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強者とは
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学園長室前に着いたリオは扉の前にカイルが立っていることに驚いた。
「カイル!?」
「問題は起こさないって約束すら守れないとはな」
「……悪い……」
言い訳はしなかった。言い訳をしたところで手を挙げたことは変わらない。
隣に立ったリオを見たカイルは思いきりリオの尻を叩いてからノックを鳴らし、中から「入りなさい」と許可が聞こえてから一緒に中へと入っていった。
「カイル・ベンフィールド、君は呼んでいないはずだが?」
「私は彼の教育係なんです。幼馴染でもありますし、アンダーソン子爵より彼のことを任されていますので、彼が問題を起こしたのであれば教育係である私も同行するのが責任かと」
生徒会長であるカイルが個人的感情で優遇しているわけではないため学園長は拒みはしなかった。
「リオ・アンダーソン、朝の事件のことは聞いている。クラスメイトを殴り飛ばしたそうだね?」
「はい」
後ろで手を組み胸を張る騎士のようなポーズで立つリオの声に張りはないが、しっかりと返事をすることに学園長が頷く。
「聖フォンス学園は優秀な者が集まる学び舎だ。そこで暴力沙汰など言語道断。それは紳士のすることではないよ」
「はい」
「ましてや相手は女性。我ら紳士はレディを守る存在であって痛めつけることはしない」
「はい」
「今回のことがどれだけ大事かわかっているのか?」
「はい」
一度も反論しないリオを見てカイルが一歩前に出て学園長の机の前に立ったカイルの表情に学園長の顔に少し緊張が走る。
「少しよろしいでしょうか?」
「なんだね……?」
カイルと弁論したことは何度かあるが、面倒だった記憶ばかり残っている。
相手が教師だとか学園長だとかそういう立場を考慮しない発言をするカイルを好青年だと言う教師は学園長を含めいない。
「彼が暴力を振るったのは確かですが、事情はどこまで把握されているのでしょうか?」
「リオ・アンダーソンがティーナ・ベルフォルンを拳で殴り飛ばしたと」
「それだけですか?」
「アンドルシュ先生からはそう聞いている」
「ほう、そうですか。それは素晴らしい報告の仕方ですね。内容把握も整理もできず、あれだけいる生徒の中から一人二人の報告だけをまとめて報告した感じですかね」
笑みも言い方も嫌味が含んでいることは学園長にもリオにもわかっていた。
「君は現場にいなかっただろう。アンドルシュ先生は現場に駆けつけているんだ」
「現場に駆けつけ、そこで見た光景で何があったのか報告した。何があったのか、ではなく、なぜ彼女が倒れているのか、だけを重視した結果がその報告です」
「現場にさえいなかった君が何を知っていると?」
アンドルシュはリオとアリスの担任。それを馬鹿にしたような言い方をするリオに学園長の機嫌が少し悪くなったのを感じながらもカイルは口調を変えようとはしない。
「彼女が彼に殴り飛ばされる前、私の妹が彼女に腹を蹴られたんです。聞いた話ではティーナ・ベルフォルンが平手打ちをしようと振り上げた手を妹が止め、両手が使えなくなったから足を使ったと。アンドルシュ先生からその報告は?」
「……なかった。では、二人は喧嘩をしていたと?」
「違う。ティーナと俺が言い合ってたんだ。アイツがアリスを巻き込むからムカついて──……」
「だから殴ったと?」
「違う!」
声を張るリオを宥めるように手を伸ばしたカイル。
「ティーナ・ベルフォルンの言動には頭を悩ませることが多いと生徒会にも報告があがっています。セシル・アッシュバートンの銃所持についての虚偽もそうでしたし、彼女の虚言癖によって多くの問題が発生しているとの報告も」
セシルの銃所持について結論を出したのは学園長であり、カイルではない。
ティーナはアリスより好かれてはいるが、嫌われてもいる。極端なのだ。故に見えない敵も多く存在し、本人だけがその事実を知らない。
生徒会に上がる報告書には必ず目を通しているため誰がどんな性格であるか、カイルは全て把握しているのだ。それは学園長よりもずっと多くの生徒について語れるということ。
「仮にアリス・ベンフィールドとティーナ・ベルフォルンの両名が喧嘩をしていたとして……」
「仮に、ではありません。それに私の妹は巻き込まれただけであって喧嘩はしていません。彼女と同じにしないでいただきたい」
カイルが重度の、病的なシスコンであることは学園長も知っている。だからこそ庇っているのかもしれないという疑惑が浮かぶ。
「それはここで判断することはできない。現場にいなかった君の意見だけではね」
「それは確かにそうですね」
渋ることも睨むこともなくすんなり受け入れたカイルに安堵する。
「アリス・ベンフィールドがやり返すのならわかるが、リオ・アンダーソンは男だ。男の力で──」
「お言葉ですが、暴力に性別は関係ありません。確かに彼は背も高く、力もある。ですが、人の腹に蹴りを入れた時点で性別など重罪の判断基準にはならないんですよ。平手打ちでも同じです。下手をすれば鼓膜が破れる可能性もある完全な暴力。私がその場にいても彼と同じことをしたと思います」
「生徒会長たる君が暴力を容認すると?」
「はははっ、学長は何か勘違いをしておられるようですね。やられたらやり返す、これは正当な手段であって報復ではない。暴力という重罪を犯した人間に話し合いで解決しようすることほど愚かなことはありません。」
「本人がやり返すのであればわかるが、他者が手を出すのは違うのではないか?」
「確かにそうですね。ですが、私の妹は腹を蹴られて蹲っていた。その状態でやり返すのは不可能です」
「なら──」
「彼には私の代わりに妹を守るようお願いしていました。顔に拳を叩きつけたことは些かやりすぎではあったかと思いますが、怒りによる反射的なものだったのだと思います。リオ、そうだろう?」
「そうです」
カイルに同意するリオに動揺はない。
「ティーナ・ベルフォルンは背中を強打し、頭を打っている」
「無傷です」
「怪我をする可能性もあった」
「妹は内臓破裂の可能性があった」
カイルの声色が変わったことに学園長に緊張が走る。
実際、アリスは内臓破裂には至っていない。だが、ティーナは拳を受けたことにより鼻血も出て唇も切っている。背中と頭を強打したことも怪我と言えば怪我だろう。
だが、学園長はそうは言えなかった。そこには間違いなく彼らの爵位が考慮されている。
「私はこれから妹のクラスメイト全員に事情聴取を行います。学長も是非そうしてください。何があったのか、正確におわかりになるでしょうから」
「報告は上がっている」
「そうですか。では照らし合わせましょうか、私に上がってきた報告と学長に上がってきた報告が同じかどうか」
入ってきたときから手に持っていた紙を学長の机に叩きつけるように置くとニッコリ笑うカイルの強気な態度に対する学園長からの返事はない。
「聖フォンス学園の正義の天秤である学長が正しい判断をしてくださると信じています」
片肘をついて額を押さえる学長が大きなため息をついた。
「君の答えはなんだ?」
アリスが絡んでいる時点でカイルが出てくることはわかっていた。厄介になるということも。
カイルと長時間の話し合いは精神を消耗させるばかりで得はない。
何が言いたいのかわかっている以上は聞いてしまったほうが楽なときもあると学園長はカイルが入学してからの三年間で学んでいた。
「さすがは学長、話が早くて助かります。今回の件でのリオ・アンダーソンの暴力については不問とし、ティーナ・ベルフォルンのクラス移動を希望します」
「随分と私情を挟んだ要求だな」
「要求ではありません、希望です」
「希望と言うのならこちらの却下もありというわけだな?」
「ええ、もちろんです。できるものなら」
学長の表情が無へと変わる。
今、カイルはこの学園のトップを脅している。まるで自分のほうが立場が上だと言わんばかりの態度で余裕の笑みを見せつけているのだ。
「今回の件をクラスメイトの喧嘩として不問にされるおつもりなら、それはそれで受け入れましょう」
「随分と含みのある言い方をするじゃないか」
「いえいえ、そういうつもりはありません。私が直々にベルフォルン家を訪ねてお話をしようと考えているだけです」
「穏やかじゃない話だな」
「可愛い妹が腹に蹴りを入れられたんです、当然でしょう。さっきも言った通り、内臓破裂の可能性もあった以上は黙ってなどいられません」
「無傷だ」
「そうです、今のところは」
「アリス・ベンフィールドもティーナ・ベルフォルンも互いに暴力を受けた。今回のところは──」
学園長の話を遮るように「ふーっ」と大きな息と共に声を出したカイルに学園長も思わず口を閉じる。
「これ以上の話し合いは時間の無駄でしかないのでハッキリと言いましょうか。私はティーナ・ベルフォルンを許すつもりはない。これは生徒会長としてではなく被害者アリス・ベンフィールドの兄として言っている。学長にご理解いただけないのであれば私が個人的に動くまでのこと。私は一応、これでも学長を通して穏便に済ませるつもりがあるんですけどね」
威圧的な態度にハラハラしているのはリオだけで、この部屋の温度が急激に下がっているような感覚に思わず身を震わせる。
「選択肢は二つ。学長が穏便に解決するか、私が穏便に解決するか」
立てた二本の指を揺らして見せるカイルを見る学園長の目は生徒ではなく敵に向けるものに変わっている。
この学園で一番偉いのは学園長だが、実際はカイル・ベンフィールドという一生徒を叱って追い出すことさえできない。
「……わかった。善処する」
白旗を上げて受け入れ姿勢を見せる学長にカイルは笑顔のまま首を振る。
「善処では困ります。私はそれを逃げだと思っているので」
「逃げではない」
「ではここでお約束いただきたい。今、この場で、この紙に、直筆でお願いします。それを受け取ったらそのまま掲示板に張り出しますので」
学園長に対し「逃げ」だと言うカイルは自分がどんな態度で何を言っているのか全て自覚した上で行動に出ている。それが伝わってくるからこそ、学園長も穏やかではいられない。
「ベンフィールド君、君は自分のやり方が横暴だと思ったことはないか?」
「私は効率性を重視しているだけです。善処という言葉に期限はない。うやむやにしてしまえるということ。私はいい加減なことは嫌いでして、物事には白黒つけなければ気が済まないタイプですから。それに私は何も難解な解決策を提示しているわけではありませんしね。ティーナ・ベルフォルンが別のクラスに移動になることで不便を起こすことはない。クラスが変わろうと勉強内容は変わらないですし。ですが、腹を蹴られた妹は彼女に会うことを恐怖とするかもしれない。彼女が彼に殴られたことを同じく恐怖とするのであればやはりティーナ・ベルフォルンを移動させてしまうのが最も最適な解決法だと思うのですが、いかがでしょう?」
淡々と話すカイルに学長は反論しなかった。
これは提案ではなく、もはやそうしなければならないという決定事項に近い状態にある。
「ベルフォルン男爵はどう思われるだろうな」
「娘がしでかしたことを嘆き、謝罪に伺うでしょうね。まともな親であれば」
「口が過ぎるのではないか?」
「失礼しました。彼らとは長い付き合いですので、つい。では、どうぞご一筆願います」
カイルに言われるがままペンを走らせるとサインの後にペンを叩きつけ、それをカイルが一語一句ミスがないか確認してから笑顔で頭を下げ、部屋から出ていった。
「あ、あの……カイル……」
「リオ」
「はいっ!」
ビクッと跳ねた身体が地面から浮くほど大袈裟な反応を見せるリオの肩をカイルが優しく叩く。
「問題を起こした事は減点だが、今回だけはよくやったと褒めてやる」
「お、おう」
「これで鬱陶しいベルフォルン家を潰せるぞ。ふふっ、楽しくなりそうだ」
悪魔のような笑みを浮かべながら颯爽と去っていくカイルの背中を見ながらリオは二度と逆らわないと心に誓った。
「カイル!?」
「問題は起こさないって約束すら守れないとはな」
「……悪い……」
言い訳はしなかった。言い訳をしたところで手を挙げたことは変わらない。
隣に立ったリオを見たカイルは思いきりリオの尻を叩いてからノックを鳴らし、中から「入りなさい」と許可が聞こえてから一緒に中へと入っていった。
「カイル・ベンフィールド、君は呼んでいないはずだが?」
「私は彼の教育係なんです。幼馴染でもありますし、アンダーソン子爵より彼のことを任されていますので、彼が問題を起こしたのであれば教育係である私も同行するのが責任かと」
生徒会長であるカイルが個人的感情で優遇しているわけではないため学園長は拒みはしなかった。
「リオ・アンダーソン、朝の事件のことは聞いている。クラスメイトを殴り飛ばしたそうだね?」
「はい」
後ろで手を組み胸を張る騎士のようなポーズで立つリオの声に張りはないが、しっかりと返事をすることに学園長が頷く。
「聖フォンス学園は優秀な者が集まる学び舎だ。そこで暴力沙汰など言語道断。それは紳士のすることではないよ」
「はい」
「ましてや相手は女性。我ら紳士はレディを守る存在であって痛めつけることはしない」
「はい」
「今回のことがどれだけ大事かわかっているのか?」
「はい」
一度も反論しないリオを見てカイルが一歩前に出て学園長の机の前に立ったカイルの表情に学園長の顔に少し緊張が走る。
「少しよろしいでしょうか?」
「なんだね……?」
カイルと弁論したことは何度かあるが、面倒だった記憶ばかり残っている。
相手が教師だとか学園長だとかそういう立場を考慮しない発言をするカイルを好青年だと言う教師は学園長を含めいない。
「彼が暴力を振るったのは確かですが、事情はどこまで把握されているのでしょうか?」
「リオ・アンダーソンがティーナ・ベルフォルンを拳で殴り飛ばしたと」
「それだけですか?」
「アンドルシュ先生からはそう聞いている」
「ほう、そうですか。それは素晴らしい報告の仕方ですね。内容把握も整理もできず、あれだけいる生徒の中から一人二人の報告だけをまとめて報告した感じですかね」
笑みも言い方も嫌味が含んでいることは学園長にもリオにもわかっていた。
「君は現場にいなかっただろう。アンドルシュ先生は現場に駆けつけているんだ」
「現場に駆けつけ、そこで見た光景で何があったのか報告した。何があったのか、ではなく、なぜ彼女が倒れているのか、だけを重視した結果がその報告です」
「現場にさえいなかった君が何を知っていると?」
アンドルシュはリオとアリスの担任。それを馬鹿にしたような言い方をするリオに学園長の機嫌が少し悪くなったのを感じながらもカイルは口調を変えようとはしない。
「彼女が彼に殴り飛ばされる前、私の妹が彼女に腹を蹴られたんです。聞いた話ではティーナ・ベルフォルンが平手打ちをしようと振り上げた手を妹が止め、両手が使えなくなったから足を使ったと。アンドルシュ先生からその報告は?」
「……なかった。では、二人は喧嘩をしていたと?」
「違う。ティーナと俺が言い合ってたんだ。アイツがアリスを巻き込むからムカついて──……」
「だから殴ったと?」
「違う!」
声を張るリオを宥めるように手を伸ばしたカイル。
「ティーナ・ベルフォルンの言動には頭を悩ませることが多いと生徒会にも報告があがっています。セシル・アッシュバートンの銃所持についての虚偽もそうでしたし、彼女の虚言癖によって多くの問題が発生しているとの報告も」
セシルの銃所持について結論を出したのは学園長であり、カイルではない。
ティーナはアリスより好かれてはいるが、嫌われてもいる。極端なのだ。故に見えない敵も多く存在し、本人だけがその事実を知らない。
生徒会に上がる報告書には必ず目を通しているため誰がどんな性格であるか、カイルは全て把握しているのだ。それは学園長よりもずっと多くの生徒について語れるということ。
「仮にアリス・ベンフィールドとティーナ・ベルフォルンの両名が喧嘩をしていたとして……」
「仮に、ではありません。それに私の妹は巻き込まれただけであって喧嘩はしていません。彼女と同じにしないでいただきたい」
カイルが重度の、病的なシスコンであることは学園長も知っている。だからこそ庇っているのかもしれないという疑惑が浮かぶ。
「それはここで判断することはできない。現場にいなかった君の意見だけではね」
「それは確かにそうですね」
渋ることも睨むこともなくすんなり受け入れたカイルに安堵する。
「アリス・ベンフィールドがやり返すのならわかるが、リオ・アンダーソンは男だ。男の力で──」
「お言葉ですが、暴力に性別は関係ありません。確かに彼は背も高く、力もある。ですが、人の腹に蹴りを入れた時点で性別など重罪の判断基準にはならないんですよ。平手打ちでも同じです。下手をすれば鼓膜が破れる可能性もある完全な暴力。私がその場にいても彼と同じことをしたと思います」
「生徒会長たる君が暴力を容認すると?」
「はははっ、学長は何か勘違いをしておられるようですね。やられたらやり返す、これは正当な手段であって報復ではない。暴力という重罪を犯した人間に話し合いで解決しようすることほど愚かなことはありません。」
「本人がやり返すのであればわかるが、他者が手を出すのは違うのではないか?」
「確かにそうですね。ですが、私の妹は腹を蹴られて蹲っていた。その状態でやり返すのは不可能です」
「なら──」
「彼には私の代わりに妹を守るようお願いしていました。顔に拳を叩きつけたことは些かやりすぎではあったかと思いますが、怒りによる反射的なものだったのだと思います。リオ、そうだろう?」
「そうです」
カイルに同意するリオに動揺はない。
「ティーナ・ベルフォルンは背中を強打し、頭を打っている」
「無傷です」
「怪我をする可能性もあった」
「妹は内臓破裂の可能性があった」
カイルの声色が変わったことに学園長に緊張が走る。
実際、アリスは内臓破裂には至っていない。だが、ティーナは拳を受けたことにより鼻血も出て唇も切っている。背中と頭を強打したことも怪我と言えば怪我だろう。
だが、学園長はそうは言えなかった。そこには間違いなく彼らの爵位が考慮されている。
「私はこれから妹のクラスメイト全員に事情聴取を行います。学長も是非そうしてください。何があったのか、正確におわかりになるでしょうから」
「報告は上がっている」
「そうですか。では照らし合わせましょうか、私に上がってきた報告と学長に上がってきた報告が同じかどうか」
入ってきたときから手に持っていた紙を学長の机に叩きつけるように置くとニッコリ笑うカイルの強気な態度に対する学園長からの返事はない。
「聖フォンス学園の正義の天秤である学長が正しい判断をしてくださると信じています」
片肘をついて額を押さえる学長が大きなため息をついた。
「君の答えはなんだ?」
アリスが絡んでいる時点でカイルが出てくることはわかっていた。厄介になるということも。
カイルと長時間の話し合いは精神を消耗させるばかりで得はない。
何が言いたいのかわかっている以上は聞いてしまったほうが楽なときもあると学園長はカイルが入学してからの三年間で学んでいた。
「さすがは学長、話が早くて助かります。今回の件でのリオ・アンダーソンの暴力については不問とし、ティーナ・ベルフォルンのクラス移動を希望します」
「随分と私情を挟んだ要求だな」
「要求ではありません、希望です」
「希望と言うのならこちらの却下もありというわけだな?」
「ええ、もちろんです。できるものなら」
学長の表情が無へと変わる。
今、カイルはこの学園のトップを脅している。まるで自分のほうが立場が上だと言わんばかりの態度で余裕の笑みを見せつけているのだ。
「今回の件をクラスメイトの喧嘩として不問にされるおつもりなら、それはそれで受け入れましょう」
「随分と含みのある言い方をするじゃないか」
「いえいえ、そういうつもりはありません。私が直々にベルフォルン家を訪ねてお話をしようと考えているだけです」
「穏やかじゃない話だな」
「可愛い妹が腹に蹴りを入れられたんです、当然でしょう。さっきも言った通り、内臓破裂の可能性もあった以上は黙ってなどいられません」
「無傷だ」
「そうです、今のところは」
「アリス・ベンフィールドもティーナ・ベルフォルンも互いに暴力を受けた。今回のところは──」
学園長の話を遮るように「ふーっ」と大きな息と共に声を出したカイルに学園長も思わず口を閉じる。
「これ以上の話し合いは時間の無駄でしかないのでハッキリと言いましょうか。私はティーナ・ベルフォルンを許すつもりはない。これは生徒会長としてではなく被害者アリス・ベンフィールドの兄として言っている。学長にご理解いただけないのであれば私が個人的に動くまでのこと。私は一応、これでも学長を通して穏便に済ませるつもりがあるんですけどね」
威圧的な態度にハラハラしているのはリオだけで、この部屋の温度が急激に下がっているような感覚に思わず身を震わせる。
「選択肢は二つ。学長が穏便に解決するか、私が穏便に解決するか」
立てた二本の指を揺らして見せるカイルを見る学園長の目は生徒ではなく敵に向けるものに変わっている。
この学園で一番偉いのは学園長だが、実際はカイル・ベンフィールドという一生徒を叱って追い出すことさえできない。
「……わかった。善処する」
白旗を上げて受け入れ姿勢を見せる学長にカイルは笑顔のまま首を振る。
「善処では困ります。私はそれを逃げだと思っているので」
「逃げではない」
「ではここでお約束いただきたい。今、この場で、この紙に、直筆でお願いします。それを受け取ったらそのまま掲示板に張り出しますので」
学園長に対し「逃げ」だと言うカイルは自分がどんな態度で何を言っているのか全て自覚した上で行動に出ている。それが伝わってくるからこそ、学園長も穏やかではいられない。
「ベンフィールド君、君は自分のやり方が横暴だと思ったことはないか?」
「私は効率性を重視しているだけです。善処という言葉に期限はない。うやむやにしてしまえるということ。私はいい加減なことは嫌いでして、物事には白黒つけなければ気が済まないタイプですから。それに私は何も難解な解決策を提示しているわけではありませんしね。ティーナ・ベルフォルンが別のクラスに移動になることで不便を起こすことはない。クラスが変わろうと勉強内容は変わらないですし。ですが、腹を蹴られた妹は彼女に会うことを恐怖とするかもしれない。彼女が彼に殴られたことを同じく恐怖とするのであればやはりティーナ・ベルフォルンを移動させてしまうのが最も最適な解決法だと思うのですが、いかがでしょう?」
淡々と話すカイルに学長は反論しなかった。
これは提案ではなく、もはやそうしなければならないという決定事項に近い状態にある。
「ベルフォルン男爵はどう思われるだろうな」
「娘がしでかしたことを嘆き、謝罪に伺うでしょうね。まともな親であれば」
「口が過ぎるのではないか?」
「失礼しました。彼らとは長い付き合いですので、つい。では、どうぞご一筆願います」
カイルに言われるがままペンを走らせるとサインの後にペンを叩きつけ、それをカイルが一語一句ミスがないか確認してから笑顔で頭を下げ、部屋から出ていった。
「あ、あの……カイル……」
「リオ」
「はいっ!」
ビクッと跳ねた身体が地面から浮くほど大袈裟な反応を見せるリオの肩をカイルが優しく叩く。
「問題を起こした事は減点だが、今回だけはよくやったと褒めてやる」
「お、おう」
「これで鬱陶しいベルフォルン家を潰せるぞ。ふふっ、楽しくなりそうだ」
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