愛だ恋だと変化を望まない公爵令嬢がその手を取るまで

永江寧々

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企み

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 翌日から二人はアリスが不愉快になるほどくっついている。
 嫉妬ではない。ただティーナがそこにいるということが既に不愉快に感じているのだ。
 アリスにとってティーナは親友だったはず。それでもあの一件からティーナが登校してこなかった日々があまりにも快適すぎた。
 こんなこと思ってはいけないのかもしれないが、アリスは心の片隅ではずっとティーナを疎ましく思っていたのだと自覚した。

「アリス」

 昼休みになり、ランチボックスを持って行こうとするアリスをリオが呼び止める。
 今のアリスはリオに呼び止められるのも少し嫌な気分になってしまう。
 ティーナがいなければいいが、リオの机に腰掛けているためリオを見ると強制的に視界に入ってしまう。

「またアイツと一緒に飯食うのかよ」
「そうだけど」
「たまには俺らと食えば?」

 事情を知らないリオに悪気はないと分かっていてもティーナと一緒にランチをすることを想像するだけで気分が悪くなる。

「えっと──」
「俺らと食うの嫌なのかよ?」
「そうじゃないけど……」
「ならこっち来いよ。座れ」

 ランチボックスを持って立ったままだったアリスに座るよう言うもアリスはそれに従おうとはしない。

「毎日お弁当作って大変でしょ? カフェテリアで食べようって言えばいいじゃん」
「でも楽しみにしてくれてるから」
「アリスはさ、強くお願いされると断れないからね。可哀想」
「そんなんじゃない。私が作りたくて作ってるだけ」
「嫌なことはちゃんと断れよ。お前が断れねぇなら俺が言ってやるよ」
「いい。必要ないから」

 ティーナが何を考えているのかわからない。だから怖いし不気味で仕方ない。
 アリスは毎日セシルのためにお弁当を作っているが、それは脅されて作っているわけではなくアリスがそうしたいから作り始めたことをまるでセシルが強要しているような言い方をするティーナからは悪意しか感じず、リオのこともティーナのことも視界に入れないよう床を見ていた。

「アリス、お昼にしよう」
「うん」
「アリス!」

 廊下から聞こえたセシルの声にリオたちに背中を向けて廊下に向かうもリオが強く呼び止める。

「俺らと飯食えよ」

 それこそ強要だとアリスは思った。

「お昼はセシルと食べるって約束してるの。ごめんなさい」

 背中を向けたまま答えるアリスにリオが眉を寄せる。

「なら俺らも一緒に飯食うわ」
「なん──」
「悪いけど、君たちは庭園には入れないから。カイルが許さないだろうしね」

 カイルの名前を出されると二人とも黙るしかない。
 許可がなければ庭園には入れない。リオは知らずともティーナは知っている。
 だからティーナがワザと大きく鼻で笑う。

「やっぱアリスって男を取るんだね。一緒にご飯食べようって言ってるだけなのにセシル様と二人になりたいから断るんだ?」

 教室に響くティーナの演技がかった話し方に悔しくなるが、反論してはティーナの思惑通りに動いてしまうだろうと判断して何も言わなかった。
 そのまま廊下へと歩いていき、セシルにお待たせと言って笑顔を見せ、一緒に歩いていく。

「チッ……味方つけたと思って強気に出てんじゃないわよ……」

 親指の爪を噛みながら呟くティーナをリオは顔は上げず目線だけ向けてはすぐに戻した。

 その日の夜、アリスは使用人から『お客様です』と言われ、門で待っているとの言葉に窓から覗くとリオが立っていた。
 こんな時間に何の用だと向かうとリオは律儀に敷居を跨ぐことなく門の外で待っている。

「リオちゃん?」
「アリス、少しいいか?」
「うん」

 リオはアリスに断られたことが昼からずっと気になっていた。
 もっとアリスに近付きたいのに自分の気持ちだけでは進めない現状を作り出した以上、リオには絶対の理由が必要だった。
 だが、危惧していることもたくさんあって、このままティーナと一緒にいるべきかどうかあれからずっと迷っている。
 だからここまで来た。

「明日はさ、俺らと飯食おうぜ」
「……できない。お昼はセシルと食べるって約束してるの。お兄様やアルフレッド様たちと食べることもあるし」
「俺も生徒会役員なのに入れないっておかしくね?」
「あそこに入れるのは生徒会長、副会長、書紀、会計の四人なの。ランチしながら会議してるの」
「お前は生徒会メンバーじゃねぇのに入れるのかよ」
「お兄様がいいって」

 リオが文句を言おうと学園長が文句を言おうと巨大な権利を持っているのはカイル・ベンフィールド。
 一介の生徒がなぜと疑問を持っている者は多いが、切り札をたくさん持っているカイルに逆らえる者はいないと言っても過言ではない現状の中でリオにできることは従うことだけ。

「お前、セシル・アッシュバートンが好きなのかよ」
「どうしてそんな話になるの?」
「だってお前、いつもティーナと一緒だったじゃねぇかよ」
「昔ずっと一緒だったら今も一緒にいなきゃいけない?」
「そうじゃねぇけど、仲違いしたわけじゃねぇなら離れる理由もねぇだろ」

 リオの疑問にアリスは一度目を閉じて三つ数えてから目を開けた。

「ティーナとは、距離を置くことにしたの」
「は? アイツそんなこと言ってなかったぞ」
「私が勝手にそうしてるだけだから。喧嘩したわけじゃないし」
「理由は?」

 開きかけたアリスの口が閉じる。
 自分たちの問題をどこまで教えるべきか、アリスは迷っている。
 リオはアリスが困っていたらなんでも聞き出して解決しようとした。
 昔から頼りになる優しい男の子だった。
 だが、リオがティーナと一緒にいるつもりなのであれば言ってはいけないような気がして、アリスは次ぐ言葉を吐こうとしない。

「私がそうしてるからってリオちゃんに何かをお願いすることはないし、するつもりもないの。ただ、私はティーナとはもう一緒に過ごさないし、ご飯も一緒に食べることもしない。だからもう、そうやって誘わないで。お願い」

 切実な声色にリオもどうするべきか迷っていた。
 ティーナとアリスは言ってることが違う。
 リオにとって信じるに値する人間は虚言癖のあるティーナではなく嘘が下手なアリスだが、セシルに脅されているのではないかという考えがまだ抜けない。
 難しく考えることが苦手なリオは拳を握って単刀直入にぶつけることにした。

「セシル・アッシュバートンが銃持ってたって本当かよ」
「ッ!? ティーナはまだそんなこと言ってるの!?」
「あ、ああ……そう、だけど……」
 
 カッとなったアリスを見るのは初めてで戸惑うリオ。

「私がセシルに脅されてるってティーナから聞いたの? それでセシルから引き離そうと思った?」
「違う、のかよ?」
「私は好きでセシルと一緒にいるの! セシルといると楽しいから一緒にいるだけ! 脅されてなんかない! 彼はいつも優しくて、私の食事を美味しいって笑顔で食べてくれる。それが嬉しいから作ってるの!」

 声を荒げるアリスを見るのも初めて。驚きと共に与えられたのは精神的ダメージ。
 それは恋をしているのではないのかと問いかけたい気持ちはあれど、答えを聞きたくないから聞けない。

「ティーナはお前らと一緒に馬車に乗ってたときに強盗に遭って、セシル・アッシュバートンが銃を出すのを見たって言ってたぞ」
「そう」
「本当なのか?」
「リオちゃん、ここに来た理由は?」
「持ってたのか?」
「ランチの誘いに来ただけなら──」
「答えろアリス!」

 リオの怒声にアリスが肩を跳ねさせるとハッとしたリオが慌てて「ごめん」と謝るもアリスはリオを見ようとしない。
 また怒鳴ってしまったと後悔するリオの心臓は嫌われたのではないかとの不安から鼓動が速くなっている。

「そんなのリオちゃんには関係ないでしょ」

 突き放すような言い方にリオの胸が痛いほど締め付けられる。
 アリスは何があろうとそんな言い方をする人間ではなかった。
 嫌味を言われても、嫌がらせをされても、リオが一生残る傷をつけてもアリスは人を突き放したりはしなかった。
 それなのに今、アリスは自分が受けたことではなくセシルのことを聞かれてリオを突き放した。
 それがリオはショックだった。

「関係、ねぇけど……銃を持つのは犯罪だぞ。所持してるだけで重刑なんだぞ。そんな奴の傍にいるのヤベェだろって心配して──」
「彼は銃を持ってる」
「ッ!?」
「そう言えば満足?」
「……アリス……」

 俯いたままなためアリスの表情はわからないが、声色で感じ取る怒りにリオは失敗したと判断した。
 ティーナの言うとおり、証拠を集めて暴くべきだったのになぜアリスに聞いてしまったのか。

「リオちゃんが何を考えてティーナと一緒にいるのかは知らない。セシルが銃を持ってるけど私たちが嘘をついてるからそれを暴こうって言われて一緒にいるんだとしたら……私はもうリオちゃんとは一緒に過ごさない」

 ドクンッと跳ねた心臓。まるでそのまま止まってしまったかのようにリオは言葉を失った。
 音楽室での時間はとても楽しかった。二人きりで穏やかに話し、泣き、許しを得た特別な時間だった。
 パブリックスクールに入ってから後悔し続ける日々だったが、こうしてまた会えたことで、思い描いていたあの明るい学園生活を取り戻そうと思っていたのに、アリスの言葉にそれがまた崩れていく。
 アリスに恋人がいると聞くよりもずっと辛い言葉だった。

「アイツのこと、庇ってんのか?」
「……リオちゃん、お願い。もう帰って」
「俺は心配してんだよ。もしアイツが銃を持ってるのを知りながら嘘をついてんだとしたらお前まで──」
「持ってないよ」

 言いきったアリスの言葉を信じたい。でも信じられない自分がいる。
 リオにとってアリスが全てであるように、アリスにとってもセシルがそういう存在なのだとしたら庇う理由はある。

「お前ちゃんと──」
「もうやだ……」
「え?」

 震えた声で呟くアリスにリオは身体が緊張するのを感じた。

「リオちゃんとこんな話するのしんどいよ……」
「俺は……」
「疑ってるなら好きにすればいい。ティーナと一緒にとことんやればいい。自分で納得いくまで調べて二人で結果を出せばいいよ」
「アリス、俺──」
「帰って、リオちゃん。これ以上、リオちゃんと話したくない」
「アリス待って! 俺そういうつもりで言ったわけじゃ──……」
 
 背を向けて家へと続く階段を上がっていくアリスは一度も振り向かなかった。
 少しその場で待って、アリスの部屋のカーテンが動かないか見てみたが、カーテンが動くどころか影さえ映らなかった。
 失望されたし嫌われた。リオにとって最悪の展開となってしまった。自分が作り出した状況を打破する策さえ思いつかない。
 アリスは優しいから少しすればまた話してくれるかもしれない。いや、無視ができない性格だから話しかければ少しだけなら返事をしてくれるかもしれない。
 そんな考えが頭をよぎるが、きっとできない。無視をされたら傷ついてしまう。
 今度こそアリスと柔和に接すると決めたのに一度しか実行できていない。
 なぜこんなにも焦ってしまうのかが自分でもわからない。
 わかるのはアリスに嫌われてしまったことだけ。
 その場に膝をつかなかったことが奇跡のように思えるほどリオはショックを受けていた。
 父親が心配して迎えに来るまで、リオはその場から動けなかった。 
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