悪役令嬢になりたいのにヒロイン扱いってどういうことですの!?

永江寧々

文字の大きさ
28 / 72
連載

うんざり

しおりを挟む

「気分転換は出来たかい?」

 中に戻ると大勢の女性に囲まれていたユリアスがリリーに声をかけた。
 クロヴィスの隣を歩いているリリーがまだ男を連れようとしている事に明らかなる敵意と嫌悪を向ける令嬢の数にリリーは苦笑を浮かべたくなっていた。

「ええ、クロヴィス様のおかげでとっても気分転換出来ましたわ」
「それはそれは。さすがは元婚約者だ。お心をよくわかってらっしゃる」

 リリーの表情に自然さがない事を見抜いたユリアスはそれがクロヴィスへの嫌味だとすぐに気付いた。話を合わせるフリをして追い打ちで嫌味をかけるユリアスにクロヴィスが気付かないはずもなく不愉快を表情にして見せた。

「クロヴィス王子、彼女と話したいのは君だけではないんだ。独占はよくない」
「積もる話があるもんでな」
「それは俺も同じだ」

 二人の間でバチバチと鳴る火花についてリリーは何か言うつもりはなかった。こっちを見て嬉しそうに笑っているオレリアにがっかりした顔はさせたくない。だからもう知らないフリをした。

『どっちとも話しますから』とか『仲良くしましょう』とか『私のためにやめて』などというヒロインめいた言葉は口にしたくないリリーは髪が乱れていないかを手で確認しながらとりあえずそっぽを向いては爪に施したネイルが剥げていないかの確認をして時間を潰した。

「君が譲らないのであればオレリア王妃に確認を取ろうか」
「自らの話術で勝ち取る事が出来ないと分かった途端に他人に頼るとは。貴殿はいつもそんな風に誰かに頼って生きているのか? 自分の思い通りにならない事は父親に泣きつくと?」

 脅しのように使ったオレリアの名前にクロヴィスが噛みつく。
 一度だって両親に問題を解決してもらった事がないクロヴィスにとって権力者の名前を口に出して事を進めようとするユリアスのやり方は到底認められないもので軽蔑に値するものだった。

「時間を無駄にしたくないだけだ。この時間は有限だ。君と言い合っている時間を彼女と話すことに使いたい。そのためには自分が持っているカードを有効に使う。俺はそうして生きている。これは俺の力だ」

 クロヴィスの嫌味もユリアスには通じない。クロヴィスよりもユリアスの方が確実に口達者なのは誰が見てもわかる事。
 常に何かしらの責任を抱えながら生きているクロヴィスと自分のやりたいように自由に生きているユリアスとでは同じ王子という立場であっても全く違う人生を生きている。

 ———勝負ありね

 リリーでもわかる。この状況がクロヴィスのわがままで単なる足掻きでしかないということ。

「クロヴィス、今日はここまでよ。エスコートありがとう」

 お礼を口にするリリーの手を掴むクロヴィスが何を言いたいのかはわかっているが、その手をそっと押し離しながら何も言わずにかぶりを振った。

「ワインでもどうだ?」
「飲みません」
「そうか。では紅茶を用意してもらおう。そのドレスでは体が冷えるだろう」
「ええ」

 オレリアの表情から察するに息子であるクロヴィスとはヨリを戻してほしいが、自分が認めたリリーという女が男に挟まれている姿は見たい。女はそうして磨かれていくのだから。といったところだろうとリリーは推測する。
 今日はオレリアの誕生日。普段からこういう生活を送っているわけではないし見せるわけでもないのだからと小さな望みを叶える事にした。

「向こうに座ろう」

 ユリアスの腕に手を置くとエスコートされるままにその場を離れて隅の方にあるベンチへと腰かけた。

「今日の君は一段と美しいな」
「オレリア様が私のためにと贈ってくださったドレスなんですの」
「彼女のセンスは素晴らしい」
「同感ですわ」

ドレスを褒められるのはやはり嬉しい。あの誰もが憧れるオレリアから一点もののドレスを貰ったのだ。それもオレリアが誰かに言って手配させたのではなくオレリア自身がデザイナーと話をして仕立てたのだから喜ばないはずがない。

「だが、それを着こなせる君はそれ以上に素晴らしい」
「ありがとうございます」

 今日ばかりは首を振らずに受け取る事にした。自分は周りの女性達よりも背が高く可愛らしいドレスも似合わない女だと思っていたが、今日だけはこのドレスを着こなせる身長で良かったと鏡の前で何度も感謝したから。

