このあと、宮殿に行かれるんですよね。あとでダンスをお誘いしてもかまいませんか?」

ロイーズからそう言われると

「エッ⁈あっ、はっ、はい、ぜひこちらこそよろしくお願い致します!」

焦ってちょっと声が裏返ってしまい、ますます頬が赤くなったような気がする。

それを聞いた彼はニッコリ微笑むと、

じゃあまたあとでね

と、馬車を持ち上げるのを手伝いに小走りに去っていく。

なんとかくぼみから車輪を出すことができ、

御礼を告げると、それぞれの馬車にもどり王宮への道を急いだ。
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