「偽聖女の妹が良い」と婚約破棄された私、辺境の呪われ公爵様に拾われ溺愛されています~今さら国が滅びそうと泣きつかれても手遅れです~

eringi

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第22話 調査団の報告「本物の聖女は北にいます」

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「寒くはないか、エルナ」

「はい、レオン様。……貴方の腕の中は、世界で一番温かいですから」

星々が煌めく夜空の下、私たちは氷竜の背に揺られながら、北への帰路についていた。
眼下には、深い藍色に沈む山脈と、月明かりを反射して銀色に光る雪原が広がっている。
王都での騒動が嘘のような、静謐で美しい世界だ。

レオン様は後ろから私をすっぽりと自身のマントで包み込み、その体温を分け与えてくれている。
耳元で聞こえる彼の鼓動は、戦闘中の激しいものではなく、今は穏やかで規則正しいリズムを刻んでいた。

「……王都は、もうあんなに小さくなってしまったな」

レオン様が顎で後ろを示した。
私が振り返ると、地平線の彼方に、微かな光の粒が見えた。
あれが、私が生まれ育ち、そして今日、永遠に決別した場所。

「寂しいか?」

「……いいえ」

私は首を横に振った。
強がりではなく、本心だった。

「少し前までは、あの場所に未練がありました。父に認められたい、カイル様に愛されたい、国民の役に立ちたい……そんな思いに縛られていました」

私は胸元のチョーカーに触れた。
レオン様が贈ってくれた、青い氷魔石。

「でも、今は違います。私が守りたいものは、後ろではなく、前……北の地にありますから」

「そうか」

レオン様がマント越しに私を抱きしめる腕に、力がこもった。

「君が前を向いてくれて嬉しいよ。……だが、もし君が望むなら、いつでも王都を焼き払いに行こう。君が涙を流す原因になるものは、この世から消し去っておきたい」

「物騒なことを言わないでください。……もう、十分に『お仕置き』はしましたわ」

私たちは顔を見合わせて笑った。
空を行く風が、私たちの笑い声を運んでいく。
それは、長い悪夢から覚めた後のような、清々しい安らぎだった。

   ***

一方その頃、王都ルミナス。
エルナとレオンハルトが去った後の王城では、深夜にもかかわらず、緊急の御前会議(王族不在のため、実際には貴族評議会)が開かれていた。

円卓を囲むのは、国の重鎮たちと、教会本部から派遣された高位神官たちだ。
部屋の中央には、依然として氷漬けにされたままの元宰相バルドスが、不気味なオブジェとして置かれている(溶かす方法が分からず、とりあえず証拠品として搬入されたのだ)。

「……では、報告を」

議長を務める老侯爵が、重苦しい声で促した。
立ち上がったのは、教会から派遣された「聖女認定調査団」の団長だった。
彼らは本来、ミューアの聖女認定を正式に行うために来訪していたのだが、到着早々に王都の崩壊と再生を目撃することになったのだ。

「はい。……結論から申し上げます」

調査団長は、震える手で羊皮紙のレポートを広げた。
その顔色は青ざめ、額には脂汗が滲んでいる。

「今回、王都を襲った大規模な魔物の襲撃、および瘴気の噴出。これらを鎮静化し、都市全域に強力な浄化結界を再構築したのは……ミューア・フォレスティ様ではありません」

彼はゴクリと唾を飲み込んだ。

「魔力残滓の解析、および目撃した数千の市民の証言により、断定いたします。……あれは、エルナ・フォレスティ様による御業(みわざ)です」

シン……と会議室が静まり返った。
誰もが知っていた事実だが、教会の権威によって正式に「認定」されたことの意味は重い。

「さらに、ミューア様の部屋から押収された日記や、神官たちの証言を精査した結果……彼女が聖女としての務めを放棄し、魔道具による偽装を行っていたことも明らかになりました。つまり、彼女は『偽聖女』であり、エルナ様こそが『本物の聖女』であったと結論付けざるを得ません」

「……なんということだ」

貴族の一人が頭を抱えた。

「我々は、本物を追放し、偽物を崇めていたというのか……」
「しかも、あのような非道な扱いをして……」

会議室に、深い後悔と絶望が広がっていく。
エルナが去った今、王都の結界は彼女が最後に残してくれた魔力によって維持されている。
だが、それも永遠ではない。数年、あるいは数十年後、その魔力が尽きた時、誰がこの国を守るのか?

