愛だ恋だと変化を望まない公爵令嬢がその手を取るまで

永江寧々

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仲直りに必要なこと仲直りに必要なこと2

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「どこからお話すればいいのか、正直こうしている今も悩んでいます。ですが、ナディア様にお聞きしたいことが一つだけありまして……」
「一つと言わず全部聞いていいんですわよ。このおバカな女が考えていることなんて聞くに値しないことでしかありませんけど」

 妹は全て聞いているのだろう、姉の気持ちを。アリスも大体はわかっているが、自分の憶測だけで行動しないよう本人に直接聞いておきたかった。

「ナディア様には婚約者がいますよね? その方と婚約破棄をしてでもセシルと結婚したいぐらい好きになったのですか?」

 それがもしイエスだったとしてもアリスはセシルを突き放そうとは思わない。ナディアに悪いからなどと言ってセシルを傷つけることなどできるはずがない。
 ただ、友達だと思っていた相手から一方的に突き放されるのはこれで二回目。ナディアがティーナと同じなのであれば、アリスは付き合いを考えるつもりだった。

「ほら、答えなさい」

 答えようとしないナディアの肩をアリシアが手の甲で強く叩く。

「……セシル様のことは好きよ。結婚できるならしたいぐらい好き。はじめは遠くから見てるだけでよかった。アリシアやアリスと一緒にお茶をしながら妄想してるのが楽しかった。だけど、アリスだけどんどん皆と仲良くなっていった。ヴィンセル王子に近付けただけじゃなくて、セシル様とまで仲良くなって……次第にずっとセシル様と過ごすようになったの見てたら……ズルいって……思って……」


「アリシア様の言うとおりなんです。私はセシルと仲良くなるのになんの努力もしていません。私が趣味でしていたことをセシルが気に入ってくれただけ。だからナディア様がおっしゃることは間違いではありません」
「アリス、甘やかすべきではありませんわ。ナディアは子供すぎますの。エックハルトと別れることもできないくせにアリスに嫉妬だけは一人前にして、安全地帯を確保しながら攻撃なんて最低の人間がすることですのよ。ナディア、わたくしがあなたに幻滅したのはそういうとこですわ。アリスに文句が言いたいのならエックハルトと別れてからでしょう?ズルいのはどちらかなんて自分で気付くべきですのに……あなたはアボット家の恥晒しも同然。あなたを姉と呼ぶことが恥ずかしいですわ」
「ア、アリシア、なにもそこまでおっしゃらずとも……!」

 アリシアの吐き捨てるような言い方にナディアの目がじわりと潤む。だが言い返しはしない。震える唇を噛んで涙を堪えるナディアにアリスの眉が下がる。

「感じ方は人それぞれですし……」
「個人差があることと攻撃の有無は別ですわ。しないという行動を取れるはずの人間が攻撃を選んだのはもはや悪意でしかありませんの。ナディアは悪意を持ってあなたを無視し、反省もせず相手を責める愚行に浸っていますのよ。こんなことを平気な顔で行う人間と同じ血が流れているなんて吐き気がしますわ」

 自分の首に手を当ててオエッと吐く真似をするアリシアの怒りは頂点に達している。
 普段は二人揃って同じ顔で同じことを言う姉妹が今日は対立している。泣く姉と怒る妹。ナディアのほうが背が高く、アリシアのほうが小さいのに今日はアリシアのほうが大きく見えた。

「あなたにエックハルトはもったいないですわ。お父様に話して婚約を破棄してもらいましょう」
「いやッ!」
「……ね? 反省もなければ謝罪もない。婚約破棄もしなければ片想いもやめない。このクズ!」
「ッ!」

 怒鳴り声にビクッと肩を跳ねさせるナディアにアリシアは更に追い討ちをかける。

「反省もできない頭なんていりませんわね!」
「いたいッ!」

 バシンッと頭を叩く。

「謝罪もできない口なんていりませんわね!」
「キャアッ!」

 パンッと頬を叩く。

「身勝手な行いで人を傷つけておきながらまだそれを続けようとする毛が生えた心臓なんていりませ──」
「アアアアアアアリシア様おやめください! どうかそれだけでお許しください! お怒りをお鎮めください!」

 もはや神に祈るように腕に抱きついて止めるアリスはアリシアの力の強さに驚きながらも振り払われないよう必死だった。

「嫉妬は誰だってします! 今現在幸せな人だって自分が持ってない幸せを見たら嫉妬するんです! だからどうかこれ以上ナディア様を怒らないであげてください!」
「甘すぎますわ!」
「きっとそれが人間なんです! 恋をするとはそういうことなんです!」

 セシルは恋が人をおかしくすると言ったら大笑いした。それでもナディアがナディアらしくなくなったのはアリスがセシルと仲良くするようになってから。
 ナディアにとってセシルは夢を見させてくれる王子様で、現実で幸せにしてくれる王子様とはまた別物。そこに邪魔者が入れば苛立つのもアリスにはわかる。
 ヴィンセルで妄想していたときに彼が婚約発表をしていたらショックで泣いていただろう。
 だからアリシアからナディアのことを聞いても怒る気にはなれなかった。

「恋は正しくするものであって歪んだ恋は恋にあらず。それはただの独りよがりなものに成り下がるだけですわ」

 アリシアはアルフレッド推しと主張し、アルフレッドとお茶をすることはあってもそれ以上の何かを求めることはない。
 お花に入りたいと思い、実際に選ばれてもアルフレッドの取り巻きのように行動を一緒にすることはしないのだ。常に冷静に一線を引いている。
 だが、姉妹といえど、顔が瓜二つであろうと中身は違う人間。考え方も違って当然だとアリスは首を振る。

「アリシア様のお考えはとても正しいと思います。ですが、暴力はレディに認められるものではありません」
「口で言ってもわからない者には時には拳で言い聞かせることも必要ですわ」
「それはちょっと横暴かと……」
「横暴!? わたくしが!?」
「そのお言葉が……」
「わたくしが横暴……」

 ショックを受けたのか、よろけるアリシアを今度は支えるように腕を引っ張って元の位置に戻した。

「うふふふッ……ふふふふふふッ……あははははははッ! 今更ショック受けてますの!? あなたが横暴なことなんて今に始まったことじゃないのに!」
「し、失礼ですわね! わたくしが横暴だなんてありえませんわ! わがままはあなたの専売特許でしょ!」
「わたくしはわがまま、あなたは横暴。正しいですわね」
「絶っっっ対にありえませんわ!!」
「いーえ、その通りですわ」

 二人が揃っている。怒っているアリシア、笑っているナディア、二人が近くでこうして一緒にいることがアリスは妙に嬉しかった。

「ふふっ」

 思わず漏れた笑い声に二人が揃ってアリスを見る。先に反応したのはナディアのほうだった。

「アリス、今までひどい態度をとってごめんなさい」

 アリスの目を見て謝ったあと、ナディアは深く頭を下げた。

「ナディア様、どうか頭をお上げください」
「いいえ、ちゃんと話しますわ。アリシアの言うとおり、わたくしのあまりにも身勝手な行動であなたを傷つけてしまったんですもの」
「愚者の懺悔だと思って聞いてあげてくださる?」
「話していただけるのなら全てお聞きします」

 頷いたアリスにナディアはポツリポツリと語り始めた。

「あなたと一緒に遠くから眺めているだけで満足でしたの、本当に。でもあなたが結んでくださった縁で欲をかいてしまいましたの。もっと親しくなりたい、もっと知ってほしい……と。それがどれほど愚かなことだったか気付いたのはセシル様にデートを断られたとき……でしたわ……」
「デートを申し込んでいたんですか?」
「信じられる? レディから紳士にデートを申し込むなんて恥知らずもいいとこですわ」
「だってそうしないとどこにも行けないじゃない! セシル様は絶対に誘ってくれないもの!」

 叫ぶように声を張ったナディアにアリシアが目をぐるりと回して呆れ顔を見せる。

「でもやっぱり受け入れてはもらえませんでしたわ。彼の性格を考えれば容易に想像できたことなのに、わたくしは彼にひどいことを言ってしまったんですの」
「ひどいこと、とは?」

 顔を上げてアリスの顔を見たナディアは今にも泣き出しそうな顔でまた頭を下げた。

「アリスばかり贔屓してずるいと思わないのか、と」
「ああもうッ、最っ高ですわね、本当に。心の底から軽蔑できる最高のバカですわ。愚かしい……」

 今まではナディアがわがままを言おうと受け入れ仲良くしてきたアリシアだが、今回ばかりはどの言動も許せないと全てに嫌悪を感じている。

「でも、彼にはそんな口撃通用しなくて、むしろアリシアと同じで呆れたようにわたくしを見て……言いましたの……ッ」
「僕はアリス以外のレディには興味がないし、君のためにプライベートな時間を使うことも考えてない。好きな子を特別扱いすることを贔屓だって言うならそうなんだろうけど、君に責められることじゃない。君はアリスじゃないし、君を構わないことに不満を抱えてても知らない。だって僕は君のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんだから」

 ナディアが泣きながら何十回と訴えた言葉を暗記してしまったアリシアが代わりに答える声を上げて大泣きするナディアにアリスの眉が下がる。
 自分でもそんな言われ方をしたら確実にショックを受けて泣いてしまうだろう。だが、恋人でもない相手に贔屓と言ってしまうナディアにも問題がある。
 花と呼ばれるグループを作っているアルフレッドに言うならわかる。アルフレッド推しのアリシアが花の中の一人を特別扱いしているアルフレッドに言ったのならまだ理解もできるのだが、セシルのように一匹狼タイプの人間に言う言葉ではない。
 誰とも深い関わりを持たずにいた男が特定の女性とばかり一緒にいるようになったのなら理由は明白。
 ナディアはそれをわかっていながらも我慢できなかったのだ。

「彼にとってアリスは特別だってわかって……いいえ、そんなの最初からわかっていたのに、わたくし……ッ、あなたが羨ましくて……妬んでしまいましたの! 本当にごめんなさい!」

 泣き叫ぶように謝るナディアにアリスは何度も首を振りながら手を握った。顔を上げたナディアはお世辞にも美しいとは言えないほどメイクが落ち、顔の三分の一が黒くなっていた。
 これが演技だとしたら役者になれるが、ナディアはそこまで器用な人間ではないことをアリスは知っている。
 
「ナディア様がおっしゃったことは間違いではないんです。私はズルいと思います」
「……アリス……?」

 苦笑するアリスにナディアはその顔を見つめながら次の言葉を待った。
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