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第20話 偽聖女の妹、祈りではなく散財に夢中
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「守り、育み、浄化する。……それが、私の役目!」
私の宣言と共に、世界が塗り替えられていく。
私の中心から放たれた光は、ただの光ではなかった。
レオン様の氷の魔力と、私の聖なる力が融合した、青白く透き通った『聖なる極光(オーロラ)』だ。
それは玉座の間を満たす瘴気を一瞬にして押し流し、崩壊しかけていた天井を突き抜けて、王都の空へと駆け上がった。
ドォォォォン!!
天を衝く光の柱。
それは上空で大きく傘を開くように展開し、王都全体を覆い尽くす巨大なドーム状の結界となった。
「な、なによこれぇぇぇ!?」
ミューアが金切り声を上げた。
彼女の手の中で暴走していた黒ずんだ魔石は、私の光に触れた瞬間、パリンと小気味よい音を立てて砕け散った。
逆流しようとしていた負のエネルギーは、聖なる波動によって中和され、無害なマナとなって大気中に霧散していく。
「あ、あつい! やめて、私の魔力が消えちゃう!」
ミューアはその場にへたり込んだ。
彼女が感じている「熱」は、実際には浄化の温もりだ。
けれど、欲望と悪意に凝り固まった彼女の魂にとっては、清浄な空気こそが猛毒のように感じられるのだろう。
私は詠唱を止めない。
意識を、王都の外、結界の向こう側にまで広げる。
(聞こえる……人々の悲鳴が、恐怖が)
王都に侵入しようとしていた魔物の群れ。
ガーゴイル、ワイバーン、オーク。
数千、数万の軍勢が、結界の裂け目に群がっている。
「レオン様、力を貸してください」
「ああ。私の全てを持っていくがいい」
背後から、レオン様の力強い手が私の肩に置かれた。
彼の無限とも思える魔力が、奔流となって私の中に流れ込んでくる。
指輪とチョーカーが共鳴し、私の魔力回路を限界まで拡張させる。
『――広域殲滅浄化(グランド・ピュリフィケーション)・氷雪の聖域(スノー・サンクチュアリ)!』
カッ!
王都の上空に展開されたオーロラから、無数の光の粒が降り注いだ。
それは雪の結晶の形をしていた。
美しく、儚く、そして魔物にとっては致死的な輝きを放つ「聖なる雪」だ。
ジュワァァァァ……!
雪に触れた魔物たちが、断末魔を上げる暇もなく消滅していく。
黒い煙となって溶け、光に浄化され、跡形もなく消え去る。
空を埋め尽くしていたワイバーンの群れも、地上を這うオークの大軍も。
王都を飲み込もうとしていた絶望の津波は、たった一人の少女の祈りによって、春の陽射しを浴びた残雪のように消え去った。
数分後。
窓の外には、毒々しい紫色の雲はなく、澄み渡った青空が広がっていた。
まだ夕暮れには早いが、太陽の光が差し込み、荒廃した王都を優しく照らしている。
遠くからは、呆然とした、しかし次第に歓喜へと変わっていく市民たちの声が聞こえてきた。
「……終わった」
私はふぅ、と息を吐き、肩の力を抜いた。
少し足がふらつく。
これだけの広範囲魔法を行使したのは初めてだ。
倒れそうになった私を、すぐにレオン様の腕が支えた。
「見事だ、エルナ。……やはり君は女神だ」
「レオン様のおかげです。……貴方がいなければ、魔力切れで倒れていました」
「いいや、君の意志の強さが起こした奇跡だ」
彼は愛おしげに私の髪を撫で、それから氷のように冷たい視線を玉座の方へと向けた。
そこには、腰を抜かして失禁しているカイル殿下と、砕けた魔石の欠片を呆然と見つめるミューアがいた。
「さて。……後始末の時間だな」
レオン様の合図で、ロベルト様の筋肉部隊が動き出した。
逃げようとしていた近衛騎士たちをあっという間に拘束し、玉座の間の出入り口を完全に封鎖する。
「カイル殿下、そしてミューア。……申し開きはあるか?」
レオン様が冷徹に問いかける。
カイル殿下はガタガタと震えながら、必死に玉座にしがみついていた。
「ち、違う! 私は知らなかった! ミューアが勝手に暴走したんだ! 私は止めようとしたんだ!」
「見苦しい嘘をつくな。貴様が彼女を聖女に仕立て上げ、結界の管理を放棄させたのだろう」
「だ、だって! ミューアができると言ったんだ! 私は騙されたんだ!」
カイル殿下はミューアを指差した。
愛を囁き、共に私を追放した共犯者同士が、今や醜く罵り合っている。
「ひどい! カイル様こそ、私に『座ってるだけでいい』って言ったじゃない!」
ミューアが立ち上がり、ヒステリックに叫んだ。
彼女のドレスは煤で汚れ、自慢の巻き髪も乱れている。
かつての愛らしい「聖女」の面影はない。
「そもそも、なんでこんなことになるのよ! 私は聖女なのよ! 私が祈れば、世界は私の思い通りになるはずでしょ!?」
彼女はまだ理解していなかった。
あるいは、認めたくなかったのだろう。
私は静かに彼女の前に歩み寄った。
「ミューア。貴方は『祈り』の意味を履き違えています」
「なによ……! 偉そうに!」
「聖女の力とは、神から与えられたギフトではありません。日々の修練と、国を思う心、そして魔力の対価によって成り立つ『技術』です」
私は彼女の足元に散らばる、高価な宝石やドレスの残骸を見下ろした。
ミューアが王城に持ち込んでいた私物だ。
暴走の衝撃で鞄が弾け飛び、中身が散乱していたのだ。
「……貴方、結界が弱まっている間、何をしていましたか?」
「な、なによ……」
「ここにあるのは、最新流行のドレスのカタログ。最高級の宝飾店の領収書。エステの予約票。……そして、大量のファンレターの山」
私は床に落ちていた一枚の紙を拾い上げた。
それは、王都の有名ブランド店からの請求書だった。
金額は、平民が一生かかっても払えないほどの額だ。
「貴方は、祈りの間にこもっているフリをして、ずっと買い物をしていたのですね?」
「っ……!」
ミューアの顔が引きつった。
図星だったようだ。
「王都の空気が淀み、人々が疫病に苦しんでいる間、貴方は『新作のドレスが似合うかしら』と鏡を見ていた。井戸の水が枯れ、子供たちが泣いている間、貴方は『宝石が足りない』と癇癪を起こしていた」
私は一歩ずつ、彼女を追い詰める。
「祈りではなく散財に夢中になり、聖女としての責務を放棄した。……それが、今回の結界崩壊の真実です」
「う、うるさい! だって私は可愛いですもの! 可愛い私が着飾れば、みんな幸せな気持ちになるでしょう!? それが聖女の仕事じゃないの!?」
「なりません」
私は断言した。
「貴方の着飾った姿を見て、飢えた民の腹が膨れますか? 貴方の笑顔で、魔物が去りますか? ……現に、貴方の目の前で王都は滅びかけたではありませんか」
「そ、それは……お姉様が邪魔をしたから……」
「いいえ。貴方自身の『無能』と『怠惰』が招いた結果です」
私の言葉は、鋭い刃となって彼女のプライドを切り裂いた。
周囲にいた近衛騎士たちや、文官たちも、冷ややかな目でミューアを見ていた。
彼らも薄々は気づいていたのだ。
この新しい聖女が、金食い虫の偽物であることに。
ただ、カイル殿下の寵愛を恐れて口に出せなかっただけだ。
「ち、違う……私は……」
ミューアは後ずさり、助けを求めるようにカイル殿下を見た。
「カイル様! 言ってやってください! 私が一番だって! お姉様なんかより、私の方が聖女にふさわしいって!」
しかし、カイル殿下の反応は冷酷だった。
「……近寄るな、汚らわしい」
「え?」
「お前のせいで、私は恥をかいた! 国を危険に晒した! この浪費女が! 私の金で買い漁ったそのドレスも宝石も、すべて返せ!」
カイル殿下は掌を返した。
自分を守るために、愛していたはずのミューアを切り捨てたのだ。
「うそ……カイル様……?」
ミューアの目から涙がこぼれ落ちた。
それは演技の涙ではなく、初めて見せる本物の絶望の涙だった。
「あんなに……あんなに愛してるって言ったじゃない! 私のわがままが可愛いって! 私の笑顔が国の宝だって!」
「黙れ! それはお前が『本物の聖女』だと思っていたからだ! 偽物と分かれば用済みだ!」
あまりにも身勝手な言い分。
これには、さすがの私も、そしてレオン様も呆れ果てた。
「……どっちもどっちだな」
レオン様が氷の剣を生成し、床に突き刺した。
カキンッ!
