47 / 334
第47話 以前にも増して、わからなくなる
しおりを挟む
「田上課長は、休日はどう過ごしているんですか」
あえて趣味とは聞かない。そしてパートナーの有無もここで探ってみる。
「休日か? だらだらと昼まで寝てて、起きたら洗濯だな。それからスーパー行って食料買い込んで、テレビやスマホを見ているうちに気がつけば日が暮れてるって感じかな」
これも庶民的な模範解答。さあ、自分のしょぼい部分を伝えて、どんどん誘導するぞ。
「僕もそんなもんです。しかも食料買い出しって言っても自炊じゃなくて、日持ちするコーンフレークとかパンとか、冷凍食品ばっかりで」
さて、どう出るか。
「俺もだ。基本、作らない。だから休日も平日もコンビニ弁当か外食で命をつないでいる」
ほほう。
「じゃあ、電子レンジばっかりフル稼働して、ガスコンロはお湯を湧かすくらいですか」
鎌をかけて、パートナーの影をあぶり出す。
「お湯も電気ポットで湧かすから、久しくガスコンロに触ってない。あー、安全装置用に入れてる電池の確認、しなきゃまずいな」
眉根を寄せて唸る。表情はごく自然。嘘ではなさそうだ。では、これはどうだ。
「お風呂掃除も面倒くさいですよね」
ここも重点ポイント。誰かと一緒なら、こまめに掃除するはずだから。
「だよな! 考えるだけでうんざりする。 あれはどうにかならんのか。浴槽のザラザラとか、天井や隅っこのカビとか!」
突然、ユキがこの話題に強く食いつく。となれば、やはりいるのかパートナー。
「いくら専用の洗剤で取っても、奴ら、すぐに復活しますもんね」
佐野は内心、動揺するも意図的に落ち着いて話す。
「そうなんだよ、ケイ! 俺なんか、カビ取りしないで見て見ぬふりをしてそのまま風呂に入ってるんだけど、カビは日に日に増殖していくから、今、ものすごいことになってるんだ」
異様に饒舌。ユキに何が起きたのか。
「お風呂場って他人に気軽に見せられませんよね。住んでる人の衛生観念、もろに出ますから」
こちらも負けじと、ググッと突っ込む。
「まあな。けど、風呂場を他人に見せることはないからそこは問題ないんだが、自分がカビそうだ」
「お友達とスーパー銭湯や温泉へは行かないんですか」
お風呂デートしてるのかも、と。
「行かない。俺、出身がここじゃないから友達いないんだ」
「え! そうなんですか」
これは意外。スマホの電話帳、百人ぐらい登録してると思ってた。
「それに学生時代の友達はみんな結婚してるから連絡も取ってない。ちなみに花壇での顔なじみはあくまで知人だ。プライバシーの関係もあるから、みんな素性は隠してるんだ」
「はあ」
将来、自分も身につまされる現実だ。
「で、風呂場のカビも困るが、部屋も昼間は誰もいないくせに、なんであんなに埃がたまるんだろうな」
よほど不快なのか、腕を組んで顔をしかめる。
「あとな、真夏以外は洗濯物がビシッと乾かなくて臭い! 長雨の時は特にそうだ」
風呂のカビでスイッチが入ったのか、聞いてもいないことを自発的に喋りだす。
「僕もタオルとか、それで何枚もダメにしてます。だから洗濯物を乾燥できる除湿機を買おうかと検討中で」
「俺もそれを考えている。けど、サーキュレーターもいいらしい」
今まで見たこともない、生き生きとした表情と口調。けれど内容は実に所帯じみている。花壇では紳士的な態度だとオーナーは言っていたが、この差はなんだ。モテ男で有名な眉目秀麗の男が、風呂のカビや部屋の埃、洗濯物が臭いだのと大騒ぎ。
「トイレ掃除もうんざりだ。しかもこの前、トイレットペーパーの残りが少なくなってて、冷や汗かいた」
とどめはそれか。ユキがいい男過ぎるので、あまり想像したくない。
それにしても、『観察』が思わぬ方向へ行ってしまった。風呂場のカビからの展開は演技とは思えぬ熱弁ぶり。
しかもユキにパートナーの影は見当たらないどころか、友達すらいないことが判明。さらに花壇では互いが『仮面』を被っているのでその場限りの社交場止まり。つまり、ユキはモテているのだが、それって単なる恋愛ごっこでしかなく、ユキにモーションをかける人たちも本気かどうか疑わしい。
思えば今までユキとの会話はほとんど仕事がらみ。ここまでプライベートに入り込んだことはない。どうしよう。ますますユキがわからなくなった。
佐野はユキをまるで初対面の人のようにまじまじと見つめた。
あえて趣味とは聞かない。そしてパートナーの有無もここで探ってみる。