「で、では、エルナ様を呼び戻すことはできないのか!?」
「そうだ! 謝罪しよう! 賠償金も払う! 何としてでも彼女に戻ってきてもらわねば!」

パニックになった貴族たちが叫ぶ。
しかし、調査団長は首を横に振った。

「不可能です」

彼は冷徹な事実を突きつけた。

「エルナ様は、アイスバーン公爵と『魂の契約』とも呼べる深い魔力パスで結ばれていました。あの浄化の光……あれは、公爵の氷の魔力と、聖女の力が融合したものです。つまり、彼女の力は今や、公爵と共にあって初めて完全なものとなるのです」

彼は窓の外、北の空を見上げた。

「それに、公爵閣下のあの言葉……『私の妻』という宣言。あれは、ただの婚約発表ではありません。北の領土法における、絶対不可侵の所有宣言です。もし我々が再び彼女に手を出そうとすれば、今度こそ公爵は、ためらいなくこの国を地図から消すでしょう」

「……詰み、か」

老侯爵が力なく椅子に背を預けた。
最強の武力を持つ公爵と、最強の守護力を持つ聖女。
その二人が手を組み、国を去ったのだ。
王都に残されたのは、荒廃した街と、愚かな選択をしたという重い十字架だけ。

「報告書のタイトルはどうしますか?」

書記官が尋ねた。
調査団長は、深くため息をついてから、ペンを取った。
そして、震える文字でこう記した。

『調査団最終報告書:
 王都に聖女なし。
 真の聖女は、北にいます。
 ――我々は、二度と取り戻せない光を失いました』

その報告書は、翌日には国中に、そして近隣諸国にも公表されることになった。
それは、王国の没落と、北の公爵領の台頭を決定づける歴史的な文書となったのである。

   ***

そんな王都の悲痛な空気など知る由もなく。
夜明けと共に、私たちはアイスバーン城へと帰還した。

朝日が昇り、雪化粧をした尖塔がバラ色に染まる。
慣れ親しんだ(といってもまだ数ヶ月だが)我が家が見えてくると、胸の奥がじんわりと温かくなった。

「帰ってきたな」

「はい。……綺麗ですね、私たちの城」

レオン様が氷竜を中庭に降ろすと、そこにはすでに大勢の人影があった。
執事のセバスチャン、メイド長のマーサ、そして城の使用人たちが総出で整列している。
さらには、城下町から駆けつけたのか、ハンスさんをはじめとする領民たちの姿も見えた。

「旦那様! エルナ様!」
「ご無事で!」

私たちが地面に降り立つと、ワッと歓声が上がり、みんなが駆け寄ってきた。

「おかえりなさいませ! 王都の空が光ったと聞いて、心配しておりました!」
「エルナ様、怪我はありませんか!? 顔色が少し青いようですが……」

マーサさんが私の手を取り、母親のように心配そうに覗き込んでくる。
その手の温もりに、張り詰めていた緊張の糸が完全に切れた。

「ただいま戻りました、マーサさん。……大丈夫です。少し魔力を使いすぎて、疲れただけですから」

「まあ、大変! すぐに温かいスープと、お風呂を用意させますわ!」
「いや、まずは俺の焼いたパンを食ってくれ! 精がつきますよ!」

みんなが口々に私を労ってくれる。
王都では「英雄」として遠巻きに崇められたり、「道具」として利用されたりすることはあっても、こんな風に「家族」として心配されたことはなかった。

「……人気者だな、エルナは」

レオン様が苦笑しながら、私の肩を抱いた。
彼もまた、領民たちから「よくぞ奥様を守って帰ってきてくれました!」と称賛されている。
かつて「氷の魔物」と恐れられていた公爵の姿は、もうどこにもない。

「旦那様、エルナ様」

セバスチャンが一歩進み出て、深々と頭を下げた。

「お二人が無事に戻られたこと、家令としてこれ以上の喜びはございません。……そして、王都でのご活躍、風の便りに聞いております。これで名実ともに、エルナ様はこの北の地の『象徴』となられましたな」

「大げさだ、セバスチャン。私たちはただ、降りかかる火の粉を払ってきただけだ」

レオン様は照れくさそうに言ったが、セバスチャンは真面目な顔で首を横に振った。

「いいえ。今朝方、隣国の情報屋から早馬が届きました。……王都の評議会が正式に『聖女は北にいる』と認めたそうです。これにより、我が領地には今後、多くの商人や移住者が押し寄せることでしょう」