その音に、二人はビクリと震えて黙り込んだ。
「醜い内輪揉めは牢屋でやれ。……ロベルト、連行しろ」
「おう! 任せとけ!」
ロベルト様が合図をすると、筋肉隆々の部下たちが二人を取り押さえた。
「は、離せ! 私は王太子だぞ! 不敬罪だ!」
「いやぁぁぁ! 私のドレスが汚れるぅぅぅ!」
二人は抵抗したが、マッスル部隊の拘束力の前には無力だった。
まるで荷物のように担ぎ上げられ、玉座の間から引きずり出されていく。
「ま、待って! お姉様! 助けて! 私、妹でしょ!? 家族でしょ!?」
ミューアが往生際悪く叫んだ。
「謝るわ! ごめんなさい! だから許して! また一緒に暮らしましょう!? お姉様が働いて、私が着飾る、あの楽しかった日々に……!」
最後まで、彼女は変わらなかった。
自分が搾取する側に戻りたいだけだ。
「……さようなら、ミューア」
私は冷たく告げた。
「私にはもう、新しい家族がいます。……貴方の入る場所はありません」
私の隣には、レオン様がいる。
彼は私の肩を抱き、強く頷いてくれた。
「連れて行け」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
ミューアの絶叫が遠ざかっていく。
玉座の間に、静寂が戻った。
残されたのは、私たちと、事の成り行きを見守っていた城の文官や騎士たちだけだった。
彼らはどうしていいか分からず、お互いに顔を見合わせていた。
王太子が捕まり、聖女が偽物だと露見した今、国のトップが不在となったのだ。
「……さて」
レオン様が玉座の前に立った。
座りこそしなかったが、その威圧感は王そのものだった。
「これより、この国は一時的にアイスバーン公爵家の管理下に置く。異論のある者は?」
シーン……。
誰も声を上げなかった。
むしろ、安堵の空気が流れた。
無能な王太子と偽聖女の下で破滅を待つより、圧倒的な力を持つ公爵と、奇跡を起こした本物の聖女に従う方が、よほど生き残る確率が高いと判断したのだろう。
「異議なし! 公爵閣下の指揮に従います!」
一人の騎士団長が剣を捨て、跪いた。
それを合図に、全員が一斉に膝をつき、頭を垂れた。
「エルナ様、万歳!」
「アイスバーン公爵、万歳!」
玉座の間は、新たな支配者を迎える服従の場となった。
「……これでよかったのか、エルナ」
レオン様が小声で尋ねてきた。
「君の家族を、完全に断罪してしまったが」
「はい。……悔いはありません」
私は胸を張った。
心が痛まないと言えば嘘になる。
かつては、仲の良い姉妹だった時期もあったかもしれない。
でも、彼女が私を裏切り、国を危機に晒した事実は消えない。
情けをかけて許すことは、彼女のためにも、国のためにもならないのだ。
「それに、私にはやるべきことがあります。……この国の立て直しです」
私は窓の外、復興を待つ王都の街並みを見つめた。
瘴気は晴れたが、被害は甚大だ。
水路の整備、農地の回復、病人の治療。
聖女の仕事は山積みだ。
「付き合おう。……君が望むなら、この国の王になってやってもいい」
レオン様が冗談めかして言ったが、彼の目は本気だった。
彼なら本当にやってのけるだろう。
「王様は結構です。……私は、辺境の公爵夫人で十分幸せですから」
「そうか。……なら、さっさと仕事を片付けて、北へ帰ろう。あそこが私たちの家だ」
「はい、レオン様」
私たちは微笑み合った。
だが、物語はまだ終わらない。
カイル殿下とミューアを捕らえたことで、全てが解決したわけではなかった。
この国の腐敗は、もっと根深いところにあったのだ。
そして、ミューアが散財していた金の出処。
王都の闇市場と繋がっていた、黒幕の存在。
「……レオン様、これを見てください」
ミューアが落としていった請求書の束を整理していたセバスチャンが、一枚の書類を差し出した。
それは、違法な闇魔法具の取引明細だった。
そして、そこには意外な人物のサインが記されていた。
『宰相 バルドス』
国王が病に伏せている間、国政を取り仕切っていた実力者。
カイル殿下を操り、ミューアを増長させ、国を混乱に陥れた真の黒幕。
「……なるほど。狸がまだ一匹残っていたか」
レオン様の瞳が、再び狩人の色を帯びた。
「エルナ。最後の掃除だ。……国の膿を、全て出し切るぞ」
「はい!」
ミューアの「散財」が残した証拠が、皮肉にも国を救う鍵となる。
偽聖女の浪費癖も、最後には役に立ったということか。
私たちは玉座の間を後にし、宰相の執務室へと向かった。
そこには、この騒動の間も姿を見せなかった老獪な男が、逃亡の準備を整えて待っているはずだ。
「逃がさんぞ。……私の領地を荒らそうとした罪、その命で償ってもらう」
最強の公爵夫婦の「ざまぁ」劇は、クライマックスへと加速していく。
(第20話 完)
私の宣言と共に、世界が塗り替えられていく。
私の中心から放たれた光は、ただの光ではなかった。
レオン様の氷の魔力と、私の聖なる力が融合した、青白く透き通った『聖なる極光(オーロラ)』だ。
それは玉座の間を満たす瘴気を一瞬にして押し流し、崩壊しかけていた天井を突き抜けて、王都の空へと駆け上がった。
ドォォォォン!!
天を衝く光の柱。
それは上空で大きく傘を開くように展開し、王都全体を覆い尽くす巨大なドーム状の結界となった。
「な、なによこれぇぇぇ!?」
ミューアが金切り声を上げた。
彼女の手の中で暴走していた黒ずんだ魔石は、私の光に触れた瞬間、パリンと小気味よい音を立てて砕け散った。
逆流しようとしていた負のエネルギーは、聖なる波動によって中和され、無害なマナとなって大気中に霧散していく。
「あ、あつい! やめて、私の魔力が消えちゃう!」
ミューアはその場にへたり込んだ。
彼女が感じている「熱」は、実際には浄化の温もりだ。
けれど、欲望と悪意に凝り固まった彼女の魂にとっては、清浄な空気こそが猛毒のように感じられるのだろう。
私は詠唱を止めない。
意識を、王都の外、結界の向こう側にまで広げる。
(聞こえる……人々の悲鳴が、恐怖が)
王都に侵入しようとしていた魔物の群れ。
ガーゴイル、ワイバーン、オーク。
数千、数万の軍勢が、結界の裂け目に群がっている。
「レオン様、力を貸してください」
「ああ。私の全てを持っていくがいい」
背後から、レオン様の力強い手が私の肩に置かれた。
彼の無限とも思える魔力が、奔流となって私の中に流れ込んでくる。
指輪とチョーカーが共鳴し、私の魔力回路を限界まで拡張させる。
『――広域殲滅浄化(グランド・ピュリフィケーション)・氷雪の聖域(スノー・サンクチュアリ)!』
カッ!
王都の上空に展開されたオーロラから、無数の光の粒が降り注いだ。
それは雪の結晶の形をしていた。
美しく、儚く、そして魔物にとっては致死的な輝きを放つ「聖なる雪」だ。
ジュワァァァァ……!
雪に触れた魔物たちが、断末魔を上げる暇もなく消滅していく。
黒い煙となって溶け、光に浄化され、跡形もなく消え去る。
空を埋め尽くしていたワイバーンの群れも、地上を這うオークの大軍も。
王都を飲み込もうとしていた絶望の津波は、たった一人の少女の祈りによって、春の陽射しを浴びた残雪のように消え去った。
数分後。
窓の外には、毒々しい紫色の雲はなく、澄み渡った青空が広がっていた。
まだ夕暮れには早いが、太陽の光が差し込み、荒廃した王都を優しく照らしている。
遠くからは、呆然とした、しかし次第に歓喜へと変わっていく市民たちの声が聞こえてきた。
「……終わった」
私はふぅ、と息を吐き、肩の力を抜いた。
少し足がふらつく。
これだけの広範囲魔法を行使したのは初めてだ。
倒れそうになった私を、すぐにレオン様の腕が支えた。
「見事だ、エルナ。……やはり君は女神だ」
「レオン様のおかげです。……貴方がいなければ、魔力切れで倒れていました」
「いいや、君の意志の強さが起こした奇跡だ」
彼は愛おしげに私の髪を撫で、それから氷のように冷たい視線を玉座の方へと向けた。
そこには、腰を抜かして失禁しているカイル殿下と、砕けた魔石の欠片を呆然と見つめるミューアがいた。
「さて。……後始末の時間だな」
レオン様の合図で、ロベルト様の筋肉部隊が動き出した。
逃げようとしていた近衛騎士たちをあっという間に拘束し、玉座の間の出入り口を完全に封鎖する。
「カイル殿下、そしてミューア。……申し開きはあるか?」
レオン様が冷徹に問いかける。
カイル殿下はガタガタと震えながら、必死に玉座にしがみついていた。
「ち、違う! 私は知らなかった! ミューアが勝手に暴走したんだ! 私は止めようとしたんだ!」
「見苦しい嘘をつくな。貴様が彼女を聖女に仕立て上げ、結界の管理を放棄させたのだろう」
「だ、だって! ミューアができると言ったんだ! 私は騙されたんだ!」
カイル殿下はミューアを指差した。
愛を囁き、共に私を追放した共犯者同士が、今や醜く罵り合っている。
「ひどい! カイル様こそ、私に『座ってるだけでいい』って言ったじゃない!」
ミューアが立ち上がり、ヒステリックに叫んだ。
彼女のドレスは煤で汚れ、自慢の巻き髪も乱れている。
かつての愛らしい「聖女」の面影はない。
「そもそも、なんでこんなことになるのよ! 私は聖女なのよ! 私が祈れば、世界は私の思い通りになるはずでしょ!?」
彼女はまだ理解していなかった。
あるいは、認めたくなかったのだろう。
私は静かに彼女の前に歩み寄った。
「ミューア。貴方は『祈り』の意味を履き違えています」
「なによ……! 偉そうに!」
「聖女の力とは、神から与えられたギフトではありません。日々の修練と、国を思う心、そして魔力の対価によって成り立つ『技術』です」