これは背が低い女性では絶対に似合わないドレスとなっている。

「クロヴィス王子とは何を?」
「あら、無粋ですわね。他の男性の話をしろと?」
「それもそうか。ご無礼をお許しください」
「よろしいでしょう」

 頭を下げるユリアスの軽さにリリーは笑いだす。
ユリアスのこうした言動は気持ちを楽にしてくれる。
 最近はクロヴィスといて前ほどしんどさを感じる事は減ったように感じていた。
自分の言動を悔い、改めようとしているクロヴィスが全て変えられるとは思っていない。あの堅物がユリアスのような性格になるためには生まれ変わるしか方法はないわけだが、そこは期待していない。
前ほどの息苦しさはなくなったもののそれでも真面目な部分は残っていて、何故だと疑問を投げる癖も変わらない。時間をくれと言われ、それを了承したのだからリリーは変わるのを待つつもりはあるが、待っていたら寿命を迎えそうだと予想している。

「先日の返事は今も変わらずかな?」
「……ええ」
「噂のせいかい?」

 やはり届いていたかとリリーは一度口を閉じて黙り込んだ。

「事実ではないんだろう?」
「ええ」
「なら気にする必要はない。胸を張ればいいんだ」
「ですが……」

 誰もが口を揃えて言う『気にするな』という言葉にリリーはうんざりしていた。
 生まれた時から〝王子の婚約者〟である事が決まっていたリリーは人の目を気にして生きるのが当たり前だった。自分の言動一つで失うのが自分の評判だけであればいいが、そういうわけにはいかない。そこには必ず〝リリー・アルマリア・ブリエンヌを妻にしようとしているモンフォール家〟の評判も一緒なのだ。一つ一つの言動に気を遣って生きてきた癖はそう簡単に抜けはしない。
 今はもうモンフォール家と関係はないため自由に過ごせるといっても状況はリリーの思い通りに進んではくれない。
 リリーとしては自分の評判を落とす事でエステルというヒロインを目立たせて悪役令嬢の道を突っ走りたかったのに有難いのか有難迷惑なのか周りの人間がフォローしてくれるため上手くいった試しがなかった。
 そして何より何かの問題が起きても何故か自分がヒロインであるかのような立場になってしまう。

 ここで皆が言う『気にしない』を発動して『ふてぶてしい』と言われるのであれば喜んでそうするが、現実はそう上手くはいかないのだ。

 リリー・アルマリア・ブリエンヌはそういう事をする女ではない。

 誰かがこう言ってくれる。そして人数が増えれば増えるほどそれが真実となり悪役令嬢への道は遠ざかっていく。

「君は聖女のような人間だ」

 普通の女性であれば王子から聖女だと言われた事に頬を染めて大喜びするのだろう。化粧室に滑り込んでガッツポーズを繰り返しながら高笑いを我慢するはずだ。

 しかし、リリーは普通ではない。

 悪役令嬢を目指している者が聖女と言われて喜ぶはずもなく、笑顔を張り付けて黙っていた。

「君は難しいな」
「貴方が知る頭の軽い女性と比べて?」
「……ははっ、これは手厳しい」

 リリーはもう帰りたくなっていた。
 ユリアスと何気ない話をするのは楽しいが、求婚されるとどうにも嫌になる。

「婚約者という縛りがなくなり、わたくしはいま、心から解放されておりますの。それをまた縛られるような事はしたくありませんの」
「縛ったりはしない。君は君の思うように過ごしてくれればいいさ」

 ———わかってない。

 リリーは心の中にある思いを口にしないだけではなく顔に出さないようにするのも必死だった。

「ではまた君に手紙を書いてもいいだろうか?」
「……ええ、それは構いませんけど……」

 急にアプローチを変えた事にリリーは少し驚いた。リリーの感情を読み取ったように一歩引いたユリアスは運ばれてきた紅茶を受け取ってリリーに手渡した。

「しつこい男は嫌われる。そうだろう?」
「え、ええ、そうですわね」
「幸い俺も結婚を焦っているわけではないからな。少しずつ君の気持ちを手に入れようと思う。三年の猶予があるわけだし」

 ———諦めたわけじゃなかったのね

「もしくは他の女性を探すとか」
「ありえない」

 言いきったユリアスの顔には自信に満ち溢れた笑顔が浮かんでいた。

 ———帰りたい……

 何故か泣きたくなっている自分に呆れながらゆっくり顔を下に向けると紅茶には情けない顔をした自分が映っているのが見えた。

「ユリアス王子、申し訳ございません。ジュラルド王がリリー嬢をお呼びですので、少し席を離れてもよろしいでしょうか?」

 上から聞こえた声に顔を上げるとフレデリックが立っていた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。