悪役令嬢になりたいのにヒロイン扱いってどういうことですの!?

永江寧々

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増える疑問

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「……ロマンチストな方という印象を受けました」

 リリーの頭の中には『男前』『女心がわかっている』『話し上手』『素敵』と色々な褒め言葉が浮かんだが、一番無難な言葉を選んだ。
 お茶会が始まってから一度も口を開かなかったグレースが何故開口一番に選んだ話題がコレだったのかリリーにはわからなかった。
 何かを企んでいるようにも見えるし、試しているようにも見える。

———もうクロヴィスの婚約者じゃないし、公爵家の娘としての品位を疑われてる?

 悪役令嬢に憧れるがあまり公爵家の娘という立場を気にしてはいなかったが、普通に考えればそれはあってはならない事だ。しかし、夢を叶えるためには捨てなければならないものもあって、それが品位ある公爵家の娘というものとなるのも仕方ないと無理矢理な言い訳を作って自分を強制的に納得させることにした。

「彼から迫られているのに返事を出されていないようですね?」

 グレースの指摘にフランソワとエステルは希望が見えたと顔を見合わせて手を握り合った。

「ええ、まだ知り合って日も浅いですし、最近色々な事が立て続けに起こっていて、答えを出せるほどの回数をお会い出来ていないものですから」
「でも彼も王子ですから時間はないと思いませんか?」

———やっぱり何か企んでる。

「グレース様はユリアス王子とお知り合いなのですか?」
「ええ、少し関りがあるだけですけど」

———ユリアス王子のことが好きとか?

 可能性としてはありえないわけではないとグレースにチラッと視線をやるとバッチリ視線が絡んだ。慌てずいつも通りの笑顔を向けるとグレースの表情は急に真剣なものへと変わった。

「本音を言えば、クロヴィス王子に婚約破棄をされた身ですのですぐにまた婚約を、という気にはなれないのです」
「あれは衝撃でしたわ。デリカシーのないやり方でしたね。クロヴィス王子があのような事をされるなど信じられませんでした。リリー様を軽視されているとしか思えませんでしたわ」

———おおっ、そこまで言う?

 周りの令嬢達は一斉にヒソヒソと隣と内緒話を始めた。グレースのズバッと言ってしまう性格に対して何か言っているのだろう。
 グレースもそれはわかっているのか目だけを左右に動かして令嬢たちの様子を見るも何も気にしていないのか、口元に笑みを浮かべるだけで終わった。

「妻となる身でありながら王子のご期待に沿う事が出来なかった事を恥じています。幼い頃から叩き込まれていた事なのに」

 嘘である。本当は一言だってそんな事は思っていない。至らない部分があったとは思えないし、婚約破棄をした理由はあまりにも身勝手でくだらない事だったから。

 リリーはこの場で声を大にして言ってやりたかった。

「クロヴィスとの婚約が破棄となって清々している!」と。それぐらい婚約破棄にはショックを受けていなかった。

「謙虚ですね」
「いえ、本当の事ですから」
「私だったらその場で言い返しますね。こっちから婚約破棄をさせていただきますと」
「まあっ」
「男に付き従う時代はもう終わっているのです。それなのにまだこうしたお茶会や刺繍にダンス、オシャレ、噂話で盛り上がっている。あまりにもくだらない」

 グレースの言葉にその場にいた全員が凍り付いた。

 なら何故お茶会に来ているのか、という疑問を誰もが持っていたが誰もそれをぶつけようとはしなかった。リリーでさえ驚きに口が開いたままで、そこから出す言葉を忘れてしまっていた。

「ユリアス王子と婚約するつもりは?」
「今のところはありません」
「クロヴィス王子と復縁するつもりは?」
「ありません」

 リリーが二つの「ない」を言いきるとグレースはようやく笑顔を見せた。
先ほどまでの厳しい目つきとは打って変わった柔らかな笑み。こうして見ると〝令嬢〟である事を感じる。女が守られる時代は終わったと言う時の目つきはまるで戦士そのものだったから。

「よかった」
「よかった?」

 グレースの口から出た安堵の言葉にリリーは不思議そうに首を傾げ、エステルとフランソワは眉を寄せながら首を傾げた。

「ユリアス・オルレアンという男は女であれば誰でもいいんです。まあ、一応は王子ですから寄ってくる女は星の数ほどいるでしょうけど泣いた女の数も同等にいるかと」

 予想外の暴露にリリーはどう反応すればいいのか困っていた。
 ユリアスと一緒にいると楽しいのは確かだが、恋心は持っていない。だから忠告こそありがたいが、それに対して悲しめばいいのか安堵すればいいのかわからない。
 何よりユリアスが女好きというのは最初からわかっていた事。それに対してどう反応すればいいのかもまた難しい所だった。

「あなたのように立派な方はあの男には勿体ないと思っていたので、気がないとわかって何よりです」

 ———どう受け取ればいいの?

 これは親切なのか、それとも嫌味なのかどっちだろうと悩んでいた。
 本当なら物凄くありがたいことだが、嫌味ならかなり見下されている状況。グレースはあくまでも伯爵令嬢で、リリーは公爵令嬢。喧嘩を売っているのであればあまりにも愚か。だが、あの向上心を考えるとそれもありえる。それでもリリーは苦笑のまま「ご忠告ありがとうございます」と穏便な方法を取った。
 今日ここに来たのは悪役令嬢になるためではなく情報収集のためという事を忘れてはいけなかった。

「何か被害にでも?」
「ええ、知り合いが。だから大嫌いなんです」

 ニッコリ笑って言いきったグレースは更にこの場を凍り付かせ、他の令嬢たちは内緒話をするのさえやめて冷めた紅茶に映る自分の固まった顔と見つめあっていた。

「今日はこちらへ偵察に?」
「え?」

 ギクッとした。

「普段は全く顔を見せられないリリー様が急にお茶会に参加して、しかもこのようなメンバーの時に」
「ちょっと、このようなって何よ」

 一人の令嬢が聞き捨てならないと言いたげに声を上げる。

「噂好きが揃っているという意味ですけど」
「アンタだってそうじゃない。普段から澄ました顔してお茶を飲むだけ。お茶が飲みたいなら自分の家で飲みなさいよ!」

 尤もな意見ではあった。お茶会とは令嬢たちがお茶を飲みながら談話する場。そこに黙って座っているだけでは意味がない。
 グレースは竹を割ったような性格から人と集団で何かをするのは性に合ってないのは話してみるとよくわかる。だからこの中にグレースを快く思っていない者がいたとしても驚きはしない。

「リリー様に向かって偵察だなんて……情報収集に来てるのはどっちよ。あなたこそどこかのスパイなのではなくて?」

 スパイという言葉にリリーが少し肩を跳ねさせて反応する。
 強気な態度だからと決めつけるのはよくない。強気な態度でスパイになるならリアーヌはとっくにスパイ候補になっている。これは性格の問題であってそれ一つで決められるわけではないが、リリーに対し〝偵察〟という言葉を使ったのが引っかかった。

「よく吠える犬だこと」
「なんですって⁉」

 ボソッとした小さな呟きも静かな場所ではよく聞こえてしまう。
 バンッとテーブルを叩いて勢いよく立ち上がった拍子にカップが揺れて紅茶がこぼれた。

「ちょっと! かかったじゃない! 何やってるのよ!」
「この女が私を犬呼ばわりしたのよ!」
「知らないわよ! 私の服にかかったって言ってるの!」
「ハッ、あなたの制服が汚れたところで誰も気にしないわよ」
「なんですってぇ⁉」

———どうしてこうなるの……?

「私のはアンタのよりずっと金がかかってんのよ!」
「たかが金糸が入ってるぐらいで何よ。安い金糸使ってるだけじゃない」
「本物の金よ!」
「あーら、制服に本物の金を入れるなんて馬鹿じゃないの?」
「ふざけんじゃないわよ!」

 制服は皆同じだが、その中でも貴族達は自分の家が裕福である事を見せつけるために様々な工夫をしていた。
 家紋を入れる者もいれば金糸で好きな模様を入れる者もいて、そのやり方は実に様々。
 それを馬鹿にされたのでは黙っていられず一触即発だった薄い壁は簡単に破られ掴み合いに発展してしまった。

———これが貴族令嬢の本性なのね。

 コレがフレデリックが思う『悪役令嬢の仲間』というやつで、リリーが全く求めていないもの。

「私はこれで……」

 こんな時、コレットであればオロオロしながらでも止めようとするのだろうが、リリーはそこまでお人好しではないため二度は止めないと決めている。
 女の喧嘩の仲裁など無駄なだけ。気が済めば勝手にやめるだろうと考え、席を立った。

「ちょっとこっち来る!」
「む、向こうへ逃げましょう!」
「バカッあっちよ!」
「あわわわわ!」

 リリーが来ると慌てたエステルとフランソワは慌てて逃げようとするも思っていた方向が逆でぶつかって尻餅をついた。

「あ……」
「……あら」

 二人の上に影が差した。恐る恐る見上げるとそこにはニッコリ笑ったリリーがいた。

「バラのお手入れご苦労様」

 盗み聞きしていたとすぐにわかったがリリーはそこには触れなかった。後ろでギャアギャアと耳障りな喧嘩の声から一刻も早く離れたかったから。
 でもエステルとフランソワがいるなら見なかった事にして礼儀正しく去るつもりはない。

「はあああああぁぁあああああ⁉」

 まるで庭師に向ける言葉を二人にかけて去っていくリリーの背中にフランソワの大きな声がぶつかった。それでもリリーは振り返らなかった。

 二人が嫌われている事、それを傍で聞いていた事。今はそれを知れただけで充分だった。

「コレットは何か掴んだかしら」

 別のお茶会に参加しているコレットと落ち合おうとリリーは足早にコレットがいるサロンへと向かった。


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