「……面倒なことになりそうだな」

レオン様は眉をひそめたが、その目は笑っていた。

「だが、望むところだ。エルナが守り、私が治めるこの地を、世界で一番豊かな場所にしてみせる」

彼は領民たちの方を向き、高らかに宣言した。

「皆、聞け! 我々の聖女が帰還した! 今日は無礼講だ! 城の蔵を開放し、勝利と帰還を祝う宴を開くぞ!」

「うおおおおおおお!!」

歓喜の声が冬の空に響き渡る。
ロベルト様も「宴か! プロテインはあるか!?」と騒ぎながら合流し、城は一気にお祭り騒ぎとなった。

   ***

その夜。
宴の喧騒から少し離れて、私はレオン様と共に自室のバルコニーに出ていた。
手にしているのは、ホットワインの入ったグラス。
冷たい夜風が、火照った頬に心地よい。

「……疲れたか?」

レオン様が私の背中を優しく撫でた。

「少しだけ。でも、心地よい疲れです」

私は彼に寄りかかり、夜空を見上げた。
王都の空とは違う、澄み切った北の星空。
オーロラが薄っすらとカーテンのように揺れている。

「レオン様。……私、本当にここに来てよかった」

「……」

「追放された時は、人生が終わったと思いました。でも、それは新しい人生の始まりだったんですね」

グラスの中のワインが揺れる。

「貴方に拾われて、愛されて、自分の価値を知ることができました。……今の私は、世界で一番幸せな『元』聖女です」

「『元』はいらないな」

レオン様が私のグラスを取り上げ、サイドテーブルに置いた。
そして、私の両手を包み込むように握りしめた。

「君は、私にとって唯一無二の、永遠の聖女だ。……いや、聖女という肩書きすら邪魔だな。ただのエルナでいい」

彼の顔が近づいてくる。
蒼い瞳に、私の顔が映っている。

「愛している、エルナ。……これからは、何ものにも邪魔されず、二人で生きていこう」

「はい、レオン様」

私たちは、静かに唇を重ねた。
誰に見せるわけでもない、二人だけの誓いのキス。
王都での戦いのような激しさはないけれど、じんわりと心に染み渡るような、深い愛情に満ちた口付けだった。

「……さて」

唇を離すと、レオン様が悪戯っぽく笑った。
その笑顔に、少しだけ危険な気配が混じる。

「王都への遠征中、ずっと我慢していたことがあるんだが」

「……なんでしょう?」

嫌な予感(というか甘い予感)がして、私は一歩後ずさった。

「『勝利の美酒』を味わうのを忘れていたと思ってな」

彼は私を軽々と抱き上げた。

「宴はまだ続いているが、主役たちはそろそろ退場してもいい頃だろう? ……ベッドの中で、二人きりの祝勝会を始めようか」

「レ、レオン様! まだ夜は始まったばかりですわ!」

「だからいいんじゃないか。たっぷりと時間がある」

彼はスタスタと寝室へと向かう。
その足取りには迷いがない。

「覚悟しておけと言っただろう? 王都では色々と邪魔が入ったからな。……その分もまとめて、愛させてもらう」

「うぅ……お手柔らかにお願いします……」

「善処する。……が、約束はできないな。君が可愛すぎるのが悪い」

寝室の扉が閉まり、甘い夜が幕を開ける。
外では領民たちの笑い声と音楽が響いているが、この部屋の中だけは、世界から切り離された二人だけの楽園だった。

こうして、私たちは本当の意味で「家」に帰ってきた。
過去との決別、世間への証明、そして深まった愛。
全てを手に入れた私たちは、これから始まる新しい日々――「辺境でのスローライフ(ただし公爵様の溺愛付き)」に向けて、幸せな眠りにつくのだった。

   ***

翌日からは、予想通り忙しくも充実した日々が始まった。
「本物の聖女」がいるという噂を聞きつけ、各国の商人や使節団が訪問を求めてきたのだ。
セバスチャンは対応に追われ、レオン様は「エルナを見るなら拝観料を取るぞ」と冗談半分(半分本気)で牽制している。

一方、ロベルト様は「この城の警備は俺の筋肉に任せろ!」と言って、なぜか城の庭にトレーニングジムを作り始めてしまった。
ハンスさんたち農場チームも、「聖女様野菜」のブランド化に向けて張り切っている。

そんな賑やかな日常の中で、私は今日もレオン様の隣で笑っている。
王都からの報告書――『調査団の報告』が届いたのは、それから数日後のことだった。
そこには、私たちの勝利と、王国の深い後悔が記されていたけれど。
私はそれを一読した後、暖炉の火にくべてしまった。

「過去は燃やして、暖を取るのが一番ですわ」

そう言って微笑むと、レオン様は「いい女だ」と言って、また私にキスをするのだ。

第22話 完
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