私は彼女の足元に散らばる、高価な宝石やドレスの残骸を見下ろした。
ミューアが王城に持ち込んでいた私物だ。
暴走の衝撃で鞄が弾け飛び、中身が散乱していたのだ。
「……貴方、結界が弱まっている間、何をしていましたか?」
「な、なによ……」
「ここにあるのは、最新流行のドレスのカタログ。最高級の宝飾店の領収書。エステの予約票。……そして、大量のファンレターの山」
私は床に落ちていた一枚の紙を拾い上げた。
それは、王都の有名ブランド店からの請求書だった。
金額は、平民が一生かかっても払えないほどの額だ。
「貴方は、祈りの間にこもっているフリをして、ずっと買い物をしていたのですね?」
「っ……!」
ミューアの顔が引きつった。
図星だったようだ。
「王都の空気が淀み、人々が疫病に苦しんでいる間、貴方は『新作のドレスが似合うかしら』と鏡を見ていた。井戸の水が枯れ、子供たちが泣いている間、貴方は『宝石が足りない』と癇癪を起こしていた」
私は一歩ずつ、彼女を追い詰める。
「祈りではなく散財に夢中になり、聖女としての責務を放棄した。……それが、今回の結界崩壊の真実です」
「う、うるさい! だって私は可愛いですもの! 可愛い私が着飾れば、みんな幸せな気持ちになるでしょう!? それが聖女の仕事じゃないの!?」
「なりません」
私は断言した。
「貴方の着飾った姿を見て、飢えた民の腹が膨れますか? 貴方の笑顔で、魔物が去りますか? ……現に、貴方の目の前で王都は滅びかけたではありませんか」
「そ、それは……お姉様が邪魔をしたから……」
「いいえ。貴方自身の『無能』と『怠惰』が招いた結果です」
私の言葉は、鋭い刃となって彼女のプライドを切り裂いた。
周囲にいた近衛騎士たちや、文官たちも、冷ややかな目でミューアを見ていた。
彼らも薄々は気づいていたのだ。
この新しい聖女が、金食い虫の偽物であることに。
ただ、カイル殿下の寵愛を恐れて口に出せなかっただけだ。
「ち、違う……私は……」
ミューアは後ずさり、助けを求めるようにカイル殿下を見た。
「カイル様! 言ってやってください! 私が一番だって! お姉様なんかより、私の方が聖女にふさわしいって!」
しかし、カイル殿下の反応は冷酷だった。
「……近寄るな、汚らわしい」
「え?」
「お前のせいで、私は恥をかいた! 国を危険に晒した! この浪費女が! 私の金で買い漁ったそのドレスも宝石も、すべて返せ!」
カイル殿下は掌を返した。
自分を守るために、愛していたはずのミューアを切り捨てたのだ。
「うそ……カイル様……?」
ミューアの目から涙がこぼれ落ちた。
それは演技の涙ではなく、初めて見せる本物の絶望の涙だった。
「あんなに……あんなに愛してるって言ったじゃない! 私のわがままが可愛いって! 私の笑顔が国の宝だって!」
「黙れ! それはお前が『本物の聖女』だと思っていたからだ! 偽物と分かれば用済みだ!」
あまりにも身勝手な言い分。
これには、さすがの私も、そしてレオン様も呆れ果てた。
「……どっちもどっちだな」
レオン様が氷の剣を生成し、床に突き刺した。
カキンッ!
