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第107話 高稲の逆襲

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「ひどい……! それで、どのような対応を」
「簡単さ。これで一発だよ」
 高稲が内ポケットからボイスレコーダーを出して見せる。
「さすがに前半は聞かせられんが、後半つまり弟が兄貴に、あれは嘘でしたって白状した部分だけ、皆の前で再生したんだ」
「わあ、それ、完璧ですよね!」
「だろ? で、今度はオレがここぞとばかりに佐藤をやりこめた。それは安堂を含めた長年に渡るオレへの嫌がらせの報復だが、他にも以前からあいつのせいで民間工事が他社に取られて頭に来てたんだ。営業先で、工事部を通さずにデタラメな見積金額を提示したり、うちよりも小規模な会社に行けば威張り散らしたりしてな。だからもう、あちこちから金額が合わんだの、態度が悪いだのと工事部へ苦情が来てたんだ。もちろん佐藤の腰巾着の部下共も同じだ。あいつら佐藤のコピーだからな」
「その部下達って、アンチ安堂係長派ですよね」
 焼鳥屋で、その辺りの話も聞いていたから改めて確認してみる。
「そうだ。仕事ができない奴ほど徒党を組んでくだらんをことしやがる。だから再三、オレは佐藤達に抗議した。工事部を通り越して口約束で受注したり、見積を出すなと。けど、ヘラヘラ笑って大丈夫だ、現場は解ってるからまかせとけの一点張りで聞く耳を持たん」
「何を根拠に大丈夫って言ってるんですか」
「根拠なんかないさ。ただ自分最高って感じで、我が道を突っ走ってるだけだ。結果、そのツケがたまりにたまってついに降格だ。あいつはもう部長じゃない。二つ下がって係長に落ちた」
「一気に二つもですか!」
「ああ。で、当然その腰巾着共も二つ降格でほぼヒラだ。佐藤と一緒に基本給もそれに準じて下がる。しかも今年度はボーナスカット」
「凄まじいですね」
「社長の堪忍袋の緒が切れたんだよ。実は、あいつらの素行の悪さは前から知ってたんだ。でも使い方によっては便利だからと今まで目をつぶっていた。けれどそこまで会社に不利益をもたらす人間だったとは、思ってなかったらしくてな」
「口が上手いし、変に顔も広いですからね」
 特に佐藤は。
「まあな。でもこれからは信用ゼロからの出発だ。そして、もしもまた同じような話が出たら解雇だと警告した」
「そこまで言いましたか。社長は」
「あのくらい脅しとかないと、あいつら会社と人生なめてるから、すぐ元に戻っちまうからな。即時解雇にならないだけありがたく思えってな。うちは甘い方だぞ。他の会社なら即クビだ」
 高稲はそう言って口を尖らす。どうやら社長の下した佐藤達への処分に多少の不服があるらしい。でもそれは当然だと坂巻は思う。
「じゃあ今、あの人、安堂係長と同じ立場なんですね。肩書も、給料も全部」
「おうよ。だから今まで大名気取りで部下に仕事を押しつけて威張ってたのが、必死こいて自分で営業してる。社有車のグレードも下げられて、黒塗りから白の軽自動車だ」
「社長も、そこは露骨にやりましたね」
「ああ。オレもそれには笑った。で、佐藤になびかず真面目に仕事をしていた営業部員の中には、当然のごとく課長や課長代理がいる」
「と、なると……」
「そうさ。今まで散々威張りくさってあごで使っていた部下の部下になってるんだ。でもかつての部下だった彼らは利口なので復讐を兼ねた嫌がらせはしない。あくまで部下として接し、不備があったり問題が起きれば叱責した上で是正をガッチリさせる。まあ、オレには逆立ちしても出来ない大人の対応だよ」
  坂巻は唸る。自業自得とはいえ壮絶だ。もしかしたら解雇よりも屈辱的なのではないか。思えば本城谷も今は似たような立場のはず。
「でもよ」
 高稲が手中のボイスレコーダーを眺めながら言う。
「まさか同じ職場の人間に使うとは、オレも思わなんだ。本城谷の家でも録音はしたが、再生まではしなかったからな」
「再生は、最終手段ですもんね」
「ああ。解決はするが関係は崩壊だ。諸刃の刃だよ。これは」
「では佐藤……係長とも、やはりそうなってしまいましたか。仲はもともと良くなかったでしょうけれど、仕事の上では一応の連携は取っていましたし」
 基盤から崩壊していた自分と石橋との関係も、これが決定打となって別れる方向へ進んだからだ。
「まあな。今は互いに完全に口をきかず目も合わさない。でも先に喧嘩を売ったのはあっちだ。オレは気にしていない。あいつは入社当初から態度が傲慢で、虫の好かない奴だったしな。生え抜きであればまだ大目に見てやれたかもしれないけどな」
「え? じゃあ、あの人、中途採用なんですか」
「そうだ。うちの専務が何かの折りに、どこぞの保険代理店からヘッドハンティングしたんだ。あの通り、口が上手くてお調子者だからな。で、それを鼻にかけて入社日から威張りくさりやがってよ。建設業界のこと何も知らんくせに、行く先々で大口叩きやがって、オレ達工事部が何度尻拭いしたか分りゃしねえ。できるものなら本城谷の時のように泥池へ投げ飛ばしてやりたいくらいだ」
「そうだったんですか」
 高稲の話に坂巻は溜飲が下がる。
「あの、それでは佐藤係長達の降格の話は安堂係長に伝えてもよろしいでしょうか。今、初めて知ったので」
「いいぞ。この件は社内での回覧書類だったから、それぞれの工事現場事務所までには届いてなかったようだな。総務の女性社員達も気が回らない者ばかりだから、ファックスもメールも流さなかったと見える」
「ええ。多分、工事部のほとんどが知らないかと」
「ったく、あの総務部長のじいさん、ビシッとその辺を彼女達に指導してくれたらいいんだけどな」
「こう言ってはなんですけど、誰が何を言おうと、あの人達は聞く耳を持たないと思いますが」
「だろうな。安堂の噂を鵜呑みにするお嬢ちゃん連中だからな――ともあれ、オレ達工事部が、うっかり佐藤部長なんて呼んだら、あいつ半べそかいて大暴れするだろうから、悪いが他の部員達にも伝えておいてくれないか」
「はい。今日中に必ず各現場事務所へファックスで連絡します。掲示板に貼り付けてもらえるように」
「ははは! そしたら出入りの協力会社にもバレバレだ」
「ええ。それを狙ってのことです。安堂係長を悪く言った報いです。では現場事務所に戻ります」
「おう。気をつけてな。オレもこれから出かける。あ、そうだ、木田が集金に来てるだろ。廊下で見かけたぞ」
「ええ。総務部の所で。なぜか僕をチラチラ見てましたけど、無視しました」
「それが一番だ。安堂も、どうしてあんな面倒な女と付き合ってたんだろうな」
「本当に謎ですよね。でも別れて正解でした」
 その真相は僕と安堂係長だけの秘密。だから絶対に口外しないのだ。
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