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連載
伝言ゲーム
しおりを挟む国民が花道を作るパレードは年に二回。
国王と王妃の誕生日。
その前日から国民がそわそわと落ち着かない時間を過ごし、朝になれば国王の臣下達が街に下りて国民達のために屋台を開く。
裕福な者も貧しい者も関係ない。この日は皆が同じ物を同じように食べる日と決まっていた。
「あら、そのドレス素敵」
「オレリア様のお誕生日ですもの。特別に仕立てたものですのよ」
「どこのデザイナー?」
「私もデザイナー変えようかしら? 最近イマイチなのよね」
「あら、素敵じゃない」
貴族はパレードには参加せず、その後のパーティーに参加する。
既に始まっているパーティーでは女達はドレスの話で盛り上がり、男達は政治について話し込んでいた。
王妃の誕生日を祝うという名目ではあるが、話している内容はいつも通りどうだっていい事ばかり。
「クロヴィス様のご到着です」
ドアマンの声に静まり返る会場。
「ねえ、あの子……」
「ブリエンヌ家の娘じゃない?」
「婚約破棄されたんじゃなかった?」
「ユリアス王子と婚約するって聞いたわよ?」
「王子に二股かけてるってこと? すごいわね」
「娘の話だと王子が婚約破棄を撤回しようとしてるとかそうじゃないとか」
「フィルマンが媚びたんじゃないの?」
「ああ、ありえるわね。媚び公爵の得意技だものね」
クロヴィスの腕に手を添えている女がいるのが見えると会場は一気にザワつきを見せた。母親世代の女達が扇子で口を隠しながら話すが、リリーにはハッキリ聞こえていた。
———こうなるってわかってたから嫌だったのよ。
媚び公爵と言って笑う不愉快な女達を睨み付けてやりたかったが、ここは学園ではないし相手はエステル・クレージュでもない。相手にする価値もない相手だと自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。
「戯言に耳を貸すな。前だけ向いていろ」
リリーに聞こえているという事はリリーの隣にいるクロヴィスにも聞こえているということ。それでも表情一つ変えずにあの声達を『戯言』と言いきるのは彼にとって陰口は切っても切れないものだから。
王子であろうとまだ十代の若造が統率を取る事を快く思わない者も少なくはない。嫌味や陰口は毎日耳にしている事だろう。それをいちいち気にして落ち込んだり反論していては事は先に進まない。
自分が絶対に正しいという過剰な自信を持つ性格はこういう時ほど心強く思う。
「オレリア様、お誕生日おめでとうございます」
「まあまあまあまあ! リリーちゃんったらなんてキレイなの!」
「あ、ありがとうございます。オレリア様が私のために仕立ててくださったドレスですから」
おめでとうを言いに行ってまさか自分が『ありがとう』を言う立場になるとは思ってもいなかった。
「ドレスじゃないわ。リリーちゃんがキレイなのよ」
「俺もさっき同じ会話をしました」
「もう、謙遜ばかりしてちゃダメよ? 女の子は褒められて美しくなるんだからどんどん褒められなさい」
「あはは……」
親子揃って同じ台詞を言う事についてはもう何も言わなかった。
「オレリア様も今日は一段と美しいです」
「ありがとう。国王様がデザインしてくださったのよ。こんなのもういい歳なんだから恥ずかしいって言ったんだけど聞かなくて」
「とてもお似合いです」
オレリアのドレスはリリーと似た物だが、ドレスの裾が広がるマーメイドラインとなっていた。身体にフィットするドレスは見目が体型次第で批評もあり得るが、オレリアは歳を感じさせないほど美しいスタイルを維持している。
———ジュラルド様が勧めるのもわかる。
「今日はクロヴィスと一緒に来てくれて嬉しいわ」
「私の方こそ今日この場にお呼びいただけた事、光栄に思っております」
「リリーちゃんは私の娘だもの。呼ばないわけないじゃない」
オレリアの言葉をどう受け取ればいいのかわからず「ふふっ」と笑顔だけ返したリリーの内心は誰か他に挨拶に来ないかという思いでいっぱいだった。
以前なら「自分もオレリアの娘になれる事が幸せだ」と返せていたのにもうそれは出来ない事。なのにどうもジュラルドとオレリアはそれを息子に言い聞かせている様子はない。
「一人で行くと言ってい———ッ⁉」
「クロヴィス、今日はエスコートしてくれてありがとう。一人で行かなきゃいけないと思ってたから嬉しかったわ」
真実を伝えようとするクロヴィスの脇腹に肘打ちをして黙らせると張り付けた笑顔で思ってもない感謝を口にした。
「ふふっ、懐かしい。この子が愚かにもリリーちゃんの手を離しちゃったのはそんなに前じゃないはずなのになんだかとっても懐かしいわ」
息子をハッキリ『愚か』と言いきるのはさすがだと思った。ジュラルドにしろオレリアにしろ、クロヴィスに必要なものは何か、誰かをよくわかっているのだ。
大体の貴族は我が子可愛さに間違いを正さず擁護してしまうが、そういう点においてはモンフォール家もブリエンヌ家も子供を責めるという共通点はあった。
———うちはちょっと違うけど。
「この場を借りてお願い事をするのはズルいかしら?」
———嫌な予感しかしない。
「……えっと……」
「ズルいですね」
「クロヴィス?」
返事に迷っているとリリーの代わりにクロヴィスが返事をした。
「俺の力で取り戻そうとしているところです。王妃の願いを断れない彼女に卑怯な手は使われませんようお願いします」
クロヴィスもオレリアが何を言おうとしているのかわかったのだろう。軽く頭を下げてお願いをするクロヴィスにリリーはキュッと唇を結んだ。
「そうよね。あなたの努力って仕事や成績以外は目に見える結果を残さないから心配でつい出過ぎた事をしてしまうところだったわ。ごめんなさい」
申し訳ないという表情は浮かんでいるものの言葉はそれに全く伴っていなかった。
「というわけだからリリーちゃん、ユリアス王子との婚約はまだもう少し待ってくれる?」
「え? そういう予定はありませんけど……」
厚かましいお願いではあったが、全く身に覚えのない言葉に驚きと困惑が入り交じり、眉を寄せればいいのか下げればいいのかわからず微妙な顔を作ってしまう。
「え? ユリアス王子との婚約話が出てるって聞いたけど?」
「誰からかわかりますか?」
「誰から…かはわからないけど、そういう噂が入ってきたの」
リリーはこの場に来て新たな絶望を手に入れる事となった。
「知って———ないわよね」
事実ではない事は気にしないクロヴィスにこの噂を知っていたかと聞こうとしたが、怒りを何とか堪えているような雰囲気をまとっている事でクロヴィスでさえも初耳だと悟った。
「オレリア様、その噂は事実ではありません。ユリアス王子との間に婚約の話など話題にした事もありませんので」
「そうなのね? じゃあどこかで伝言ゲームが始まっちゃっただけね」
「だと思います」
「良かった。クロヴィス、頑張りなさい。今度こそリリーちゃんのハートをガッチリ掴んで縛りつけちゃうのよ」
「そのつもりです」
伝言ゲームとは少し違う気がすると思いながらも意味としては理解出来るため訂正はしなかった。
今日はオレリア妃の誕生日。不快な思いをさせるわけにはいかない。
———笑顔よ、笑顔。
「お久しぶりでございます、オレリア王妃様」
———この声は……
「あらあら、お久しぶりですね」
「ユリアス王子……」
いま最も会いたくない人物が相変わらず爽やかな笑顔を携えて目の前に現れた。
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