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愕然と大人買い
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ライバル宣言ともとれる言葉を残して走り去って行く少年をしばし唖然と見送っていたハリムだったが、すぐにハッと気を取り直してとりあえず少年の背を追った。
追ったところでいったいどうするというのか、それはまだ決めかねているところだったが。
訓練所の入口を出たところで、ハリムはすぐに少年を見付けた。
同時に少年が腕を掴んだリヴの姿も。
少年はリヴの腕を掴んで何かを早口で言っている。
そして掴んだ腕を引いて訓練所とは逆方向に歩き出そうとしていたが、そのためにリヴが胸に抱いていた封筒が地面にこぼれ落ち、中身が散らばった。
ハリムは駆け寄ると、散らばったそれらを拾い集める。
何やら文章の書かれた紙の束であった。
ハリムは手に持ったそれに目を落とす。
ーーそして一部ではあるが、読んでしまった。
ハリムは第2師団の副団長として日々さまざまな報告書を主にする書類を確認しては判を押す。あるいは突き返す。
日によっては百を優に超えるそれらを捌くのに馴れたハリムが身に付けた特技には速読というものがあり、それゆえに僅に目を落としただけのそれに書かれた内容をしっかりと理解してしまった。
リヴが制止の声をあげた時にはすでに遅く。
(……これはいったい)
愕然として声が出ない。
恐らくは、いや、紛れもなくこれは小説というものなのだろう。
ハリム自身もたまに休みの日には話題の書物に目を通すことはある。
歴史小説等はわりと好きな方で、子供の頃は英雄譚の類いを読み漁っていた時も僅かながらあった。
生まれた時から騎士になるべく育てられたために物心ついてしばらくした頃には勉強や稽古で其れどころではない日々になってはいたが、それでも、それなりに書物には馴染んできた方だと思う。
書物は決して安いものではないが、ハリムは幸いにもその程度は苦にならない家に生まれてきた。
だが今手の中にあるこれは。
これまでにハリムが目にしてきた小説とはまったく違う。
いわゆる世間で言う少女小説、あるいは乙女小説というものなのだろう。
ここ数年間で急速に世間に浸透してきた年若い庶民向けの安価で読みやすい文体で書かれた恋愛小説である。
最近では書店の一画にコーナーを設けて平積みしているのを見かける。
ハリム自身は素通りするだけで、じっくりと見たことはないが。
見たことはないが、これがその中でも異質であることは確かだろう。
なぜならこの中に書かれた登場人物は名前からして明らかに男同士であり、男同士で本来なら女性と行うはずのアレやコレやを致しているらしいのだから。
しかもその名があまりにも覚えのありすぎるものであるとなれば、それは愕然として当然であろう。
「……か、返して!」
完全に紙に目を落としたまま固まったハリムの手からリヴの小さな手が紙の束を強引に奪っていく。
「あの、えっと……その。ごめんなさい!」
そう言ってペコリと頭を下げ去っていくリヴとそれを追いかけるように走り去っていく少年。
ハリムはしばし先に少年が去っていった時のように唖然と見送っていたが、ふいに訓練所の入口に戻ると部下の一人に「少し出てくる」と言い置いて訓練所を出た。
その脳裏には『乙女☆出版』という文字が浮かんでいた。
リヴが手に持った封筒に押されていた判の文字である。
ハリムは役所に立ち寄り『乙女☆出版』の所在地を調べると、その足でそこへ向かった。
数時間後。
王都で二番目に大きく娯楽本に関してはどこより豊富だと自他共に認めるとある書店の中年店主は、世にも奇妙なものを見たと思い、だが顧客の趣味を漏らすのは商売人の恥と、己れの心にしまうことにした。
この店主が商売人堅気でなければ、翌日には第2師団の副団長が乙女小説ーー男色含むを大量に大人買いしていたとの噂が街中に流れていたかもしれない。
そこまでまだ頭がちゃんと回っていなかったとはいえ、ハリムにしてみれば感謝しきれぬほどの気遣いであった。
追ったところでいったいどうするというのか、それはまだ決めかねているところだったが。
訓練所の入口を出たところで、ハリムはすぐに少年を見付けた。
同時に少年が腕を掴んだリヴの姿も。
少年はリヴの腕を掴んで何かを早口で言っている。
そして掴んだ腕を引いて訓練所とは逆方向に歩き出そうとしていたが、そのためにリヴが胸に抱いていた封筒が地面にこぼれ落ち、中身が散らばった。
ハリムは駆け寄ると、散らばったそれらを拾い集める。
何やら文章の書かれた紙の束であった。
ハリムは手に持ったそれに目を落とす。
ーーそして一部ではあるが、読んでしまった。
ハリムは第2師団の副団長として日々さまざまな報告書を主にする書類を確認しては判を押す。あるいは突き返す。
日によっては百を優に超えるそれらを捌くのに馴れたハリムが身に付けた特技には速読というものがあり、それゆえに僅に目を落としただけのそれに書かれた内容をしっかりと理解してしまった。
リヴが制止の声をあげた時にはすでに遅く。
(……これはいったい)
愕然として声が出ない。
恐らくは、いや、紛れもなくこれは小説というものなのだろう。
ハリム自身もたまに休みの日には話題の書物に目を通すことはある。
歴史小説等はわりと好きな方で、子供の頃は英雄譚の類いを読み漁っていた時も僅かながらあった。
生まれた時から騎士になるべく育てられたために物心ついてしばらくした頃には勉強や稽古で其れどころではない日々になってはいたが、それでも、それなりに書物には馴染んできた方だと思う。
書物は決して安いものではないが、ハリムは幸いにもその程度は苦にならない家に生まれてきた。
だが今手の中にあるこれは。
これまでにハリムが目にしてきた小説とはまったく違う。
いわゆる世間で言う少女小説、あるいは乙女小説というものなのだろう。
ここ数年間で急速に世間に浸透してきた年若い庶民向けの安価で読みやすい文体で書かれた恋愛小説である。
最近では書店の一画にコーナーを設けて平積みしているのを見かける。
ハリム自身は素通りするだけで、じっくりと見たことはないが。
見たことはないが、これがその中でも異質であることは確かだろう。
なぜならこの中に書かれた登場人物は名前からして明らかに男同士であり、男同士で本来なら女性と行うはずのアレやコレやを致しているらしいのだから。
しかもその名があまりにも覚えのありすぎるものであるとなれば、それは愕然として当然であろう。
「……か、返して!」
完全に紙に目を落としたまま固まったハリムの手からリヴの小さな手が紙の束を強引に奪っていく。
「あの、えっと……その。ごめんなさい!」
そう言ってペコリと頭を下げ去っていくリヴとそれを追いかけるように走り去っていく少年。
ハリムはしばし先に少年が去っていった時のように唖然と見送っていたが、ふいに訓練所の入口に戻ると部下の一人に「少し出てくる」と言い置いて訓練所を出た。
その脳裏には『乙女☆出版』という文字が浮かんでいた。
リヴが手に持った封筒に押されていた判の文字である。
ハリムは役所に立ち寄り『乙女☆出版』の所在地を調べると、その足でそこへ向かった。
数時間後。
王都で二番目に大きく娯楽本に関してはどこより豊富だと自他共に認めるとある書店の中年店主は、世にも奇妙なものを見たと思い、だが顧客の趣味を漏らすのは商売人の恥と、己れの心にしまうことにした。
この店主が商売人堅気でなければ、翌日には第2師団の副団長が乙女小説ーー男色含むを大量に大人買いしていたとの噂が街中に流れていたかもしれない。
そこまでまだ頭がちゃんと回っていなかったとはいえ、ハリムにしてみれば感謝しきれぬほどの気遣いであった。
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