66 / 157
第66話 蒼く青く仰ぐ
しおりを挟む
栞たちが浦見市駅前商店街での夏祭りの手伝いをしている頃、千夏は学校で園芸部の部員たちと一緒に田んぼの世話をしていた。
この園芸部の田んぼは、草利中学校の専用グラウンドの近くに位置しており、面している道路は思いの外人通りが多い。そのせいもあってか、結構ゴミが投げ捨てられている。そんなわけで、真夏の太陽が照り付ける眩しくて暑い中、ゴミや雑草を取り除く作業をしているのだ。
ゴールデンウィークを過ぎてから植えた苗たちは順調に育っている。この時期ともなれば苗は青々とした稲へと成長しており、先端をピンと立てていて、さながら鮮やかな緑の絨毯といったような状態になっていた。その丈も腰近くまで伸びている。普段から細かく世話をしていたので、本当に順調に稲は育ってきている。
このピンと立った先端が、思ったよりも屈んだ時に顔に当たって痛かったりするが、それでも田んぼの手入れはやめられない。無事に収穫するにはこういった作業が重要なのだ。
総出とはいかないものの、園芸部数人と作業に当たった結果、2時間もあればひと通り田んぼの手入れは終わってしまう。拾ったゴミの量を見る限り、本当に通行人の心無さがよく分かるというものだ。空き缶にペットボトル、タバコの吸い殻とか結構な量になっていた。その量を見るに、本当にポイ捨てはやめて欲しいと思う千夏と学生たちだった。
作業を終えた千夏と部員たちは、専用グラウンドの部室棟で長靴や手をしっかり洗て汚れを落とし、拾ったゴミを処理してから学校にある部室へと戻っていった。
「みなさん、暑い中本当にお疲れさまでした」
部室に戻った千夏は、にこやかに部員たちに労いの声を掛ける。しかし、一台の扇風機だけが動く暑い部室の中では、農作業に不慣れな学生である部員たちは、例外なくテーブルにへたり込んでいた。
「おやおや、みなさんお疲れのようですね」
部室に突然声が響く。誰かと思って顔を上げて入口の方を見ると、そこには飛田先生が立っていた。
「飛田先生、どうして今日は学校に?」
「何って、学校の設備の点検に出向いていたんですよ。あれ以来やめようとは思ってはいるのですが、いかんせん癖になってしまっているようでして、こうやってやって来てしまったというわけです」
爽やかに苦笑いを浮かべる飛田先生。さすがにこれには千夏は呆れた表情を見せる。部員たちはへたり込んでいて、反応する余裕もないようだ。
ひと通り言葉を交わしたところで、飛田先生は右手に持ったものを差し出してくる。
「これなんですが、上で作業している時に皆さんの姿が見えましたのでね、差し入れを買ってきたんですよ。お疲れでしょうから食べて下さい」
テーブルの上にごとっと置かれる近くのコンビニの袋。中身はおにぎりやジュースだった。しかもしっかり人数分である。学校からそれほど遠くはない場所に田んぼはあるとはいっても、ここまで正確に把握できるものだろうか。ちょっと千夏は怖いと思った。
「いや、田んぼに向かう時を見させてもらいましたから、そこで人数を知っていたのですよ。怖い顔をしないで下さい」
「あ、そうなんですね」
どっかの部族みたいに視力お化けと思ったらそうでもなかったようだ。
とりあえず部員たちは飛田先生にお礼を言って、おにぎりと飲み物を取っていく。それを平らげて休憩を終えると本日の部活は終了、解散となった。
千夏と飛田先生は生徒たちを見送り、後片付けをしながら話をする。
「そういえば、学校の仕事はどうでしょうか」
いきなりの質問にちょっと面食らった千夏だったが、少し考えながらこう答える。
「まぁなんて言うんでしょうね、ちょっと驚くようなところはありますけれど、職場としては悪くないと思いますよ。今年初めて授業をするような私でも、周りが助けてくれるので特に問題なくこなせてるんですから。ただ……」
「ただ?」
「ここに来る前に聞いていた噂のような事が事実であるなら、とても残念だなと。一応教育実習の経験はありますけれど、教育に関してはほぼ素人の私でもちゃんとこなせるいい環境なのに……」
そう言いながら、千夏は本当に残念そうな表情をしている。
本当に生徒たちもいい子ばかりだし、他の教員たちもちゃんとフォローを入れてくれるような環境なのだ。調査員として潜入する前に渡された資料通りの噂が事実なら、正直幻滅レベルの話である。……まあ、給食費に関しては事実だったわけだが。
「その気持ちはとてもよく分かりますね。私も結構この学校で非常勤をしていましたが、悪事に関してはまったく気付く事ができなかったのは、正直言ってとても悔しいですよ」
飛田先生もまっすぐ立ったまま、青空を見上げながら弱々しくそう呟いていた。そして、しばらくすると千夏の方へとくるりと振り向いてこう言った。
「ですのでこの際、学校にはびこる悪事は徹底的に暴いてやりましょう」
「ええ、そうですね。長らく私たちを欺いていたわけですし、しっかり罰を受けてもらいませんとね」
飛田先生の言葉に、千夏は強く返して頷いた。
二人の頭上には雲一つないような青空が広がっており、眩しいまでに太陽が強く照り付けているのだった。
この園芸部の田んぼは、草利中学校の専用グラウンドの近くに位置しており、面している道路は思いの外人通りが多い。そのせいもあってか、結構ゴミが投げ捨てられている。そんなわけで、真夏の太陽が照り付ける眩しくて暑い中、ゴミや雑草を取り除く作業をしているのだ。
ゴールデンウィークを過ぎてから植えた苗たちは順調に育っている。この時期ともなれば苗は青々とした稲へと成長しており、先端をピンと立てていて、さながら鮮やかな緑の絨毯といったような状態になっていた。その丈も腰近くまで伸びている。普段から細かく世話をしていたので、本当に順調に稲は育ってきている。
このピンと立った先端が、思ったよりも屈んだ時に顔に当たって痛かったりするが、それでも田んぼの手入れはやめられない。無事に収穫するにはこういった作業が重要なのだ。
総出とはいかないものの、園芸部数人と作業に当たった結果、2時間もあればひと通り田んぼの手入れは終わってしまう。拾ったゴミの量を見る限り、本当に通行人の心無さがよく分かるというものだ。空き缶にペットボトル、タバコの吸い殻とか結構な量になっていた。その量を見るに、本当にポイ捨てはやめて欲しいと思う千夏と学生たちだった。
作業を終えた千夏と部員たちは、専用グラウンドの部室棟で長靴や手をしっかり洗て汚れを落とし、拾ったゴミを処理してから学校にある部室へと戻っていった。
「みなさん、暑い中本当にお疲れさまでした」
部室に戻った千夏は、にこやかに部員たちに労いの声を掛ける。しかし、一台の扇風機だけが動く暑い部室の中では、農作業に不慣れな学生である部員たちは、例外なくテーブルにへたり込んでいた。
「おやおや、みなさんお疲れのようですね」
部室に突然声が響く。誰かと思って顔を上げて入口の方を見ると、そこには飛田先生が立っていた。
「飛田先生、どうして今日は学校に?」
「何って、学校の設備の点検に出向いていたんですよ。あれ以来やめようとは思ってはいるのですが、いかんせん癖になってしまっているようでして、こうやってやって来てしまったというわけです」
爽やかに苦笑いを浮かべる飛田先生。さすがにこれには千夏は呆れた表情を見せる。部員たちはへたり込んでいて、反応する余裕もないようだ。
ひと通り言葉を交わしたところで、飛田先生は右手に持ったものを差し出してくる。
「これなんですが、上で作業している時に皆さんの姿が見えましたのでね、差し入れを買ってきたんですよ。お疲れでしょうから食べて下さい」
テーブルの上にごとっと置かれる近くのコンビニの袋。中身はおにぎりやジュースだった。しかもしっかり人数分である。学校からそれほど遠くはない場所に田んぼはあるとはいっても、ここまで正確に把握できるものだろうか。ちょっと千夏は怖いと思った。
「いや、田んぼに向かう時を見させてもらいましたから、そこで人数を知っていたのですよ。怖い顔をしないで下さい」
「あ、そうなんですね」
どっかの部族みたいに視力お化けと思ったらそうでもなかったようだ。
とりあえず部員たちは飛田先生にお礼を言って、おにぎりと飲み物を取っていく。それを平らげて休憩を終えると本日の部活は終了、解散となった。
千夏と飛田先生は生徒たちを見送り、後片付けをしながら話をする。
「そういえば、学校の仕事はどうでしょうか」
いきなりの質問にちょっと面食らった千夏だったが、少し考えながらこう答える。
「まぁなんて言うんでしょうね、ちょっと驚くようなところはありますけれど、職場としては悪くないと思いますよ。今年初めて授業をするような私でも、周りが助けてくれるので特に問題なくこなせてるんですから。ただ……」
「ただ?」
「ここに来る前に聞いていた噂のような事が事実であるなら、とても残念だなと。一応教育実習の経験はありますけれど、教育に関してはほぼ素人の私でもちゃんとこなせるいい環境なのに……」
そう言いながら、千夏は本当に残念そうな表情をしている。
本当に生徒たちもいい子ばかりだし、他の教員たちもちゃんとフォローを入れてくれるような環境なのだ。調査員として潜入する前に渡された資料通りの噂が事実なら、正直幻滅レベルの話である。……まあ、給食費に関しては事実だったわけだが。
「その気持ちはとてもよく分かりますね。私も結構この学校で非常勤をしていましたが、悪事に関してはまったく気付く事ができなかったのは、正直言ってとても悔しいですよ」
飛田先生もまっすぐ立ったまま、青空を見上げながら弱々しくそう呟いていた。そして、しばらくすると千夏の方へとくるりと振り向いてこう言った。
「ですのでこの際、学校にはびこる悪事は徹底的に暴いてやりましょう」
「ええ、そうですね。長らく私たちを欺いていたわけですし、しっかり罰を受けてもらいませんとね」
飛田先生の言葉に、千夏は強く返して頷いた。
二人の頭上には雲一つないような青空が広がっており、眩しいまでに太陽が強く照り付けているのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる