59 / 93
喧嘩
しおりを挟む
「テメェ……授業中だろうが」
「なんだか急に気分が悪くなってね。ほら、僕は君と違って繊細だから」
まだ一限目の終了を知らせる鐘は鳴っていないにもかかわらずセシルが立っているのはアリスのことを聞きつけてではないかとリオが眉を寄せる。
「なら家に帰ってママに抱っこでもしてもらったらどうだ? すぐに気分が晴れると思うぜ」
「ふっ、幼稚な挑発だね。僕はとっくに親離れしていてね、今はアリスの傍にいることが一番落ち着くんだよ」
「今ソイツに触って起こしてみろ……ぶっ飛ぶだけじゃすまねぇぞ……」
小さな痛みを訴えていたアリスが眠っている。それを起こすことは許さないと怒気を含んだ声を小さめに出して脅すもセシルの表情は変わらない。
「眠っている子にキスしようとした卑怯者が言うと説得力があるね」
「嫌味野郎が」
「事実だよ」
嫌味でしかないセシルの言葉にリオの頬が引き攣る。
「言っとくけど、アリスは僕のだから邪魔しないでくれるかな?」
「いつ誰が決めたんだよ」
「少し前に僕がそう決めた。アリスの家に食事会にも行ったし、両親にも思いを伝えた。気に入られてもいるしね。君は違う。彼らの宝物に傷をつけた。親からすれば死刑でも軽いぐらいだろうね」
天使のような顔をしていながら口を開けば出てくるのは攻撃的な嫌味。気に入らない態度にリオがセシルの上着をめくろうと素早く手を伸ばしたが、それよりも早く反応したセシルがその手を拳で弾いた。
「僕に触るな」
睨みつけるセシルの前でリオが弾かれた手を揺らす。
「なんだよ、その下には人に見られたくねぇようなものでもあんのか?」
リオはティーナと共犯になることを拒みはしたが、セシルに疑惑があるならそれを暴いてやろうとは思っていた。それは自分の気を晴らすためではあるが、アリスやカイル、ベンフィールド家を守ることにもなるのだと信じてのこと。
「僕たちは知り合いでも友人でもないのに勝手に触れることを無礼だと思わないの?」
「思わねぇな」
「ああ、そうか。君はアリスのスカートだってめくるような男だもんね。躾がなってないのも仕方ないか」
「それはガキの頃の話だろうが!」
思わず声を荒げたリオにセシルが人差し指を立ててシーッと音を漏らす。
「アリスが起きるじゃないか」
「テメェがふざけたこと言うからだろうが」
「事実でしょ? で、指を折られた。傑作だよね」
ハハッと小馬鹿にした笑いを漏らすセシルにリオが大きな舌打ちを鳴らす。
「アイツはな、本当はお前なんかと一緒にいたくないんだよ。お前が迫ってくるから断れずに渋々一緒にいるだけなんだって気付けよ」
「それでもいいよ。僕はアリスを落として妻として迎えるつもりだからこれからもどんどん迫っていくし」
「……は? 妻? 何言ってんだお前……頭沸いてんのか?」
アリスが誰かの妻になることをカイルが許すはずがないと今度はリオがセシルを馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「少なくともアリスは僕の好意を受け入れてくれてるし、君よりも濃密な時間を過ごしてる」
「ハッ、ポッと出のくせして何言ってやがる。俺はな、アイツとガキの頃から──」
「あーいるよね、君みたいに過去でマウント取ろうとする奴。生きてるのは今なんだから過去のことでマウントなんて取れるわけないのに。というか、過去を持ち出して鼻高くするのダサすぎ」
「んだと……!」
「大きな声出さないでよ。アリスが起きる」
アリスはいつもティーナとカイルの後ろに隠れていた。だからそれは今も変わらずで、男の友人などできているはずがないと思っていた。いや、そんなことは想像さえしていなかったのだ。
だが実際はセシル・アッシュバートンという男が傍にいた。傍にいるだけではなく、アリスを本気で手に入れようとしている。
自分にはできない想いを伝えることをセシルはまるで呼吸するようにしてしまう。
人気者に好かれて嬉しくない者はいない。アリスが受け入れているというのも嘘ではないだろうとリオもわかっている。だからこそリオはセシルが嫌いだった。
「公爵家の令嬢と結婚することは伯爵家にとっちゃメリットしかねぇよな。でもアイツにとってはどうよ。伯爵なんかと結婚してもメリットはねぇ。笑い者になるだけだ」
