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Chapter.61
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「はい」
道の隅に寄って電話に出る。
『ひな、後ろ後ろ』
「え?」
攷斗に言われるがまま振り向くと、見覚えのある車が路肩に停まっていた。
「えっ」
あまりの偶然に驚いて車に歩み寄る。中をのぞくと、運転席に満面の笑みを浮かべた攷斗が座っていた。もちろん、電話中だ。
『乗ってよ』
「うん」
通話をやめて、助手席に乗り込む。
「びっくりした、よくわかったね」
「うん。そのコート良く着てるし、ひななら後ろ姿でわかるよ」
そういうものかと感心してしまう。ひぃなの気配を察知する“アンテナ”が攷斗に備わっているとは思いもよらないようだ。
「打ち合わせで近くまで来たんだけど、偶然見かけてさ。このまま直帰するから一緒に帰ろうよ」
「うん、ありがとう。あ」
「ん?」
「お仕事お疲れ様」
「ひなも、お疲れ様」
ニコニコと笑い合って、ひぃながシートベルトを締める。
「荷物後ろ置く?」
正方形の大きな紙袋を抱えるひぃなに気付き、攷斗が提案する。
「そうだね」
「いいよ、貸して」
シートベルトを外そうとするひぃなから紙袋を預かり、後部に身体を伸ばして座席に置いた。
「ありがとう」
「いえいえ。じゃあ行こうか」
「うん」
正面に向き直り、攷斗が車を発進させる。
「どっか寄りたいとこある?」
「うーん、明日の分の買い出しを今日行っちゃうとかくらいかなー」
「あー、そうだね。買うものもう決まってるの?」
「うん、一応リストは作ってある」
「おっけー。じゃあスーパーも行くとして、その前にちょっとドライブでもしない?」
「したいけど~」
「けど?」
「ご飯の支度できてないから、夕飯遅くなっちゃうなーって」
「いいよ、どっかで食べてこうよ。久しぶりにデートしたいし」
(久しぶり……?)
攷斗的にはデートのつもりだったひぃなとの時間は、ひぃなにとっては後輩と交流の時間という意識が強かった。
誰か他の女性とのことを言っているのかな? とコメントに窮していると、
「すごく不思議って顔されるの、ちょっと不服なんですけど」
攷斗が拗ねたような面白いものを見るような顔で唇を尖らせた。
何か言わなければと思いつつも言葉が出てこず、口を小さく開けたままひぃなが考えこんだ。
仕方ないなぁ、と言いたげな笑顔で
「俺的には、結婚前にひなとメシ行ってた時間は、デートのつもりだったんだけどな。言わせないでよ、恥ずかしい」
ひぃなの回答を待たず攷斗が一気に言った。一瞬遅れてその言葉の意味を理解したひぃなが、密かに顔を赤らめる。
そしてますますなんと言っていいかと悩みだす。
「そんなに悩まれるとかえってつらい」
信号待ちで前を向いたまま攷斗がぽつりとつぶやいたので、しかし謝るのも違うと思い、ひぃながあぅあぅと小さく慌て出した。
「……ごめん、冗談」
ひぃなを見つめて攷斗が微笑む。
ひぃなはまだ困った顔のまま、攷斗を見つめ返した。
「かわいいなぁ~」
デレッと笑い、頭を撫でようと伸ばした手に、ひぃなが身体をビクリと縮こませる。そのすぐ後に、しまった、という顔になる。
攷斗はその反応で一瞬手を止めるが、少し速度を落としてひぃなに近づけて、髪を撫でた。
(前にもこんなことあったな)
そう思い返しつつ、攷斗はひぃなの頭からハンドルに手を戻した。
照れたような困ったような顔でひぃながうつむく。
信号が青に変わり、隣の車線で車が動き出す。ゆっくりとアクセルを踏み、攷斗も車を発進させた。
「ごめんね? 俺、けっこうエスっ気あるから、ひなが困ってる顔してるの可愛くて、もっと困らせたくなっちゃう」
少し冗談めかした攷斗のそのセリフ通り、ひぃなはもっと困ったような顔になる。窓の外に視線を移すと
「……お好きにどうぞ……」
タイヤとアスファルトがこすれる音にかき消されそうな小声でつぶやいた。
(うわぁ! かわいい!!!)
