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Chapter.26
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攷斗が立ち上げたブランドの名前を、ひぃなは知らない。
一度【タナイコウト】で検索をかけたことがある。
漢字、平仮名、片仮名、英語。そして、それらいくつかの組み合わせも試したが、結果は出てこなかった。
あまりそういう例を聞いたことはないが、ペンネームのようなものを使っているのかもしれないと思い、それきり探すのをやめた。
架空の名前だったら、どんなに考えても他人にはわからない。
攷斗からは言わないし、言いたくないのかとも思ってあえて聞くことはしなかった。
会社員であるひぃなの一般的な収入では到底払えないような家賃であろう物件に住めるほど活躍しているのかと思うと嬉しくなる。反面、少し寂しさも感じて、
(いつか話してくれるかな)
なんて思いながら、下りエレベーターの個室内で前に立つ攷斗の背中を見つめてみる。
ふと気付いたように攷斗が振り返った。意外そうに驚くひぃなに、攷斗も驚き顔になる。
「……なに……」
漏れ出す笑みを隠しながら、口を尖らせて攷斗が問うた。
「いや……お仕事がんばってるんだなって」
「ん? うん。頑張ってるね。認めてほしいから」
誰に? と聞くのも踏み込みすぎなんじゃないかと遠慮してしまう。
「そっか。すごいね」
ひぃなのあっさりとした対応に、攷斗が苦笑を浮かべる。わざと抜かした対象者について、言及がないからだ。
「まぁいいけど」
笑いながら言って、前を向き直ると同時にエレベーターが1階に着いた。
「ホントにいいの? 送って行くのに」
「うん」
車で何度も往復させるのは申し訳ない。
(なんでこんなに親切にしてくれるんだろう)
ただパートナーがほしい、というだけの理由にしては労力がかかりすぎている。
浮かんだ疑問を声に出そうかと口を開くが、ストレートに聞くのもどうかと思いぱくりと閉じた。
「……どしたの」
普段とは違う様子のひぃなを不思議に思ったのか、攷斗が顔を覗き込んで問う。
「――――」
なんでもないよ、と言いかけて、それもまた声にはならない。だって、なんでもなくない。
攷斗は少し困ったように微笑んで、ひぃなの頭に手のひらを乗せようと手を持ち上げると、ひぃなはビクリと身体を縮こまらせた。その反応に、攷斗が目を丸くして固まる。
「――…ごめん」
謝ったのはひぃなだ。
「ちょっと…、ビックリした、だけ…」気まずそうなひぃながさらに言葉を紡ぐ。「棚井に触られるのが、イヤなわけじゃ、ないから…」
誤解されたくなくて、恥ずかしさをこらえて伝える。
「…うん」
攷斗はゆっくり手を移動させて、ひぃなの頭に手を乗せた。
「言いたくなったらなんでも聞くから、遠慮しないでね」
頭を撫でる大きな手。
(あったかい……)
その温かさをもう少し感じていたいと思う。
隣にいられる心地良さに、甘えてしまっていいのだろうか。
「……うん」
少しためらって、うなずいてみる。
「うん」
ひぃなと同じ言葉で返事をした攷斗は安心したように笑って、もう二、三度、手のひらを滑らせてから離した。
一度【タナイコウト】で検索をかけたことがある。
漢字、平仮名、片仮名、英語。そして、それらいくつかの組み合わせも試したが、結果は出てこなかった。
あまりそういう例を聞いたことはないが、ペンネームのようなものを使っているのかもしれないと思い、それきり探すのをやめた。
架空の名前だったら、どんなに考えても他人にはわからない。
攷斗からは言わないし、言いたくないのかとも思ってあえて聞くことはしなかった。
会社員であるひぃなの一般的な収入では到底払えないような家賃であろう物件に住めるほど活躍しているのかと思うと嬉しくなる。反面、少し寂しさも感じて、
(いつか話してくれるかな)
なんて思いながら、下りエレベーターの個室内で前に立つ攷斗の背中を見つめてみる。
ふと気付いたように攷斗が振り返った。意外そうに驚くひぃなに、攷斗も驚き顔になる。
「……なに……」
漏れ出す笑みを隠しながら、口を尖らせて攷斗が問うた。
「いや……お仕事がんばってるんだなって」
「ん? うん。頑張ってるね。認めてほしいから」
誰に? と聞くのも踏み込みすぎなんじゃないかと遠慮してしまう。
「そっか。すごいね」
ひぃなのあっさりとした対応に、攷斗が苦笑を浮かべる。わざと抜かした対象者について、言及がないからだ。
「まぁいいけど」
笑いながら言って、前を向き直ると同時にエレベーターが1階に着いた。
「ホントにいいの? 送って行くのに」
「うん」
車で何度も往復させるのは申し訳ない。
(なんでこんなに親切にしてくれるんだろう)
ただパートナーがほしい、というだけの理由にしては労力がかかりすぎている。
浮かんだ疑問を声に出そうかと口を開くが、ストレートに聞くのもどうかと思いぱくりと閉じた。
「……どしたの」
普段とは違う様子のひぃなを不思議に思ったのか、攷斗が顔を覗き込んで問う。
「――――」
なんでもないよ、と言いかけて、それもまた声にはならない。だって、なんでもなくない。
攷斗は少し困ったように微笑んで、ひぃなの頭に手のひらを乗せようと手を持ち上げると、ひぃなはビクリと身体を縮こまらせた。その反応に、攷斗が目を丸くして固まる。
「――…ごめん」
謝ったのはひぃなだ。
「ちょっと…、ビックリした、だけ…」気まずそうなひぃながさらに言葉を紡ぐ。「棚井に触られるのが、イヤなわけじゃ、ないから…」
誤解されたくなくて、恥ずかしさをこらえて伝える。
「…うん」
攷斗はゆっくり手を移動させて、ひぃなの頭に手を乗せた。
「言いたくなったらなんでも聞くから、遠慮しないでね」
頭を撫でる大きな手。
(あったかい……)
その温かさをもう少し感じていたいと思う。
隣にいられる心地良さに、甘えてしまっていいのだろうか。
「……うん」
少しためらって、うなずいてみる。
「うん」
ひぃなと同じ言葉で返事をした攷斗は安心したように笑って、もう二、三度、手のひらを滑らせてから離した。
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