その音に、二人はビクリと震えて黙り込んだ。
「醜い内輪揉めは牢屋でやれ。……ロベルト、連行しろ」
「おう! 任せとけ!」
ロベルト様が合図をすると、筋肉隆々の部下たちが二人を取り押さえた。
「は、離せ! 私は王太子だぞ! 不敬罪だ!」
「いやぁぁぁ! 私のドレスが汚れるぅぅぅ!」
二人は抵抗したが、マッスル部隊の拘束力の前には無力だった。
まるで荷物のように担ぎ上げられ、玉座の間から引きずり出されていく。
「ま、待って! お姉様! 助けて! 私、妹でしょ!? 家族でしょ!?」
ミューアが往生際悪く叫んだ。
「謝るわ! ごめんなさい! だから許して! また一緒に暮らしましょう!? お姉様が働いて、私が着飾る、あの楽しかった日々に……!」
最後まで、彼女は変わらなかった。
自分が搾取する側に戻りたいだけだ。
「……さようなら、ミューア」
私は冷たく告げた。
「私にはもう、新しい家族がいます。……貴方の入る場所はありません」
私の隣には、レオン様がいる。
彼は私の肩を抱き、強く頷いてくれた。
「連れて行け」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
ミューアの絶叫が遠ざかっていく。
玉座の間に、静寂が戻った。
残されたのは、私たちと、事の成り行きを見守っていた城の文官や騎士たちだけだった。
彼らはどうしていいか分からず、お互いに顔を見合わせていた。
王太子が捕まり、聖女が偽物だと露見した今、国のトップが不在となったのだ。
「……さて」
レオン様が玉座の前に立った。
座りこそしなかったが、その威圧感は王そのものだった。
「これより、この国は一時的にアイスバーン公爵家の管理下に置く。異論のある者は?」
シーン……。
誰も声を上げなかった。
むしろ、安堵の空気が流れた。
無能な王太子と偽聖女の下で破滅を待つより、圧倒的な力を持つ公爵と、奇跡を起こした本物の聖女に従う方が、よほど生き残る確率が高いと判断したのだろう。
「異議なし! 公爵閣下の指揮に従います!」
一人の騎士団長が剣を捨て、跪いた。
それを合図に、全員が一斉に膝をつき、頭を垂れた。
「エルナ様、万歳!」
「アイスバーン公爵、万歳!」
玉座の間は、新たな支配者を迎える服従の場となった。
「……これでよかったのか、エルナ」
レオン様が小声で尋ねてきた。
「君の家族を、完全に断罪してしまったが」
「はい。……悔いはありません」
私は胸を張った。
心が痛まないと言えば嘘になる。
かつては、仲の良い姉妹だった時期もあったかもしれない。
でも、彼女が私を裏切り、国を危機に晒した事実は消えない。
情けをかけて許すことは、彼女のためにも、国のためにもならないのだ。
「それに、私にはやるべきことがあります。……この国の立て直しです」
私は窓の外、復興を待つ王都の街並みを見つめた。
瘴気は晴れたが、被害は甚大だ。
水路の整備、農地の回復、病人の治療。
聖女の仕事は山積みだ。
「付き合おう。……君が望むなら、この国の王になってやってもいい」
レオン様が冗談めかして言ったが、彼の目は本気だった。
彼なら本当にやってのけるだろう。
「王様は結構です。……私は、辺境の公爵夫人で十分幸せですから」
「そうか。……なら、さっさと仕事を片付けて、北へ帰ろう。あそこが私たちの家だ」
「はい、レオン様」
私たちは微笑み合った。
だが、物語はまだ終わらない。
カイル殿下とミューアを捕らえたことで、全てが解決したわけではなかった。
この国の腐敗は、もっと根深いところにあったのだ。
そして、ミューアが散財していた金の出処。
王都の闇市場と繋がっていた、黒幕の存在。
「……レオン様、これを見てください」
ミューアが落としていった請求書の束を整理していたセバスチャンが、一枚の書類を差し出した。
それは、違法な闇魔法具の取引明細だった。
そして、そこには意外な人物のサインが記されていた。
『宰相 バルドス』
国王が病に伏せている間、国政を取り仕切っていた実力者。
カイル殿下を操り、ミューアを増長させ、国を混乱に陥れた真の黒幕。
「……なるほど。狸がまだ一匹残っていたか」
レオン様の瞳が、再び狩人の色を帯びた。
「エルナ。最後の掃除だ。……国の膿を、全て出し切るぞ」
「はい!」
ミューアの「散財」が残した証拠が、皮肉にも国を救う鍵となる。
偽聖女の浪費癖も、最後には役に立ったということか。
私たちは玉座の間を後にし、宰相の執務室へと向かった。
そこには、この騒動の間も姿を見せなかった老獪な男が、逃亡の準備を整えて待っているはずだ。
「逃がさんぞ。……私の領地を荒らそうとした罪、その命で償ってもらう」
最強の公爵夫婦の「ざまぁ」劇は、クライマックスへと加速していく。
(第20話 完)
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帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
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