63 / 93
同情か親切か
しおりを挟む
夕飯時、何かを考え込むように一点を見つめて固まっているアリスにカイルが声をかけた。
「アリス、どうした?」
「え?」
「え?じゃなくて、何か考え事か?」
「あ、いえ、別に……」
「別にって感じじゃないだろ。何か悩みがあるなら兄様に言え。お前の悩み事は兄様が解決してやるから」
兄だけではなく両親までもが手を止めて注目していることに気付くとアリスはナイフとフォークを置いて口を開く。
「リオちゃんの──……アンダーソン家が馬車を手放したって知ってる?」
「ああ」
当たり前のことのように反応するカイルにアリスはやはりかと納得するが、母親は知らなかったようで驚いた顔をしている。
貴族が馬車を手放すことは不便でしかない。所持する領土が大きければ大きいほど足がなければ困るのだから。
だが、国外追放を受けたアンダーソン家が手放した領土は少なくない。
必要時には馬車を呼ぶつもりなのだろうかと考えるもアリスはあの二人の暮らしが気になっていた。
「どうして手放したのかしら?」
「贅沢する必要はないって話し合ったらしいの」
「資金繰りに苦労していると聞いたよ」
「残っている領土を考えれば収入はだいぶ減ってるだろうからな」
「色々売りに出しているとも聞いた」
「目利きは確かだからな、アンダーソン子爵が所持する絵画は値打ちがあるものばかりだ。売れば少しは足しになるだろ」
他人事なのだから当然だが、カイルの素っ気ない答え方にアリスは寂しくなる。
過去にリオから受けた仕打ちを忘れたわけではないが、根には持っていない。アリスは許しているがカイルは許していない。
だから情報が入ってきていても驚くこともなければ心配もしない。
「馬車を一台手配してあげるのはどう?」
母親の言葉にカイルが鼻で笑う。
「資金繰りに苦労してるって言葉、聞こえなかったか?」
「聞こえた。だから馬車を用意してあげたらどうかって提案したの」
「その馬車の維持費は誰が負担するんだ? うちか? それとも母上の個人資産からか?」
「馬車の維持費ぐらい私が負担したっていい。何もしないなら黙ってなさい。そうやって生意気な口ばかり聞いてるとパイに顔突っ込ませるわよ」
「ハッ、没落寄贈なんて珍しくもなんともない世の中だ。アンダーソン家はもともと没落していたようなもの。今更どうなろうと本人たちも焦ってはいないだろうさ」
「どうしてこんな性格の腐った子に育っちゃったのかしら?」
「良い遺伝子は全て妹のために置いていたからな」
「ああ、そうね。アリスがあなたに似なくて本当によかった」
親子でありながら相性の悪い二人にアリスは父親と顔を見合わせて首を振る。
「私もお母様と同じ提案をしたの。お父様にお話してみるわって。でも、リオちゃんは望んでなかった。自分たちでやっていくって」
「聖フォンスは学費だけでも相当な額だ。学校を変わったほうが楽にはなるだろうが……」
リオは転校を望んではいない。転校してしまえばアリスに会えなくなってしまうから。
だが、自分が学校を変わることで父親が楽になるのならと考えて了承する可能性はある。
愛する妻を、愛する母を失った親子の絆は強く、互いが互いのためを思っている。だからきっと父親も息子に学校を変わってほしいとは言い出さないような気がしていた。
自分が苦労をしてでも息子にはあの学校を卒業させると思っているだろう。
アンダーソン子爵の人柄を思い出すと胸が締め付けられる。
「お兄様、何かリオちゃんの……アンダーソン家のためになる制度はないの?」
「ないわけじゃないが、リオはその制度を利用することは難しいな」
「どうして?」
「素行の問題だ。アイツは転入してくるまでパブリックスクールにいた。本来ならそれだけで素行調査に問題はないと出るはずなんだが、リオは違った。アイツは向こうでもそれなりに暴れていたらしく、そういう生徒には補助が下りない」
「で、でも、そういう制度は困ってる生徒のためのものでしょ?」
「将来性のある生徒のためだ」
「リオちゃんはないって言うの? なんのための、誰を助けるための制度なの?」
興奮するアリスを落ち着かせようと頭を撫でるカイルだが、今にも泣き出しそうに眉を下げるアリスを見て肩を抱いた。
腕を摩り、頭に頬を乗せればどうしたものかと出る溜息。
「今のままでは融資も通らないだろうしな」
「銀行はシビアだ。貴族が相手だろうと返済計画がなければ融資はしない。リオが聖フォンスに通い続けるなら絵画に彫刻だけでなく家も売って小さな家に住むべきだろうさ。二人で今の家は大きすぎる」
「贅沢な暮らしは必要ないと親子で話し合ったのならそれもいいかもしれないな」
「でも、あの場所は家族の思い出が詰まってるのに……」
「死者のために生者が苦しむことを死者は望まない。アンダーソン夫妻はリオの卒業を願っているだろうし、子のためにできることを選んだほうがいい」
「苦労知らずのお坊ちゃんが言うじゃない」
「苦労知らずの母親と違って俺は外の世界とも繋がってるもんでね」
「シンディー、やめなさい」
絡んでも面倒なことにしかならないとわかっているのに絡む妻を注意するとカイルが片方の口端を上げて嫌味な笑みを浮かべる。
目の前にあるミートパイを皿ごと息子の顔に押し付けてやりたい気持ちを抑えて食事を再開する。
「うちが融資をしてもいいが──」
「受け取らないだろうな」
「だろうね」
「リオちゃんもそう言ってた」
アリスには想像もついていなかったことを二人は一瞬で想像がついたらしく、同時に頷いて同じように息を吐き出した。
「四十分かけて歩いて登下校するの。四十分よ? 私だったら足が折れてる」
「まだ若いと言えどしんどいだろうな」
「そうか?走れば二十分だ。二十分ぐらい走れるだろう」
「だったらあなたも明日からそうしなさい」
「してもいいが、俺は生徒会長だ。走って登校するなんてみっともない真似はできないんでね。母上こそ少し走ったらどうだ? 最近少し食べ過ぎなんじゃないか? 顔が──っと、淑女として正しい振る舞いではないなぁ、母上」
食べ過ぎの自覚がある母親が持っていたナイフを投げようとするのを指差して指摘すると止まるが思いきり舌打ちをされる。
完璧な淑女と名高いシンディー・ベンフィールドの姿とは思えない表情とは正反対の表情で笑うカイル。
「いい加減にしなさい。そんなに言い合いがしたければ外に行け」
父親の一喝に黙り込んだ二人は同時にフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
普段ならこれも仲が良い証拠だと言ってアリスも父親も笑うのだが、今はそういう気分にはなれない話題の途中。
「あのね、だから私、明日からの登下校、リオちゃんと一緒にしようと思うの」
「アリス、そんなことしてやる必要がどこにある」
「困ってるの」
「歩けば着く」
「朝から四十分も歩きたくない」
「リオは平気なんだ」
「私が平気じゃない! 気になっちゃうの!」
「気にしなくていい。リオにはリオの事情がある。お前が関わるべきことじゃないし、お前が悩んだところで現実は変わらない」
「でも馬車に乗せてあげるぐらいできる」
言いたいことがあるのだろうが兄として我慢しているカイルが唸り声を上げながら乱暴に髪をかき乱してから改めてアリスを見る。
「アリス、兄様は──」
「分け与えられる物があるのにどうしてそうしちゃいけないの?」
「リオはお前に何をした?」
「そんなのもう気にしてない」
「俺は気にしてる」
「お兄様の意見は知らない。私が受けたことを私が許してるのにどうしてお兄様が厳しくするの?」
「また同じことにならないとは限らないからだ」
「ならない」
もう二度と同じことは起こらない。リオは泣くほど反省していたし、間違えばその場でちゃんと謝ることもできるようになった。
焦るとパニックになってつい出てしまう言動も指摘するだけで直すのだ。
エレメンタリースクールのときのような出来事は繰り返さないと断言するアリスにカイルが眉を寄せる。
「人間は簡単には変われない。だからリオは反省もせず愚行を繰り返し続けているんだ」
「私が言い聞かせる」
「必要以上に接触をするな」
「お兄様に命令されることじゃない」
「俺はお前を心配してるんだ。お前がまた階段から落ちるなんてことがあれば俺は今度こそリオを殺すぞ」
「お兄様……」
冗談ではないその言い方にアリスは何も言えなくなってしまう。
カイルはキレると何をするかわからない。アリスどころか両親でさえも想像がつかないのだ。
アリスのためならカイルは命さえも投げ出すほど溺愛している。アリスがまた傷付けられるようなことがあればカイルが人を殺すというのも想像できないわけではなかった。
「カイル、むやみに物騒な言葉を使うべきではないよ」
「俺も言いたくて言ってるわけじゃない。人に優しくできることはアリスの長所だが、相手を選ぶべきだ」
「そうだな。だが、人に手を差し出すのは悪いことじゃない。お前が反対しているのはアリスの気持ちを無視した個人感情のせいだ。馬車で登下校するだけで何が起こる。お前が目を光らせているんだろう?」
「当然だ」
「ならチャンスは与えるべきじゃないか? 力を持つものは寛容であらねばならない。わかるな?」
チッと思いきり舌打ちをしたが父親は怒らなかった。それが父親である自分に向けられているものではなく言い返せない己にしたものだとわかっているから。
「アリス」
「はい」
「リオ君のこと、少し気にかけてあげなさい。言葉ではなく感情を読み取ってな」
「はい」
言葉で気にかけると恩着せがましくなってしまうことはアリスもよくわかっている。過去に何度もティーナに言われたからだ。
アンダーソン家がベンフィールド家からの支援を望んでいない以上はアリスから何を提案したところで親子揃って受け入れることはしないだろう。
だから表情や言動から様子を読み取っておけと言う父親の言葉に強く頷いた。
「必ず向かいに座ること。隣には座らせるな」
「わかってる」
「手を繋がれそうになったらビンタしろ」
「しない」
「ならパンチだ」
「しない」
「脛を蹴飛ばせ」
「しないってば」
「ならキスされたらどうするつもりだ!?」
「お兄様に言うわ」
「……良い子だな」
笑顔になったカイルのチョロさに両親は呆れ、肩を竦める。
「兄様はいつでもお前の味方だからな」
味方だと言うなら最初から全面的に味方でいてほしいと思うのはわがままだろうかと考えるアリスだが、問いかけたところでどうせ論破されるのはわかっているのだからと何も言わずに食事を再開する。
リオのために自分ができることはなんだろう。
部屋に帰ってからもアリスは答えの出ない悩みを一人考え続けていた。
「アリス、どうした?」
「え?」
「え?じゃなくて、何か考え事か?」
「あ、いえ、別に……」
「別にって感じじゃないだろ。何か悩みがあるなら兄様に言え。お前の悩み事は兄様が解決してやるから」
兄だけではなく両親までもが手を止めて注目していることに気付くとアリスはナイフとフォークを置いて口を開く。
「リオちゃんの──……アンダーソン家が馬車を手放したって知ってる?」
「ああ」
当たり前のことのように反応するカイルにアリスはやはりかと納得するが、母親は知らなかったようで驚いた顔をしている。
貴族が馬車を手放すことは不便でしかない。所持する領土が大きければ大きいほど足がなければ困るのだから。
だが、国外追放を受けたアンダーソン家が手放した領土は少なくない。
必要時には馬車を呼ぶつもりなのだろうかと考えるもアリスはあの二人の暮らしが気になっていた。
「どうして手放したのかしら?」
「贅沢する必要はないって話し合ったらしいの」
「資金繰りに苦労していると聞いたよ」
「残っている領土を考えれば収入はだいぶ減ってるだろうからな」
「色々売りに出しているとも聞いた」
「目利きは確かだからな、アンダーソン子爵が所持する絵画は値打ちがあるものばかりだ。売れば少しは足しになるだろ」
他人事なのだから当然だが、カイルの素っ気ない答え方にアリスは寂しくなる。
過去にリオから受けた仕打ちを忘れたわけではないが、根には持っていない。アリスは許しているがカイルは許していない。
だから情報が入ってきていても驚くこともなければ心配もしない。
「馬車を一台手配してあげるのはどう?」
母親の言葉にカイルが鼻で笑う。
「資金繰りに苦労してるって言葉、聞こえなかったか?」
「聞こえた。だから馬車を用意してあげたらどうかって提案したの」
「その馬車の維持費は誰が負担するんだ? うちか? それとも母上の個人資産からか?」
「馬車の維持費ぐらい私が負担したっていい。何もしないなら黙ってなさい。そうやって生意気な口ばかり聞いてるとパイに顔突っ込ませるわよ」
「ハッ、没落寄贈なんて珍しくもなんともない世の中だ。アンダーソン家はもともと没落していたようなもの。今更どうなろうと本人たちも焦ってはいないだろうさ」
「どうしてこんな性格の腐った子に育っちゃったのかしら?」
「良い遺伝子は全て妹のために置いていたからな」
「ああ、そうね。アリスがあなたに似なくて本当によかった」
親子でありながら相性の悪い二人にアリスは父親と顔を見合わせて首を振る。
「私もお母様と同じ提案をしたの。お父様にお話してみるわって。でも、リオちゃんは望んでなかった。自分たちでやっていくって」
「聖フォンスは学費だけでも相当な額だ。学校を変わったほうが楽にはなるだろうが……」
リオは転校を望んではいない。転校してしまえばアリスに会えなくなってしまうから。
だが、自分が学校を変わることで父親が楽になるのならと考えて了承する可能性はある。
愛する妻を、愛する母を失った親子の絆は強く、互いが互いのためを思っている。だからきっと父親も息子に学校を変わってほしいとは言い出さないような気がしていた。
自分が苦労をしてでも息子にはあの学校を卒業させると思っているだろう。
アンダーソン子爵の人柄を思い出すと胸が締め付けられる。
「お兄様、何かリオちゃんの……アンダーソン家のためになる制度はないの?」
「ないわけじゃないが、リオはその制度を利用することは難しいな」
「どうして?」
「素行の問題だ。アイツは転入してくるまでパブリックスクールにいた。本来ならそれだけで素行調査に問題はないと出るはずなんだが、リオは違った。アイツは向こうでもそれなりに暴れていたらしく、そういう生徒には補助が下りない」
「で、でも、そういう制度は困ってる生徒のためのものでしょ?」
「将来性のある生徒のためだ」
「リオちゃんはないって言うの? なんのための、誰を助けるための制度なの?」
興奮するアリスを落ち着かせようと頭を撫でるカイルだが、今にも泣き出しそうに眉を下げるアリスを見て肩を抱いた。
腕を摩り、頭に頬を乗せればどうしたものかと出る溜息。
「今のままでは融資も通らないだろうしな」
「銀行はシビアだ。貴族が相手だろうと返済計画がなければ融資はしない。リオが聖フォンスに通い続けるなら絵画に彫刻だけでなく家も売って小さな家に住むべきだろうさ。二人で今の家は大きすぎる」
「贅沢な暮らしは必要ないと親子で話し合ったのならそれもいいかもしれないな」
「でも、あの場所は家族の思い出が詰まってるのに……」
「死者のために生者が苦しむことを死者は望まない。アンダーソン夫妻はリオの卒業を願っているだろうし、子のためにできることを選んだほうがいい」
「苦労知らずのお坊ちゃんが言うじゃない」
「苦労知らずの母親と違って俺は外の世界とも繋がってるもんでね」
「シンディー、やめなさい」
絡んでも面倒なことにしかならないとわかっているのに絡む妻を注意するとカイルが片方の口端を上げて嫌味な笑みを浮かべる。
目の前にあるミートパイを皿ごと息子の顔に押し付けてやりたい気持ちを抑えて食事を再開する。
「うちが融資をしてもいいが──」
「受け取らないだろうな」
「だろうね」
「リオちゃんもそう言ってた」
アリスには想像もついていなかったことを二人は一瞬で想像がついたらしく、同時に頷いて同じように息を吐き出した。
「四十分かけて歩いて登下校するの。四十分よ? 私だったら足が折れてる」
「まだ若いと言えどしんどいだろうな」
「そうか?走れば二十分だ。二十分ぐらい走れるだろう」
「だったらあなたも明日からそうしなさい」
「してもいいが、俺は生徒会長だ。走って登校するなんてみっともない真似はできないんでね。母上こそ少し走ったらどうだ? 最近少し食べ過ぎなんじゃないか? 顔が──っと、淑女として正しい振る舞いではないなぁ、母上」
食べ過ぎの自覚がある母親が持っていたナイフを投げようとするのを指差して指摘すると止まるが思いきり舌打ちをされる。
完璧な淑女と名高いシンディー・ベンフィールドの姿とは思えない表情とは正反対の表情で笑うカイル。
「いい加減にしなさい。そんなに言い合いがしたければ外に行け」
父親の一喝に黙り込んだ二人は同時にフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
普段ならこれも仲が良い証拠だと言ってアリスも父親も笑うのだが、今はそういう気分にはなれない話題の途中。
「あのね、だから私、明日からの登下校、リオちゃんと一緒にしようと思うの」
「アリス、そんなことしてやる必要がどこにある」
「困ってるの」
「歩けば着く」
「朝から四十分も歩きたくない」
「リオは平気なんだ」
「私が平気じゃない! 気になっちゃうの!」
「気にしなくていい。リオにはリオの事情がある。お前が関わるべきことじゃないし、お前が悩んだところで現実は変わらない」
「でも馬車に乗せてあげるぐらいできる」
言いたいことがあるのだろうが兄として我慢しているカイルが唸り声を上げながら乱暴に髪をかき乱してから改めてアリスを見る。
「アリス、兄様は──」
「分け与えられる物があるのにどうしてそうしちゃいけないの?」
「リオはお前に何をした?」
「そんなのもう気にしてない」
「俺は気にしてる」
「お兄様の意見は知らない。私が受けたことを私が許してるのにどうしてお兄様が厳しくするの?」
「また同じことにならないとは限らないからだ」
「ならない」
もう二度と同じことは起こらない。リオは泣くほど反省していたし、間違えばその場でちゃんと謝ることもできるようになった。
焦るとパニックになってつい出てしまう言動も指摘するだけで直すのだ。
エレメンタリースクールのときのような出来事は繰り返さないと断言するアリスにカイルが眉を寄せる。
「人間は簡単には変われない。だからリオは反省もせず愚行を繰り返し続けているんだ」
「私が言い聞かせる」
「必要以上に接触をするな」
「お兄様に命令されることじゃない」
「俺はお前を心配してるんだ。お前がまた階段から落ちるなんてことがあれば俺は今度こそリオを殺すぞ」
「お兄様……」
冗談ではないその言い方にアリスは何も言えなくなってしまう。
カイルはキレると何をするかわからない。アリスどころか両親でさえも想像がつかないのだ。
アリスのためならカイルは命さえも投げ出すほど溺愛している。アリスがまた傷付けられるようなことがあればカイルが人を殺すというのも想像できないわけではなかった。
「カイル、むやみに物騒な言葉を使うべきではないよ」
「俺も言いたくて言ってるわけじゃない。人に優しくできることはアリスの長所だが、相手を選ぶべきだ」
「そうだな。だが、人に手を差し出すのは悪いことじゃない。お前が反対しているのはアリスの気持ちを無視した個人感情のせいだ。馬車で登下校するだけで何が起こる。お前が目を光らせているんだろう?」
「当然だ」
「ならチャンスは与えるべきじゃないか? 力を持つものは寛容であらねばならない。わかるな?」
チッと思いきり舌打ちをしたが父親は怒らなかった。それが父親である自分に向けられているものではなく言い返せない己にしたものだとわかっているから。
「アリス」
「はい」
「リオ君のこと、少し気にかけてあげなさい。言葉ではなく感情を読み取ってな」
「はい」
言葉で気にかけると恩着せがましくなってしまうことはアリスもよくわかっている。過去に何度もティーナに言われたからだ。
アンダーソン家がベンフィールド家からの支援を望んでいない以上はアリスから何を提案したところで親子揃って受け入れることはしないだろう。
だから表情や言動から様子を読み取っておけと言う父親の言葉に強く頷いた。
「必ず向かいに座ること。隣には座らせるな」
「わかってる」
「手を繋がれそうになったらビンタしろ」
「しない」
「ならパンチだ」
「しない」
「脛を蹴飛ばせ」
「しないってば」
「ならキスされたらどうするつもりだ!?」
「お兄様に言うわ」
「……良い子だな」
笑顔になったカイルのチョロさに両親は呆れ、肩を竦める。
「兄様はいつでもお前の味方だからな」
味方だと言うなら最初から全面的に味方でいてほしいと思うのはわがままだろうかと考えるアリスだが、問いかけたところでどうせ論破されるのはわかっているのだからと何も言わずに食事を再開する。
リオのために自分ができることはなんだろう。
部屋に帰ってからもアリスは答えの出ない悩みを一人考え続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中
白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。
思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。
愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ
向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。
アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。
そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___
異世界恋愛 《完結しました》
【完結】ありのままのわたしを愛して
彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。
そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。
私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?
自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる