悪役令嬢になりたいのにヒロイン扱いってどういうことですの!?

永江寧々

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変わる努力

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「クロヴィス様」
「ッ⁉ アネット、急に出てくるな」

 猫のように身軽に木に登るクロヴィスが凝りもせずリリーの部屋のドアを叩こうとした瞬間、予告もなく窓が開いてアネットの顔で視界が埋め尽くされた。ズイッと近くまで無表情の顔を寄せるアネットに驚いたクロヴィスがバランスを崩しそうになって慌てて木に手をついた。

「リリー様ならまだお戻りになられておりません」
「どこに行ったんだ?」
「ユリアス・オルレアン王子に迎えられて書庫デートへ」

 アネットから告げられた内容はクロヴィスにとって衝撃的なものだった。
 確かにユリアス・オルレアンは何かとリリーの傍にいた。宣戦布告も受けた。書庫デートに誘ったと聞いたが、あのリリーがユリアスからの申し出を受けた事が意外だった。

「門からお入りになられるのであればお客様としてお待ちいただけますが」

 クロヴィスは次期国王の座が約束されているが、アネットはそんな人物に対して尊敬の意を見せるわけでもなければ媚びるわけでもない。媚びられたいわけではないが、笑顔の一つも見せないのが不思議だった。リリーにしろアネットにしろ、本当にあのフィルマンの関係者かと疑いたくなるような性格をしている。

「いつ戻る?」
「ユリアス王子が愚かな男でなければ約束の時間ですのでそろそろかと」

 元踊り子であるが故なのか、それとももうフィルマンの寵愛を受けていないからなのか発言に恐れが見えない。

「なら門まで行った方が早そうだな」
「お嬢様はお疲れでしょうから、くだらな……小用であれば明日にしていただけるとありがたいのですが」

 ———くだらない用と言おうとしたな……。

 自国の王子が自分が仕える令嬢に会いたがっているのであれば普通は大喜びするはずだがアネットはそうじゃない。身勝手に婚約破棄をした王子を既にリリーに相応しい男として認識しておらず〝世間知らずの愚かなお坊ちゃん〟という認識になっていた。世話になるわけでもない相手に敬意を払う必要はないというのがアネットの考えだった。

「重要な話がある」
「婚約破棄をした相手にですか?」
「……ああ」

 アネットが完全にリリーの味方である事はよくわかった。

「お嬢様に未練が?」
「未練……とは違う」
「では諦めてください」
「……諦める?」

 未練という言葉は女々しく、クロヴィスの中で自分の感情と合致しなかったためかぶりを振るとアネットから突き放すような言葉。

「王子に婚約破棄された事で旦那様は怒り心頭。お嬢様は頬をぶたれる始末。泣きじゃくり縋りつかなかった事に対して何日も無駄に怒りを見せ、この短期間でお嬢様が起こされた問題続きでその無駄な怒りは更に延長。お嬢様の笑顔が欲しいのであれば追い回すという無駄な時間を作られずとも話術と気遣いさえ学ばれれば手に入ると思うのですが、それさえもしようとされないのは自分の地位に胡坐をかかれているからとしか思えません。ご存知の通り、お嬢様は地位や名誉には全く興味がありません。もしモンフォール家との破談によって厄を呼び寄せ没落という事態に陥ったとしてもお嬢様は喜んで受け入れるでしょう」

 ———悪役令嬢が没落貴族になったと。

「愛する人の心を手に入れる方法は権力を振りかざすことでもなければ金貨を見せる事でもありません。相手といると楽しいと思わせる話術、気遣い、笑顔、そして相性」
「元も子もないな」
「大事な事です。何も夜の事だけではありません。地位や名誉に興味のないお嬢様にとって王子という地位の男は特別にはなりえません。それよりも話が合い、笑わせてくれる相手の方が心を寄り添わせやすいのです。ご存知でしたか?」

 反論したい気持ちは山のようにあったが、それでも最後の問いかけにイエスと言えない時点で自分が何の努力もしてなかった事を自覚する。周りの人間から言われる事は全て似たような事で、開きかけた口を一度閉じて目を伏せた。
 リリーが言った「笑わせようとしなかった」という言葉、アネットの「笑わせようとしてくれる相手の方が」という言葉にユリアスの顔が浮かんだ。あの停電で皆が不安になったが、それでもその直後には花火が上がって皆が笑顔になった。あれが『このための演出だったんだ』『ロマンチックだ』とオルレアン家を褒め称える声が会場中に響き渡っていた。
ユリアスはその中にはおらず、リリーと二人きりになれるテラスで笑い合っていた。

「最近知った」
「それは幸運ですね」
「だからアイツと話がしたいんだ」

 それがクロヴィスの正直な気持ちだった。

「止めはいたしませんが、女々しさでお嬢様を煩わせませんようお願いいたします」

 止める気がないということは、言うだけ言って窓を閉めた態度で明確に伝わってきた。婚約者だった時からアネットと長く話すことはほとんどなかったため好かれているか嫌われているかは考えたこともなかったが、今はわかる。

 完全に嫌われている。

「……行くか」

 カーテンも閉められたのを合図のように木から降りるとリリーが戻ってくるであろう門まで歩いて向かった。








「リリー」
「……クロヴィス……」

 馬車から降りてきたリリーに声をかけるとあからさまに嫌そうな顔が向けられる。これが皆が言う〝努力〟をしなかった結果だとわかった。

「やあ、クロヴィス王子。先日ぶりだな」

 リリーを隠すように前に出たユリアスの笑顔が憎たらしい。

「謹慎中の者を国外へ連れ出すとは感心しないな」
「気分転換は必要だ。この美しい顔に陰りなど必要ない。俺は彼女に少しでも笑ってもらいたくてわが家へ招待させてもらったんだ。わが家自慢の書庫へね」
「図書館へ行けばそちらの敷地を埋め尽くすほどの本がある」
「わかっていないな。図書館は皆のものだ。友人、知人、顔見知りに会うかもしれない。何を読んでいるのか、どんな物を探しているのかという話から始まり、くだらない貴族の自慢話や噂話に付き合わなくてはならなくなる。だが個人の書庫は違う。俺と彼女の二人きりになれる場所だ。好きな本を手に取り、好きなだけ読める。いや、実際は半分以上お互いの話になってしまったが、実に有意義な時間だった。知らなかった彼女のことを良く知ることが出来たし、次の約束も取り付けられそうだしな」

 あきらかなる挑発。優位に立っているのはユリアスでクロヴィスではない。マウントを取るように先制攻撃をしかけたユリアスの語りがクロヴィスを苛立たせる。自覚したばかりの情報の少なさ、そしてそれを補正するためにリリーと話をしようと考えていた矢先にユリアスが二人きりで互いの事を語り合ったというのだから心穏やかにはいられなかった。

「所詮は本人から聞いただけの話だろう。俺はこいつが気付いていないクセや言動も知っている」
「それは君の歪んだ記憶かもしれない。俺は彼女が想っていた事や感じていた事を聞ける方が嬉しい」
「幼い頃の写真を見たことはないだろう」
「いつか見せてもらえるさ。焦ってはいない。過去よりも未来を見る方でね」
「ハッ、負け惜しみを」
「負け惜しみを言っているのは君だ。まともに相手にされていないんじゃないか? まあ婚約破棄をしたのだからそれも当然だ。それでも彼女は無視をせずに君と話をしてくれる。彼女の優しさに感謝した方がいい。というより女性は大切に扱わなければならないという当然の事から覚えてはどうだい?」

 それほど背丈も変わらない二人は顔を上下させる必要もなく前を見るだけでハッキリと目が合う。対峙する二人の間に散る火花にリリーの目が軽く上を向く。

「このくだらない言い合いを続ける場所にわたくしは必要ですの?」

 リリーの笑顔には不釣り合いな青筋が額に浮かんでいた。長い間馬車に揺られて疲れているリリーは心優しきヒロインのように二人の喧嘩におろおろしたりはしない。喧嘩し続けてもいいから自分だけ帰らせてくれと笑顔で圧力をかけていた。

