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第169話 用意されたシナリオ

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「距離的にも体力的にも無理なので、そちらには行きません」
 佐野はそう言いながら、手で持っていたスマホをフロントガラスの前にそっと置く。星崎の怒号と罵詈雑言から少しでも離れるためだ。
「社長の急ぎの話というのは、橋本建設の会議のことでしょう?」
 眉をしかめて窓ガラス越しの空を見る。雲一つない晴天だ。
「そうだ。てめえがあの会議で発言する内容は社長とオレ様が決める。その打ち合わせだ。で、そのシナリオはオレ様が用意する。ありがたく思え」
 つまり会社に都合の良いことだけを話せと。実に見苦しい悪あがきだ。
「私は事実を伝えるだけです。嘘で固めたシナリオなんていりません」
「うっせえよ。てめえの意見なんて聞いてねえよ」
「お言葉ですけど、星崎係長とレイナが起こした厄介事は橋本建設さんへは全てばれてますよ。鈴木の解雇についてもです。それと、うちの社長が元旦に田上課長と電話で激しくやりあったことも、その内容については既に知られていると思います」
「だからシナリオが必要なんじゃねえかッ! このクソバカ野郎!」
 まるで子供の悪態そのもの。かつ、絶望的に話が通じない――
 佐野は口をへの字にして首の後ろを手でさする。徹夜作業の疲れが遅ればせながら首と肩にも来たのだ。
「仮にそのシナリオ通りに話しても、橋本建設さんは受け入れませんよ。しかもそうすることで、さらにうちの会社の立場が悪くなるだけかと」
 それでも佐野は意見する。
「いいや、ならねえよ」
「え?」
「てめえの立場だけが悪くなるんだ。そのためのシナリオだ」
「……?」
 どういう意味だ。佐野は警戒しながら首をかしげる。

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