ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

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第79話 警部たちの会話

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 その日の夜の事だった。水崎警部に一本の電話が入る。
「はい、水崎だが」
『よう、水崎。私だ、度会だ』
 電話の相手は度会警部だった。
「おう、度会か。どうしたんだ、電話など寄こして」
『単刀直入に言うが、先日の運動公園のドリンクサーバーの件だが、……黒だったよ』
「なに、それは本当か?!」
 度会警部から告げられた内容に、水崎警部は驚いて声を上げた。
『ああ、本当だ。簡易検査での反応だが、麻薬成分を検出した。一応出たのは陸上記録会の行われたスタジアムのものだけだ。他には問題はなかった。今はより詳しい検査に回している。指紋は期待できないだろうな。週に一度職員が拭き掃除をしているのだが、それがたまたま抜き打ちの日の朝だったからな』
「そうか……」
 度会警部からの報告に、水崎警部は静かに聞き入っていた。どうやら栞によってもたらされた疑惑は事実だったらしい。市民の憩いの場に持ち込まれた物が物だけに、水崎警部としてもショックは大きかったようである。
 だが、麻薬成分が出たとはいえ、いろいろと疑問が残るものである。一体いつ誰がどうやって、どうしてスタジアムを標的にして混入させたのか、冷静に考えれば考えるほど、訳が分からないのである。警察官として長く過ごしている水崎、度会両警部ともに、まったく理解のできない犯行だった。
『ああ、水崎』
「なんだ、度会」
『非常に言いづらいんだが、総合運動公園の抜き打ち調査の後、俺をつけ回していた奴が居た』
「なんだと?!」
 度会警部が告げた言葉に、水崎警部が再び声を上げる。警察官を尾行するような人物は、通常思いつくのは犯罪者だ。水崎警部に不安がよぎる。
「それで、つけ回していた奴はどうなったんだ?」
 心配のあまり、声に力が入る。
『ああ、その事ならもう心配するな。交通課の刑事を回して、つけ回している奴を信号無視させるように仕向けておいたからな。案の定、パトカーに驚いて逃げ回った挙句、単独事故を起こして御用になった。けが人は居ないから安心してくれ』
 度会警部からの事情説明を聞いて、どうにか落ち着いた水崎警部。しかし、抜き打ち当日にそんな事をする奴が居るとは驚きだった。
「度会、もしかしたらそいつ……」
『ああ、俺もそう思っているところだ。多分、麻薬を混入させた犯人だろう。回収か何かの目的で近くに来ていて、俺の姿を見たんだろう。奴の敗因は、俺を甘く見た事だな』
 度会は鼻で笑っていた。
『そっちでも、ケシの花が見つかったという話だが、関連がないわけではなさそうだな。とりあえず、俺をつけ回した奴の取り調べの内容はそっちにも送る。参考になるかはどうかは奴次第になるがな』
「ああ、それでいいぞ。できれば早い方がいいが、簡単に口を割るとも思えないからな。それに、交通違反と交通事故じゃそれほど長く拘留できないし、情報としては望み薄か」
『確かにそうだな』
 水崎警部と度会警部はしばらく黙り込む。
『とりあえず、何か分かったらまた連絡する』
「ああ、頼むぞ」
『基本的にこっちで起きた事にしか協力はできないからな。それだけは言っておくぞ』
「もちろん、分かっているさ」
 度会警部は強く念を押していた。どうにも面倒事に首を突っ込んだ感じがして仕方ないからだ。水崎警部の方も、それは重々承知だった。
「まあ、結果が早く分かるといいな。面倒事は早く終わらせて、また昔みたいに酒を酌み交わしたいものだ」
『ああ、そうだな』
 そう言って、あとは挨拶を交わして通話を終えた水崎警部だった。
 ため息をひとつ吐くと、水崎警部は椅子に思い切りもたれ掛かる。
「くそう、高石くんの指摘通り、麻薬が混入されていたか……」
 水崎警部は天井を見上げたまま呟く。
「一体、誰が何のために、あそこへ混入させたというんだ? まったくもって意図が読み取れん」
 水崎警部が唸るくらいには、本当に不可解な話だった。
 ただ何にせよ、由々しき事態なのには変わりはなかった。ケシの花の件といい、今回のドリンクサーバーの件といい、浦見市近隣に麻薬を持ち込んだ連中が居るという事実があるのだ。正直、のんびりはしていられない。
 しかし、その途中でとんでもない人物が裏に居るのではという疑いも出てきてしまったので、どうしても慎重にならざるを得ない。世界的に猛威を振るったバーディア一家。貿易商に舵を切ったとはいえ、そこから離反した連中が暗躍しているという話のせいである。そこに、浦見市を中心とした暴力団の四方津組の残党までが加わっている。悪党と悪党が手を組んだというのだから、安易に動けないというわけである。(こいつは、想像以上に骨の折れる話だな。ある程度の組織だったものくらいに考えていたが、暴力団はおろか、海外の犯罪組織まで出てくるとはな……)
 水崎警部は、ちらりと机の中の鍵付きの引き出しを見る。
(とはいえ、市内の一中学校を舞台にこうも犯罪が繰り返されているとなると、泣き言ばかりを言ってるいるわけにはいかんな。表立った被害がないとはいえ、子どもたちの学び舎でこれ以上好き勝手をやらせるわけにはいかないからな)
 水崎警部は、今度は両肘を机について、手の甲に額を置いた。
(まったく、お前の学校がめちゃくちゃにされているというのに、お前は一体どこで何をしているというんだ……)
 まったく悩みの尽きる事のない水崎警部だった。
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