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第26話 氷の魔法vs王家の剣。格が違いました
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「……逃げ出した、ですって?」
セバスチャンからもたらされた報告に、私は思わずティーカップを取り落としそうになった。
隣で書類を見ていたレオン様も、ペンを止めて顔を上げた。
「はい。昨夜未明、王都の地下牢にて爆発騒ぎがありまして。その混乱に乗じて、カイル・ルミナス元王太子が脱獄したとのことです」
セバスチャンの表情は険しい。
カイル殿下は、ミューアやバルドス元宰相と共に、厳重な警備下の牢獄にいたはずだ。
魔力も封じられ、協力者もいないはずの彼が、どうやって?
「手引きした者がいるのか?」
レオン様が低い声で尋ねる。
「どうやら、カイル様を信奉する一部の近衛騎士――王家至上主義の過激派残党が手を貸したようです。彼らは王家の宝物庫を襲撃し、ある『国宝』を持ち出して逃走しました」
「国宝?」
「はい。建国王が使用したとされる伝説の武器……『聖剣グランドリオン』です」
聖剣グランドリオン。
歴史の授業で習ったことがある。
あらゆる魔を断ち切り、所有者に無敵の力を与えるという、王家最大の秘宝だ。
ただし、その剣に認められた「真の勇者」にしか抜くことはできないと言われている。
「あの馬鹿が、聖剣を持ち出しただと?」
レオン様が鼻で笑った。
「抜けるわけがない。あれは高密度の魔力制御装置だ。カイル程度の魔力と精神力では、剣に振り回されて自滅するのがオチだ」
「ですが、実際に宝物庫から剣が消えております。そして……目撃情報によれば、彼らは北へ向かっていると」
北へ。
つまり、ここだ。
「……執念深いな」
レオン様は呆れたようにため息をつき、立ち上がった。
「まだエルナを諦めていないのか、それとも私への復讐か。……どちらにせよ、これが最後の足掻きだろう」
「レオン様……」
「心配するな、エルナ。聖剣だろうが何だろうが、私の氷の前ではただの鉄屑だ」
彼は私の肩を抱き、安心させるように微笑んだ。
「結婚式の前の最後の厄介払いだ。……今度こそ、二度と立ち上がれないように心をへし折ってやる」
***
その日の夕刻。
アイスバーン城の前庭は、異様な緊張感に包まれていた。
吹雪が吹き荒れる中、一台の装甲馬車が強行突破を図り、城門を突き破って侵入してきたのだ。
馬車を守るように、数名の騎士たちが剣を構えて走っている。
彼らの目は血走り、どこか狂信的な光を宿していた。
「止まれ! ここをどこだと思っている!」
ロベルト様率いる警備隊が立ちはだかる。
しかし、馬車の扉が蹴破られ、中から一人の男が飛び出した。
「退けぇぇぇ! 私は王だ! 真の王になる男だ!」
ボロボロの衣服に身を包み、髪を振り乱した男。
カイル殿下だ。
その手には、不釣り合いなほど巨大で、黄金に輝く剣が握られていた。
聖剣グランドリオン。
刀身からはバチバチと火花のような魔力が迸り、周囲の空気を振動させている。
「おおおおお!」
カイル殿下が剣を振るうと、黄金の衝撃波が放たれ、ロベルト様の部下たちが数名吹き飛ばされた。
「ぬっ、なんだあの剣は!? マッスルガードを貫通しやがった!」
ロベルト様が驚愕する。
聖剣の威力は本物のようだ。
カイル殿下は剣の力に酔いしれるように、狂った笑みを浮かべていた。
「ははは! 見たか! これが王家の力だ! 聖剣に選ばれた私こそが正義なのだ!」
彼は城のエントランスを見上げ、叫んだ。
「出てこい、アイスバーン公爵! そしてエルナ! 迎えに来てやったぞ!」
テラスに、私とレオン様が姿を現した。
眼下で暴れる元婚約者の姿は、あまりにも哀れで、そして醜悪だった。
「……聖剣に選ばれた、か。よく言う」
レオン様が冷ややかに見下ろす。
「見ろ、エルナ。彼の手を」
言われてよく見ると、聖剣を握るカイル殿下の手は、黒く変色し、煙を上げていた。
剣の柄から伸びた茨のような魔力が、彼の腕に食い込み、生命力を吸い上げているのだ。
彼は剣を使っているのではない。
剣に寄生され、操られているのだ。
「カイル様、もうやめてください! その剣は貴方を殺そうとしています!」
私が叫ぶと、カイル殿下はこちらを向いた。
その瞳は濁り、焦点が合っていない。
「エルナ……ああ、エルナ! 美しい私のエルナ! 今行くぞ! その化け物を倒して、君を救い出してやる!」
「救う? 貴方が私を?」
「そうだ! 私は勇者になったんだ! この聖剣があれば、氷の魔公爵など敵ではない! 私が君を守るんだ!」
彼は完全に妄想の世界に生きていた。
過去の過ちも、自分が犯した罪も、すべて忘却の彼方に追いやり、自分を悲劇のヒーローに仕立て上げている。
「……話にならんな」
レオン様が手すりに足をかけ、ふわりと飛び降りた。
着地音もなく、雪の上に舞い降りる。
その姿は優雅で、圧倒的な強者の余裕に満ちていた。
「やめろ、レオン様!」
ロベルト様が叫ぶ。
「あの剣はやべぇ! 触れたら魔力ごと持っていかれるぞ! 遠距離から魔法で……」
「必要ない」
レオン様はロベルト様を手で制し、ゆっくりとカイル殿下へ歩み寄った。
武器は持っていない。素手だ。
「公爵ぅぅぅ! よくぞ降りてきた! 貴様を切り刻んで、エルナへの生贄にしてやる!」
カイル殿下は聖剣を構え、突進してきた。
聖剣が唸りを上げ、空間ごと切り裂くようなエネルギーを放つ。
単純な破壊力なら、確かに脅威だ。
しかし、レオン様は歩みを止めなかった。
「死ねぇぇぇ!」
カイル殿下が剣を振り下ろす。
黄金の閃光がレオン様を直撃する――かに見えた。
カキンッ!
澄んだ音が、雪原に響き渡った。
「な……?」
カイル殿下の動きが止まった。
振り下ろされた聖剣は、レオン様の鼻先数センチのところで静止していた。
いや、止められていた。
レオン様が人差し指一本で生成した、小さな氷の盾によって。
「……その程度か?」
レオン様は退屈そうに言った。
「王家の至宝、聖剣グランドリオン。……使い手が三流だと、ただの重たい棒切れだな」
「ば、馬鹿な……! 聖剣だぞ!? あらゆる魔法を無効化し、すべてを断ち切る最強の剣だぞ!」
「『聖剣』の定義が古すぎる。……私の氷は、概念すら凍結させる」
レオン様が指を弾く。
パリーン!
聖剣を受け止めていた氷の盾が砕け散ると同時に、強烈な衝撃波がカイル殿下を襲った。
「ぐわぁぁぁ!」
カイル殿下は後方へ吹き飛ばされ、雪の上に転がった。
しかし、聖剣は手から離れない。
呪いのように張り付き、彼を無理やり立たせる。
「まだだ……まだ終わらん! 私は王だ! エルナを取り戻すんだ!」
彼は血を吐きながら立ち上がった。
その執念だけは凄まじい。
だが、それは愛ではない。ただの執着と、傷ついたプライドを守るための自己防衛だ。
「エルナはモノではない。私の愛する妻だ」
レオン様の手から、蒼い魔力が溢れ出した。
周囲の雪が舞い上がり、吹雪となって彼を包む。
「貴様には分からんだろうな。……剣の力に頼り、権威に縋り、自分の足で立とうともしない貴様には」
「うるさい! 貴様ごときに何が分かる! 私は選ばれた人間なんだ!」
カイル殿下は半狂乱で聖剣を振り回した。
黄金の斬撃が乱れ飛ぶ。
だが、レオン様はそのすべてを、最小限の動きで回避した。
まるでダンスを踊るように。
雪の上を滑るように移動し、カイル殿下の隙をついて懐に入り込む。
「格が違うと言っているんだ」
レオン様の手のひらが、カイル殿下の胸元に添えられた。
「『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』」
ドォン!
打撃音ではない。
空気が爆縮するような音と共に、カイル殿下の胸元から白い氷の花が咲いた。
衝撃が体を突き抜け、背中側の雪山を吹き飛ばす。
「が、はっ……」
カイル殿下は膝から崩れ落ちた。
聖剣の光が消え、ただの錆びついた剣へと変わっていく。
レオン様の氷魔法が、剣の魔力回路を瞬時に凍結させ、機能を停止させたのだ。
「……終わりだ、カイル」
レオン様は冷たく見下ろした。
「貴様が頼った聖剣も、もはやガラクタだ。……貴様自身と同じようにな」
「あ……あぁ……」
カイル殿下の手から、ようやく剣が滑り落ちた。
彼の腕はボロボロに壊死し、もう二度と剣を握ることはできないだろう。
「エルナ……」
彼は這いつくばり、テラスにいる私を見上げた。
「助けて……くれ……。寒……い……」
その姿にかつての王太子の威厳はなく、ただの哀れな敗残者だった。
私はテラスから彼を見下ろし、静かに首を横に振った。
「さようなら、カイル様」
同情はしない。
彼が選んだ道だ。
彼が捨てたものが、どれほど大きかったか。
そして、彼が挑んだ相手が、どれほど偉大だったか。
最期にそれを理解できたなら、せめてもの救いだろう。
「連れて行け」
レオン様が指示を出すと、ロベルト様の部下たちがカイル殿下と、生き残った反乱分子たちを拘束した。
「聖剣は回収して、封印し直す。……二度とこんな馬鹿げたことに使われないようにな」
レオン様は錆びついた剣を拾い上げ、一瞬で氷塊の中に封じ込めた。
戦いは終わった。
あまりにもあっけない、一方的な決着だった。
レオン様がテラスに戻ってくる。
私は駆け寄り、彼を迎えた。
「お疲れ様でした、レオン様」
「ああ。……少し運動になったよ」
彼は涼しい顔で、乱れた前髪を直した。
傷一つない。息も切れていない。
これが、私の旦那様の実力だ。
「これで、本当に最後ですね」
「そうだな。……過去の亡霊は全て祓った」
彼は私を抱きしめた。
冷たい外気の中にいたはずなのに、彼の身体は温かかった。
「エルナ。……私を選んでくれてありがとう」
「今さら何を仰るのですか。……私の方こそ、見つけてくださってありがとうございます」
私たちは雪の降るテラスで、静かに口付けを交わした。
眼下では、ロベルト様たちが「勝利のマッスルポーズ」を決めているのが見えたが、今はそれすらも愛おしい風景の一部だ。
邪魔者は消えた。
王家の剣さえも砕いた愛の力。
もう、私たちの未来を阻むものは何もない。
さあ、次はいよいよ結婚式だ。
世界で一番幸せな花嫁になる準備を始めよう。
(第26話 完)
セバスチャンからもたらされた報告に、私は思わずティーカップを取り落としそうになった。
隣で書類を見ていたレオン様も、ペンを止めて顔を上げた。
「はい。昨夜未明、王都の地下牢にて爆発騒ぎがありまして。その混乱に乗じて、カイル・ルミナス元王太子が脱獄したとのことです」
セバスチャンの表情は険しい。
カイル殿下は、ミューアやバルドス元宰相と共に、厳重な警備下の牢獄にいたはずだ。
魔力も封じられ、協力者もいないはずの彼が、どうやって?
「手引きした者がいるのか?」
レオン様が低い声で尋ねる。
「どうやら、カイル様を信奉する一部の近衛騎士――王家至上主義の過激派残党が手を貸したようです。彼らは王家の宝物庫を襲撃し、ある『国宝』を持ち出して逃走しました」
「国宝?」
「はい。建国王が使用したとされる伝説の武器……『聖剣グランドリオン』です」
聖剣グランドリオン。
歴史の授業で習ったことがある。
あらゆる魔を断ち切り、所有者に無敵の力を与えるという、王家最大の秘宝だ。
ただし、その剣に認められた「真の勇者」にしか抜くことはできないと言われている。
「あの馬鹿が、聖剣を持ち出しただと?」
レオン様が鼻で笑った。
「抜けるわけがない。あれは高密度の魔力制御装置だ。カイル程度の魔力と精神力では、剣に振り回されて自滅するのがオチだ」
「ですが、実際に宝物庫から剣が消えております。そして……目撃情報によれば、彼らは北へ向かっていると」
北へ。
つまり、ここだ。
「……執念深いな」
レオン様は呆れたようにため息をつき、立ち上がった。
「まだエルナを諦めていないのか、それとも私への復讐か。……どちらにせよ、これが最後の足掻きだろう」
「レオン様……」
「心配するな、エルナ。聖剣だろうが何だろうが、私の氷の前ではただの鉄屑だ」
彼は私の肩を抱き、安心させるように微笑んだ。
「結婚式の前の最後の厄介払いだ。……今度こそ、二度と立ち上がれないように心をへし折ってやる」
***
その日の夕刻。
アイスバーン城の前庭は、異様な緊張感に包まれていた。
吹雪が吹き荒れる中、一台の装甲馬車が強行突破を図り、城門を突き破って侵入してきたのだ。
馬車を守るように、数名の騎士たちが剣を構えて走っている。
彼らの目は血走り、どこか狂信的な光を宿していた。
「止まれ! ここをどこだと思っている!」
ロベルト様率いる警備隊が立ちはだかる。
しかし、馬車の扉が蹴破られ、中から一人の男が飛び出した。
「退けぇぇぇ! 私は王だ! 真の王になる男だ!」
ボロボロの衣服に身を包み、髪を振り乱した男。
カイル殿下だ。
その手には、不釣り合いなほど巨大で、黄金に輝く剣が握られていた。
聖剣グランドリオン。
刀身からはバチバチと火花のような魔力が迸り、周囲の空気を振動させている。
「おおおおお!」
カイル殿下が剣を振るうと、黄金の衝撃波が放たれ、ロベルト様の部下たちが数名吹き飛ばされた。
「ぬっ、なんだあの剣は!? マッスルガードを貫通しやがった!」
ロベルト様が驚愕する。
聖剣の威力は本物のようだ。
カイル殿下は剣の力に酔いしれるように、狂った笑みを浮かべていた。
「ははは! 見たか! これが王家の力だ! 聖剣に選ばれた私こそが正義なのだ!」
彼は城のエントランスを見上げ、叫んだ。
「出てこい、アイスバーン公爵! そしてエルナ! 迎えに来てやったぞ!」
テラスに、私とレオン様が姿を現した。
眼下で暴れる元婚約者の姿は、あまりにも哀れで、そして醜悪だった。
「……聖剣に選ばれた、か。よく言う」
レオン様が冷ややかに見下ろす。
「見ろ、エルナ。彼の手を」
言われてよく見ると、聖剣を握るカイル殿下の手は、黒く変色し、煙を上げていた。
剣の柄から伸びた茨のような魔力が、彼の腕に食い込み、生命力を吸い上げているのだ。
彼は剣を使っているのではない。
剣に寄生され、操られているのだ。
「カイル様、もうやめてください! その剣は貴方を殺そうとしています!」
私が叫ぶと、カイル殿下はこちらを向いた。
その瞳は濁り、焦点が合っていない。
「エルナ……ああ、エルナ! 美しい私のエルナ! 今行くぞ! その化け物を倒して、君を救い出してやる!」
「救う? 貴方が私を?」
「そうだ! 私は勇者になったんだ! この聖剣があれば、氷の魔公爵など敵ではない! 私が君を守るんだ!」
彼は完全に妄想の世界に生きていた。
過去の過ちも、自分が犯した罪も、すべて忘却の彼方に追いやり、自分を悲劇のヒーローに仕立て上げている。
「……話にならんな」
レオン様が手すりに足をかけ、ふわりと飛び降りた。
着地音もなく、雪の上に舞い降りる。
その姿は優雅で、圧倒的な強者の余裕に満ちていた。
「やめろ、レオン様!」
ロベルト様が叫ぶ。
「あの剣はやべぇ! 触れたら魔力ごと持っていかれるぞ! 遠距離から魔法で……」
「必要ない」
レオン様はロベルト様を手で制し、ゆっくりとカイル殿下へ歩み寄った。
武器は持っていない。素手だ。
「公爵ぅぅぅ! よくぞ降りてきた! 貴様を切り刻んで、エルナへの生贄にしてやる!」
カイル殿下は聖剣を構え、突進してきた。
聖剣が唸りを上げ、空間ごと切り裂くようなエネルギーを放つ。
単純な破壊力なら、確かに脅威だ。
しかし、レオン様は歩みを止めなかった。
「死ねぇぇぇ!」
カイル殿下が剣を振り下ろす。
黄金の閃光がレオン様を直撃する――かに見えた。
カキンッ!
澄んだ音が、雪原に響き渡った。
「な……?」
カイル殿下の動きが止まった。
振り下ろされた聖剣は、レオン様の鼻先数センチのところで静止していた。
いや、止められていた。
レオン様が人差し指一本で生成した、小さな氷の盾によって。
「……その程度か?」
レオン様は退屈そうに言った。
「王家の至宝、聖剣グランドリオン。……使い手が三流だと、ただの重たい棒切れだな」
「ば、馬鹿な……! 聖剣だぞ!? あらゆる魔法を無効化し、すべてを断ち切る最強の剣だぞ!」
「『聖剣』の定義が古すぎる。……私の氷は、概念すら凍結させる」
レオン様が指を弾く。
パリーン!
