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24話 キースからの依頼

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バサッバサバサッ

「…こんなもんかな」

リンドは庭園から戻って自分の執務室に着くなり、

何やら書類をかき集めて、一枚一枚目を通していく。

リンドは何かにつけて優秀で、

15歳の成人になった歳から父と同じ書斎で政務をはじめていたが、

その仕事ぶりを父に認められ、

17歳になると同時に、自分だけの執務室が設けられていた。

父も優秀な人ではあったが、

あまり体が強くなく、

できれば早く跡目をリンドにゆずり、

自分は気楽に手伝いくらいして、

あとはのんびり妻と過ごせたらと考えているようで、

リンドが優秀で、

今すぐにでも継がせられるほどであったことから、

その気持ちはますます強くなっているようだ。

そのため早くからリンドだけの執務室を設けて、

自立を促したかったらしい。

リンドはリンドで、

要領よくこなすのが得意で、やる時はやる、やらない時は好きに過ごすという

メリハリをつけるやり方が自分なりの一番やりやすい執務の仕方なのだが、

父はひたすらがんばるコツコツ型なので、

そのスタイルが理解できないらしく、

休んでるならあれもこれもと押しつけてくるのが面倒だったため、

別室にしてもらえてやれやれと思っていた。

ただ少し不満があるとすれば、

父と机を並べていないからわからないだろうと思って、

仕事を多く振られている気がすることだ。

まぁ、いいけど。

いずれ全部1人でやらないといけなくなるんだしな。

そして、そのリンドの執務室の書類置き場に、

山積みになった仕事の書類ともうひとつ別の書類の山があった。

その山は、リンドに送られてきた婚約の申し込みの書類やら、

親が薦めたい相手の絵姿や釣書の山だった。

その山から、何十枚か選び出し、

執務机の上に置いて一枚一枚確認しながら、ぶつぶつと独り言を言っていた。

「うーん、これはちょっと違うか…。あっ、これなら良さそう…いや、どうかな…うーん、よくわからん…好みがそもそもわからないんだし…あー!もう面倒だ!全部送っておこう!うん、それがいい!」

ぽんっと手のひらを打つ。

と、その時、ノックの音がした。

「誰だ?」

答える前に扉が開く。

「おー、オレオレ」

武力の公爵子息キースだった。

「なんだ、お前か。何の用だよ。俺今忙しいから帰れ帰れ」

キースとわかるや否や、

すぐに手元に目を落とし、書類を無造作に折り畳んで封筒に詰め込みながら、

顔も上げずに言った。

「お前いつ来てもサボってんのに、忙しいって何がだよ。珍しい。緊急の仕事か?」

「ああ、まぁそんなとこ」

キースはリンドの近くまで寄って書類を覗き込んだ。

「…?見合い用の絵姿?釣書?なんだそれ、しかもこんな大量に⁇」

書類の一枚を手に取ると、

キースは不思議そうに首を傾げた。

「ああ、コレはな、まぁ気にするな。ちょっと大事な用事の資料だ」

「?それお前宛のだろ?送り返すのか…?失礼だろう、せめてちゃんと返事くらいしてやれば?」

キースが呆れ顔で手にしていた書類を置きながら言う。

「…万年訓練バカのお前にだけは言われたくないけどな。

あー、まぁ何なのか言っとくとだな。

これは、大事なティアの兄君に婚約を薦めたくてだな。

俺はこの通りもうティアがいるわけだし、

この大量の釣書から兄君に合う相手が見つかればと思って…」

「はぁ?そんなのそっちの家で準備するだろ?

しかもあれだろ?

マルセル伯爵家と言えば…

長男はロズウェル=マルセル。

あいつ剣の腕がすごいからよく知ってるが、

さすがにお前には劣るとはいえ、何でもよくできる上に整った顔立ちの男で、

お前がそんな心配しなくてもそもそもモテモテ野郎だぞ?」

「ふんふん、さすがティアの兄君だな。

いや、まぁそうなんだろうけど、

ちょっと急いでもらいたくてな。

うちのデュオが言うには、兄君はどうやら極度のシスコンとやらで、

ティアと俺の婚約をよく思ってないから、

兄君に婚約者ができてティアから気をそらせば、俺たちのことも寛大になってくれるかな…と。

そんなわけで、とにかく良さげな令嬢を見繕って、仲介しようって思ってな。

大急ぎで作業してるってわけだ。

じゃ、そんなわけで、聞いたならお前も手伝え。」

書類と封筒を半分…いや、3分の2をキースの前へドサッと置いた。

「はぁ…なんだそりゃ。えらい時に来ちまったな」

とほほ

と肩を落としながら、

キースは机の前まで、部屋に置かれた椅子を持ってきて座ると、

一緒に封入を手伝いはじめた。

「で?お前は何の用だったんだよ?」
封入から目をそらさず、リンドは聞いた。

「あっ!そうそう、それだ!忘れるとこだったわ。

リンド、怒らないで聞いて欲しいんだがな、

お前の突然の婚約話に驚いて、

申し訳ないが犯罪の心配などないか、ちょっとリズティアの身辺を調べさせてもらったんだ。」

「なにっ?お前っ勝手に俺のティアをっ!」

リンドはガタンッと立ち上がってキースを睨みつける。

「まぁ、落ち着いて座れって。

悪かったよ。

何事もなけりゃそのまま放っておくつもりだったんだがな。」

キースの表情が神妙な面持ちに変わる。

「…何かあったのか?」

その表情をみて只事ではない気配に、封入の手を止めた。

「…ああ、ちょっとな。なんかきな臭いんだ。

…お前、リズティアの父が不倫でよく家を空けていたのは知っているか?」

キースも作業をやめて真剣に話しはじめる。

「ああ、もちろんだ。

そのせいでティアが今までどれほど苦労してきたか!

くそっ!あの道楽親父が‼︎」

唇を噛んで怒りを露わにする。

「それなんだけどな。

どうにも何か事情がありそうでな。

ちょっと付けさせてたんだが…


あの父親、あるアパートにいつもよく出入りしていたから、誰もいなくなった隙に潜入させたら、

地下に続く扉があってな。

しかしそこに入ろうとしても開けられないんだ。

どうやら結界が張られているらしいんだが、

これがどうもうちの国の術式ではないらしく、解呪できなくてな。

いよいよあやしくなってきたが、どうにも入ることができなくて困ってるんだ。

お前の聖力でどうにかできそうにないか、ちょっと協力してほしくてな。」

「なるほど…。それは確かにあやしいな。…わかった。解呪できるかためしてみるよ」

キースの真剣そのものの頼みにリンドも真剣に頷く。

「おう、よかった。頼むわ。

またどうなったか報告してくれ。

もし解呪できたら、あとはこっちの分野だから、

潜入の方は任せといてくれよな!」

明るい顔になって、リンドの肩をポンッと叩いた。

「ああ、頼んだ」

しっかりキースの目を見て、リンドは答えた。

俺のためにここまでしてくれる友の気持ちを心から有り難く思った。

「じゃ、俺の用事はそれだけだから。あとはがんばれよ!」

と、まだまだ残った作業をリンドの方へ全部ずいっと押しやって、

後ろ手に手を振りながら颯爽と帰って行った。

「はぁ…白状なヤツ。

…それにしても、あの親父どうなってるんだ?

ティアにこれ以上迷惑かけるなら、いくら父親でも許し難い!

…アパートの地下ねぇ。まぁ、たぶん解呪は簡単だな。」

リンドはぶつぶつ独り言を言いながら、作業を続けた。
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