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「俺はこの場所が気にいってるんだ」
「クルック~」 
「あら」

 私は右耳からイヤリング型盗聴器を外しながら、ゆっくりと振り返った。

「それは奇遇ですね?」

 手の中に握り込んだ盗聴器を制服のポケットに仕舞い、わざとらしく小首を傾げて見せる。

「私もなんです。あら?これも前にも言いましたよね?」

 にっこり、笑ってやる。
 だから諦めて他に行け。と無言の副音声付きで。

「ハッ!ただの覗き趣味だろ」
「いぃえぇ、お勉強です」
「……は?」
「私、男性と上手くお話しできなくってぇ。だから~、コミュニケーション上手でモテ女子から極意を盗み見ようと思いまして~」

 ほら、話し方も真似してみましたよ?
 無駄に語尾をやたら伸ばすのよね~?

「お前…………」

 なんですか?その目は。
 イヤですね。
 まるで阿呆で可哀そうな子を見る目じゃないですか。失礼な。

「と言うかぁ……そう言うあなたの方こそ、覗き趣味なんじゃないですかぁ?だって、ここから何がよぉく見えるのか、ご存知だから出てくる言葉ですものね?」

――知らなきゃあ覗き趣味なんて出てこないはずですものぉ~。

 きゃらきゃらと馬鹿っぽく笑ってから、私はわざとガタリと音を立てて立ち上がった。

「なぁんてごめんなさい。公爵家の嫡男様ともあろうお方が覗きなんて、まさかするはずもないですよね。失礼いたしました。ふふ、そんな怖い顔しないでくださいな。私はもう退散しますから」

 クルリとプリーツの入ったスカートを翻して、入口に足を向ける。

「大丈夫ですよ。おかげ様でずいぶん勉強できましたから、明日からはゆっくりいらしてもお好きなお席に座れますわ。――では」

 うやうやしくお辞儀をして、私は図書室をあとにする。
 廊下をしばらく歩いて、ふぅ、と一つ息をした。

「まったくめんどくさい男ね」

 先にいる人間にわざわざ文句をつけてまで、毎日同じ席に座ることに何の意味があるのか。
 
「本気で覗き趣味なのかしら?」

 あの席の良いところは位置的にちょうど『ヒロイン』セフィーリア・イルミが金髪王子以下攻略対象たちを侍らせてキャッハウフしている中庭のベンチがいい具合に見下ろせるというくらいしかそれといった利点がない。
 普通に考えれば窓際で日当たりが良い、あたりが利点かも知れないけれど、当然ながら同じ条件の席は他にもあるのだし。

「それともセフィーリアに気があるとか?ムッツリで遠くから姿を眺めるのが好きなのかしら」

 だとしたらあまり女の趣味はよくない。というか悪い。

(まあもう充分データは集まったから、図書室あそこに行く必要もなし、もう関わることもないでしょう)

 
 およそひと月かけて集めた『ヒロイン』たちの音声と隠し撮りのデータと報告書は直近のものを除いて教会内部の研究室へ提出済み。そろそろ調査の方向を変える頃合いだ。

「次は義姉にでも近づいてみますかね」

 私はふむ、と独り言ちると、歩を進めた。

 

 







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