「偽聖女の妹が良い」と婚約破棄された私、辺境の呪われ公爵様に拾われ溺愛されています~今さら国が滅びそうと泣きつかれても手遅れです~

eringi

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第35話 レオンハルト様からの、二度目のプロポーズ

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中庭での幻想的な愛の誓いから、一夜が明けた。
「来世まで一緒に」という、重くも甘美なプロポーズを受けた私は、翌朝、小鳥のさえずりではなく、夫の熱視線で目を覚ました。

「……おはよう、エルナ」

「お、おはようございます……レオン様」

目を開けると、至近距離に美しい顔があった。
彼は頬杖をついて、寝顔を観察していたらしい。
朝から心臓に悪い美貌だ。

「昨夜の君は、雪の精霊のように美しかった。……夢ではなかったと確認するために、こうして一時間ほど君を見ていたところだ」

「い、一時間もですか……?」

「ああ。瞬きするのも惜しいくらいにな」

彼はさらりと言う。
結婚して数ヶ月、さらに妊娠が判明してからというもの、彼の溺愛ぶりは天井知らずだ。
以前の「氷の魔公爵」という異名が信じられないほど、今の彼は「愛の炎の公爵」と化している。

「さて、エルナ。今日は重要な議題がある」

朝食を終え、サンルームで寛いでいると、レオン様が真剣な顔で切り出した。
手には一枚の羊皮紙を持っている。

「重要な議題……? 領地の経営に関することでしょうか?」

「いや、もっと重大だ。……国家プロジェクトと言ってもいい」

彼はゴクリと喉を鳴らし、私の目の前で片膝をついた。
昨夜のプロポーズの再現かと思ったが、彼の手にあるのは指輪ではなく、企画書のようなものだった。

「エルナ。……私からの、もう一つのプロポーズを受け入れてほしい」

「はい? 何でしょう」

「『ベビーシャワー』を開催したい」

「……はい?」

私はきょとんとした。
ベビーシャワー。
それは、出産を控えた妊婦と、生まれてくる赤ちゃんを祝うパーティーのことだ。
王都では一部の貴族の間で流行り始めていたが、まさか北の地で、しかもレオン様の口からその単語が出るとは思わなかった。

「君と、お腹の子のための祝宴だ。……ただのお茶会ではない。国を挙げての、盛大なフェスティバルにしたいんだ」

彼の目は本気だった。
企画書を覗き込むと、そこには驚くべき内容が記されていた。

『アイスバーン公国・第一回ベビーシャワー計画』
・招待客:全領民および近隣諸国の友好大使
・会場:城の前庭および城下町全域
・予算:無制限(私のポケットマネーから)
・メインイベント:花火一万発、および記念硬貨の発行

「き、規模が大きすぎませんか……!?」

「これでも抑えた方だ。……本当は、大陸全土に招待状を送りつけたかったのだが、君の身体に障るといけないので自重した」

彼は真顔で言っている。
妊娠が分かってからの彼は、「嬉しい」という感情が暴走して、何か形にしないと気が済まないらしい。

「この子が生まれてくることを、世界中の人々に祝福してもらいたいんだ。……そして何より、命がけでこの子を育んでいる君を、女王のように称えたい」

彼は私の手を取り、甲にキスをした。

「どうだろう、エルナ。……私のこの『プロポーズ』、受けてくれるか?」

そんな風に見つめられて、断れるはずがない。
それに、領民たちも最近、お祝いムードで浮き足立っていると聞く。
みんなで喜びを分かち合う場を作るのも、悪くないかもしれない。

「……分かりました。お受けします」

私が頷くと、レオン様はパァッと顔を輝かせた。

「ありがとう! よし、セバスチャン! 準備だ! 最高の一日にするぞ!」

「かしこまりました。……すでに手配は進めております」

どこからともなく現れたセバスチャンが、ニヤリと笑った。
どうやら、主従揃ってやる気満々だったらしい。

こうして、アイスバーン公国初となる、前代未聞の「国家規模ベビーシャワー」の開催が決定したのだった。

   ***

開催決定からの数日間、城は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
料理長のハンスさんは「妊婦様にも優しい、最強のフルコース」の開発に没頭し、マダム・ロゼは「マタニティドレスの革命を起こしますわ!」と布の山に埋もれている。
城下町では、職人たちが赤ちゃんのための特製家具やおもちゃを作り始め、街中がパステルカラーの飾り付けで彩られていく。

そして、当日。
アイスバーン城は、祝福の熱気に包まれていた。

「おめでとうございます、エルナ様!」
「元気な赤ちゃんを産んでくださいね!」

庭園に設けられた特設会場には、招待された領民たちが溢れかえっていた。
彼らは皆、手作りのプレゼントや花束を持って駆けつけてくれたのだ。
高価な宝石などないけれど、編みぐるみの靴下や、安産のお守り、採れたての果物など、心のこもった贈り物ばかりだ。

「皆さん……ありがとうございます」

私はロゼ特製の、お腹を締め付けないゆったりとしたドレスを着て、テラスから手を振った。
淡い黄色のドレスは、タンポポのように可憐で、見ているだけで心が弾む。

「……良い光景だ」

隣に立つレオン様が、満足げに頷いた。
今日の彼は、私のドレスに合わせた黄色のクラバットを締め、柔らかな雰囲気を纏っている。
かつて「氷の魔公爵」と呼ばれ、人々を遠ざけていた彼が、今ではこうして民衆の中心で笑っている。
その事実だけで、私は泣きそうになる。

「エルナ、泣くのは早いぞ。……まだメインゲストが到着していない」

「メインゲスト?」

「ああ。……少し騒がしい連中だが、君を祝いたいという気持ちだけは本物らしい」

レオン様が苦笑しながら城門の方を指差した。
すると、地響きのような足音と共に、聞き覚えのある大声が響いてきた。

「ぬん! 到着だぁぁぁ!」
「ちょっと! 揺らさないでよ! 私のヘアセットが崩れるじゃない!」

土煙を上げて現れたのは、巨大な御輿(みこし)のようなものを担いだ男たちの集団だった。
その先頭で、上半身裸に蝶ネクタイという奇妙な正装をしたロベルト・バーンスタイン辺境伯が仁王立ちしている。
そして、彼が担ぐ御輿の上には、ピンク色のドレスを着てふんぞり返る少女――ミューアの姿があった。

「ロベルト様……それに、ミューア!」

「よう! レオンハルト! エルナ嬢! 祝いに来たぞ! マッスル・ベビーシャワーだ!」

「お姉様! 久しぶりですわね! 元気にしていて!?」

二人は嵐のように会場へとなだれ込んできた。
周囲の領民たちが、その迫力に道を開ける。

「わざわざ来てくれたのね。……でも、その格好はなんなの?」

私が尋ねると、ロベルト様はニカッと笑ってポーズを決めた。

「正装だ! 祝いの席だからな、一番仕上がった筋肉を見せるのが礼儀だろう!」

「礼儀の定義が違いますわ」

「うるさいわね筋肉! 降ろしなさいよ!」

ミューアがロベルト様の頭をペシペシと叩く。
彼女もまた、以前よりずっと健康的で、肌ツヤが良くなっていた。
あのヒステリックな雰囲気は消え、どこか肝が据わったような強さを感じる。

「はいはい、女王様のお通りだ」

ロベルト様が恭しく(しかし雑に)ミューアを降ろすと、彼女はスカートを払って私に駆け寄ってきた。

「おめでとう、お姉様! ……ふん、相変わらず幸せそうな顔をして。少しはやつれているかと思いましたのに」

「ありがとう、ミューア。……貴方も元気そうね」

「当然ですわ! ロベルト様の領地で、男たちを鍛え上げるのに忙しいんですもの。……最近じゃ、『ミューア教官の愛のムチ』を受けるために行列ができているんですのよ?」

彼女は自慢げに胸を張った。
どうやら、彼女の天職は本当に「教官」だったらしい。

「さて、本題だ。……俺たちからの祝いの品を持ってきたぜ!」

ロベルト様が指を鳴らすと、部下たちが巨大な箱を運んできた。
リボンがかけられているが、中からは鉄の匂いがする。

「まさか……」

「開けてみろ!」

恐る恐る箱を開けると、中に入っていたのは――。

「……ダンベル?」

しかも、ただのダンベルではない。
赤ちゃん用に小さく作られた、金ピカに輝くダンベルだった。
さらに、赤ちゃん用のプロテインシェイカー(純金製)と、トレーニングベンチ(ミニサイズ)もセットになっている。

「『英才教育セット』だ! 生まれた瞬間から鍛えれば、三歳で岩を砕けるようになるぞ!」

「いりません!」

私は即答した。
レオン様もこめかみを押さえている。

「ロベルト……気持ちは受け取るが、私の子供を脳筋にするつもりはない」

「なんだと!? 筋肉は裏切らないぞ! 魔法が使えなくても、筋肉があれば生きていける!」

「魔法は使えるように育てるから安心しろ」

「ちぇっ。……まあいい。使わないなら、ドアストッパーにでもしてくれ」

あまりにも高級なドアストッパーだ。

「私からはこれよ!」

ミューアが差し出したのは、可愛らしいラッピングがされた箱だった。
中には、フリルたっぷりのベビー服と、手作りのスタイが入っていた。
刺繍は少し歪んでいるけれど、一生懸命縫ったことが伝わってくる。

「……これ、私がデザインして、縫いましたの。ロベルト様のところの裁縫部(筋肉隆々の男たち)に手伝わせて」

「まあ……可愛い!」

私はスタイを手に取り、頬ずりした。

「ありがとう、ミューア。……本当に、嬉しいわ」

「か、勘違いしないでよね! 私はただ、未来の姪っ子か甥っ子が、ダサい服を着ていたら可哀想だと思っただけよ!」

彼女はツンと顔を背けたが、その表情は照れくさそうだった。
素直じゃないところは相変わらずだけれど、その根底にある優しさは、もう隠しきれていない。

「……いい妹を持ったな、エルナ」

レオン様が私の耳元で囁いた。

「ええ。……自慢の妹です」

こうして、珍客たちの到着により、ベビーシャワーはさらに賑やかなものとなった。
ロベルト様は領民たちと腕相撲大会を始め、ミューアは女性たちに美容講座を開いている。
カオスだけれど、どこまでも温かい空間。

「……そういえば、レオン様」

ふと、私は思い出したように言った。

「貴方からの『プレゼント』は、まだいただいていませんわ」

「え?」

「プロポーズの時に仰っていたでしょう? 『とびきりのサプライズ』を用意していると」

昨夜のプロポーズは言葉だけだった。
いや、言葉だけでも十分嬉しかったけれど、彼のことだから何か「形」を用意しているのではないかと思ったのだ。

「……バレていたか」

レオン様は観念したように笑い、懐から一つの小箱を取り出した。

「実は、渡すタイミングを見計らっていたんだ。……ロベルトのダンベルの後に渡すのは、少々気が引けるが」

彼は箱を開け、中身を私に見せた。

それは、宝石のついた鍵だった。
氷のような透明なクリスタルで作られた、美しい鍵。

「これは……?」

「城の裏手にある、古い離れの鍵だ」

「離れ?」

「ああ。……そこを改装して、『絵本図書館』を作ったんだ」

「えっ……!」

「君と、子供のために。……世界中の絵本や、君が好きそうな物語を集めた、専用の図書館だ。暖炉もあって、床暖房も完備している。……君が疲れた時、静かに過ごせる場所を作りたかった」

レオン様の言葉に、私は胸が詰まった。
豪華な宝石やドレスよりも、ずっとずっと嬉しい贈り物。
私が本を読むのが好きだということを、そして静かな時間を愛していることを、彼は一番よく知ってくれている。

「……ありがとうございます。最高のプレゼントです」

「気に入ってくれたか?」

「はい。……子供が生まれたら、毎日そこで読み聞かせをしてあげます」

「私も混ぜてくれ。……私の声なら、よく眠れるはずだ」

「ふふっ、そうですね」

私たちは寄り添い合い、賑やかなパーティー会場を眺めた。
ロベルト様が「マッスル乾杯!」と叫び、ミューアが「ちょっと、私のジュース飲まないでよ!」と怒っている。
ハンスさんが料理を運び、マーサさんが子供たちにお菓子を配っている。

なんて幸せな景色だろう。
かつて孤独だった私と彼が、今ではこんなにも多くの愛に囲まれている。

「エルナ」

レオン様が私の肩を抱いた。

「……生まれてくる子は、きっと幸せになる」

「ええ。……だって、こんなに素敵なパパと、愉快な仲間たちが待っているんですもの」

「『愉快な』は余計だがな」

彼は苦笑し、そして優しく私のお腹に手を当てた。

「待っているよ。……私たちの希望」

お腹の中の赤ちゃんが、ポコッと動いた。
まるで「うん、分かってるよ」と答えるように。

ベビーシャワーは夜まで続き、最後はレオン様が魔法で打ち上げた一万発の花火で幕を閉じた。
夜空に咲く大輪の花を見上げながら、私は心の中で誓った。

この幸せを、絶対に守り抜く。
そして、生まれてくる子に、この世界の美しさをたくさん教えてあげよう。

レオン様の手の温もりと、お腹の重みを感じながら、私は人生で一番の幸福を噛み締めていた。

   ***

そして、季節は巡る。
夏が過ぎ、秋が来て、やがて北の大地に再び冬が訪れる頃。
ついに、その時はやってきた。

「うっ……! レ、レオン様……!」

深夜、突然の痛みに私が目を覚ますと、隣で眠っていたレオン様が弾かれたように飛び起きた。

「どうした!? 陣痛か!?」

「は、はい……たぶん……」

「落ち着け! いや、私が落ち着け! セバスチャン! 医師を呼べ! お湯だ! いや、氷か!? どっちだ!」

最強の公爵様が、かつてないほどパニックになっている。
その姿を見て、痛みの最中なのに、私は少し笑ってしまった。

「大丈夫です、レオン様。……私たちがついていますから」

私は彼の手を握りしめた。
長い夜が始まる。
そして、新しい朝と共に、新しい命がこの世に生を受けるのだ。

(第35話 完)
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