水平思考ショートストーリー

顎(あご)

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•首切り男

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 思い返せば、こんなに長い時間、誰かと酒を飲み交わしたのは久しぶりの事だった。その為か、俺はすでにワインのボトルを一本空けてしまっていることに気付かなかった。
 「次のを取ってこよう」
 俺は席を立ち、ワインセラーのあるキッチンの方へ向かった。
 「いいのか? 飲み過ぎると明日の仕事に触るぞ?」
 一緒に飲んでいた友人がグラスをくゆらせながらテーブル越しに言った。
 「明日は休みだ。三週間ぶりに休暇が取れたんだ」
 「マジかよ、そんなにキツい仕事なのか? IT企業って」
 友人は目を丸くして俺の顔を見ていた。
 「まぁ、仕事は楽しいけどな。この歳になってくると応えるよ」
 「へぇ、でもそのおかげでこんな立派な家に住めてるんだものな。コンシェルジュまで居たからビックリしたよ。セキュリティは申し分なさそうだな」
 「まあな、エレベーターも自分の住戸のある階にしか止まらない仕組みになっているんだ」
 「凄いな。けど、まさにお前に相応しい住処だよ」
 友人は忖度では無く、本気でそう思っているようだった。俺も幾分、気分が良くなった。自己肯定感が満たされると言うものだ。
 俺はセラーからボトルを取り出し、コルクを抜いた。小気味の良い音と共に葡萄色の香気が舞う。俺は友人の持っているグラスにワインを注いだ。
 「そういえば、最近巷では物騒な事件が起きているらしいな」
 「事件?」
 「知らないのか? 結構ニュースになってるぞ」
 「生憎朝は忙しくて、まともに新聞も読む時間がないんだ」俺は肩をすくめた。
 「なるほどな、それじゃ世間にも疎くなるわな」
 「それで、その事件って何なんだ?」
 「何でも連続殺人事件らしい。もう三人もやられてる。しかも犯人はまだ捕まっていないどころか、手掛かりすら掴めていないそうだ」
 「何故連続殺人だと言い切れるんだ? それぞれが独立した殺人事件かもしれないじゃないか」俺は疑問を投げかけた。
 「ある共通点があるそうなんだ」
 「共通点?」
 「ああ、何でも犯人は、犯行現場に血文字でメッセージを残していくらしい。”首切り男参上“ってな」
 「首切り?」
 「そうさ、犯人は決まって、被害者の首から上を切り取って持ち去るらしい」
 「愉快犯か、虫唾が走るな」嫌悪感を覚えた俺は顔をしかめた。
 「だろ? きっと倒錯した精神の持ち主なんだろう。気味が悪いよ」
 「何にしても、そんな男さっさと捕まればいいんだ。そこまで派手に事を起こしているなら近いうちに逮捕されるだろ」俺は不快感情を押し流すように酒を飲み込んだ。
 「だがまだ捕まってないのも事実だ。お前、気をつけろよ? 帰りはいつも遅いんだろ」
 「ありがとう。気を付けておくよ。と言っても、納品は済んだから、これから暫くは定時で上がれそうなんだ」
 「そりゃいい、これを機に暫く休暇を取れよ。働いてばかりだと頭がおかしくなるぞ」
 そう言って友人は手を叩いた。
 「そうだな、それも良いかもしれん」
 俺も、笑いながらワイングラスを傾けるのであった。
 
  
  そのニュースを見たのは、それから二日後のことだった。俺は立ち寄ったコーヒーショップでレジに並んでいる最中だった。たまたま、店内に置かれているテレビを見て、視線が釘付けになってしまった。店員が俺に、何やら呼びかける声が聴こえた。しかし俺は、テレビのディスプレイから視線を移すことは出来なかった。
  そこには、あの日ワインを飲み交わした友人の顔写真が映し出されていたのだから。
   
  ”昨晩、一連の殺人事件の犯人と思われる人物が身柄を拘束されました。容疑者の自宅からは凶器と思われる刃物と同時に、これまでの被害者のものと思われる三人の頭部が冷凍された状態で発見され、身元の確認を急いでいるそうです。また、容疑者宅からは市内の高級マンションの見取り図も発見され、次なる犯行を計画していた可能性が……“
  
  俺は激しい眩暈《めまい》に襲われ、立っていることが出来なくなった。動悸がして、全身から嫌な汗が滲み出てくるのが分かった。
  画面の中の友人は、怒りとも、後悔ともつかない表情で俺を見つめている。そして、あの日の友人の笑顔や、話し声と混ざり合い、渦となって俺の脳内を掻き回し始めた。
  俺は嗚咽と呻き声が混じったような声を発しながら、その場に蹲っていた。異常を察した店員が駆け寄ってきた。いつの間にか、俺の周りには小さな人だかりができていた。
  俺は消え入る意識の中、友人がなぜあんなメッセージを犯行現場に残していたのかを理解した。
  
  解説は次ページで。↓














  
  【解説】
   友人は女性だった。殺人鬼である彼女は、犯人が男性であると錯覚させるためにわざと“首切り男”という言葉を使い、メッセージを残していた。そして、彼の部屋にやって来たのは、次の獲物である彼のマンションのセキュリティを確認する、最終チェックだったのだ。
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