「休日か? だらだらと昼まで寝てて、起きたら洗濯だな。それからスーパー行って食料買い込んで、テレビやスマホを見ているうちに気がつけば日が暮れてるって感じかな」
これも庶民的な模範解答。さあ、自分のしょぼい部分を伝えて、どんどん誘導するぞ。
「僕もそんなもんです。しかも食料買い出しって言っても自炊じゃなくて、日持ちするコーンフレークとかパンとか、冷凍食品ばっかりで」
さて、どう出るか。
「俺もだ。基本、作らない。だから休日も平日もコンビニ弁当か外食で命をつないでいる」
ほほう。
「じゃあ、電子レンジばっかりフル稼働して、ガスコンロはお湯を湧かすくらいですか」
鎌をかけて、パートナーの影をあぶり出す。
「お湯も電気ポットで湧かすから、久しくガスコンロに触ってない。あー、安全装置用に入れてる電池の確認、しなきゃまずいな」
眉根を寄せて唸る。表情はごく自然。嘘ではなさそうだ。では、これはどうだ。
「お風呂掃除も面倒くさいですよね」
ここも重点ポイント。誰かと一緒なら、こまめに掃除するはずだから。
「だよな! 考えるだけでうんざりする。 あれはどうにかならんのか。浴槽のザラザラとか、天井や隅っこのカビとか!」
突然、ユキがこの話題に強く食いつく。となれば、やはりいるのかパートナー。
「いくら専用の洗剤で取っても、奴ら、すぐに復活しますもんね」
佐野は内心、動揺するも意図的に落ち着いて話す。
「そうなんだよ、ケイ! 俺なんか、カビ取りしないで見て見ぬふりをしてそのまま風呂に入ってるんだけど、カビは日に日に増殖していくから、今、ものすごいことになってるんだ」
異様に饒舌。ユキに何が起きたのか。
「お風呂場って他人に気軽に見せられませんよね。住んでる人の衛生観念、もろに出ますから」
こちらも負けじと、ググッと突っ込む。
「まあな。けど、風呂場を他人に見せることはないからそこは問題ないんだが、自分がカビそうだ」
「お友達とスーパー銭湯や温泉へは行かないんですか」
お風呂デートしてるのかも、と。
「行かない。俺、出身がここじゃないから友達いないんだ」
「え! そうなんですか」
これは意外。スマホの電話帳、百人ぐらい登録してると思ってた。
「それに学生時代の友達はみんな結婚してるから連絡も取ってない。ちなみに花壇での顔なじみはあくまで知人だ。プライバシーの関係もあるから、みんな素性は隠してるんだ」
「はあ」
将来、自分も身につまされる現実だ。
「で、風呂場のカビも困るが、部屋も昼間は誰もいないくせに、なんであんなに埃がたまるんだろうな」
よほど不快なのか、腕を組んで顔をしかめる。
「あとな、真夏以外は洗濯物がビシッと乾かなくて臭い! 長雨の時は特にそうだ」
風呂のカビでスイッチが入ったのか、聞いてもいないことを自発的に喋りだす。
「僕もタオルとか、それで何枚もダメにしてます。だから洗濯物を乾燥できる除湿機を買おうかと検討中で」
「俺もそれを考えている。けど、サーキュレーターもいいらしい」
今まで見たこともない、生き生きとした表情と口調。けれど内容は実に所帯じみている。花壇では紳士的な態度だとオーナーは言っていたが、この差はなんだ。モテ男で有名な眉目秀麗の男が、風呂のカビや部屋の埃、洗濯物が臭いだのと大騒ぎ。
「トイレ掃除もうんざりだ。しかもこの前、トイレットペーパーの残りが少なくなってて、冷や汗かいた」
とどめはそれか。ユキがいい男過ぎるので、あまり想像したくない。
それにしても、『観察』が思わぬ方向へ行ってしまった。風呂場のカビからの展開は演技とは思えぬ熱弁ぶり。
しかもユキにパートナーの影は見当たらないどころか、友達すらいないことが判明。さらに花壇では互いが『仮面』を被っているのでその場限りの社交場止まり。つまり、ユキはモテているのだが、それって単なる恋愛ごっこでしかなく、ユキにモーションをかける人たちも本気かどうか疑わしい。
思えば今までユキとの会話はほとんど仕事がらみ。ここまでプライベートに入り込んだことはない。どうしよう。ますますユキがわからなくなった。
佐野はユキをまるで初対面の人のようにまじまじと見つめた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
81
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる