94 / 104
第4話 みんななんにも分かってない
みんな分かってない【入籍編】 その7
しおりを挟む「また来たの」
仕事終わりに顔を出すと、居間にいたお袋は開口一番そう言った。
「息子が実家に顔出して何が悪いんだよ」
「ここ何年かなかなか帰ってこなかったクセに」
そう言われると、耳に痛い。
事実、ここ暫くは正月の挨拶くらいしか顔を出していなかった。
「急に寄り付くようになって、あからさまね」
仰る通りだ。
この間の一件から、オレは隙あらば実家に顔を出している。あからさまだと言われれば、その通り。
「まぁあんまり一緒に帰ってこなかった理由は分かるわ。どれだけ隠そうとしても空気に出てしまうかもしれない。そう思ったら、自然と足も遠退くものよね」
足が遠のいていた理由は香凛との関係もあったし、この一二年は仕事の忙しさもあった。何にせよ、急に月に二回も三回も顔を出すようになったことは、お袋から見たら白々く思えるだろう。腹積もりがあって来ているのだと。
「親父は」
「ゴルフ仲間と飲み会」
コーヒーを啜りながらお袋が答える。
「征哉、ごはんは。今日はお父さんいなかったから超絶手抜きだったのよ。何にもないから、まだなら冷蔵庫の中身で適当にして」
「いや、今日は帰りに外で食べて来た」
「そう」
手洗いを済ませて、台所に入る。同じように自分にもコーヒーを淹れて、それから居間に戻る。
「ねぇ」
特に目新しい話題もないのでコーヒーを啜りながら点いていたテレビを眺めていたら、不意にお袋が言った。
「せっかく早く帰れた平日の夜にすることが、実家の居間で親と並んでバラエティ番組を観ることなの?」
「平和な時間の過ごし方じゃないか」
「特別楽しくも何ともないでしょう」
「家に帰ったって同じだ。一人で観るかどうかの違いしかない」
別に嫌味のつもりではなかったのだが、一人という言葉に少し気まずそうな顔をされる。
「何か他にあるでしょ、飲みに行くとか」
「会社は基本、公式の飲み会か、部下の調子が悪そうな時とか、そういう時しか飲みに行かない」
「そういうのじゃなくて、こう同期で飲みに行くとか、友達ととか。いや、別に飲み会だけを推奨してる訳じゃないんだけど。何かこう、他にすることはないの」
どうやら友人や趣味のなさを疑われているらしい。この間広平にも趣味については指摘されたばかりだが、心配されるほどのことだろうか。
「別に飲みにいかない訳じゃない。たまには行く」
「と言っても広平君とばっかりなんでしょ」
まぁ八割方はそうだが。
「広平が一番気心知れてるから、割合的にはそうなるんだ。昔から香凛のことも知ってるし、だから家飲みとかもよくしてた」
幼い子どもがいると夜に家を明けたくはない。広平は香凛のことを気にかけてくれていたし、何より香凛本人と仲良くなってくれたので、家にも招きやすかった。
「それに広平の嫁さんも香凛とは気心が知れてるし、昔からオレの気の付かないところは彼女が色々助けてくれた。家族ぐるみの付き合いがあるんだよ」
「…………」
お袋は話が広平のことに移って、何か訊きたそうな顔をした。したが、それを口にする気配はなかった。
だから、勝手にこっちから言ってみる。
「広平は知ってるよ。嫁さんも知ってる」
「――――」
「知った上で、付き合いを続けてくれてる」
あからさま、と言われた通り、ここ最近頻繁に実家を訪れている。
訪れているが、実は結婚について話題にすることはほとんどない。
刺激したくないと香凛が言った通り、頑なな心に幾ら言葉をかけたって、拒絶反応が酷くなるだけだ。それに、自分の考えを一方的に押し付けて人の心を変えようとするのは傲慢だろう。
距離と時間。
そう、必要なのかもしれない。オレは二年も三年もは待っていられないが、事実に慣れる時間は必要だ。両親は、まだ香凛とオレの関係について咀嚼しきれていないだろう。
そしてよく考えればそれは当然のことだ。客観視できるだけの時間が必要だと、そうは思う。
ただ、事実に蓋をしては欲しくない。見たくないことだと遠ざけられたら、いつまで経っても心は慣れない。
オレは実家に顔を出しても、極力何も言わない。だが、そもそも言葉にしなくともオレの言いたいことは分かっているだろう。オレの存在それだけで、十分な主張になっているはずだ。
もし、両親が事実に蓋をしたいなら、オレがこうして来ることを負担に、まるで責められているように感じているなら、オレもどこかで決断しなくてはならない。
責めたい訳ではない。そうではない。けれど平行線を一生は続けられない。
続けられないのなら、どこかで決断しなくてはならない。
理解を得られないという判断を下すのは自分であるべきだと、そう思う。
「……郵便物を取りに行かなくちゃ」
席を中座するための方便だろう。居間の座卓には読み終えられた夕刊が乗っている。配達時間を考えればその他の郵便物だって夕刊と一緒に回収しているはずだ。
だが、戻って来たお袋は確かに郵便物を持っていた。回覧板も入っていたらしい。
「あぁ、来月頭、地域清掃があるわ」
資料を確認してからサインを入れると、
「はい」
とお袋は回覧板を渡して来た。
「帰る時にお隣のポストに入れといて。あ、菊池さんじゃなく溝口さんの方ね」
「……分かった」
自分は何をやっているのだろう、と時折思う。こんなことに意味はあるのだろうか、とも思う。
思うが、何もせずにいる訳にはいかない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる