2 / 13
幼年期。
1
しおりを挟む
痛い。苦しい。冷たい。
最初に頭に浮かんだのはそんなこと。
ごぽりと口の中に何かが入ってきて、苦しさに身を捩った。
身体に触れるのは冷たい水の感触。
「……っ!ごほっげっ」
唐突に意識がはっきりして、パチリと目を開けた。
目の前に広がるのは青い晴れた空と枝葉を広げた木立。
それにゆらゆらと揺れる水面。
ーー水面!
またもや唐突に頭の中に大量の記憶という名の情報が駆け巡った。
ほぼ同時に自身に只今起こっていることも。
ヤバい死ぬ!
次の瞬間に思ったのはそれだった。
自分の名はスカーレット。
今年で5歳。
アフタリスタの片田舎、ルビル村の農夫の娘である。字はない。平民だから。
そんなスカーレットは只今川遊びの最中に滑って後ろ向きに転けて仰向けに寝転がっている。
川の中に。
そこは子供が遊んでいるくらいだから、水深は浅いし流れも遅い。
ちょうど5歳のスカーレットの踝より少し上あたり。
だが立ち上がっていれば踝より少し上あたりの水面は寝転がっていればギリギリ顔の表面が出たり隠れたりするくらい。
そして流れが遅いとはいってもまったくないというわけではなくて。
さっきからビッシャンバッシャン揺れる水が顔を打つは時折増えた水面に鼻先まで沈む。
このままこの体勢をこの場で続けていれば待っているのは溺死だ。
おい親何やってんだよ!なんで5歳児を一人で川に入れてんだ。と思ったが、よく考えれば一人で勝手にこの場所にやってきたのはスカーレット自身であった。
そのことを思い出してスカーレットは小さく舌打ちした。ついでに自分で動かなければ助けは来ないということもわかった。
今の時間、村の大人たちは畑仕事に勤しんでいる。スカーレットより年上の子供はその手伝いのはずだ。数人しかいない同じ年頃の子供は子守婆のマギ婆さんの家にいる。
つまりマギ婆さんの家をコッソリ抜け出してこの場に遊びにきたスカーレットに助けは来ない。
マギ婆さんは半分ボケてきているうえに、今の時間は子供もマギお婆さんも昼寝の時間だ。
婆のいびきと他の皆の寝息が聞こえてきたのを確認して家を抜け出てきたのだから。
マギ婆さんや皆がスカーレットの不在に気づいて探しにくる頃にはスカーレットはすでに冷たくなっているだろう。このままなら。
記憶もないのに一人で抜け出して川に遊びにくるとか生まれ変わってもさすが私!
前のスカーレットの時でも幼少時から男勝りでやんちゃモノだった。一応は下級とはいえ貴族の令嬢であったのだが、邸の庭にあった木に登るは叱られて部屋に閉じ込められてもシーツをロープ代わりにベッドに括りつけ二階の窓から脱出したこともある。
窓からの脱出は大人になって二度、いや三度ほどか行っていたが。
「……がぼぼっ!ℵ∑ΘΔΙΚΘΑーー」
んなことを思い出している場合ではなかった。
鼻と口から侵入してくる水に意味のない言葉を発しながらスカーレットはゴツゴツとした川底に手を付くと上体を起きあがらせる。
動くと後頭部が酷く痛んで、片手で探る。
するとヌルリとぬめりのある感触がして、その手を顔の前に持ってくると赤く染まっていた。
「あーっ、そういうことか」
足を滑らせて転けたのまでは覚えていたが、その後がおそらく僅かな時間であるが記憶が飛んでいた。転けた際に川底の岩ででも後頭部を打ち、意識が数瞬飛んだのだろう。
指で探った感触は大きな傷ではない。
川面にぺたんと腰を下ろしたままで、何度か瞬きする。うん、視界はしっかりしているし吐き気もない。傷口が頭なうえに水に浸かっていたから出血量は多かったようだが、まあひとまずは大丈夫そうか。
スカーレットはそう結論づけると立ち上がることはせずに這った状態で岸辺へ上がった。
立ち上がった途端貧血で倒れでもしたら今度こそ水死体になりかねない。
川から上がったスカーレットの格好は上半身裸で下はブカブカのドロワーズだけ。足は裸足だ。
服と靴はすぐそばの岩の上に置いてあった。
スカーレットはその岩まで這い寄ると、岩の上に適当に放り投げられた服の中からゴワゴワとした肌着だけを抜き出す。
黄ばんでところどころこすれて敗れかけのそれを両手でぎゅっと伸ばしてから頭に巻いて苦労しながら括った。
股の半ばまである肌着はそれなりの長さがあったが、それでも頭に二重に巻き付けると端は結ぶのにギリギリの長さしかなかった。しかも5歳児の小さく力のない手指ではようやく結んでもすぐにはらりとほどけてしまう。
なんとか動いてもズレない程度に巻き付けた頃には貧血も合わさってかグッタリと岩にもたれ込んでしまった。
ともすればそのまま意識を失ってしまいそうだったが、スカーレットは残る気力を振り絞って力なく垂れ下がっていた自分の右手を顔の前に持ち上げた。
子供らしくふっくらとした、短い指をしげしげと眺める。
小さい。
5歳の子供だから当然ではあるが。
先ほど水に浸かりながら思い出した記憶からすると今のスカーレットは田舎の小さな農村に暮らす平民の子供だ。
今年で5歳。
スカーレットの誕生日は一月後で、正確にはまだ4歳なのだけれど。スカーレットの生まれたルビル村やその周辺の町や村では子供の年を誕生日ではなく年で数える。
一年の始めである1の月が過ぎれば皆一様に一つ年をとったと見做される。
なのでスカーレットは4歳だけれど5歳なのだ。
最初に頭に浮かんだのはそんなこと。
ごぽりと口の中に何かが入ってきて、苦しさに身を捩った。
身体に触れるのは冷たい水の感触。
「……っ!ごほっげっ」
唐突に意識がはっきりして、パチリと目を開けた。
目の前に広がるのは青い晴れた空と枝葉を広げた木立。
それにゆらゆらと揺れる水面。
ーー水面!
またもや唐突に頭の中に大量の記憶という名の情報が駆け巡った。
ほぼ同時に自身に只今起こっていることも。
ヤバい死ぬ!
次の瞬間に思ったのはそれだった。
自分の名はスカーレット。
今年で5歳。
アフタリスタの片田舎、ルビル村の農夫の娘である。字はない。平民だから。
そんなスカーレットは只今川遊びの最中に滑って後ろ向きに転けて仰向けに寝転がっている。
川の中に。
そこは子供が遊んでいるくらいだから、水深は浅いし流れも遅い。
ちょうど5歳のスカーレットの踝より少し上あたり。
だが立ち上がっていれば踝より少し上あたりの水面は寝転がっていればギリギリ顔の表面が出たり隠れたりするくらい。
そして流れが遅いとはいってもまったくないというわけではなくて。
さっきからビッシャンバッシャン揺れる水が顔を打つは時折増えた水面に鼻先まで沈む。
このままこの体勢をこの場で続けていれば待っているのは溺死だ。
おい親何やってんだよ!なんで5歳児を一人で川に入れてんだ。と思ったが、よく考えれば一人で勝手にこの場所にやってきたのはスカーレット自身であった。
そのことを思い出してスカーレットは小さく舌打ちした。ついでに自分で動かなければ助けは来ないということもわかった。
今の時間、村の大人たちは畑仕事に勤しんでいる。スカーレットより年上の子供はその手伝いのはずだ。数人しかいない同じ年頃の子供は子守婆のマギ婆さんの家にいる。
つまりマギ婆さんの家をコッソリ抜け出してこの場に遊びにきたスカーレットに助けは来ない。
マギ婆さんは半分ボケてきているうえに、今の時間は子供もマギお婆さんも昼寝の時間だ。
婆のいびきと他の皆の寝息が聞こえてきたのを確認して家を抜け出てきたのだから。
マギ婆さんや皆がスカーレットの不在に気づいて探しにくる頃にはスカーレットはすでに冷たくなっているだろう。このままなら。
記憶もないのに一人で抜け出して川に遊びにくるとか生まれ変わってもさすが私!
前のスカーレットの時でも幼少時から男勝りでやんちゃモノだった。一応は下級とはいえ貴族の令嬢であったのだが、邸の庭にあった木に登るは叱られて部屋に閉じ込められてもシーツをロープ代わりにベッドに括りつけ二階の窓から脱出したこともある。
窓からの脱出は大人になって二度、いや三度ほどか行っていたが。
「……がぼぼっ!ℵ∑ΘΔΙΚΘΑーー」
んなことを思い出している場合ではなかった。
鼻と口から侵入してくる水に意味のない言葉を発しながらスカーレットはゴツゴツとした川底に手を付くと上体を起きあがらせる。
動くと後頭部が酷く痛んで、片手で探る。
するとヌルリとぬめりのある感触がして、その手を顔の前に持ってくると赤く染まっていた。
「あーっ、そういうことか」
足を滑らせて転けたのまでは覚えていたが、その後がおそらく僅かな時間であるが記憶が飛んでいた。転けた際に川底の岩ででも後頭部を打ち、意識が数瞬飛んだのだろう。
指で探った感触は大きな傷ではない。
川面にぺたんと腰を下ろしたままで、何度か瞬きする。うん、視界はしっかりしているし吐き気もない。傷口が頭なうえに水に浸かっていたから出血量は多かったようだが、まあひとまずは大丈夫そうか。
スカーレットはそう結論づけると立ち上がることはせずに這った状態で岸辺へ上がった。
立ち上がった途端貧血で倒れでもしたら今度こそ水死体になりかねない。
川から上がったスカーレットの格好は上半身裸で下はブカブカのドロワーズだけ。足は裸足だ。
服と靴はすぐそばの岩の上に置いてあった。
スカーレットはその岩まで這い寄ると、岩の上に適当に放り投げられた服の中からゴワゴワとした肌着だけを抜き出す。
黄ばんでところどころこすれて敗れかけのそれを両手でぎゅっと伸ばしてから頭に巻いて苦労しながら括った。
股の半ばまである肌着はそれなりの長さがあったが、それでも頭に二重に巻き付けると端は結ぶのにギリギリの長さしかなかった。しかも5歳児の小さく力のない手指ではようやく結んでもすぐにはらりとほどけてしまう。
なんとか動いてもズレない程度に巻き付けた頃には貧血も合わさってかグッタリと岩にもたれ込んでしまった。
ともすればそのまま意識を失ってしまいそうだったが、スカーレットは残る気力を振り絞って力なく垂れ下がっていた自分の右手を顔の前に持ち上げた。
子供らしくふっくらとした、短い指をしげしげと眺める。
小さい。
5歳の子供だから当然ではあるが。
先ほど水に浸かりながら思い出した記憶からすると今のスカーレットは田舎の小さな農村に暮らす平民の子供だ。
今年で5歳。
スカーレットの誕生日は一月後で、正確にはまだ4歳なのだけれど。スカーレットの生まれたルビル村やその周辺の町や村では子供の年を誕生日ではなく年で数える。
一年の始めである1の月が過ぎれば皆一様に一つ年をとったと見做される。
なのでスカーレットは4歳だけれど5歳なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
いくら時が戻っても
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
大切な書類を忘れ家に取りに帰ったセディク。
庭では妻フェリシアが友人二人とお茶会をしていた。
思ってもいなかった妻の言葉を聞いた時、セディクは―――
短編予定。
救いなし予定。
ひたすらムカつくかもしれません。
嫌いな方は避けてください。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。
前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる