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勇者を目指せ!?

第54話 張り合う二人

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 ゼノスたちは大通りを歩いている。
 その間、通行人や周辺にある店の人間などによく視線を向けられた。
 
 イリスやレティシアの顔が認知されているわけではない。
 王族や貴族と知り合う機会などそうそうあるものではない。
 ましてや顔を見ることすら通常でありえないことなのだ。
 それだけ王族や貴族というものは、平民からすれば雲の上の存在なのだ。
 それは中立都市であるグランレイヴも例外ではない。

 では、なぜ視線を集めているのか。
 答えは簡単だ。
 
 ゼノスの脇を固める少女――イリスやレティシアが目立つ容姿をしているからである。
 ゼノスの妹のセスも人目を引く顔立ちをしているし、侍従のロゼッタも整った容姿をしている。
 決して人口の多いとはいえないグランレイヴで衆目を集めるのは必然だった。

 ただ、視線は好意的なものばかりではない。
 中には下卑たものも含まれていたのだが、実際に行動に移せるものは一人もいなかった。

 気安く声をかけられないのは、ゼノスがいたからだろう。
 ゼノスからは言外に「近づくな」というオーラが発せられていた。

 別に魔力を放出しているわけではない。
 しかし、近寄って声をかけようという猛者が現れることはなかった。

 適当なところで、五人は大通りの少しおしゃれな店に入った。
 ゼノスたちを笑顔で迎えれくれた店員は、窓辺の席へ案内してくれた。

 ゼノスの隣にセスが座り、対面にレティシアとイリス、それにロゼッタが座っている。

 五人の前には各々が注文した飲み物が置かれている。
 イリスはオレンジジュースを一口飲むと、セスへと視線を向けた。
 どことなく、ゼノスと雰囲気が似ている。

「私はゼノスと同じ学院に通っているイリス・レーベンハイトよ。……貴女はゼノスの妹さんなのよね?」
「そうだよ」
「そうだよ、じゃねーだろ。ちゃんと自己紹介しとけ」

 ゼノスはセスの頭をポンと軽く叩いて窘める。
 セスは頭に置かれた手を嫌がるどころか、むしろ嬉しそうにしている。
 
「お兄ちゃんがそう言うなら仕方ないね。ボクはセス・ヴァルフレア。お兄ちゃんの可愛い妹だよ、宜しくねっ」

 セスの言葉にイリスは呆気にとられてしまう。
 確かにイリスから見てもセスは可愛いと思える少女だ。
 だが、自分のことを可愛いと言える者は中々いない。

 しかし、その中で怯まない者もいた。

「初めまして。私はレティシア・アウグストゥスと申します。レティシアでもお義姉ちゃんでも、お好きなほうでお呼びくださって構いません。それと、困ったことがあれば何でも言ってくださいね」
「レティシア! 抜けがけはよくないわよっ」
「さて、何を仰っているのかよくわかりません」

 ゼノスと一緒になるのであれば、その妹に恩や媚を売っておくのは当然のことである。
 レティシアはそれを瞬時に悟り、行動に移したに過ぎない。

「ところでセス、急にどうした?」

 そんな駆け引きがあったとは思っていないゼノスが口を開く。

「見たところ一人だけみたいだが、親父の許可はちゃんと取ってきたんだろうな?」
「もちろんだよ。っていうか、そもそもお兄ちゃんが悪いんだからね」

 その訴えは、ほんの少し拗ねたような口ぶりだった。

「俺が何かしたか?」
「……ボクに何も言わなかったじゃないか」
「あー、でも言ったら止めたろ?」
「当たり前だよ!」

 だから言わなかったんだよ、とゼノスは頭を掻く。
 小さい頃からセスはゼノスにべったりだった。
 言えば必ずついていくと言い出しかねない、いや、きっと言うだろうと思っていた。

 そもそも、これは遊びではなく任務だ。
 任務に妹を連れて行くなどという選択肢はない。

「親父から聞いているだろう?」
「聞いたよ。でも、はいそーですかって納得できるわけないよ。それともお兄ちゃんはボクに会えて嬉しくないの?」
「そりゃ嬉しいぜ」

 久しぶりに身内に会えたのだ。
 嬉しくないはずがない。
 
「ホント!? じゃあボクも一緒に――」
「それは駄目に決まってるだろ」

 セスはあからさまにがっかりした顔を見せるが、こればっかりは叶えてやるわけにはいかない。
 第一、ゼノスが認めたところで魔術学院に通えるようになるわけではないのだ。

「せっかく会えたのに……」

 セスは俯き、悲しそうな表情を浮かべる。

「ねえ、ゼノス」

 間に入ってきたのはイリスだった。

「セスちゃんも、大好きなお兄ちゃんが急にいなくなって寂しかったんでしょ。せっかく遠いところから来たんですもの。学院長に話せば、少しくらいなら滞在を許可してくれるんじゃないかしら」
「許可してくれると思うか?」
「ええ、きっと。だってここに似たようなことをした子がいるんですもの」

 イリスは隣に視線を送る。
 レティシアはその視線をまるで意に介さず、ニコリと笑みを浮かべる。

「帝国からも口添えを致しますわ。必ず許可をくださると思います」
「いや、そこまでしてもらわなくても……」
「いえいえ、お気になさらずに。……未来の義妹いもうとになる方ですもの」
「未来の妹?」
「いえ、こちらの話です」
「お、王国からも進言するわ!」

 イリスが早口で手を上げる。
 いつの間にか、王国と帝国からセスの滞在の口添えをしてもらう流れになってしまった。
 ゼノスとしてはありがたい話ではあるが、オルフェウス学院長からすれば、新たな厄介事が舞い込んだとしか思えないだろう。

 学院長、すまねえ――ゼノスは心の中で謝った。

「ねえ、お兄ちゃん。これってどういうこと?」
「つまりな、この二人がセスが学院に滞在できるように協力するって言ってくれてるんだよ」

 権力の乱用という気がしないでもないが。

「そうなんだ? ありがとう、お姉ちゃんたち!」

 セスは少女らしい笑顔を見せながら、イリスとレティシアに礼を言った。
 人懐っこい純真な笑みだ。

「べ、別にいいのよ」
「……ええ、気にしないでください」

 二人の顔が若干赤くなっているのは、セスの笑った顔がゼノスに似ているからか。
 それとも、ただ単純に好意を向けられることに慣れていないからか。
 
「だけど、ずっといられるわけじゃねえからな? そこは理解しとけよ?」
「……はぁい」

 あからさまにテンションの下がるセスに、つい笑ってしまう。

「まあ、しばらくは一緒なんだ。そうしょんぼりするな」
「うん……」
「まったく。図体ばかりでかくなっても甘えん坊なところは小さい頃と変わらねえな」
 
 ゼノスが頭を優しく撫でてやると、セスは気持ち良さそうに目を細めた。

「ねえ、お兄ちゃん。今日は一緒に寝てもいい?」
「「⁉︎」」

 イリスとレティシアが目を見開く。

 ゼノスと一緒に寝るだなんて……羨ましい。

 最初、ゼノスはダメだと言おうとした。
 だが、勇気を出して人間の住む場所まで一人でやってきたのだ。
 それに、頭ごなしに否定するというのも教育上よくない。
 一度だけでも受け入れておけば、落ち着くだろう。
 
「仕方がねえな。今日だけだぞ?」
「――うん!」

 セスが今日一番の笑みを見せる。
 その対面で、何故かイリスとレティシアは羨ましそうにセスを見つめていた。
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