家の中でやられてたら押し倒していたかもしれない、と、攷斗が人知れず安堵の息を吐く。
「あ、ほら。ここからの大通り沿い、イルミネーションにチカラ入れてるとこだよ」
「わ、すごい」
パッと、ひぃなに笑顔が戻った。
立ち並ぶ街路樹にLEDの照明が巻き付き、その全てがクリスマスツリーのように輝いている。クリスマス前ならではのその光景を、攷斗はいつかひぃなと見たいと願っていた。
カーステレオから19時の時報が聞こえる。
「もう少し走りたいんだけど、いいかな」
「うん」
先ほどとは打って変わって明るい表情のひぃなが、子供のように無邪気にうなずく。
(あぁ、もう、かわいいな)
心の中でモダモダしながら、攷斗は車を走らせた。
* * *
道の隅に寄って電話に出る。
『ひな、後ろ後ろ』
「え?」
攷斗に言われるがまま振り向くと、見覚えのある車が路肩に停まっていた。
「えっ」
あまりの偶然に驚いて車に歩み寄る。中をのぞくと、運転席に満面の笑みを浮かべた攷斗が座っていた。もちろん、電話中だ。
『乗ってよ』
「うん」
通話をやめて、助手席に乗り込む。
「びっくりした、よくわかったね」
「うん。そのコート良く着てるし、ひななら後ろ姿でわかるよ」
そういうものかと感心してしまう。ひぃなの気配を察知する“アンテナ”が攷斗に備わっているとは思いもよらないようだ。
「打ち合わせで近くまで来たんだけど、偶然見かけてさ。このまま直帰するから一緒に帰ろうよ」
「うん、ありがとう。あ」
「ん?」
「お仕事お疲れ様」
「ひなも、お疲れ様」
ニコニコと笑い合って、ひぃながシートベルトを締める。
「荷物後ろ置く?」
正方形の大きな紙袋を抱えるひぃなに気付き、攷斗が提案する。
「そうだね」
「いいよ、貸して」
シートベルトを外そうとするひぃなから紙袋を預かり、後部に身体を伸ばして座席に置いた。
「ありがとう」
「いえいえ。じゃあ行こうか」
「うん」
正面に向き直り、攷斗が車を発進させる。
「どっか寄りたいとこある?」
「うーん、明日の分の買い出しを今日行っちゃうとかくらいかなー」
「あー、そうだね。買うものもう決まってるの?」
「うん、一応リストは作ってある」
「おっけー。じゃあスーパーも行くとして、その前にちょっとドライブでもしない?」
「したいけど~」
「けど?」
「ご飯の支度できてないから、夕飯遅くなっちゃうなーって」
「いいよ、どっかで食べてこうよ。久しぶりにデートしたいし」
(久しぶり……?)
攷斗的にはデートのつもりだったひぃなとの時間は、ひぃなにとっては後輩と交流の時間という意識が強かった。
誰か他の女性とのことを言っているのかな? とコメントに窮していると、
「すごく不思議って顔されるの、ちょっと不服なんですけど」
攷斗が拗ねたような面白いものを見るような顔で唇を尖らせた。
何か言わなければと思いつつも言葉が出てこず、口を小さく開けたままひぃなが考えこんだ。
仕方ないなぁ、と言いたげな笑顔で
「俺的には、結婚前にひなとメシ行ってた時間は、デートのつもりだったんだけどな。言わせないでよ、恥ずかしい」
ひぃなの回答を待たず攷斗が一気に言った。一瞬遅れてその言葉の意味を理解したひぃなが、密かに顔を赤らめる。
そしてますますなんと言っていいかと悩みだす。
「そんなに悩まれるとかえってつらい」
信号待ちで前を向いたまま攷斗がぽつりとつぶやいたので、しかし謝るのも違うと思い、ひぃながあぅあぅと小さく慌て出した。
「……ごめん、冗談」
ひぃなを見つめて攷斗が微笑む。
ひぃなはまだ困った顔のまま、攷斗を見つめ返した。
「かわいいなぁ~」
デレッと笑い、頭を撫でようと伸ばした手に、ひぃなが身体をビクリと縮こませる。そのすぐ後に、しまった、という顔になる。
攷斗はその反応で一瞬手を止めるが、少し速度を落としてひぃなに近づけて、髪を撫でた。
(前にもこんなことあったな)
そう思い返しつつ、攷斗はひぃなの頭からハンドルに手を戻した。
照れたような困ったような顔でひぃながうつむく。
信号が青に変わり、隣の車線で車が動き出す。ゆっくりとアクセルを踏み、攷斗も車を発進させた。
「ごめんね? 俺、けっこうエスっ気あるから、ひなが困ってる顔してるの可愛くて、もっと困らせたくなっちゃう」
少し冗談めかした攷斗のそのセリフ通り、ひぃなはもっと困ったような顔になる。窓の外に視線を移すと
「……お好きにどうぞ……」
タイヤとアスファルトがこすれる音にかき消されそうな小声でつぶやいた。
(うわぁ! かわいい!!!)
家の中でやられてたら押し倒していたかもしれない、と、攷斗が人知れず安堵の息を吐く。
「あ、ほら。ここからの大通り沿い、イルミネーションにチカラ入れてるとこだよ」
「わ、すごい」
パッと、ひぃなに笑顔が戻った。
立ち並ぶ街路樹にLEDの照明が巻き付き、その全てがクリスマスツリーのように輝いている。クリスマス前ならではのその光景を、攷斗はいつかひぃなと見たいと願っていた。
カーステレオから19時の時報が聞こえる。
「もう少し走りたいんだけど、いいかな」
「うん」
先ほどとは打って変わって明るい表情のひぃなが、子供のように無邪気にうなずく。
(あぁ、もう、かわいいな)
心の中でモダモダしながら、攷斗は車を走らせた。
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