聖剣を受け止めていた氷の盾が砕け散ると同時に、強烈な衝撃波がカイル殿下を襲った。
「ぐわぁぁぁ!」
カイル殿下は後方へ吹き飛ばされ、雪の上に転がった。
しかし、聖剣は手から離れない。
呪いのように張り付き、彼を無理やり立たせる。
「まだだ……まだ終わらん! 私は王だ! エルナを取り戻すんだ!」
彼は血を吐きながら立ち上がった。
その執念だけは凄まじい。
だが、それは愛ではない。ただの執着と、傷ついたプライドを守るための自己防衛だ。
「エルナはモノではない。私の愛する妻だ」
レオン様の手から、蒼い魔力が溢れ出した。
周囲の雪が舞い上がり、吹雪となって彼を包む。
「貴様には分からんだろうな。……剣の力に頼り、権威に縋り、自分の足で立とうともしない貴様には」
「うるさい! 貴様ごときに何が分かる! 私は選ばれた人間なんだ!」
カイル殿下は半狂乱で聖剣を振り回した。
黄金の斬撃が乱れ飛ぶ。
だが、レオン様はそのすべてを、最小限の動きで回避した。
まるでダンスを踊るように。
雪の上を滑るように移動し、カイル殿下の隙をついて懐に入り込む。
「格が違うと言っているんだ」
レオン様の手のひらが、カイル殿下の胸元に添えられた。
「『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』」
ドォン!
打撃音ではない。
空気が爆縮するような音と共に、カイル殿下の胸元から白い氷の花が咲いた。
衝撃が体を突き抜け、背中側の雪山を吹き飛ばす。
「が、はっ……」
カイル殿下は膝から崩れ落ちた。
聖剣の光が消え、ただの錆びついた剣へと変わっていく。
レオン様の氷魔法が、剣の魔力回路を瞬時に凍結させ、機能を停止させたのだ。
「……終わりだ、カイル」
レオン様は冷たく見下ろした。
「貴様が頼った聖剣も、もはやガラクタだ。……貴様自身と同じようにな」
「あ……あぁ……」
カイル殿下の手から、ようやく剣が滑り落ちた。
彼の腕はボロボロに壊死し、もう二度と剣を握ることはできないだろう。
「エルナ……」
彼は這いつくばり、テラスにいる私を見上げた。
「助けて……くれ……。寒……い……」
その姿にかつての王太子の威厳はなく、ただの哀れな敗残者だった。
私はテラスから彼を見下ろし、静かに首を横に振った。
「さようなら、カイル様」
同情はしない。
彼が選んだ道だ。
彼が捨てたものが、どれほど大きかったか。
そして、彼が挑んだ相手が、どれほど偉大だったか。
最期にそれを理解できたなら、せめてもの救いだろう。
「連れて行け」
レオン様が指示を出すと、ロベルト様の部下たちがカイル殿下と、生き残った反乱分子たちを拘束した。
「聖剣は回収して、封印し直す。……二度とこんな馬鹿げたことに使われないようにな」
レオン様は錆びついた剣を拾い上げ、一瞬で氷塊の中に封じ込めた。
戦いは終わった。
あまりにもあっけない、一方的な決着だった。
レオン様がテラスに戻ってくる。
私は駆け寄り、彼を迎えた。
「お疲れ様でした、レオン様」
「ああ。……少し運動になったよ」
彼は涼しい顔で、乱れた前髪を直した。
傷一つない。息も切れていない。
これが、私の旦那様の実力だ。
「これで、本当に最後ですね」
「そうだな。……過去の亡霊は全て祓った」
彼は私を抱きしめた。
冷たい外気の中にいたはずなのに、彼の身体は温かかった。
「エルナ。……私を選んでくれてありがとう」
「今さら何を仰るのですか。……私の方こそ、見つけてくださってありがとうございます」
私たちは雪の降るテラスで、静かに口付けを交わした。
眼下では、ロベルト様たちが「勝利のマッスルポーズ」を決めているのが見えたが、今はそれすらも愛おしい風景の一部だ。
邪魔者は消えた。
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