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連載
リアーヌの暴走
しおりを挟む「まあ、私は最初からわかってましたけど」
リアーヌの言葉に全員が『嘘つけ』と内心で毒を吐いた。
「フレデリック様のお顔がこのように赤くなってしまって……」
「大丈夫だ、リアーヌ嬢。自分で持———」
「いけません! 私が、リアーヌが押さえておきますからジッとなさっていてくださいませ!」
「あ、ああ……わかった……」
後をつけてきていたリアーヌが途中で会ったコレットを引き連れて救護室に駆け込んできた。
リアーヌはフレデリックを、コレットはリリーの頬に氷嚢を当てている。
「でも、いったいこの写真は誰が撮ったのでしょうか?」
リアーヌがテーブルに置いた写真を手にしたコレットの言葉に皆が黙り込んだ。
この写真が撮られたのは馬車を降りた時。ならば間違いなくブリエンヌ家の敷地内だ。それを撮れるのはブリエンヌ家の使用人だが、それを確定出来ないのはこの写真は柵の外から撮られていた。
外から撮ったのであれば他の貴族の回し者かもしれないという選択肢は消せない。
「わからない。けど、いつの間にか敵を作ってしまったということで、ここまでするほどムカつかせた相手がいるってことですわね」
「リリー様はクロヴィス様に婚約破棄をされてから変わられたという噂がありますから」
噂ではなく実際に性格が変わったような振舞いをしたのだからそれは真実だが、それでもリアーヌやコレットは噂の輪に参加せず、こうしてして傍に来てくれる。
コレットは悪役令嬢のような性格とは程遠く、自己評価の低い令嬢。
昨夜、フレデリックが言ったように性根の腐った仲間にはなりえない。
リアーヌは性格こそ悪役令嬢に近いが、それでも心優しい友達想いの素晴らしい人間だ。彼女は良くも悪くもただ素直なだけだった。
「この写真はどうやって手に入れましたの?」
「掲示板に張り出されておりましたの」
———凄いやり方。
この学園は自主性を高めるために教師からの伝言ではなく張り紙をする事で自ら確認させるという方針を取っている。だから毎朝掲示板には何らかのお知らせがあり、それを全員が見に行く。だから掲示板に写真を貼っておけば絶対に目に留まるというわけだ。
それにしても仕事が早い。あれは昨夜の写真だというのに朝にはもう出回っているのだから。
「クロヴィス王子とのことはうちの使用人だと思うんです」
「でもそれも写真がないから何とも言えませんわね」
「そうですね。これも外から撮られているわけですし、もしかすると外から覗いていたのかもしれません」
コレットの言う事は尤もだった。フレデリックとの事が外から撮られた写真であれば、前回の事も外からという事も考えられる。前回は証拠を残さなかっただけに発言力を持つクロヴィスの言葉を皆が信じる。
だから今回は証拠を残したのかもしれない。
「でもどうしてわたくしなのでしょう?」
「フランソワ・ウィールズかと思って聞いてみましたが、彼女はこんな陳腐なやり方には興味がないと言ってましたわ」
不思議と『聞いた』という言葉が『脅した』に聞こえた。
「フランソワ様は最初から疑っていません。あの方ならフレデリックとの写真を撮るなんて事はせず直に言いに来られるでしょうから」
フランソワ本人から聞いたわけではないためあくまでもリリーの推測にすぎないが、フランソワはフレデリックに好意を持っている。ならばフレデリックとリリーが怪しい関係だと思うのであれば直に聞き出すはず。こんな幼稚な真似はしない。
「コレット嬢、心当たりは? 私達より情報をお持ちでしょう?」
「ええっと……」
コレットは男爵家の娘。お茶会は公爵家や侯爵家の娘達よりも多く開かれる。階級が下であればあるほど責任感は薄く、こぞって噂話で盛り上がっている。
「エステル様が……」
「あの貧乏人がなに?」
ド直球な言葉は学長やクロヴィスが聞けば怒るだろうが、今は四人しかいない。
リリーがリアーヌを尊敬するのは想い人が傍にいようと本性を隠さない事。
———フレデリックの前で差別発言をして嫌われるとは思わないのかしら?