「それは申し訳ないと思ってる。でも僕はだからって彼女を諦めることはできないんだ」
「自己チュー野郎が」
「君になんと言われようとどうでもいい。僕は彼女を愛してるし、婚約者は彼女しか考えられないんだ。彼女が受け入れてくれるなら僕は彼女と結婚する」
「ッ!夢見てんじゃねぇぞ!テメーみてぇなチビがアイツと結婚だ? 笑わせんな!」
「僕は真剣だよ。僕たちが関係を築くのに君の許可はいらないし、僕と彼女の関係に君は入れない。だって君は無関係なんだから。君はアリスの幼馴染であって親友じゃない」
「お前より誰よりもコイツの傍にいたんだよ……」
「でも今は僕が彼女の傍にいるんだ。君が離れることになったのは自業自得だし、彼女の隣は別に君の席ってわけじゃなかったはずだ。強いて言えばカイルの席だよ。で、今は僕の席」
セシルの想いは固く、たとえティーナのようにリオに思いきり殴り飛ばされようとその意思は変わらない。それはセシルの目を見ているリオが嫌というほど理解している。
自分だってアリスの横にいたい。昔からアリスの横にいたつもりだった。一瞬の隙を突いて潜り込んできた男は自分とは正反対の人間で、どこか隙や弱味を見つけようとしても見つからない。
卑怯な手を使って相手を蹴落としてもアリスは自分のモノにはならない。
愚直に努力したとて最終決定を下すのはアリスで、ここでセシルを批判することも嫌味をぶつけることはなんの意味もないのだとリオは口を閉じた。
「君がアリスにキスしようとしたなんてカイルが知ったらどうするかな? タダじゃ済まないだろうね」
「脅そうってか?」
「脅す? ふふっ、変なことを言うんだね。僕が君を脅す理由なんてないよ」
「俺を脅してアリスに近付くなって言うつもりだろ」
リオにとってカイルに告げ口される行為は脅しでしかないが、セシルはリオの予想に保健室に響くほど大きな声を上げて笑いだした。
「君がアリスに近付こうと僕の敵じゃない。僕は君をライバルだとは思ってないし、ライバルになるとも思ってないんだから」
「んだと……」
「君だけじゃない、誰がアリスに近付こうとアリスは僕がもらう。僕の妻になる女性だ」
「カイルは大反対だろうな」
「もう既に何度も宣告してるから問題ない。僕は君と違ってアリスを傷つけたりしないしね」
リオが一番突かれたくない部分をセシルは容赦なく突く。
アリスは過去のことなど水に流してリオをただの幼馴染として接しているが、セシルは気に入らない。好きだから意地悪したくなる気持ちはわからないでもないが、傷つけることはどう転んでも理解することはできない。
たとえどれほど後悔していようともリオの態度を見ていれば何も変わっていないように見えることがセシルは気に入らない。
「アリスが許してくれてるから自分は変わらないでいいと思ってる?」
セシルの言葉にリオが唇を噛む。
「君、もう十七歳だよね? いつまで子供と同じ態度取ってるの?」
「同じじゃねぇ! 俺は変わるって決めたんだよ!」
「だったら決めたその瞬間から変わるべきなんじゃないの? 明日からとか、すぐには変われないから徐々にとかって言い訳だよね?」
「ッ!」
「変わるって口で言うだけなら子供にだってできるよ。でも君は子供じゃない。変わるなら変わるでそれを証明して見せなきゃアリスに失礼だと僕は思うけどね」
「テメェに何がわかるってんだよ!」
リオの怒声にもセシルは表情を変えず反応は見せない。
「君の気持ちなんてわからないし、わかりたくもないね。ま、僕としては君が永遠に変わらないでいてくれるほうがいいけど。だってアリスは君みたいな粗暴な男、好きになんてならないだろうから」
言い返す言葉もない。昔からリオは言葉でも行動でもアリスを傷つけてきた。今も乱暴に行ってしまうのは変わらない。それでもアリスが普通に接してくれるから甘えてしまっているのは確かだ。
このままでいいとはリオも思っていない。許してもらえたのだからこれからはもっとアリスと親しくなるために変わらなければと思ったのだ。
だが、セシルの言う通りまだ変われてはいない。
「アリスは軟弱な男を好きになったりはしねぇよ」
「悔し紛れに言い返すのは自由だけど、今アリスの傍にいるのは僕であって君じゃない。君はアリスに好きとさえ伝えていないじゃないか。僕は毎日アリスに好きだって伝えてる。照れだかなんだか知らないけど気持ち一つ伝えられない君とは違うんだよ」
「俺は──」
「もうやめて!」
響き渡るアリスの声に二人が振り向くと怒った顔のアリスが起き上がっていた。
「アリス、起きてたの?」
「腹の痛みはどうだ?」
早足で寄ってくる二人にアリスは眉を下げながら両手を動かして下がるよう伝える。
それに従ってゆっくりと数歩下がった二人は互いを見てから反対側に顔を背けて鼻を鳴らした。
「ここは二人が喧嘩をする場所じゃないでしょ?」
「こいつが喧嘩ふっかけてきたんだよ」
「僕はありのままを言っただけだよ。それを君が勝手に怒っただけじゃないか」
「背が伸びなかった分、口達者になったってわけか」
「背ばっかり伸びて中身は子供のままストップした人の言葉なんて悔しくもなんともないね」
「んだと!?」
「いい加減にして!!」
喧嘩するほど仲が良いと言うが、この二人は違う。
喧嘩している人を見るのは嫌だし、その理由が自分であることはもっと嫌だった。
人から好かれるのは嬉しい。でもそれで喧嘩されては喜びも何も無くなってしまう。
「リオちゃんもセシルも授業はどうしたの?」
「お前を一人にするわけにいかねぇだろ」
「一人で戻れる」
「僕はなんだか調子が悪くなったから」
「だったら先生に行ってベッドで寝かせてもらう必要があるんじゃない?」
「アリスの顔見たら気分良くなった」
「じゃあ教室に戻って」
「一緒に戻ろう?」
体調が悪くて横になっていたわけではないアリスがここに長居する理由はない。差し出された手を取ってベッドから降りるとリオが勢いよく手を差し出した。
「リオちゃん?」
「俺も繋いでやるよ!」
セシルに対抗しているのだとわかったアリスはセシルの手を離して保険医の前に行く。
「教室に戻ります」
「それがいいね。気をつけて。何か体調に変化があったらすぐに言いなさい」
「はい。失礼します」
頭を下げたアリスはすぐに廊下へと向かう。
二人の男がそれを追いかけてアリスの両脇に並び、頭上で火花を散らし合う。
うんざりだと言わんばかりの表情で立ち止まったアリスがもう一度二人に注意をしようと口を開いたとき、口内放送が聞こえた。
「リオ・アンダーソン、学園長がお呼びです。今すぐ学園長室まで来なさい。繰り返します、リオ・アンダーソン君、学園長がお呼びです。今すぐ学園長室まで来なさい」
三人とも驚きは顔に滲ませなかった。
教室に教師が駆け込んできてティーナが倒れているのを見たのだ。生徒への事情聴取もあっただろう。その問題を教師が学園長に報告しないわけがない。
本人から聞き取りをするにも担任はリオを怖がっているため学園長に聞き取りを頼んだのだろうとアリスもリオも推測する。
「リオちゃん、私も一緒に行ったほうが──」
「バーカ」
助けてくれたのだから自分も一緒に説明に行くと言うアリスの頭を指で軽く押したリオが笑顔を見せる。
「呼ばれてもねぇのに行くのおかしいだろ。呼ばれたのは俺だけだ。お前は教室に戻れ」
「でも……」
「なら騒動起こした俺をカイルが退学にしないよう便宜を図ってくれ」
「事情を話せばお兄様は理解してくださるわ」
「どうだかな。カイルにとっちゃ俺も、厄介者だから」
あえて“俺も”と言ったリオの悪意を感じるもセシルは何も言わなかった。
「途中で倒れんなよ」
アリスの頭を撫でたリオがそのまま学園長室へと走っていくのをアリスはリオが角を曲がるまで見つめていた。
「なんだか急に気分が悪くなってね。ほら、僕は君と違って繊細だから」
まだ一限目の終了を知らせる鐘は鳴っていないにもかかわらずセシルが立っているのはアリスのことを聞きつけてではないかとリオが眉を寄せる。
「なら家に帰ってママに抱っこでもしてもらったらどうだ? すぐに気分が晴れると思うぜ」
「ふっ、幼稚な挑発だね。僕はとっくに親離れしていてね、今はアリスの傍にいることが一番落ち着くんだよ」
「今ソイツに触って起こしてみろ……ぶっ飛ぶだけじゃすまねぇぞ……」
小さな痛みを訴えていたアリスが眠っている。それを起こすことは許さないと怒気を含んだ声を小さめに出して脅すもセシルの表情は変わらない。
「眠っている子にキスしようとした卑怯者が言うと説得力があるね」
「嫌味野郎が」
「事実だよ」
嫌味でしかないセシルの言葉にリオの頬が引き攣る。
「言っとくけど、アリスは僕のだから邪魔しないでくれるかな?」
「いつ誰が決めたんだよ」
「少し前に僕がそう決めた。アリスの家に食事会にも行ったし、両親にも思いを伝えた。気に入られてもいるしね。君は違う。彼らの宝物に傷をつけた。親からすれば死刑でも軽いぐらいだろうね」
天使のような顔をしていながら口を開けば出てくるのは攻撃的な嫌味。気に入らない態度にリオがセシルの上着をめくろうと素早く手を伸ばしたが、それよりも早く反応したセシルがその手を拳で弾いた。
「僕に触るな」
睨みつけるセシルの前でリオが弾かれた手を揺らす。
「なんだよ、その下には人に見られたくねぇようなものでもあんのか?」
リオはティーナと共犯になることを拒みはしたが、セシルに疑惑があるならそれを暴いてやろうとは思っていた。それは自分の気を晴らすためではあるが、アリスやカイル、ベンフィールド家を守ることにもなるのだと信じてのこと。
「僕たちは知り合いでも友人でもないのに勝手に触れることを無礼だと思わないの?」
「思わねぇな」
「ああ、そうか。君はアリスのスカートだってめくるような男だもんね。躾がなってないのも仕方ないか」
「それはガキの頃の話だろうが!」
思わず声を荒げたリオにセシルが人差し指を立ててシーッと音を漏らす。
「アリスが起きるじゃないか」
「テメェがふざけたこと言うからだろうが」
「事実でしょ? で、指を折られた。傑作だよね」
ハハッと小馬鹿にした笑いを漏らすセシルにリオが大きな舌打ちを鳴らす。
「アイツはな、本当はお前なんかと一緒にいたくないんだよ。お前が迫ってくるから断れずに渋々一緒にいるだけなんだって気付けよ」
「それでもいいよ。僕はアリスを落として妻として迎えるつもりだからこれからもどんどん迫っていくし」
「……は? 妻? 何言ってんだお前……頭沸いてんのか?」
アリスが誰かの妻になることをカイルが許すはずがないと今度はリオがセシルを馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「少なくともアリスは僕の好意を受け入れてくれてるし、君よりも濃密な時間を過ごしてる」
「ハッ、ポッと出のくせして何言ってやがる。俺はな、アイツとガキの頃から──」
「あーいるよね、君みたいに過去でマウント取ろうとする奴。生きてるのは今なんだから過去のことでマウントなんて取れるわけないのに。というか、過去を持ち出して鼻高くするのダサすぎ」
「んだと……!」
「大きな声出さないでよ。アリスが起きる」
アリスはいつもティーナとカイルの後ろに隠れていた。だからそれは今も変わらずで、男の友人などできているはずがないと思っていた。いや、そんなことは想像さえしていなかったのだ。
だが実際はセシル・アッシュバートンという男が傍にいた。傍にいるだけではなく、アリスを本気で手に入れようとしている。
自分にはできない想いを伝えることをセシルはまるで呼吸するようにしてしまう。
人気者に好かれて嬉しくない者はいない。アリスが受け入れているというのも嘘ではないだろうとリオもわかっている。だからこそリオはセシルが嫌いだった。
「公爵家の令嬢と結婚することは伯爵家にとっちゃメリットしかねぇよな。でもアイツにとってはどうよ。伯爵なんかと結婚してもメリットはねぇ。笑い者になるだけだ」
「それは申し訳ないと思ってる。でも僕はだからって彼女を諦めることはできないんだ」
「自己チュー野郎が」
「君になんと言われようとどうでもいい。僕は彼女を愛してるし、婚約者は彼女しか考えられないんだ。彼女が受け入れてくれるなら僕は彼女と結婚する」
「ッ!夢見てんじゃねぇぞ!テメーみてぇなチビがアイツと結婚だ? 笑わせんな!」
「僕は真剣だよ。僕たちが関係を築くのに君の許可はいらないし、僕と彼女の関係に君は入れない。だって君は無関係なんだから。君はアリスの幼馴染であって親友じゃない」
「お前より誰よりもコイツの傍にいたんだよ……」
「でも今は僕が彼女の傍にいるんだ。君が離れることになったのは自業自得だし、彼女の隣は別に君の席ってわけじゃなかったはずだ。強いて言えばカイルの席だよ。で、今は僕の席」
