悪役令嬢になりたいのにヒロイン扱いってどういうことですの!?

永江寧々

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ヒロイン要素

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「あの子があんなに厚顔無恥だとは知らなかったわ」
「リアーヌ様」

 リアーヌは呆れた顔でクロヴィス一行を見ていた。その言葉が誰に向けられているのか知っているリリーは裁縫の手を止めないまま名前で呼ぶことで注意した。

「だってそうじゃない。彼は健康よ、脳以外はね。なのにあんなに傍にくっついて何のつもりかしら」
「健康ですけど頭を打っているのは確かなので暫くは誰かが付いているようにとクラウス先生がおっしゃられて———」
「セドリックお兄様がいらっしゃるじゃない」

 リアーヌはいつの間にか陰でセドリックを『セドリックお兄様』と呼ぶようになっていた。それについては考える必要もないほど明確な理由を知っているためつっこみはしなかった。

「セドリックは騎士の招集で行かなければなりませんから」
「フレデリック様はあそこだものね」

 少し離れた場所に立っているフレデリックに甘い溜息をこぼしながら頬に手を当てるリアーヌはすっかり恋する乙女。

「わたくしは他人で知らない女ですから近付くなと言われていますし、あのようにコレットがお傍で支えてくださるので安心しているんです」

 翌日に尋ねてもクロヴィスの記憶はリリーだけが抜け落ちていて冷たくあしらわれて終わりだった。
 セドリックからも暫くは近付かない方がいいと言われて今は距離を置く事にしている。
そんな時、心配で顔を覗かせたコレットが自分が傍でお世話をしようかと提案して今に至っているのだが、リアーヌはそれを快く思っていなかった。
リリーとしてはエステルがいるよりもずっと安心できた。

「エステル・クレージュか、フランソワ・ウィールズだったらよかったのに」
「リアーヌ様、お言葉が過ぎますよ」
「だってそうでしょ? もしあの二人が犯人だったら追放できて一生顔を見なくて済んだのに」

 疑っていたエステルもフランソワも事件が起こったあの時間、皮肉なことに二人を追放したがっているリアーヌと一緒にお茶会に参加していたためアリバイが成立している。

「悔しくないの? 男を横取りされたみたいなものよ?」
「コレット様のおっしゃる通り、私はむやみやたらに動かない方がいいんです」
「答えになってないんだけど」

 リアーヌはいつの間にかリリーに対して敬語を使わなくなった。好きな相手を知られて深い話をしてきた仲であれば自分達は友達だと言って敬語をやめた。
元々キツイ物言いが、敬語をなくすだけでこれだけ強くなるとは思っていなかったことがリリーにとって予想外ではあったが。

「心配してるんだと思ってたらちゃっかりよ。控えめって嘘ね。前に出るチャンスがなくて引っ込んでただけだったなんて」

 クロヴィスが登校した時、コレットとリアーヌが一緒に駆けつけてくれた。だが、その場にリリーが一緒でない事を不思議に思ったリアーヌがセドリックに聞いて来てくれたのだが、コレットだけその場に残ってあれこれと聞いていた。
リアーヌとしてはそれも気に入らなかった。


 クロヴィス抜きでの話し合いが行われた日、セドリック、フレデリック、リアーヌ、コレット、リリーが円となって困った顔をしていた。

「大丈夫だとは思うんだけどね」
「クロヴィスが狙われたわけではないからな」

 話としてはクロヴィスの面倒を誰が看るか、ということ。
 今回クロヴィスがした怪我はリリーを庇ってなため、クロヴィスに誰かが付きそう必要はないのではないかとフレデリックは不満顔だった。

「もちろん普段は僕が護衛として傍にいるからいいんだけど、僕も呼び出しがあるしいつも傍にいるわけじゃない。何より、実際に頭を打って血を流したわけだから何もないとは言いきれないんだよ、暫くはね」

 セドリックの言っている事は理解出来るが、それでもフレデリックは理解したくなかった。
 一番大切な相手を忘れて冷たく当たる様な人間が誰かに世話をされるなど見ているだけで腹が立つとクロヴィスの今の状況を許してはいなかった。

「わたくしはごめんですわよ。元々それほど親しくもありませんし、誰かの世話など向いてませんもの。フレデリック様のお世話であれば喜んでさせていただくのですけど、クロヴィス王子はちょっとムリですわ」

 普通は王子の世話の方を喜んでするだろうに想い人がいるリアーヌにとって王子という肩書は既に価値のないものとなっていた。

「記憶をなくされたとしても、やはり思い出すためにもリリー様が———」
「わ、私がお世話致しましょうか?」

 リアーヌは何があろうとリリーが傍にいるべきだと推奨しようとしたのをコレットがかぶせるように口を開いて立候補した。
 目を見開いたのはリアーヌとフレデリック。

「あなたも親しくないでしょう?」
「そ、そうですが、お世話なら弟達で慣れていますし、リリー様は誰ともわからない人に狙われている状況です。記憶を戻すためといえど、お傍にいればまた王子が巻き込まれる可能性もあります。暫くは距離を置かれた方がよろしいかと……」

 リアーヌの指摘にコレットは多少ビクつきを見せたが主張としては間違っていなかった。
 狙われたのはリリーでクロヴィスではない。もし意地になってクロヴィスの傍にいれば今度は本当にクロヴィスが狙われるかもしれない。リリー失墜の為に。
 近寄らないという選択こそが最善の策かもしれないとリリーは納得した。
 それに納得しなかったのはリアーヌとフレデリックの二人。