不思議ではあるが、そういう部分が好きだと思いつつあった。
「クロヴィス様に好意を抱いている令嬢は多いです。それが本気なのか憧れなのかで人数は変わってきますが、大体の方は身分を弁え、憧れで終わっています。ですが、エステル様は憧れとか本気とか、そういうのとは少し違うような感じで……」
「そもそもどうして彼女がお茶会に参加していますの?」
「彼女はお友達が多いですから」
「お友達っ」
ハンッと鼻で笑って友達という言葉を否定するリアーヌにフレデリックが苦笑した。
「エステル様はどう違うのですか?」
「どうせ媚びを売り続け———」
「リアーヌ嬢、俺も話が聞きたい」
「も、申し訳ございません! わ、私ったらお喋りで! いつもはこんな女じゃありませんのよ! いつもはちゃんと相手の話を聞く女で……その、勘違いなさらないでくださいませ……!」
フレデリックの一言で乙女の顔を見せるリアーヌが可愛く見え、リリーはつい笑ってしまう。
「勘違いはしていない。元気がリアーヌ嬢の良い所だ。ただ今は少し、口を閉じてコレット嬢の話を聞いてくれるか?」
「……」
とにかく静かにしてくれという言葉をフレデリックなりに気を使った言い方をしたのだが、それに対してリアーヌからの返事はなかった。
「リアーヌ嬢?」
「……好き……」
「……ん?」
「好きですわフレデリック様! 結婚してくださいませ!」
ポーッとした表情でフレデリックを見つめていたリアーヌのいきなりの告白に全員が驚いた。最も驚いたフレデリックは握られた両手をどうしていいかわからずリアーヌの顔と交互に視線を送る事しか出来なかった。
「あ、あの、リアーヌ様?」
「私ずっとフレデリック様をお慕いしておりましたの! でもフレデリック様と私では釣り合わないと言葉にはせず想うだけにしていたのですが、やっぱり我慢なんて出来ませんわ! フレデリック様の妻になりたい私の気持ち、どうか受け取ってくださいませ!」
リアーヌの暴走は止まらない。
「お待ちなさい!」
バンッと大きな音を立てて勢いよくドアを開けたフランソワに全員の視線が注がれる。
「フランソワ・ウィールズ! このストーカー!」
「フレデリック様に相応しくないと思っているくせに告白なんてどういうつもり?」
ヒール音を鳴らしながらリアーヌに詰め寄ったフランソワの表情は笑顔だが額には立派な青筋が浮かんでいた。
「関係ないでしょ。残念ね、フランソワ・ウィールズ。フレデリック様のこのポーズが見られなくて。もう眉唾物だったわ」
「ッ! フレデリック様! わたくしにも見せてくださいませ!」
「な、何をだ?」
「コレです!」
フランソワの迫力に思わず身体を後ろに逸らすフレデリックは惚れられる理由に心当たりがないものの、フランソワが唇に人差し指を当てた事で「ああ」と声を漏らした。
静かにしてくれと頼んだジェスチャー。
「フレデリック様、この女狐にそんなもったいない事しなくてよろしいですわ!」
「アンタ見たでしょ!」
「私だけが見てればいいのよ!」
「わたしも見るのよ! アンタだけに見せてたまるもんですか!」
「根性腐りきったクソ女をフレデリック様が好きになるわけないでしょ!」
「アンタも腐りきってんでしょ!」
「うるさいぺちゃぱい!」
「うるさいブス!」
部屋中に響き渡る罵倒大会にリリー、コレット、フレデリックの三人は苦笑を浮かべて音を立てないようゆっくり出口へと歩いていった。
部屋を出ても外までハッキリ聞こえる女特有のギャーギャーと鳴る醜い争い声を背に三人は別の部屋へと移動した。
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