「次回のデートの予約はまた書面で送らせてもらう。良い返事を期待しているよ」
「考えておきますわ」
「よい夢を」

 言い訳はせずに女の気持ちを優先する事が時には賢い方法だと知っているユリアスは軽く身を屈めリリーの手の甲に唇を押し当てた。そして爽やかな笑顔を振りまきながらアッサリと帰って行った。
 キュンとかドクンとかそんなモノは感じず、リリーはただ「鬱陶しくなくていい」と隣に立つ相手とは正反対な性格の事を思っていた。

「また木登りでもしたの?」
「……いや、たまたま居合わせただけだ」
「じゃあ塀を乗り越えて迷子になったのね。」

 リリーの嫌味に返す言葉がなかった。リリーとクロヴィスの家は隣だが、門をくぐるか塀を超えるかしなければ敷地内に入るのは不可能。〝たまたま〟という偶然を装うには無理があった。

「で、葉っぱの髪飾りをつけたオシャレな王子様が何用かしら?」
「あ……」

 アネットに驚いて木に手をついた時に落ちてきた葉がついていた。嘘がバレた事も恥ずかしいが、あんな言い合いを頭に葉っぱをつけながらしていたのだと思うと頭を抱えたくなった。

「お前と話をしようと思った」
「貴方に無駄な時間は割きたくないの」
「無駄ではない。俺達の話だ」

 言っている意味がわからなかった。急に『俺達』と言われると将来を誓い合った仲のようで複雑になる。もうそういう関係ではないのだから。

「今日は疲れてるの。明日でもいい? 窓から来てくれれば開けてあげるからその時にして」

 クロヴィスは自己正論症にでもかかっているのかと思うほど自分だけが正しいと思い込んでいる。だからリリーはクロヴィスとの会話が嫌いだった。それは前にも伝えたし、これからもそうだ。だから話すつもりはないと手を振って帰ろうとしたリリーの手をクロヴィスが掴んだ。

「努力を始めようと思っている」

 クロヴィスの言葉にリリーが立ち止まり、振り向いた顔は至極驚きに満ちていた。そしてこの世の終わりのような顔に変わっていく。

「木から落ちたの?」
「落ちてない」
「じゃあどうしてそんなこと言うの?」
「そうすべきだと感じたからだ」

 クロヴィスの発言が信じられないリリーの心配の失礼さに眉を寄せるも心配で後頭部を撫でる手は悪くないと止めなかった。

「リリー」
「ッ⁉ ちょっとクロヴィスなにす———」
「お前を笑わせる努力をする」

 掴まれた手を引かれ、そのまま腕の中に閉じ込められると何を考えているんだと抵抗しようと身じろいだリリーに降るクロヴィスの決意。

「なに言って……」

 到底信じられるものではないが、クロヴィスが嘘をつく人間でない事を誰よりもわかっているのはリリーだ。いつだって自分に正直で、正直すぎて人を怒らせる天才。
 一瞬、ユリアスの言葉に焦っての事かもしれないという考えが頭を過りはしたが、この馬鹿正直さは内緒話を黙っていられない子供レベルだからこそ信じるしかなかった。

「だから少し時間が欲しい」
「何の時間?」

 少し身体を離しながらもその距離はあくまで腕の中で顔を見るための空間を作っただけで腕は離されいない。こんな所を父親に見られでもしたらという不安はあるが、目の前の顔があまりにも真剣だからリリーは突き放せなかった。

「お前のことを知る時間だ」
「……立ち話?」
「いや、ティータイムだ」

 答えはわかっていたが、あえて意地悪な言葉を選んだ。

「面白いこと言えるの? 猫が寝転んだとか言っても笑わないからね?」
「ああ」
「……まあ、いいけど。でも笑わなかったらそれでおしまい。つまんなかったら帰るから」

 変わる努力をすると言っている男を無下にする必要はない。逆恨みも必要ない。あのクロヴィス・ギー・モンフォールが努力をすると言っているのだから一度ぐらいは信じてやろうと思った。ただし一度だけ。二度目はない。

「ああ」

 人はすぐには変われない。でも小さくでも笑うその顔がこの男の中で確実なる変化をもたらしていることを表しているからリリーは付き合う事にした。


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