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連載
セドリックの思うところ
しおりを挟む「クロヴィス大変だ!」
「どういうことだ!」
リリーの所から急いでクロヴィスの部屋に向かっていた途中でクロヴィスと会ったセドリックは怒声と共に壁に押し付けられた。
「ぐっ…! クロヴィス…僕、今聞いたばかりで……!」
痛みに顔を歪めるもクロヴィスの状態から見るに既にどこからか情報を得たのは間違いないと確信した。
「説明しろ」
「手を…ッ」
喉を腕で押さえられる確実な仕留め方を手加減なしに実行するクロヴィスに言い訳は通用しない。ゲホッと数回咳をして喉を押さえながら姿勢を正して深呼吸をしてから顔を上げた。
「君に言われた通り手紙をリリーちゃんに渡しに行ったんだ。でも彼女は受け取らなかった。そのまま持って帰れと言ってね」
「俺が思い出そうとしている事は言ったのか?」
「言ったよ。でも思い出さなくていいって」
「何故だ!」
大声を張り上げ思いきり机を叩くクロヴィスをセドリックは直視せず少し下を見ていた。今のクロヴィスと視線を合わせるのは危険すぎると判断したからだ。
「君が彼女を忘れた事でブリエンヌ公爵が憔悴しきってるらしい。リリーちゃんはそれを見てられなくてユリアス王子との婚約を進めようとしてる。ユリアス王子は本気みたいだし、リリーちゃんさえ良い返事をすれば話はとんとん拍子で進んでいくと思うよ」
あくまでも予想にすぎないが今回の話は想像に難くないもので、いくら父親を好いていなくとも親は親。期待をかけてくれていた父親が憔悴しきっているのを見て平気な顔はしていられないのだろう。リリーの性格を考えればわかる話だ。
「ブリエンヌ公爵自身、君に娘を忘れられた事もショックだったんだろうけど、それ以上に父親との約束を果たせない事にショックを受けてるんじゃないかと思うんだ」
「……そうか」
クロヴィスとリリーからすれば祖父同士が勝手に決めた契約だが、父親にはそれを果たす義務があった。両家にとって最も良い選択だと信じて疑わなかったのだから。
それが今、こうした形で全てを失いそうになっている状況を「仕方ない」で受け入れられるほど契約は軽いものではなかった。
「クソッ!」
クロヴィスはどうしようもない苛立ちに強く壁を叩いた。
「彼女言ってたよ。自分は君に相応しくない」
「何だと?」
「自分を見つめ直してみてわかったんだってさ。自分はワガママだって。だから君に相応しい女にはなれないって」
リリーの正直な気持ちにクロヴィスは舌打ちをする。椅子に腰かけて足を組み頬杖をついた。
何か考え込むようにただ一点を見つめるクロヴィス。
「彼女には君に伝えたい言葉がある。でも君が思い出さなきゃ言えないし、言うつもりもない」
「ああ」
「急がないと本当に取り返しのつかない事になる」
セドリックの不安げな表情を見てすぐ目を逸らしたクロヴィスはそのまま部屋へと向かう。
「ついて来るな」
「クロヴィス」
「いいからついて来るな。一人にしてくれ」
「……部屋の外にいるから」
一人にしろと言われたからと言って護衛が傍を離れるわけにはいかない。いくら屋敷であろうと軽く考えてはいけないと父親から言われているため中には入らないが外にいると伝えて距離を取った。
「はあ……」
ドアを閉めても中から大きな音は聞こえない。暴れる音も叫ぶ声も何も。物音一つしないのが逆に不気味でセドリックは溜息を吐いて窓から外を眺めた。
「だから女を近寄らせるなって言ったんだ」
リリー以外の異性と接することがなかったクロヴィスに女の扱いが無理な事ぐらいわかりきっていた話なのに救済枠で入学してきたエステルの面倒をクロヴィスが担当する事になったのは誰にとっても想定外の事だった。
あの性格でもあの顔と地位があれば女は必然的に寄ってくる。
そもそも救済枠で入ってくる一般市民が煌びやかな世界に入って下心なしでいられるはずがない。それなのにクロヴィスはそんな事は一切疑うことなく接した結果、揺らいだ心に迷い、リリーを捨て、そして愚かにも狂ったようにリリーを追いかけ始めた。
童貞だと隅で噂されようとリリーとしか接したことがないままで良かったのに、救済枠を作った学長を恨まずにはいられなかった。
「二人とも馬鹿だからなぁ」
リリーはクロヴィスに好意を抱いてはいない。だが、クロヴィスという男を認めてはいたし、目標でもあった。やりたくない、もう嫌だと逃げ出してきたリリーをフレデリックが匿って慰めていた子供の頃、リリーはいつも勉強に追われるクロヴィスを見ては「頑張る」と言って戻っていた。
周りが『どの男性がタイプ?』と盛り上がる年頃の時もリリーは話に入ることが出来なくなっていた。既に決まった相手がいて、その相手はあのモンフォール家の長男なのだから好みを聞くなどありえないと令嬢たちは笑っていた。
故にリリーには友達がいなかった。
いつだって女性に囲まれていたセドリックにとって、高嶺の花として距離を置かれているリリーが可哀相ではあった。
『クロヴィスの婚約者じゃなかったらもっと楽しい人生だったのかな……』
子供ながらにそう呟いた日の事をセドリックは今でも鮮明に覚えている。
親の親が決めた破る事の許されない契約に縛られている二人は反論もせずそれに従い続けた。
手も繋がず、見つめ合う事もせず、笑い合わない日々を過ごしていたが、ついにはその関係さえも崩れてしまった。
それをどちらかが直そうとしても片方の努力だけでは水平には戻せない。
もし、リリーのあの言葉が本当で、クロヴィスの努力が実を結んだ結果なのだとしたらセドリックはどんな協力も惜しまないつもりだった。
二人が見つめ合って笑い合って手を取り合い結ばれる———そんな日をずっと夢見ていたから。
「リリーちゃん、君はどうやったってヒロインなんだよ」
フレデリックと歩くリリーの姿を見つけて呟くセドリックの表情は同情にも似たもので、リリーがどんなに憧れようと現実は変えられない。
隣にいるのはリリーの王子様ではなく騎士見習いの幼馴染。守られる事はあっても愛し合う事はない相手。
「フレデリックも馬鹿なんだよね。あ、それは最初からか」
真面目が故に愚かな道を行く弟を哀れだと思った。叶わないとわかっていながら苦行に走るその姿は兄として見ていられないものだった。
『俺はさ、別にアイツとどうこうなりてぇってわけじゃねんだ。ただ支えになりたいだけなんだ。アイツが辛い思いをしてる時に頼れる存在になりてぇって思ってる。下心なく慰めてやれる男にさ』
そう言った時のあの幼い笑顔は今も変わらない。
誰よりもリリーを大事に想っている男はフレデリックだ。幼い頃からずっとリリーだけを想、い見つめ続けてきた。
それでもフレデリックは多くを望もうとはしなかった。立場を弁え、いつだって〝よき理解者〟であり続けた。
セドリックはそれを賢いと思いながらも酷く愚かだとも思っていた。
「奪って逃げるぐらいの根性見せろよな、男なら」
本気で愛しているのなら奪ってしまえばいい。フレデリックは甲斐性がある。どこでだって職を見つけられる。
彼にとって騎士は天職ではない。リリーの傍にいられる唯一の方法がコレというだけで。
残されたセドリックに責任がいくと思うと踏み出せない臆病者は酷く優しい男で。だからこそ幸せになるための手段を択ばず行動してほしかった。
「のんきに笑って……馬鹿だなぁ」
あの笑顔の裏に隠された切なさをセドリックは知っている。
見ているこっちが苦笑してしまうと眉を下げた。
「セドリック」
「ん?」
ドアの開く音に振り返れば怒りを鎮めたクロヴィスが出てきた。
「俺はフィルマンをあたる。お前は手紙をあたれ」
「了解」
「急げ。フィルマンはマメな男だ」
女遊びが好きな人間、媚び上手な人間———そういう人間ほど実はマメな性格をしている。でなければ気に入られる事はないし、人の顔や名前、好みまで細かに覚える事はしない。
媚び公爵と呼ばれるフィルマンなら既にユリアスに手紙を書き終えた可能性もあると郵便物の保管庫にセドリックを向かわせた。
「言い逃げしようとは大した度胸だ。許されると思うな」
肝心の最後を言わないまま元婚約者の記憶が戻るのを待たずして他の王子と婚約を結ぼうとするリリーに低い声で呟きながら足早にブリエンヌ家に向かった。
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