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連載
うんざり
しおりを挟む「気分転換は出来たかい?」
中に戻ると大勢の女性に囲まれていたユリアスがリリーに声をかけた。
クロヴィスの隣を歩いているリリーがまだ男を連れようとしている事に明らかなる敵意と嫌悪を向ける令嬢の数にリリーは苦笑を浮かべたくなっていた。
「ええ、クロヴィス様のおかげでとっても気分転換出来ましたわ」
「それはそれは。さすがは元婚約者だ。お心をよくわかってらっしゃる」
リリーの表情に自然さがない事を見抜いたユリアスはそれがクロヴィスへの嫌味だとすぐに気付いた。話を合わせるフリをして追い打ちで嫌味をかけるユリアスにクロヴィスが気付かないはずもなく不愉快を表情にして見せた。
「クロヴィス王子、彼女と話したいのは君だけではないんだ。独占はよくない」
「積もる話があるもんでな」
「それは俺も同じだ」
二人の間でバチバチと鳴る火花についてリリーは何か言うつもりはなかった。こっちを見て嬉しそうに笑っているオレリアにがっかりした顔はさせたくない。だからもう知らないフリをした。
『どっちとも話しますから』とか『仲良くしましょう』とか『私のためにやめて』などというヒロインめいた言葉は口にしたくないリリーは髪が乱れていないかを手で確認しながらとりあえずそっぽを向いては爪に施したネイルが剥げていないかの確認をして時間を潰した。
「君が譲らないのであればオレリア王妃に確認を取ろうか」
「自らの話術で勝ち取る事が出来ないと分かった途端に他人に頼るとは。貴殿はいつもそんな風に誰かに頼って生きているのか? 自分の思い通りにならない事は父親に泣きつくと?」
脅しのように使ったオレリアの名前にクロヴィスが噛みつく。
一度だって両親に問題を解決してもらった事がないクロヴィスにとって権力者の名前を口に出して事を進めようとするユリアスのやり方は到底認められないもので軽蔑に値するものだった。
「時間を無駄にしたくないだけだ。この時間は有限だ。君と言い合っている時間を彼女と話すことに使いたい。そのためには自分が持っているカードを有効に使う。俺はそうして生きている。これは俺の力だ」
クロヴィスの嫌味もユリアスには通じない。クロヴィスよりもユリアスの方が確実に口達者なのは誰が見てもわかる事。
常に何かしらの責任を抱えながら生きているクロヴィスと自分のやりたいように自由に生きているユリアスとでは同じ王子という立場であっても全く違う人生を生きている。
———勝負ありね
リリーでもわかる。この状況がクロヴィスのわがままで単なる足掻きでしかないということ。
「クロヴィス、今日はここまでよ。エスコートありがとう」
お礼を口にするリリーの手を掴むクロヴィスが何を言いたいのかはわかっているが、その手をそっと押し離しながら何も言わずにかぶりを振った。
「ワインでもどうだ?」
「飲みません」
「そうか。では紅茶を用意してもらおう。そのドレスでは体が冷えるだろう」
「ええ」
オレリアの表情から察するに息子であるクロヴィスとはヨリを戻してほしいが、自分が認めたリリーという女が男に挟まれている姿は見たい。女はそうして磨かれていくのだから。といったところだろうとリリーは推測する。
今日はオレリアの誕生日。普段からこういう生活を送っているわけではないし見せるわけでもないのだからと小さな望みを叶える事にした。
「向こうに座ろう」
ユリアスの腕に手を置くとエスコートされるままにその場を離れて隅の方にあるベンチへと腰かけた。
「今日の君は一段と美しいな」
「オレリア様が私のためにと贈ってくださったドレスなんですの」
「彼女のセンスは素晴らしい」
「同感ですわ」
ドレスを褒められるのはやはり嬉しい。あの誰もが憧れるオレリアから一点もののドレスを貰ったのだ。それもオレリアが誰かに言って手配させたのではなくオレリア自身がデザイナーと話をして仕立てたのだから喜ばないはずがない。
「だが、それを着こなせる君はそれ以上に素晴らしい」
「ありがとうございます」
今日ばかりは首を振らずに受け取る事にした。自分は周りの女性達よりも背が高く可愛らしいドレスも似合わない女だと思っていたが、今日だけはこのドレスを着こなせる身長で良かったと鏡の前で何度も感謝したから。
これは背が低い女性では絶対に似合わないドレスとなっている。
「クロヴィス王子とは何を?」
「あら、無粋ですわね。他の男性の話をしろと?」
「それもそうか。ご無礼をお許しください」
「よろしいでしょう」
頭を下げるユリアスの軽さにリリーは笑いだす。
ユリアスのこうした言動は気持ちを楽にしてくれる。
最近はクロヴィスといて前ほどしんどさを感じる事は減ったように感じていた。
自分の言動を悔い、改めようとしているクロヴィスが全て変えられるとは思っていない。あの堅物がユリアスのような性格になるためには生まれ変わるしか方法はないわけだが、そこは期待していない。
前ほどの息苦しさはなくなったもののそれでも真面目な部分は残っていて、何故だと疑問を投げる癖も変わらない。時間をくれと言われ、それを了承したのだからリリーは変わるのを待つつもりはあるが、待っていたら寿命を迎えそうだと予想している。
「先日の返事は今も変わらずかな?」
「……ええ」
「噂のせいかい?」
やはり届いていたかとリリーは一度口を閉じて黙り込んだ。
「事実ではないんだろう?」
「ええ」
「なら気にする必要はない。胸を張ればいいんだ」
「ですが……」
誰もが口を揃えて言う『気にするな』という言葉にリリーはうんざりしていた。
生まれた時から〝王子の婚約者〟である事が決まっていたリリーは人の目を気にして生きるのが当たり前だった。自分の言動一つで失うのが自分の評判だけであればいいが、そういうわけにはいかない。そこには必ず〝リリー・アルマリア・ブリエンヌを妻にしようとしているモンフォール家〟の評判も一緒なのだ。一つ一つの言動に気を遣って生きてきた癖はそう簡単に抜けはしない。
今はもうモンフォール家と関係はないため自由に過ごせるといっても状況はリリーの思い通りに進んではくれない。
リリーとしては自分の評判を落とす事でエステルというヒロインを目立たせて悪役令嬢の道を突っ走りたかったのに有難いのか有難迷惑なのか周りの人間がフォローしてくれるため上手くいった試しがなかった。
そして何より何かの問題が起きても何故か自分がヒロインであるかのような立場になってしまう。
ここで皆が言う『気にしない』を発動して『ふてぶてしい』と言われるのであれば喜んでそうするが、現実はそう上手くはいかないのだ。
リリー・アルマリア・ブリエンヌはそういう事をする女ではない。
誰かがこう言ってくれる。そして人数が増えれば増えるほどそれが真実となり悪役令嬢への道は遠ざかっていく。
「君は聖女のような人間だ」
普通の女性であれば王子から聖女だと言われた事に頬を染めて大喜びするのだろう。化粧室に滑り込んでガッツポーズを繰り返しながら高笑いを我慢するはずだ。
しかし、リリーは普通ではない。
悪役令嬢を目指している者が聖女と言われて喜ぶはずもなく、笑顔を張り付けて黙っていた。
「君は難しいな」
「貴方が知る頭の軽い女性と比べて?」
「……ははっ、これは手厳しい」
リリーはもう帰りたくなっていた。
ユリアスと何気ない話をするのは楽しいが、求婚されるとどうにも嫌になる。
「婚約者という縛りがなくなり、わたくしはいま、心から解放されておりますの。それをまた縛られるような事はしたくありませんの」
「縛ったりはしない。君は君の思うように過ごしてくれればいいさ」
———わかってない。
リリーは心の中にある思いを口にしないだけではなく顔に出さないようにするのも必死だった。
「ではまた君に手紙を書いてもいいだろうか?」
「……ええ、それは構いませんけど……」
急にアプローチを変えた事にリリーは少し驚いた。リリーの感情を読み取ったように一歩引いたユリアスは運ばれてきた紅茶を受け取ってリリーに手渡した。
「しつこい男は嫌われる。そうだろう?」
「え、ええ、そうですわね」
「幸い俺も結婚を焦っているわけではないからな。少しずつ君の気持ちを手に入れようと思う。三年の猶予があるわけだし」
———諦めたわけじゃなかったのね
「もしくは他の女性を探すとか」
「ありえない」
言いきったユリアスの顔には自信に満ち溢れた笑顔が浮かんでいた。
———帰りたい……
何故か泣きたくなっている自分に呆れながらゆっくり顔を下に向けると紅茶には情けない顔をした自分が映っているのが見えた。
「ユリアス王子、申し訳ございません。ジュラルド王がリリー嬢をお呼びですので、少し席を離れてもよろしいでしょうか?」
上から聞こえた声に顔を上げるとフレデリックが立っていた。
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