「思い出そうとしなければ思い出す事は不可能だ。距離を置けばクロヴィスはリリーを気にかける事もなくなる。俺は反対だ」
「わたくしもフレデリック様に同意ですわ」

 どうする事が一番正しいのか、誰にもわからなかった。

「でも、彼がリリーちゃんを拒んでいる以上は今は下手に刺激しない方がいい」
「そのうち思い出すとでも?」
「そんなのんきなことを言うつもりはないよ。あくまでも今はって話」

 それこそが曖昧だとフレデリックは一度口を開くも言葉にはせず口を閉じた。
 セドリックの目がいつもと違うように見えたから。

 そして今に至る。
 コレットは一時期のエステルのようにクロヴィスの傍を離れず甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
 頭の包帯を替えるのも、紅茶を淹れるのもコレットの役目となっていると聞いた。リリーはクロヴィスのために一度だってそんな風に動いた事はない。だからクロヴィスがコレットに微笑んでいるのを見るとすぐ視線を逸らすようになった。

「セドリックお兄様はどうやって思い出させるつもりなのかしら?」
「セドリックは賢いですから何の考えもなく言う人ではありませんよ」
「ふーん」

 信じていない返事にリリーが苦笑する。

「このまま思い出さなくてもいいかなとは思ってるんです」
「はあ?」

 リアーヌの表情が呆れに変わって冷たい視線がリリーを貫く。この目で一体何人が言いたい事も言えずに黙る事になったのか、リリーも思わず口ごもりそうになった。

「婚約者ではないですし、振り向かない女を追いかけるより甲斐甲斐しい女の子の方が合うと思うんです」
「本気で言ってるなら扇子でぶつわよ」

 本気な部分もあった。だが、本気ではない部分もある。
 クロヴィスには甲斐甲斐しい女は合わない。自分のペースと時間を大事にしたいクロヴィスは誰かが気を利かせて言動するのを好まない。だから今、あんな風に世話をやかれて鬱陶しがらない姿が不思議でならなかった。

「私の事だけ忘れているはずなのに、なんだか知らない人みたいで……」

 誰かに微笑みかける事などなかった。リリーにだってほとんど笑いかけなかったのが今、コレットには惜しみなく微笑みかけている。
 あんな風に笑ったりするのかと知らない相手を見ているようで見ていられなかった。

「好きだったんじゃない?」
「それはないですけど」

 キッパリと即答するリリーにリアーヌは視線だけを向けて「ふーん」とだけ返した。

「ヒロインは大変ね」

 いつもならそれを否定するが、今は否定する気にもならなかった。
 ヒロインにはなりたくない。王子様に迫られて胸が高鳴って恋をして、時にはトラブルに見舞われながらも王子に助けられてハッピーエンド。
 読むといつも退屈という感想しか出てこなかった普通の恋愛小説。可哀相なヒロイン、でもどうせ王子様が助けに来てくれるんでしょ? 頑張るのはあなたじゃなくて王子様だから。という冷めた感想を口にして完読しない事もあった。
 だから自分が嫌っていた恋愛小説のヒロインなんかにはなりたくなかった。悪役令嬢のように折れない心と図太い神経に憧れて、そんな風に生きていきたいと思っていたのに実際は思い返せば返すほどヒロインポジションで。今が一番そんな状況であり、それを否定する事も出来なかった。

 記憶喪失になった王子に忘れられたヒロイン。何とか思い出させようとしても王子は思い出してくれなくて、その間に他の女が王子の傍に立ってしまう。

「あーやだやだ!」
「どうしたの?」

 思わず声に出して首を振ったリリーに驚いたように目を見開くリアーヌに「あはは」と笑って誤魔化したリリーはゆっくり息を吐き出した。

———弱気になればそれこそヒロインよ! 図太くならなきゃ! 落ち込んでる場合じゃないでしょ!

 頬を挟むように叩いて気合を入れたリリーは深呼吸をして立ち上がった。

「フレデリック」

 背を向けて立っていたフレデリックを呼べばリアーヌは頬杖をやめて姿勢を正す。

「どうした?」
「カヌレを焼くわ」
「……やめておけ」
「どうして? カヌレぐらい焼けるわよ」
「……俺も一緒に焼いてやるから一人ではやめておけ。無理だ」

 リリーの言葉に思いきり引いた顔をするフレデリックはかぶりを振って止めるがリリーには根拠のない自信があった。

「では、わたくしも同行しますわ」

 貴族はお抱えシェフがいるため自分で料理をする必要はない。料理が趣味という貴族も少ない。だから料理の経験を持つ貴族は少なく、リリーもそれに該当する。だからフレデリックの心配はわかるものの大袈裟な反応に眉を寄せるリリーを見てリアーヌが立ち上がる。

「リアーヌ様も?」
「ええ。お菓子作りは乙女の嗜み。やはり殿方には手作りですわよね」

 リリー以上に料理など出来そうにないリアーヌがフレデリックへハートを飛ばしながら女をアピールするためウインクをした。

「わたくしの手作りカヌレ食べていただけますか?」
「あ、ああ……」

 いらないとは言えない。受け取りたくないとも言えない。でも言いたい。リアーヌと距離を置かなければどんどん詰められる状態にフレデリックはリリーに助け舟を求めるも作る前から貶すような言い方が癪に触り、助け船は出さなかった。

「さ、行きましょう!」
「り、リアーヌ嬢、腕を!」
「よいではありませんか! エスコートしてくださいませ!」

 自ら腕を絡めて引っ張っていくリアーヌを振り解けないフレデリックは困った顔で足を進めるしかなかった。
 微笑ましい姿に目を細めるリリーも二人の後を追って歩き出した。

「クロヴィス様? どうかされましたか?」
「……いや」

 立ち止まって一点を見つめるクロヴィスの顔を覗き込んで声をかけるコレットに首を振ってクロヴィスも別の方へと歩き出した。


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