愛だ恋だと変化を望まない公爵令嬢がその手を取るまで

永江寧々

文字の大きさ
70 / 93

仲直りに必要なこと

しおりを挟む
アリシアとナディアがお茶をしているとそれを見たナディアが怒ってアリシアを呼ぶもアリシアは無視

 昼休み、アリシアだけがアリスの教室にやってきた。

「アリス、ちょっとよろしくて?」
「アリシア様、だけ、ですか?」
「あら、わたくしだけではご不満ですの?」
「あ、いえッ、そういうわけではないんです! いつもお二人で行動されてるのでアリシア様お一人は珍しいと思っただけです」

 ナディアには嫌われているためアリシアだけが来るのは納得だが、アリシアが来た理由がわからなかった。

「ナディアにはうんざりしていますの。あの子のバカさ加減には腹が立ちますわ」
「何かありました?」
「いいえ、いつも通りですわ。いつも通りの中にあるバカに拍車がかかって腹が立ってますの。だからお茶に付き合ってくださらない?」
「ええ、それはもちろん……セシル、いい?」
「僕も行くの?」

 先に迎えに来ていたセシルに問いかけるとあからさまに嫌そうな顔でアリスを見る。

「申し訳ありません、アボット庭園は男子禁制ですの」
「じゃあ僕のが先だから君は放課後にしてよ」
「放課後は用事がありますの。今日は譲っていただけませんこと? 毎日一緒にいるのですから今日ぐらいはよろしいんじゃなくて?」
「今日と同じ日は二度とやってこないんだよ。今日は一日経つと昨日だし、明日はまだ来てない。僕にとって今日の日付の中でアリスと過ごすことが大事なんだよ」
「じゃあもうよろしくて? 過ごしましたものね?」

 セシルに一切の媚びを見せないアリシアのハッキリとした物言いをセシルは不快には感じていない。むしろナディアのように媚びる女性のほうが苦手だった。

「わかったよ。でもこれは貸しだからね」
「あら、紳士がレディに貸しだなんて怖い」
「僕は一般的な紳士じゃないから」
「それなら納得ですわ。では貸しということでお借りしますわね」

 立ち上がって二人で出ていくのを見たセシルはそのまま面倒な人間に絡まれないよう、いつものメンバーがいる庭園へと向かった。

「急に誘ってしまってごめんなさい」
「とんでもない。アリシア様とお茶ができて嬉しいです」
「わたくしもですわ。アリスとお茶ができなくなって退屈でしたの」

 アリシアはいつも挨拶を返してくれた。アリシアには嫌われていないのだと安堵していたのだが、こうしてお茶会ができるとは思っていなかっただけに突然ではあったものの久しぶりのお茶会に喜びを感じている。
 相変わらず立派なお茶会のセット。お茶好きのアボット夫人の娘らしくアリシアもまたお茶好きで有名。

「ナディア様と喧嘩でもされたのですか?」
「いいえ。ああ言ったのはアリスを譲ってもらうためですわ」
「あ、そうだったんですね」
「まあ、結局貸しになってしまったわけですけど」

 人に甘くないセシルが快く譲ってくれるとは思っていなかったアリシアにとって貸しという言葉に大した驚きはなかった。譲ってくれたことのほうが驚きだ。

「セシルに行っておきますから」
「あら、妻のような言い方ですわね」
「アリシア様からかわないでください!」

 明らかにからかっているような言い方に抗議をすると肩を揺らした笑いが返ってくる。

「セシルとの仲は深まりましたの?」 

 どういう意味だろうと疑問はあれど、どう答えてもからかわれそうでアリスは口を開かないまま窺うように視線を向けるだけにした。

「あら、キスしまくっている仲でしょう?」
「ッ!? ちょっ、えっ、なん、えぇッ!?」

 キス“している”ではなく“しまくっている”と言うアリシアが一体どこまで知っているのか怖くなり、アリスは思わず動揺してしまう。

「あら、隠さなくてもよろしくてよ。誰にも言うつもりはありませんから」
「なんで……しまくっている、と?」

 まずそこが聞きたいとアリスのほうから問いかけた。すると待ってましたと言わんばかりの怪しい笑顔を浮かべるアリシアが身を乗り出して顔を寄せる。

「だって目撃しましたもの。セシル様がアリスにキスしているところ」
「ど、どこで?」
「カフェテリアの奥の廊下の向かい側の廊下から」

 廊下の壁はガラス張りに鳴っていて校舎の反対側がよく見える。だが、あるのは準備室ばかりで教師以外は通らないはず。なぜアリシアがと餌を求める魚のように口をパクパクさせるアリスを見て目を細めるアリシアは完全にこの状況を楽しんでいた。

「わたくし、散歩が趣味ですの」
「だからってそんな場所……」
「あら、人が歩かない場所を歩くのは穏やかでいいものですわよ」
「ぁぁぁぁぁ……」

 今にも消えそうな声を漏らすアリスに反論の言葉はない。この学園の生徒がどこを歩こうとアリスに咎める権利などあるはずがない。
 ああ、どうしたものかと今更焦ったところで目撃されているのでは誤魔化すことはできない。
 何より“しまくっている”と言うのは目撃回数が一回ではないからで、アリスは別の意味で開いた口が塞がらなかった。

「うふふっ、いいじゃありませんの。キスは愛情の証。されて嫌な少女はいませんわよ。それとも、嫌でしたの?」
「嫌では──」
「でしょうね。あんなに何回も受け入れていて嫌なわけありませんもの」
「アリシア様、やっぱり意外と意地悪ですね」
「ええ、よく言われますわ」

 上機嫌に笑うアリシアに降参だと首を振れば紅茶を一口飲んで大きく息を吐き出し覚悟を決めた。
 それがわかったアリシアも乗り出していた身体を戻して同じように紅茶を一口飲む。

「じゃあ、話していただきますわよ」
「はい」

 アリシアたちと話さなくなってからのことを根掘り葉掘り聞かれたアリスはどうせ正直に答えるまで逃してもらえないのだからとセシルには申し訳ないが、アリシアの誰にも話さないを信じて事細かに話した。

「キャー! ロマンチックですわね! ディートハルトにも見習わせたいぐらいですわ!」

 話し終えると興奮が爆発したように高い声を上げてハシャぐアリシアとは対照的にアリスは苦笑する。

「それで彼を好きにならないなんて冗談でしょう?」
「これが恋なのかどうかわからないんです」
「まあ、難しいですわね。わたくしもディートハルトから婚約の申し込みをされたときはまだ恋なんてしてなかったような」
「そうなんですか?」
「ええ、誰もが当たり前のように口にする恋を明確に答えられる人なんているのかしら? わたくしたちの歳で」

 恋という言葉は当たり前にあっても自由恋愛が少ない貴族の中で恋をしていると豪語できる者は少ないだろう。

「今は恋をしていますか?」
「今はね。聖フォンスを卒業したら結婚するつもりですのよ。あ、結婚式には来てくださる?」
「もちろんです」
「じゃあリストに入れておきますわね」

 好きでもない相手と婚約して恋に変わったアリシアが羨ましい。

「恋かもしれないのに恋と言いきれなくてセシルにまだ応えられずにいるんです」
「紳士は待つ生き物ですもの、待たせておけばいいですわ」

 慣れているような言い方にディートハルトなる婚約者は苦労しているような気がしたが、それでも結婚するつもりだと言ったアリシアの表情が優しかったことから全て受け止められる優しい人なのではないかと想像する。

「そのうちハッキリしますわ。まだ付き合いが短いんですもの。急いで出す必要は──」
「アリシアッ!」

 上から聞こえた声にアリスが上を見上げるとナディアが窓から顔を出しているのが見えた。
 アリシアは反応しない。

「アリシアこっち来て! どうしてわたくしを置いていきましたの!?」

 上から怒声が降ってくるのにアリシアはまるで聞こえていないように反応せずクッキーに手を伸ばし、サクッと小気味良い音を立てて齧っている。

「もうッ! そこに行くから動かないで!」

 顔を引っ込めたナディアが今からここに来ると思うと汗がながれそうなほど緊張する。
 アリシアを見てもやはり何も気にしていないような素振りでシェフにクッキーへの文句をつけているだけ。
 話したいと思っていたため逃げることはしないが、内心穏やかではなかった。

「どうしてアリスとお茶なんてしてますの!?」

 早歩きで来たのか、ナディアが到着するのに時間はあまりかからなかった。
 さすがに目の前まで来たナディアを無視することはできないのか、アリシアは大きなため息をついてから顔を向ける。

「わたくしとアリスは元々お茶友達ですもの」
「ちょっとこっち来て!」
「お断りしますわ」
「アリシアッ!」

 怒るナディアにアリシアがスプーンを投げつけた。制服についた一滴分の紅茶が白い制服にじわりと薄いシミを作る。

「あなたがアリスを一年二年と無視し続けるのは勝手ですけれど、わたくしまで巻き込むのはやめてくださる? いい迷惑ですわ」
「アリスの味方だっていうの?」
「当然でしょう? 勝手に苛立って、勝手に敵視して、勝手に無視する勝手な人間の味方を誰がすると思っていますの?」
「わたくしたち、姉妹ですのよ?」
「その発言も随分と身勝手ですわね」

 威圧的な言い方をするアリシアをナディアが睨みつけた。

「あなたもアリスもスタートラインは同じでしたのよ」
「同じじゃありませんわ!アリスは共通の相手であるカイル様がいましたもの!」
「でもアリスは彼の友達じゃなかったでしょう? 認識されていただけ。あなただって認識されていた。どこが違うというの?」
「アリスはズルいですわ!」
「論点をズラさないで。わたくしが聞いているのは二人のスタートラインが違うと言った理由ですのよ」
「だ、だって……アリスばっかり……」

 ナディアの言い方にアリシアは心底呆れたように深いため息を吐き出して首を振る。

「今のあなたは一緒にいるのも恥ずかしいぐらい幼稚でどうしようもない人間ですわね」
「わたくしだけが悪いわけじゃありませんわ!」
「ほんの一パーセントでもアリスに悪い所があったのなら聞きますわよ」
「それは……」
「あなたが持っている感情は欲しい物を指をくわえていただけの子供が努力をしてそれを手に入れた子供を逆恨みしているのと同じですのよ」
「だってアリスはッ……」

 そこまで言ったナディアから次の言葉が出てくることはなかった。

「ナディア様」

 立ち上がったアリスが二人に寄ってナディアに声をかけた。

「少し、お話しませんか?」
「アリス、この五歳児よりも幼稚な女に情けをかける必要はありませんわ。反省するまで我が家の地下にでも押し込んでやりますから」
「どうかそのようなことなさらず、ナディア様と少しだけお話させてください」

 お人好しだと呆れてしまうアリシアだが、拒否はせずナディアの背中を少し強めに押して椅子に座るよう促す。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。 思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。 愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ 向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。 アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。 そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___ 異世界恋愛 《完結しました》

【完結】ありのままのわたしを愛して

彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。 そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。  私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?  自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...