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第245話 下手くそな文字が書かれたクッキーの背景

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 佐野の車でキャラメル・フェアリーへ向かう。
 助手席にはユキ。実に上機嫌である。
 佐野は思う。労働基準監督署へ行くのは明日になりそうだ――と。
 これから食事をし、次に総務部長へ電話をしたり、経理部長と連絡を取ったりしているうちに結構な時間になってしまうからだ。
 しかも、古山建設の社内トラブルに巻き込まれる気満々のユキが作戦会議をすると言い出したのだ。となれば、さらに時間はかかると予想される。
 その証拠に、ユキのにやけた顔が一向におさまらない。根性曲がりに加え、人一倍顔立ちの整った男なので、それがさらに強調され、ほとんど悪魔の微笑みと化している。
 一体、何を企てているのか――佐野はハンドルを握りながら、戦々恐々とする。
「なあ、ケイ。宅配便の荷物のなかに、クッキーが入っていただろう?」
 唐突にユキが言う。
「え? ええ……ありました」
 下手くそな文字で『再就職おめでとう』と、桃色のアイシングで書かれているハート型の大きなクッキーのことですよね――とは口が裂けても言えないが。
「食ったか?」
「いいえ。まだです」
 書かれていた内容と、その文字の象形文字っぷりに動揺し、食べるという考えすら浮かばなかったのだ。
「あれな、キャラメル・フェアリーで作ったんだ」
「ああー……そうだったんですか」
 ということは、本体も文字もメイド嬢の練習台。それならハート形も、読み取れぬ文字も納得だ。
 考えてみれば来月は三月。ホワイトデーがある。大量に作ってお客さんへ配る前に練習は必須であろう。
「俺が粉まみれで作った力作だから、心して食えよ」
「ええっ?」
 佐野は運転中ゆえ、前方を直視しながら仰天する。


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