セシルの想いは固く、たとえティーナのようにリオに思いきり殴り飛ばされようとその意思は変わらない。それはセシルの目を見ているリオが嫌というほど理解している。
自分だってアリスの横にいたい。昔からアリスの横にいたつもりだった。一瞬の隙を突いて潜り込んできた男は自分とは正反対の人間で、どこか隙や弱味を見つけようとしても見つからない。
卑怯な手を使って相手を蹴落としてもアリスは自分のモノにはならない。
愚直に努力したとて最終決定を下すのはアリスで、ここでセシルを批判することも嫌味をぶつけることはなんの意味もないのだとリオは口を閉じた。
「君がアリスにキスしようとしたなんてカイルが知ったらどうするかな? タダじゃ済まないだろうね」
「脅そうってか?」
「脅す? ふふっ、変なことを言うんだね。僕が君を脅す理由なんてないよ」
「俺を脅してアリスに近付くなって言うつもりだろ」
リオにとってカイルに告げ口される行為は脅しでしかないが、セシルはリオの予想に保健室に響くほど大きな声を上げて笑いだした。
「君がアリスに近付こうと僕の敵じゃない。僕は君をライバルだとは思ってないし、ライバルになるとも思ってないんだから」
「んだと……」
「君だけじゃない、誰がアリスに近付こうとアリスは僕がもらう。僕の妻になる女性だ」
「カイルは大反対だろうな」
「もう既に何度も宣告してるから問題ない。僕は君と違ってアリスを傷つけたりしないしね」
リオが一番突かれたくない部分をセシルは容赦なく突く。
アリスは過去のことなど水に流してリオをただの幼馴染として接しているが、セシルは気に入らない。好きだから意地悪したくなる気持ちはわからないでもないが、傷つけることはどう転んでも理解することはできない。
たとえどれほど後悔していようともリオの態度を見ていれば何も変わっていないように見えることがセシルは気に入らない。
「アリスが許してくれてるから自分は変わらないでいいと思ってる?」
セシルの言葉にリオが唇を噛む。
「君、もう十七歳だよね? いつまで子供と同じ態度取ってるの?」
「同じじゃねぇ! 俺は変わるって決めたんだよ!」
「だったら決めたその瞬間から変わるべきなんじゃないの? 明日からとか、すぐには変われないから徐々にとかって言い訳だよね?」
「ッ!」
「変わるって口で言うだけなら子供にだってできるよ。でも君は子供じゃない。変わるなら変わるでそれを証明して見せなきゃアリスに失礼だと僕は思うけどね」
「テメェに何がわかるってんだよ!」
リオの怒声にもセシルは表情を変えず反応は見せない。
「君の気持ちなんてわからないし、わかりたくもないね。ま、僕としては君が永遠に変わらないでいてくれるほうがいいけど。だってアリスは君みたいな粗暴な男、好きになんてならないだろうから」
言い返す言葉もない。昔からリオは言葉でも行動でもアリスを傷つけてきた。今も乱暴に行ってしまうのは変わらない。それでもアリスが普通に接してくれるから甘えてしまっているのは確かだ。
このままでいいとはリオも思っていない。許してもらえたのだからこれからはもっとアリスと親しくなるために変わらなければと思ったのだ。
だが、セシルの言う通りまだ変われてはいない。
「アリスは軟弱な男を好きになったりはしねぇよ」
「悔し紛れに言い返すのは自由だけど、今アリスの傍にいるのは僕であって君じゃない。君はアリスに好きとさえ伝えていないじゃないか。僕は毎日アリスに好きだって伝えてる。照れだかなんだか知らないけど気持ち一つ伝えられない君とは違うんだよ」
「俺は──」
「もうやめて!」
響き渡るアリスの声に二人が振り向くと怒った顔のアリスが起き上がっていた。
「アリス、起きてたの?」
「腹の痛みはどうだ?」
早足で寄ってくる二人にアリスは眉を下げながら両手を動かして下がるよう伝える。
それに従ってゆっくりと数歩下がった二人は互いを見てから反対側に顔を背けて鼻を鳴らした。
「ここは二人が喧嘩をする場所じゃないでしょ?」
「こいつが喧嘩ふっかけてきたんだよ」
「僕はありのままを言っただけだよ。それを君が勝手に怒っただけじゃないか」
「背が伸びなかった分、口達者になったってわけか」
「背ばっかり伸びて中身は子供のままストップした人の言葉なんて悔しくもなんともないね」
「んだと!?」
「いい加減にして!!」
喧嘩するほど仲が良いと言うが、この二人は違う。
喧嘩している人を見るのは嫌だし、その理由が自分であることはもっと嫌だった。
人から好かれるのは嬉しい。でもそれで喧嘩されては喜びも何も無くなってしまう。
「リオちゃんもセシルも授業はどうしたの?」
「お前を一人にするわけにいかねぇだろ」
「一人で戻れる」
「僕はなんだか調子が悪くなったから」
「だったら先生に行ってベッドで寝かせてもらう必要があるんじゃない?」
「アリスの顔見たら気分良くなった」
「じゃあ教室に戻って」
「一緒に戻ろう?」
体調が悪くて横になっていたわけではないアリスがここに長居する理由はない。差し出された手を取ってベッドから降りるとリオが勢いよく手を差し出した。
「リオちゃん?」
「俺も繋いでやるよ!」
セシルに対抗しているのだとわかったアリスはセシルの手を離して保険医の前に行く。
「教室に戻ります」
「それがいいね。気をつけて。何か体調に変化があったらすぐに言いなさい」
「はい。失礼します」
頭を下げたアリスはすぐに廊下へと向かう。
二人の男がそれを追いかけてアリスの両脇に並び、頭上で火花を散らし合う。
うんざりだと言わんばかりの表情で立ち止まったアリスがもう一度二人に注意をしようと口を開いたとき、口内放送が聞こえた。
「リオ・アンダーソン、学園長がお呼びです。今すぐ学園長室まで来なさい。繰り返します、リオ・アンダーソン君、学園長がお呼びです。今すぐ学園長室まで来なさい」
三人とも驚きは顔に滲ませなかった。
教室に教師が駆け込んできてティーナが倒れているのを見たのだ。生徒への事情聴取もあっただろう。その問題を教師が学園長に報告しないわけがない。
本人から聞き取りをするにも担任はリオを怖がっているため学園長に聞き取りを頼んだのだろうとアリスもリオも推測する。
「リオちゃん、私も一緒に行ったほうが──」
「バーカ」
助けてくれたのだから自分も一緒に説明に行くと言うアリスの頭を指で軽く押したリオが笑顔を見せる。
「呼ばれてもねぇのに行くのおかしいだろ。呼ばれたのは俺だけだ。お前は教室に戻れ」
「でも……」
「なら騒動起こした俺をカイルが退学にしないよう便宜を図ってくれ」
「事情を話せばお兄様は理解してくださるわ」
「どうだかな。カイルにとっちゃ俺も、厄介者だから」
あえて“俺も”と言ったリオの悪意を感じるもセシルは何も言わなかった。
「途中で倒れんなよ」
アリスの頭を撫でたリオがそのまま学園長室へと走っていくのをアリスはリオが角を曲がるまで見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中
白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。
思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。
愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ
向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。
アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。
そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___
異世界恋愛 《完結しました》
【完結】ありのままのわたしを愛して
彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。
そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。
私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?
自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる