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大笑い
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部屋に入ってきたら許さないと父親に念を押して森へと出かけた夜、ダークエルフの森にはエイベルの笑い声が響いていた。
「そんなに笑うことないじゃない」
「お前の父親の愚かさは傑作だな」
エイベルの笑いのツボはクラリッサにはよくわからない。父親との会話は全て聞こえていたらしく愚かだと思っていたが、クラリッサが再現する表情までは知らなかったためそれを見たことで大笑いし始めた。
「花も手紙も、何も残せないのよね」
「記憶だけでは不満か?」
「そういうわけじゃないけど、何かが手元にあると嬉しいじゃない? エヴァンお兄様がくれたネイルも、ウォレンお兄様がくれたカップも、デイジーがくれた絵を描くための紙も、リズがくれた肌につけるラメも、ダニエルとロニーが一緒に作ってくれたドライフラワーも全部大事に取ってあるの。普段は思い出さないことでもそれを見れば思い出すもの。あなたとの思い出は記憶にはあってもあの頃の、って思い出せる品がないのは少し寂しいわ」
思い出の品を出してきてはきょうだいと一緒に懐かしいと話題に花を咲かせる。その時間はとても貴重でそれさえも宝物になる。そういう物がクラリッサは一つでもいいから欲しかった。
「だから言ってるだろう。お前がここに来れば俺といられる。残るぞ、俺の体温が」
真顔で言うものだからクラリッサは戸惑いよりも笑ってしまう。
「冗談で言ってるわけではないんだがな」
「体温は品じゃないでしょ? 何か大事に取っておける品が欲しいの」
「わがままな王女だな」
「あら、ダメ?」
「今度見つかればお前の父親は気が狂うんじゃないか?」
「ふふっ、そうかもね。で、私は鑑賞用王女から鳥籠の中のお姫様に変わるの」
「もうそんな歳じゃないだろ」
急に表情を作って見せるクラリッサに真顔で返す失礼な男の膝を叩くも笑ってしまう。本当にそうだと。
「リズがね、お姫様になりたいって言うの。今もよ。十五歳になっても五歳の頃と同じことを言ってる。すごいでしょ。私は十五歳のときにそんな夢もう持ってなかった」
「王女は姫だろう」
「そうね。でもそうじゃないの。あの子は誰かのお姫様になりたいのよ」
「……わからん」
「愛する人のお姫様ってこと」
「ああ」
五歳の頃から言っていることを十五歳になっても言っている妹がクラリッサは可愛くて仕方ない。
称号はいらないからお姫様になりたいと毎年言い続けているが、婚約者はまだ見つからない。
王族のことは国民全員が知っている。見た目から誰がどういう性格なのかまで記事になるのだ。そこでリズがどういう性格なのかは知れ渡っており、十五歳にしては美人であるため嫁の貰い手には困っていないが、裏ではリズを悪く言う者が多いとエヴァンが言っていた。そんな男には何があろうとリズはやらない。父親が言わずともエヴァンが言っていた。
「あの子は砂糖菓子のように繊細な子だから壊れてしまわないように大事に扱ってくれる人じゃなきゃダメなのよ。甘くて繊細な子だもの」
安心してリズを嫁に送り出せる相手など選出が難しいと家族全員が思っている。それでも一番結婚に夢を見ている子だから必ず巡り合って欲しいと思っている。
「お前はどう扱われたいんだ?」
「私は……普通に扱われたい。鑑賞用だから傷つけないように、とかじゃなくて、傷なんか気にするな!できて当然だって言ってくれるような人がいい」
「傷がついても平気か?」
「愛する人との自由が得られるなら裸足でだって歩いてやるわ」
夢はある。草も木もない見渡す限り続く大地の上を傷を気にすることなく裸足で歩く。そんなことができたらどんなにいいだろうと思う。草や木がない場所などあるのかさえも知らないが、想像して一番楽しかったことだ。
人差し指と中指で人の形を表し、それを前後に動かすことで歩く様を見せる。靴を脱ぎ、裸足の足を上げればエイベルの口元が緩んだ。
「なら、その足に最初に傷をつけるのは俺というわけか」
立ち上がったエイベルが向かいに回って片膝をつき、上がった足に手を添えて足の甲に口付けた。ピリッとした軽い痛みが走り、エイベルが唇を離すと同時に痛みも消える。
「あ……」
甲に残された虫刺されのような赤い痕。
「バレない思い出の品だ」
「虫刺されみたい」
「ロマンのない女だ。キスマークと言え。……だが、お前の使用人も同じことを言うだろうな。そして薬を塗る。そう長くは残らないから怪しまれることもないはずだ」
彼なりに気を遣ってくれたのだと嬉しくなり破顔する。
大きな宝石がついた指輪やネックレスをもらうよりずっと嬉しかった。
「あなたはロマンのある男なのね」
「お前よりはな」
優しい笑みを浮かべながら言われると悪い気はしない。
「お前はいつまで鑑賞用でいるつもりだ?」
「いつまで?」
「いつまでも鑑賞用王女として父親の操り人形として生き、その美貌に衰えが見え始めるまで永遠にその作り笑いを続けるのか?」
「でも私にはそれしか取り柄がないの。妹たちが当たり前のようにできる字の読み書きもできないし、刺繍のための針を持ったこともない。馬車に乗ったこともないのよ。座って微笑むしか能がない。だから私はお父様がもういいって言うまで続けると思う」
「イリオリス」
呟かれた言葉にクラリッサが小さく笑う。
「ええ、本当にそうね」
否定しないこともまたイリオリスだと思っているのだろう。エイベルは顔に出やすい。だからこそ本音がわかっていい。
「鑑賞用として飼い慣らされ、その美しさに翳りが見えたら厄介払いか?」
「エイベル」
「父親を好いてはいないくせに庇うのか?」
「好いていないわけじゃないわ。ただ、彼の愛情が重たいだけ」
愛情という言葉に嫌悪感を示したように鼻で笑うエイベルをクラリッサは横目で見た。彼は以前からそうだ。愛情という言葉に拒否反応を示す。家族を持たないエルフにとって愛情という物は無縁なのかと考えたこともあるが、どうにも違うらしい。彼が嘲笑っているのは愛情という言葉ではなくクラリッサがそれを発することに対してだった。
「それで? お前はイリオリスな父親にどうしてやるつもりだ?」
「パーティーには出ない。それが一番効果的なお父様への仕返しよ」
「いつまで続けられるかな」
長く続けられないと思っているのが顔に出ている。ニヤついて、まるで挑発するような顔だ。
「そう長くは続かないわ。だって、私が拒否し続ければし続けるほど、お父様はきょうだいに当たり散らすから」
「当たり散らすなと言ってはどうだ?」
「誰のせいだって言われる」
「勝手に怒っているだけだと言え」
「そんなの通用しない。お父様はいつも勝手に怒って勝手に笑ってる。周りの人間が許さなきゃいけないのは暗黙のルールなの」
「正にイリオリスだな」
父親ががイリオリスであることは否定しない。大金を湯水の如く使ってパーティーを開催し続ける人間を賢いとは言わない。
クラリッサに当たり散らすとクラリッサが拗ねては困るからクラリッサには強く当たりすぎないことにしている。その代わり、エヴァンやウォレンたちに八つ当たりする。そうすればクラリッサも長く拗ねてはいられないとわかっているから。父親は賢くないが、ずる賢い。
「せっかく美しく生まれたのに父親がそれでは、良い人生は期待できそうにないな」
「良い未来があるなんて思ってないからいいの」
父親があのような性格では良い未来など期待するほうが間違っている。
「そんな父親を持った哀れなお前に俺からプレゼントだ。目を閉じろ」
言われるがままに目を閉じたクラリッサは未来よりも今に期待している。エイベルが言ったように、この美貌に翳りができて、知らない国の王子に嫁いで、望まぬ子供を産む。それはもう覚悟はできている。だからこそ、美しいと感じる今この瞬間が幸せで楽しかった。クラリッサは今だけを楽しむようにしている。エイベルがそれを教えてくれた。
期待に微笑みながら待っていると頭に何かが乗せられたのを感じて目を開けた。
「これは?」
手を伸ばして触れた柔らかな感触。花だ。クラリッサの柔らかな髪に乗せられた花冠。
「これは?」
乗せてもらったばかりのそれを取るのがもったいなくて、花に触れたまま問いかけた。
「プレゼントだと言っただろう」
「それは聞いた。そうじゃなくて、この花冠どうしたの?」
どんな花で作られているのかまだ見ていないが、一周撫でまわしてみると大きさも感触もよく似ていて、全て同じ花で作られているような気がした。
花が咲かない場所で、花を愛でない者がなぜ花冠をプレゼントとして選んだのか、不思議だった。
「お前には豪華なティアラよりも花冠が似合う」
言われたことのない言葉にクラリッサの目が見開かれる。
「冠、取ってもいい?」
「ああ」
震える手で冠を取ったクラリッサの目に映ったのはレニスによって作られた物だった。淡い光を放ち、これこそ輝く王冠に見える。
「花好きには花の冠が似合うのは当然なこともアイツらはわかっていない。高価なジュエリーなど金を払えばいくらでも買えるが、これは俺にしか与えられない物だ。この世界で最もお前に似合う物だ」
「似合う?」
「お前が持つどの冠よりもずっとな」
「嬉しい」
溜める間もなく込み上げては流れ落ちる涙をエイベルの長い無骨な指が拭う。
「これは夜露か?」
「涙よ」
「ロマンのない女だな」
笑うクラリッサにつられたように笑うエイベルの唇がクラリッサの瞼に落ちる。涙をなぞるように目尻、頬へと転々と移動しては顎を持ち上げて唇へと落ちた。
首に腕を回して自らも唇を押し当てるクラリッサの腰を抱いてグッと引き寄せるエイベルに身を任せると啄む口付けを繰り返す。
「朝帰りしたことは?」
「一度だけ。悪いダークエルフに拐かされて空が白んだ頃に帰ったの」
「なら一度も二度も同じだな」
「悪いダークエルフには逆らえないわ」
「王女様のくせにか?」
「命は惜しいもの」
「懸命だな」
大木の上に倒れるエイベルに合わせて彼の身体の上に寝そべると似たような笑みを浮かべてもう一度唇を重ねた。
「そんなに笑うことないじゃない」
「お前の父親の愚かさは傑作だな」
エイベルの笑いのツボはクラリッサにはよくわからない。父親との会話は全て聞こえていたらしく愚かだと思っていたが、クラリッサが再現する表情までは知らなかったためそれを見たことで大笑いし始めた。
「花も手紙も、何も残せないのよね」
「記憶だけでは不満か?」
「そういうわけじゃないけど、何かが手元にあると嬉しいじゃない? エヴァンお兄様がくれたネイルも、ウォレンお兄様がくれたカップも、デイジーがくれた絵を描くための紙も、リズがくれた肌につけるラメも、ダニエルとロニーが一緒に作ってくれたドライフラワーも全部大事に取ってあるの。普段は思い出さないことでもそれを見れば思い出すもの。あなたとの思い出は記憶にはあってもあの頃の、って思い出せる品がないのは少し寂しいわ」
思い出の品を出してきてはきょうだいと一緒に懐かしいと話題に花を咲かせる。その時間はとても貴重でそれさえも宝物になる。そういう物がクラリッサは一つでもいいから欲しかった。
「だから言ってるだろう。お前がここに来れば俺といられる。残るぞ、俺の体温が」
真顔で言うものだからクラリッサは戸惑いよりも笑ってしまう。
「冗談で言ってるわけではないんだがな」
「体温は品じゃないでしょ? 何か大事に取っておける品が欲しいの」
「わがままな王女だな」
「あら、ダメ?」
「今度見つかればお前の父親は気が狂うんじゃないか?」
「ふふっ、そうかもね。で、私は鑑賞用王女から鳥籠の中のお姫様に変わるの」
「もうそんな歳じゃないだろ」
急に表情を作って見せるクラリッサに真顔で返す失礼な男の膝を叩くも笑ってしまう。本当にそうだと。
「リズがね、お姫様になりたいって言うの。今もよ。十五歳になっても五歳の頃と同じことを言ってる。すごいでしょ。私は十五歳のときにそんな夢もう持ってなかった」
「王女は姫だろう」
「そうね。でもそうじゃないの。あの子は誰かのお姫様になりたいのよ」
「……わからん」
「愛する人のお姫様ってこと」
「ああ」
五歳の頃から言っていることを十五歳になっても言っている妹がクラリッサは可愛くて仕方ない。
称号はいらないからお姫様になりたいと毎年言い続けているが、婚約者はまだ見つからない。
王族のことは国民全員が知っている。見た目から誰がどういう性格なのかまで記事になるのだ。そこでリズがどういう性格なのかは知れ渡っており、十五歳にしては美人であるため嫁の貰い手には困っていないが、裏ではリズを悪く言う者が多いとエヴァンが言っていた。そんな男には何があろうとリズはやらない。父親が言わずともエヴァンが言っていた。
「あの子は砂糖菓子のように繊細な子だから壊れてしまわないように大事に扱ってくれる人じゃなきゃダメなのよ。甘くて繊細な子だもの」
安心してリズを嫁に送り出せる相手など選出が難しいと家族全員が思っている。それでも一番結婚に夢を見ている子だから必ず巡り合って欲しいと思っている。
「お前はどう扱われたいんだ?」
「私は……普通に扱われたい。鑑賞用だから傷つけないように、とかじゃなくて、傷なんか気にするな!できて当然だって言ってくれるような人がいい」
「傷がついても平気か?」
「愛する人との自由が得られるなら裸足でだって歩いてやるわ」
夢はある。草も木もない見渡す限り続く大地の上を傷を気にすることなく裸足で歩く。そんなことができたらどんなにいいだろうと思う。草や木がない場所などあるのかさえも知らないが、想像して一番楽しかったことだ。
人差し指と中指で人の形を表し、それを前後に動かすことで歩く様を見せる。靴を脱ぎ、裸足の足を上げればエイベルの口元が緩んだ。
「なら、その足に最初に傷をつけるのは俺というわけか」
立ち上がったエイベルが向かいに回って片膝をつき、上がった足に手を添えて足の甲に口付けた。ピリッとした軽い痛みが走り、エイベルが唇を離すと同時に痛みも消える。
「あ……」
甲に残された虫刺されのような赤い痕。
「バレない思い出の品だ」
「虫刺されみたい」
「ロマンのない女だ。キスマークと言え。……だが、お前の使用人も同じことを言うだろうな。そして薬を塗る。そう長くは残らないから怪しまれることもないはずだ」
彼なりに気を遣ってくれたのだと嬉しくなり破顔する。
大きな宝石がついた指輪やネックレスをもらうよりずっと嬉しかった。
「あなたはロマンのある男なのね」
「お前よりはな」
優しい笑みを浮かべながら言われると悪い気はしない。
「お前はいつまで鑑賞用でいるつもりだ?」
「いつまで?」
「いつまでも鑑賞用王女として父親の操り人形として生き、その美貌に衰えが見え始めるまで永遠にその作り笑いを続けるのか?」
「でも私にはそれしか取り柄がないの。妹たちが当たり前のようにできる字の読み書きもできないし、刺繍のための針を持ったこともない。馬車に乗ったこともないのよ。座って微笑むしか能がない。だから私はお父様がもういいって言うまで続けると思う」
「イリオリス」
呟かれた言葉にクラリッサが小さく笑う。
「ええ、本当にそうね」
否定しないこともまたイリオリスだと思っているのだろう。エイベルは顔に出やすい。だからこそ本音がわかっていい。
「鑑賞用として飼い慣らされ、その美しさに翳りが見えたら厄介払いか?」
「エイベル」
「父親を好いてはいないくせに庇うのか?」
「好いていないわけじゃないわ。ただ、彼の愛情が重たいだけ」
愛情という言葉に嫌悪感を示したように鼻で笑うエイベルをクラリッサは横目で見た。彼は以前からそうだ。愛情という言葉に拒否反応を示す。家族を持たないエルフにとって愛情という物は無縁なのかと考えたこともあるが、どうにも違うらしい。彼が嘲笑っているのは愛情という言葉ではなくクラリッサがそれを発することに対してだった。
「それで? お前はイリオリスな父親にどうしてやるつもりだ?」
「パーティーには出ない。それが一番効果的なお父様への仕返しよ」
「いつまで続けられるかな」
長く続けられないと思っているのが顔に出ている。ニヤついて、まるで挑発するような顔だ。
「そう長くは続かないわ。だって、私が拒否し続ければし続けるほど、お父様はきょうだいに当たり散らすから」
「当たり散らすなと言ってはどうだ?」
「誰のせいだって言われる」
「勝手に怒っているだけだと言え」
「そんなの通用しない。お父様はいつも勝手に怒って勝手に笑ってる。周りの人間が許さなきゃいけないのは暗黙のルールなの」
「正にイリオリスだな」
父親ががイリオリスであることは否定しない。大金を湯水の如く使ってパーティーを開催し続ける人間を賢いとは言わない。
クラリッサに当たり散らすとクラリッサが拗ねては困るからクラリッサには強く当たりすぎないことにしている。その代わり、エヴァンやウォレンたちに八つ当たりする。そうすればクラリッサも長く拗ねてはいられないとわかっているから。父親は賢くないが、ずる賢い。
「せっかく美しく生まれたのに父親がそれでは、良い人生は期待できそうにないな」
「良い未来があるなんて思ってないからいいの」
父親があのような性格では良い未来など期待するほうが間違っている。
「そんな父親を持った哀れなお前に俺からプレゼントだ。目を閉じろ」
言われるがままに目を閉じたクラリッサは未来よりも今に期待している。エイベルが言ったように、この美貌に翳りができて、知らない国の王子に嫁いで、望まぬ子供を産む。それはもう覚悟はできている。だからこそ、美しいと感じる今この瞬間が幸せで楽しかった。クラリッサは今だけを楽しむようにしている。エイベルがそれを教えてくれた。
期待に微笑みながら待っていると頭に何かが乗せられたのを感じて目を開けた。
「これは?」
手を伸ばして触れた柔らかな感触。花だ。クラリッサの柔らかな髪に乗せられた花冠。
「これは?」
乗せてもらったばかりのそれを取るのがもったいなくて、花に触れたまま問いかけた。
「プレゼントだと言っただろう」
「それは聞いた。そうじゃなくて、この花冠どうしたの?」
どんな花で作られているのかまだ見ていないが、一周撫でまわしてみると大きさも感触もよく似ていて、全て同じ花で作られているような気がした。
花が咲かない場所で、花を愛でない者がなぜ花冠をプレゼントとして選んだのか、不思議だった。
「お前には豪華なティアラよりも花冠が似合う」
言われたことのない言葉にクラリッサの目が見開かれる。
「冠、取ってもいい?」
「ああ」
震える手で冠を取ったクラリッサの目に映ったのはレニスによって作られた物だった。淡い光を放ち、これこそ輝く王冠に見える。
「花好きには花の冠が似合うのは当然なこともアイツらはわかっていない。高価なジュエリーなど金を払えばいくらでも買えるが、これは俺にしか与えられない物だ。この世界で最もお前に似合う物だ」
「似合う?」
「お前が持つどの冠よりもずっとな」
「嬉しい」
溜める間もなく込み上げては流れ落ちる涙をエイベルの長い無骨な指が拭う。
「これは夜露か?」
「涙よ」
「ロマンのない女だな」
笑うクラリッサにつられたように笑うエイベルの唇がクラリッサの瞼に落ちる。涙をなぞるように目尻、頬へと転々と移動しては顎を持ち上げて唇へと落ちた。
首に腕を回して自らも唇を押し当てるクラリッサの腰を抱いてグッと引き寄せるエイベルに身を任せると啄む口付けを繰り返す。
「朝帰りしたことは?」
「一度だけ。悪いダークエルフに拐かされて空が白んだ頃に帰ったの」
「なら一度も二度も同じだな」
「悪いダークエルフには逆らえないわ」
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