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意識させる方法
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「アリス、お前いつも同じ奴と飯食ってて飽きねーの?」
お昼休み、教科書を片付けてランチに行こうとするアリスにリオが問いかけた。
「じゃあリオちゃんは私の隣で授業受けるの飽きたの?」
「飽きた。でもここが俺の席だからしゃーねぇの」
「そう。じゃあ、そろそろ席替えの時期だし、先生にお願いしてみるね」
「は!? 余計なことすんな! なんだよ席替えの時期って! 必要ねぇだろ!」
強く机を叩いたリオにアリスがメモ帳を取り出す。
「あっあっあっあああああ! 悪い! ごめんって! 違う! これは手が当たったんだよ!」
カイルに報告した翌日、リオは呼び出され『ポイント制だからな。十個報告を受けたら首輪をつける。十五個報告を受けたらリードをつける。二十個報告を受けたら一ヶ月ワンとしか言わせない。いいな?』と言われた。
カイルは言ったことは絶対に実行する。もちろん首輪はオシャレな物ではなく犬用で、リードも同じ。それをつけた人間を連れ歩くことはカイルにとって恥でもなんでもない。
これは一種の調教だと思うだけ。
それ以来、リオは極力、言動には気をつけているが、感情的になると出てしまう。
「手が当たっただけだから……な?」
下唇の下で人差し指を突き合わせてお願いするリオに息を吐き出してメモ帳をしまうアリスは背中に温もりを感じた。
「アーリスッ」
前に回ってきた腕に驚くも上から降る声でセシルだとわかった。
スキンシップが多いセシルとは何度手を繋いだかわからないが、最近はこうして後ろから抱きつかれることが増えている。
セシルファンのクラスメイトはセシルがやってきたことへの喜びとセシルへの好意が透けて見えることへの落胆に襲われ複雑な心境で見ていた。
「セシル、こういうことは──」
「お腹すいちゃった。今日は二人でご飯食べよ?」
「昨日もそうだったけど、いいの?」
「いいよ。アリスが作ってくれたお昼を食べて、おやつを食べたらアリスの膝枕で寝るんだ」
上機嫌なセシルが口にした言葉にゴオッと怒りの炎が燃える音が近くで聞こえた。振り返るのも恐ろしいほどの怒りを感じる。
「調子に乗って……」
聞こえた女子生徒の声に苦笑しながら立ち上がるとセシルが手を握る。
「あ、ねえアリス。もう手は良くなったんだからアリスの家に行ってもいい?」
「え?」
「ほら、ヴィンセルに怪我させられる前、行くって約束してたでしょ? ランチ振る舞ってくれるって。僕としてはディナーでもいいけどね。そのまま夜はアリスの部屋で過ごすってのもロマンチックでしょ? 一緒に星空見たり、イチャイチャしたり」
「ランチの約束でしょ?」
「じゃあランチの次がディナーね」
見た目と違ってセシルは積極的で、アリスは対応に困ってしまう。
部屋で二人きりで過ごすなどカイルが許すはずがないとわかっていながらそう言うのだから、どこまで本気にしていいのかがわからなくなる。
「おい、アリス」
グイッと反対側の手を引かれるとバランスを崩しそうになった身体にリオが手を伸ばす。
「っと、大丈夫?」
それをセシルが引っ張って抱きしめるともう片方の手を引っ張ってリオの手をムリヤリ剥がした。
「お前、俺のこと教師から任されてんだろ? 放置すんのかよ」
転入してきてからずっと放置していたのに今更何を言っているんだとアリスは呆けた顔でリオを見る。
「大体、テメーから女の部屋に行きたいなんつーのは品がねぇように思うが?」
「品を見せることで好いてもらえるならそうするけど、僕そういうの待ってられないから。獲物は自分から狩りに行くほうなんだよね」
「下品な坊ちゃんだな」
「アリスのこと好きなくせに照れ隠しでひどいことする幼稚な男に何言われようと気にもならないね」
「はあっ!? バッカじゃねーの! 俺がコイツを好き!? バカ言ってんじゃねぇぞ! なんでこんな乳も可愛げもねぇような女、俺が好きにならなきゃいけねんだよ! 俺はな、巨乳で背が高い美人系がタイプなんだよ! コイツは正反対だっつーの! 勝手な憶測で物言ってんじゃねぇぞ!」
セシルが言い合うのはカイルだけではなかったかと頭痛を感じたアリスは現実逃避をするべく目を閉じた。
「顔真っ赤にして否定しても説得力ないけど」
アリスが目を開けると確かにリオの顔は真っ赤だった。
手の甲で口を押さえながら立ち上がったリオは「うるせー!」と叫んで教室から出ていった。
「じゃあ僕らも行こっか」
手を引かれて向かうはセシルのお気に入りであるカフェテリアの奥の個室。
許可を得た者だけが使用できる場所で、そこの許可を得ているのはセシルではなくアリス。
使用許可をもらっていないと言うアリスをセシルが引っ張っていき、門番にアリスの学生証を見せるとカイル・ベンフィールドの妹というだけで許可が降りた。
良いのか悪いのかと思いながらもセシルが喜んでいるためいいかと深くは考えず、ここ数日は毎日利用している。
どこに座っていても庭園が見渡せる大きな窓を開けると吹き込んでくる風をセシルはいつも胸いっぱいに吸い込む。
「ここにベッド置いてほしいな」
「すぐ食べて寝たら牛になるってアルフレッド様に言われたのに?」
「そしたらびっくり人間コンテストに出るって言った」
ベッドを置けばすぐに寝てしまうだろうセシルに笑いながら二人で一緒にランチをとる。
「ね、今度の休み、本当にアリスの家に行ってもいい?」
「いいよ」
「やった! 誰も誘わないでよ?」
「ナディア様をお誘いするのもダメ?」
「ダメだよ。僕とアリスのデートなんだから」
「デート……」
家で食事に招くことはデートなのだろうかと首を傾げるアリスのこめかみに手を添えて傾いた顔を持ち上げるセシルがランチボックスからサンドイッチを取って首を傾げる。
「自分で言うなって思うけど、僕ってキレイな顔してると思わない?」
「初めて会った日からずっと思ってる」
「でも惚れなかったの?」
「それは……うん、そうだね……」
惚れなかったことが悪いことのように感じたアリスが頬を掻いて苦笑するとセシルが頬杖をつく。
「ヴィンセルは王子だから望みは薄いけど、彼は伯爵家だから望みはあるって思ってもいいのに」
「爵位で望みがあるなんて考える?」
「僕は考えないよ。相手が公爵令嬢だろうと挑むから。まーでも、令嬢は自分より下の人間とは結婚しないもんね。思わないか」
「そういうわけじゃないけど。咄嗟に防御壁ができちゃったのかも。こんなにキレイな顔した男の子に惚れたって望みはないって」
「挑んでみなきゃわかんないのに?」
「防御壁張ってると挑むとかそういう感情さえ湧いてこないの」
ふーん、と声を漏らすセシルだが、すぐに表情にニヤつきを見せて頬張ったサンドイッチを飲み込み、口端についたソースを舐めとる。
「でもさ、今はこうやって毎日一緒に過ごすぐらい親しくなったじゃん? 僕はアリスを何度も抱きしめてるし、毎日手も繋ぐ。好きだって伝えてもいる。これって望みあると思わない? いや、望みしかないと思わない?」
セシル・アッシュバートンは顔こそ美しいが、中身は誰よりも肉食系で積極的。
よく食べ、よく笑い、よく甘える。アリスはセシルといる時間がいつの間にか心地良いと感じていた。
だからセシルの誘いに乗るのは悪いことととは思わないが、惚れていないのに応えるのは失礼だと思った。
「ナディア様に悪いって思うのはセシルに失礼?」
「すっごく失礼。だってナディアと君は関係ないもん。友達でも恋敵にはなる。大体彼女、婚約者いるじゃん。僕のことは憧れでしょ」
「聞いてみただけ。その理由で断ったりしない」
「冗談のつもりだったら怒ってたよ」
「セシルって怒ったらどうなるの?」
「このテーブル踏み越えてアリスにキスする」
テーブルはそんなに広くない。今セシルが立ち上がって身を乗り出せば簡単にキスできてしまうだろうに、わざわざ踏み越えてキスをする理由はなんだと笑うアリスを見ながらセシルは微笑みながら肩を竦める。
「ね、アリス。僕、君を急かすつもりはないよ。好きになってってお願いして待つつもりもない」
「うん」
「僕、自分から狩りに行くって言ったよね?」
「そう、だね?」
「アリスを意識させるのってそれほど難しくなさそうだからさ」
「……バカにしてる?」
「チョロいって思ってる」
「バカにしてる」
「ありがたいって意味だよ」
「嘘ばっかり」
サンドイッチにかぶりついては疑心の目を向けるもセシルは笑みを崩さない。
「ここにマッチがあるんだけど」
「……もうパイプ吸ってるの?」
「さっき授業で使ったんだけど、返すの忘れちゃって」
あえて持ってきたのではないだろうかと尚も疑心が残る。
セシルはカイルと同じでしれっと嘘をつく。
だからアリスはどこまで信じていいのかがわからない。
紳士的なフリをしながら実はそうではないことが多いのだ。
「僕のまつ毛にマッチが何本乗るかやってみない?」
「やってみたい!」
長く多いセシルのまつ毛。一本ということはないはずだと確信しているアリスにマッチを渡すと両手で頬杖をついて目を閉じた。
「丁寧に乗せてよ。僕のまつ毛でマッチに火つけないでよ」
「擦ってみていい?」
「僕のまつ毛が燃えたらアリスのまつ毛半分もらうから」
「怖いこと言わないで」
冗談を言い合い笑う時間が二人にとって心地良く、この場所があることに気付いたのはラッキーだったとセシルは思う。
「じゃあ乗せるからまつ毛揺らさないでね」
「はじめてだから優しくして」
「優しくするから揺らさないで」
目を閉じているセシルを見るのはこれが初めてではない。
少し昼寝をすると言っては膝枕をさせられたため何度も見ている。
それでも何度見てもキレイな顔だと思う。
キレイにカールしているまつ毛にまずは一本。
「乗ったのわかる?」
「違和感がすごい」
「ふふっ、じゃあ二本目乗せるね」
二本、三本と乗せていく。
「まつ毛重い……」
「でも結構安定してるかも……動かないでセシル」
「早く次のマッチ乗せてッ」
「待って待って! これ焦ると絶対落ちちゃうから!」
三本目乗った時点でアリスは感動しているのだが、セシルは不快感を示している。
三本で違和感に顔を歪めそうなのだから四本目を乗せると崩れるのではないかとアリスは心配するも急かされたため四本目を乗せた。
「ムリムリムリムリムリ! 気持ち悪い!」
「あー!!」
四本目は確かに乗った。だがセシルが限界だった。
顔を揺らしてマッチを飛ばしたセシルにアリスが声を上げるもすぐに笑う。
「両目に一本ずつ乗せればよかったね」
「拷問だよ」
片方だから違和感があったんだと言うアリスにもうしないとセシルは言う。
「じゃあ今度はアリスね」
「……セシルの後はやだ。一本しか乗らなかったら恥ずかしい」
「アリスあんまりまつ毛長くないしね」
「ほらー! もー! デリカシーない!」
セシルと比べれば誰だってないと訴えたいが、ナディアたちと比べてもアリスはまつ毛が長いとは言えない。
絶対に嫌だと拒否するアリスに笑いながら一本だけとお願いするセシルにアリスは唇を尖らせる。
「もしかしたら二本乗るかもしれないし」
「……乗らなかったらセシルのまつ毛半分もらうから」
「半分と言わず全部あげるよ」
そこまで言われてはとアリスは人差し指でまつ毛をクイクイと上げる抵抗を見せてから目を閉じた。
「じゃあまず一本目から」
乗りますようにと祈ってしまう。
四本も乗るほうがおかしいんだと思うが、一本も乗らないのはそれはそれでおかしいとも思ってしまう。
でもおかしいほうには入りたくないと胸の前で手を組んで待った。
「一本乗ったよ」
「違和感がすごい」
「四本も乗ったらその違和感四倍だからね」
「ふふっ、さっきのセシル、犬みた──」
突然唇に触れた柔らかな感触にアリスの世界が停止する。
アリスが目を開けたことでマッチがテーブルに落ち、目の前にあった唇がまたアリスにキスをした。
何が起こっているのかわからないわけではない。自分は今、セシル・アッシュバートンとキスをしている。
だが、なぜキスをしているのか、なぜキスされたのかがわからないアリスはセシルがゆっくりと唇を離すまで固まっていた。
「これで僕のこと、意識してくれる?」
ブワッと顔が熱くなるのを感じた。
「耳まで真っ赤。かわいー」
伸ばした手がアリスの耳に触れる。冷やすどころか更に熱を高めるような熱い手。
「ねえ、アリス。もしさっきのがファーストキスだったら──って、アリスッ!? アリス! 大丈夫ッ!?」
グラッとよろめいたかと思えばそのまま倒れたアリスは真っ赤な顔のまま目を回していた。
お昼休み、教科書を片付けてランチに行こうとするアリスにリオが問いかけた。
「じゃあリオちゃんは私の隣で授業受けるの飽きたの?」
「飽きた。でもここが俺の席だからしゃーねぇの」
「そう。じゃあ、そろそろ席替えの時期だし、先生にお願いしてみるね」
「は!? 余計なことすんな! なんだよ席替えの時期って! 必要ねぇだろ!」
強く机を叩いたリオにアリスがメモ帳を取り出す。
「あっあっあっあああああ! 悪い! ごめんって! 違う! これは手が当たったんだよ!」
カイルに報告した翌日、リオは呼び出され『ポイント制だからな。十個報告を受けたら首輪をつける。十五個報告を受けたらリードをつける。二十個報告を受けたら一ヶ月ワンとしか言わせない。いいな?』と言われた。
カイルは言ったことは絶対に実行する。もちろん首輪はオシャレな物ではなく犬用で、リードも同じ。それをつけた人間を連れ歩くことはカイルにとって恥でもなんでもない。
これは一種の調教だと思うだけ。
それ以来、リオは極力、言動には気をつけているが、感情的になると出てしまう。
「手が当たっただけだから……な?」
下唇の下で人差し指を突き合わせてお願いするリオに息を吐き出してメモ帳をしまうアリスは背中に温もりを感じた。
「アーリスッ」
前に回ってきた腕に驚くも上から降る声でセシルだとわかった。
スキンシップが多いセシルとは何度手を繋いだかわからないが、最近はこうして後ろから抱きつかれることが増えている。
セシルファンのクラスメイトはセシルがやってきたことへの喜びとセシルへの好意が透けて見えることへの落胆に襲われ複雑な心境で見ていた。
「セシル、こういうことは──」
「お腹すいちゃった。今日は二人でご飯食べよ?」
「昨日もそうだったけど、いいの?」
「いいよ。アリスが作ってくれたお昼を食べて、おやつを食べたらアリスの膝枕で寝るんだ」
上機嫌なセシルが口にした言葉にゴオッと怒りの炎が燃える音が近くで聞こえた。振り返るのも恐ろしいほどの怒りを感じる。
「調子に乗って……」
聞こえた女子生徒の声に苦笑しながら立ち上がるとセシルが手を握る。
「あ、ねえアリス。もう手は良くなったんだからアリスの家に行ってもいい?」
「え?」
「ほら、ヴィンセルに怪我させられる前、行くって約束してたでしょ? ランチ振る舞ってくれるって。僕としてはディナーでもいいけどね。そのまま夜はアリスの部屋で過ごすってのもロマンチックでしょ? 一緒に星空見たり、イチャイチャしたり」
「ランチの約束でしょ?」
「じゃあランチの次がディナーね」
見た目と違ってセシルは積極的で、アリスは対応に困ってしまう。
部屋で二人きりで過ごすなどカイルが許すはずがないとわかっていながらそう言うのだから、どこまで本気にしていいのかがわからなくなる。
「おい、アリス」
グイッと反対側の手を引かれるとバランスを崩しそうになった身体にリオが手を伸ばす。
「っと、大丈夫?」
それをセシルが引っ張って抱きしめるともう片方の手を引っ張ってリオの手をムリヤリ剥がした。
「お前、俺のこと教師から任されてんだろ? 放置すんのかよ」
転入してきてからずっと放置していたのに今更何を言っているんだとアリスは呆けた顔でリオを見る。
「大体、テメーから女の部屋に行きたいなんつーのは品がねぇように思うが?」
「品を見せることで好いてもらえるならそうするけど、僕そういうの待ってられないから。獲物は自分から狩りに行くほうなんだよね」
「下品な坊ちゃんだな」
「アリスのこと好きなくせに照れ隠しでひどいことする幼稚な男に何言われようと気にもならないね」
「はあっ!? バッカじゃねーの! 俺がコイツを好き!? バカ言ってんじゃねぇぞ! なんでこんな乳も可愛げもねぇような女、俺が好きにならなきゃいけねんだよ! 俺はな、巨乳で背が高い美人系がタイプなんだよ! コイツは正反対だっつーの! 勝手な憶測で物言ってんじゃねぇぞ!」
セシルが言い合うのはカイルだけではなかったかと頭痛を感じたアリスは現実逃避をするべく目を閉じた。
「顔真っ赤にして否定しても説得力ないけど」
アリスが目を開けると確かにリオの顔は真っ赤だった。
手の甲で口を押さえながら立ち上がったリオは「うるせー!」と叫んで教室から出ていった。
「じゃあ僕らも行こっか」
手を引かれて向かうはセシルのお気に入りであるカフェテリアの奥の個室。
許可を得た者だけが使用できる場所で、そこの許可を得ているのはセシルではなくアリス。
使用許可をもらっていないと言うアリスをセシルが引っ張っていき、門番にアリスの学生証を見せるとカイル・ベンフィールドの妹というだけで許可が降りた。
良いのか悪いのかと思いながらもセシルが喜んでいるためいいかと深くは考えず、ここ数日は毎日利用している。
どこに座っていても庭園が見渡せる大きな窓を開けると吹き込んでくる風をセシルはいつも胸いっぱいに吸い込む。
「ここにベッド置いてほしいな」
「すぐ食べて寝たら牛になるってアルフレッド様に言われたのに?」
「そしたらびっくり人間コンテストに出るって言った」
ベッドを置けばすぐに寝てしまうだろうセシルに笑いながら二人で一緒にランチをとる。
「ね、今度の休み、本当にアリスの家に行ってもいい?」
「いいよ」
「やった! 誰も誘わないでよ?」
「ナディア様をお誘いするのもダメ?」
「ダメだよ。僕とアリスのデートなんだから」
「デート……」
家で食事に招くことはデートなのだろうかと首を傾げるアリスのこめかみに手を添えて傾いた顔を持ち上げるセシルがランチボックスからサンドイッチを取って首を傾げる。
「自分で言うなって思うけど、僕ってキレイな顔してると思わない?」
「初めて会った日からずっと思ってる」
「でも惚れなかったの?」
「それは……うん、そうだね……」
惚れなかったことが悪いことのように感じたアリスが頬を掻いて苦笑するとセシルが頬杖をつく。
「ヴィンセルは王子だから望みは薄いけど、彼は伯爵家だから望みはあるって思ってもいいのに」
「爵位で望みがあるなんて考える?」
「僕は考えないよ。相手が公爵令嬢だろうと挑むから。まーでも、令嬢は自分より下の人間とは結婚しないもんね。思わないか」
「そういうわけじゃないけど。咄嗟に防御壁ができちゃったのかも。こんなにキレイな顔した男の子に惚れたって望みはないって」
「挑んでみなきゃわかんないのに?」
「防御壁張ってると挑むとかそういう感情さえ湧いてこないの」
ふーん、と声を漏らすセシルだが、すぐに表情にニヤつきを見せて頬張ったサンドイッチを飲み込み、口端についたソースを舐めとる。
「でもさ、今はこうやって毎日一緒に過ごすぐらい親しくなったじゃん? 僕はアリスを何度も抱きしめてるし、毎日手も繋ぐ。好きだって伝えてもいる。これって望みあると思わない? いや、望みしかないと思わない?」
セシル・アッシュバートンは顔こそ美しいが、中身は誰よりも肉食系で積極的。
よく食べ、よく笑い、よく甘える。アリスはセシルといる時間がいつの間にか心地良いと感じていた。
だからセシルの誘いに乗るのは悪いことととは思わないが、惚れていないのに応えるのは失礼だと思った。
「ナディア様に悪いって思うのはセシルに失礼?」
「すっごく失礼。だってナディアと君は関係ないもん。友達でも恋敵にはなる。大体彼女、婚約者いるじゃん。僕のことは憧れでしょ」
「聞いてみただけ。その理由で断ったりしない」
「冗談のつもりだったら怒ってたよ」
「セシルって怒ったらどうなるの?」
「このテーブル踏み越えてアリスにキスする」
テーブルはそんなに広くない。今セシルが立ち上がって身を乗り出せば簡単にキスできてしまうだろうに、わざわざ踏み越えてキスをする理由はなんだと笑うアリスを見ながらセシルは微笑みながら肩を竦める。
「ね、アリス。僕、君を急かすつもりはないよ。好きになってってお願いして待つつもりもない」
「うん」
「僕、自分から狩りに行くって言ったよね?」
「そう、だね?」
「アリスを意識させるのってそれほど難しくなさそうだからさ」
「……バカにしてる?」
「チョロいって思ってる」
「バカにしてる」
「ありがたいって意味だよ」
「嘘ばっかり」
サンドイッチにかぶりついては疑心の目を向けるもセシルは笑みを崩さない。
「ここにマッチがあるんだけど」
「……もうパイプ吸ってるの?」
「さっき授業で使ったんだけど、返すの忘れちゃって」
あえて持ってきたのではないだろうかと尚も疑心が残る。
セシルはカイルと同じでしれっと嘘をつく。
だからアリスはどこまで信じていいのかがわからない。
紳士的なフリをしながら実はそうではないことが多いのだ。
「僕のまつ毛にマッチが何本乗るかやってみない?」
「やってみたい!」
長く多いセシルのまつ毛。一本ということはないはずだと確信しているアリスにマッチを渡すと両手で頬杖をついて目を閉じた。
「丁寧に乗せてよ。僕のまつ毛でマッチに火つけないでよ」
「擦ってみていい?」
「僕のまつ毛が燃えたらアリスのまつ毛半分もらうから」
「怖いこと言わないで」
冗談を言い合い笑う時間が二人にとって心地良く、この場所があることに気付いたのはラッキーだったとセシルは思う。
「じゃあ乗せるからまつ毛揺らさないでね」
「はじめてだから優しくして」
「優しくするから揺らさないで」
目を閉じているセシルを見るのはこれが初めてではない。
少し昼寝をすると言っては膝枕をさせられたため何度も見ている。
それでも何度見てもキレイな顔だと思う。
キレイにカールしているまつ毛にまずは一本。
「乗ったのわかる?」
「違和感がすごい」
「ふふっ、じゃあ二本目乗せるね」
二本、三本と乗せていく。
「まつ毛重い……」
「でも結構安定してるかも……動かないでセシル」
「早く次のマッチ乗せてッ」
「待って待って! これ焦ると絶対落ちちゃうから!」
三本目乗った時点でアリスは感動しているのだが、セシルは不快感を示している。
三本で違和感に顔を歪めそうなのだから四本目を乗せると崩れるのではないかとアリスは心配するも急かされたため四本目を乗せた。
「ムリムリムリムリムリ! 気持ち悪い!」
「あー!!」
四本目は確かに乗った。だがセシルが限界だった。
顔を揺らしてマッチを飛ばしたセシルにアリスが声を上げるもすぐに笑う。
「両目に一本ずつ乗せればよかったね」
「拷問だよ」
片方だから違和感があったんだと言うアリスにもうしないとセシルは言う。
「じゃあ今度はアリスね」
「……セシルの後はやだ。一本しか乗らなかったら恥ずかしい」
「アリスあんまりまつ毛長くないしね」
「ほらー! もー! デリカシーない!」
セシルと比べれば誰だってないと訴えたいが、ナディアたちと比べてもアリスはまつ毛が長いとは言えない。
絶対に嫌だと拒否するアリスに笑いながら一本だけとお願いするセシルにアリスは唇を尖らせる。
「もしかしたら二本乗るかもしれないし」
「……乗らなかったらセシルのまつ毛半分もらうから」
「半分と言わず全部あげるよ」
そこまで言われてはとアリスは人差し指でまつ毛をクイクイと上げる抵抗を見せてから目を閉じた。
「じゃあまず一本目から」
乗りますようにと祈ってしまう。
四本も乗るほうがおかしいんだと思うが、一本も乗らないのはそれはそれでおかしいとも思ってしまう。
でもおかしいほうには入りたくないと胸の前で手を組んで待った。
「一本乗ったよ」
「違和感がすごい」
「四本も乗ったらその違和感四倍だからね」
「ふふっ、さっきのセシル、犬みた──」
突然唇に触れた柔らかな感触にアリスの世界が停止する。
アリスが目を開けたことでマッチがテーブルに落ち、目の前にあった唇がまたアリスにキスをした。
何が起こっているのかわからないわけではない。自分は今、セシル・アッシュバートンとキスをしている。
だが、なぜキスをしているのか、なぜキスされたのかがわからないアリスはセシルがゆっくりと唇を離すまで固まっていた。
「これで僕のこと、意識してくれる?」
ブワッと顔が熱くなるのを感じた。
「耳まで真っ赤。かわいー」
伸ばした手がアリスの耳に触れる。冷やすどころか更に熱を高めるような熱い手。
「ねえ、アリス。もしさっきのがファーストキスだったら──って、アリスッ!? アリス! 大丈夫ッ!?」
グラッとよろめいたかと思えばそのまま倒れたアリスは真っ赤な顔のまま目を回していた。
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