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23.竜使いの一族
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我ら竜使いの一族は月の乙女を守るために存在する。
いや、正確には 救う ために。
遥か昔、何百年も前の月の乙女が、傷つき、竜の里に逃げついた時からの盟約だという。
竜の里に辿り付いた月の乙女は、傷が癒えた後、自身は魔力を使えなくなっていた。だが彼女との間に産まれた子供は、それまではその一族になかった魔力を持つようになった。
魔力なしと蔑まれ、王国から遠く離れた山脈の合間に竜と共に身を寄せるようにして存在していた一族にとって、もたらされた魔力は僥倖であった。
その恩に報いるため、星を読み、月の乙女の誕生が分かると、憐れな娘を王国に救いにいくのだ。
建国以来、王国で月の乙女が存在していた記録は正式には残されていない。建国の逸話と共に、神格化され伝説になっている。
―――確かに存在していたはずの殆どが、存在すら王家によってかき消されている。
なかには正妃になったケースもあったというが、殆どがその存在を隠されたまま、月の乙女のもつ膨大な魔力を王家の血に取り込み、そして歴史の闇に葬られている。
王家と密接なつながりを持ち、星見を擁する聖教会は、国土に月の女神の一神教と共に王家の威光を広く知らしめるため、そして何よりも月の乙女を探し出すための存在だ。
月の乙女の誕生が予兆されると、それを示す星と月の配置が起こる。そして出生する方角に向かって、三日月から象徴的な星が流れる。
それを読んで、王家は聖教会を操り、乙女を迎えに、いや、捕えにいく。
王家の繁栄が続くように。その強大な魔力を他者に奪われないように。
今世の月の乙女の出生の予兆は、里の爺共によると、これまで伝わっているものとは違い、かなり異質なものだったらしい。
月の雫と呼ばれる、月の乙女の出生を指し示す三日月からの流れ星は、赤く巨大な星だった。
そしてその予兆が確かにあったのに、月の乙女は見つからない。
竜の里は近隣諸国とは不可侵の協定を結んでいるが、そもそも聳え立つ山脈の中腹にあり、一族のもの以外はそれを超えるのはほぼ不可能だ。
王国とは、山脈でとれる純度の高い魔石で交易を行っているが、竜使いの存在を厭い、みだりに山脈を越えてくるのを嫌う。
だが先代の族長の尽力により、成人した者が王都の魔法学園に通うことは許されていた。
学生という表の姿からも月の乙女を捜すことができるように。
…そして今年はライが学園に入学をすることになった。だが、渋々引き受けたその任務は、心底面倒だった。
元々、俺は古くからの伝承には懐疑的だ。年寄りどもが小うるさく月の乙女の話を口伝するが、竜の里に月の乙女を連れることが出来たのはもういつのことなのか。
月の乙女は輪廻を繰り返し、実際のところは不定期ながら数十年に一回は産まれているらしい。
産まれる度に王家に囚われるとは、難儀なことだとは思うが、特段憐憫以外の感情は持てない。
まぁ、自分は強い魔力を持って生まれたから、一族に魔力をもたらしてくれた月の乙女には感謝するが、それだけだ。
月の乙女を見つけたところで、自ずから王家に囚われることを望む者だっているだろう。
竜の里に逃れることを望むかどうか、選択肢くらいくれてやってもいいかと思うが、愚かな女に興味はない。
最初から月の乙女など捜す気などなかった。幸い学園で気に入った女も見つけたし、月の乙女など見つからなかったといって、適当に1年を終わらせるつもりだった。
その日は一族のものが王都に訪れていた。
山脈でとれる魔石の中でも抽出が困難なものの交易の条件を改めるためだ。
……そしてそれは表向きで、実際は竜使いの一族を王都に忍ばせるために。
今この国は、差別に圧政・重税、暗愚な貴族共、溜りにたまった王権への不満が爆発寸前だ。
まして他国との貿易も現王になってからは厳しく制限され、渡来品は著しく高額で取引される。
地方では奴隷も売買されるのを、王家は見逃し続けている。
近々大規模な政変があるだろう。蜂起は間近だ。竜の里にも支援の要請があった。
里の爺からは、蜂起の時にはそれを支援するように、そして火急に月の乙女を捜しだすようにと伝令があった。
……面倒な話だ。
だが、とりわけ今王家に月の乙女を囚われる訳にはいかない。
王家はこれまで月の乙女をとらえては表にださず、散々魔力を吸い取るだけ吸いとって、虐げてきたが、国家転覆の恐れありとなれば変わるだろう。
王家は月の乙女をこれ幸いと建国の祖、月の女神の加護の再来として担ぎ上げ、錦の御旗とするだろう。
そうすると、聖教会の信徒が多い国民は、革命側に猜疑的になる。
……内乱が長引くのは、不幸だ。
(生きているのか死んでいるのかも分からない、今世の月の乙女とやらも憐れなものだ)
駆り出された話し合いから学園に戻る頃には深夜が近づいていた。
学園に戻ろうと己の竜に乗って夜空を飛んでいた。
学園の中はいつもの長閑な雰囲気が漂っている。
園庭を目指したその時、
――――白銀の輝きが目に入った。
降り立った先で見た、その輝き、その香り、その姿、その髪……。
「―――あぁ、お前だったんだな」
我が一族の救いの神子、俺の守るべきもの、俺が執着し心を寄せる唯一の存在。
そしてあの日、お前の涙を見た時に感じた感情の正体。
それならば、俺がお前を救ってやらねばなるまい。
今、正しく我が一族の、己の役割を理解した。
俺を欲しがれ、そして俺を望め。
……そこで俺が迎えにいくのを待っているがいい。
いや、正確には 救う ために。
遥か昔、何百年も前の月の乙女が、傷つき、竜の里に逃げついた時からの盟約だという。
竜の里に辿り付いた月の乙女は、傷が癒えた後、自身は魔力を使えなくなっていた。だが彼女との間に産まれた子供は、それまではその一族になかった魔力を持つようになった。
魔力なしと蔑まれ、王国から遠く離れた山脈の合間に竜と共に身を寄せるようにして存在していた一族にとって、もたらされた魔力は僥倖であった。
その恩に報いるため、星を読み、月の乙女の誕生が分かると、憐れな娘を王国に救いにいくのだ。
建国以来、王国で月の乙女が存在していた記録は正式には残されていない。建国の逸話と共に、神格化され伝説になっている。
―――確かに存在していたはずの殆どが、存在すら王家によってかき消されている。
なかには正妃になったケースもあったというが、殆どがその存在を隠されたまま、月の乙女のもつ膨大な魔力を王家の血に取り込み、そして歴史の闇に葬られている。
王家と密接なつながりを持ち、星見を擁する聖教会は、国土に月の女神の一神教と共に王家の威光を広く知らしめるため、そして何よりも月の乙女を探し出すための存在だ。
月の乙女の誕生が予兆されると、それを示す星と月の配置が起こる。そして出生する方角に向かって、三日月から象徴的な星が流れる。
それを読んで、王家は聖教会を操り、乙女を迎えに、いや、捕えにいく。
王家の繁栄が続くように。その強大な魔力を他者に奪われないように。
今世の月の乙女の出生の予兆は、里の爺共によると、これまで伝わっているものとは違い、かなり異質なものだったらしい。
月の雫と呼ばれる、月の乙女の出生を指し示す三日月からの流れ星は、赤く巨大な星だった。
そしてその予兆が確かにあったのに、月の乙女は見つからない。
竜の里は近隣諸国とは不可侵の協定を結んでいるが、そもそも聳え立つ山脈の中腹にあり、一族のもの以外はそれを超えるのはほぼ不可能だ。
王国とは、山脈でとれる純度の高い魔石で交易を行っているが、竜使いの存在を厭い、みだりに山脈を越えてくるのを嫌う。
だが先代の族長の尽力により、成人した者が王都の魔法学園に通うことは許されていた。
学生という表の姿からも月の乙女を捜すことができるように。
…そして今年はライが学園に入学をすることになった。だが、渋々引き受けたその任務は、心底面倒だった。
元々、俺は古くからの伝承には懐疑的だ。年寄りどもが小うるさく月の乙女の話を口伝するが、竜の里に月の乙女を連れることが出来たのはもういつのことなのか。
月の乙女は輪廻を繰り返し、実際のところは不定期ながら数十年に一回は産まれているらしい。
産まれる度に王家に囚われるとは、難儀なことだとは思うが、特段憐憫以外の感情は持てない。
まぁ、自分は強い魔力を持って生まれたから、一族に魔力をもたらしてくれた月の乙女には感謝するが、それだけだ。
月の乙女を見つけたところで、自ずから王家に囚われることを望む者だっているだろう。
竜の里に逃れることを望むかどうか、選択肢くらいくれてやってもいいかと思うが、愚かな女に興味はない。
最初から月の乙女など捜す気などなかった。幸い学園で気に入った女も見つけたし、月の乙女など見つからなかったといって、適当に1年を終わらせるつもりだった。
その日は一族のものが王都に訪れていた。
山脈でとれる魔石の中でも抽出が困難なものの交易の条件を改めるためだ。
……そしてそれは表向きで、実際は竜使いの一族を王都に忍ばせるために。
今この国は、差別に圧政・重税、暗愚な貴族共、溜りにたまった王権への不満が爆発寸前だ。
まして他国との貿易も現王になってからは厳しく制限され、渡来品は著しく高額で取引される。
地方では奴隷も売買されるのを、王家は見逃し続けている。
近々大規模な政変があるだろう。蜂起は間近だ。竜の里にも支援の要請があった。
里の爺からは、蜂起の時にはそれを支援するように、そして火急に月の乙女を捜しだすようにと伝令があった。
……面倒な話だ。
だが、とりわけ今王家に月の乙女を囚われる訳にはいかない。
王家はこれまで月の乙女をとらえては表にださず、散々魔力を吸い取るだけ吸いとって、虐げてきたが、国家転覆の恐れありとなれば変わるだろう。
王家は月の乙女をこれ幸いと建国の祖、月の女神の加護の再来として担ぎ上げ、錦の御旗とするだろう。
そうすると、聖教会の信徒が多い国民は、革命側に猜疑的になる。
……内乱が長引くのは、不幸だ。
(生きているのか死んでいるのかも分からない、今世の月の乙女とやらも憐れなものだ)
駆り出された話し合いから学園に戻る頃には深夜が近づいていた。
学園に戻ろうと己の竜に乗って夜空を飛んでいた。
学園の中はいつもの長閑な雰囲気が漂っている。
園庭を目指したその時、
――――白銀の輝きが目に入った。
降り立った先で見た、その輝き、その香り、その姿、その髪……。
「―――あぁ、お前だったんだな」
我が一族の救いの神子、俺の守るべきもの、俺が執着し心を寄せる唯一の存在。
そしてあの日、お前の涙を見た時に感じた感情の正体。
それならば、俺がお前を救ってやらねばなるまい。
今、正しく我が一族の、己の役割を理解した。
俺を欲しがれ、そして俺を望め。
……そこで俺が迎えにいくのを待っているがいい。
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