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ドレスアップタイム
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パーティーの日の朝、アボット姉妹は時間厳守でやってきた。
馬車を降りる前から口を半開きにし、降りても表情は変わらず、玄関まで長く続く階段を見上げながら二人で手を握り合っていた。
「大きすぎますわね……」
「予想以上ですわ………」
「どうかしました?」
二人で何か呟き合っている様子に階段を上がりきったところで声をかけると二人はパッと笑顔を見せる。
ベンフィールド家が特別であることは誰もが知っている。それはベンフィールド公爵がやり手であるという噂を証明するものだが、証明しすぎだと二人は思った。
見渡す限り広がる整備された芝生と花壇。この敷地はどこまで続いているんだと探ろうにも奥は木々が生い茂り、どこが端なのかもわからない。
出迎える使用人の多さ、屋敷中を歩き回る使用人の多さ──アリスの部屋に着くまでどこを見ても使用人が見えない場所がない。
「こちらです。どうぞ」
「これは……」
「まあ……」
アリスが開けたドアから中に入ると真ん中で立ち止まった姉妹は部屋を見回して塞がらない口を手で隠す。
「広いですわね」
「お二人のお部屋とそう変わらないはずですが」
二人は侯爵令嬢。父親であるアボット侯爵は親バカで有名。その娘の部屋が狭いわけがないと言うアリスに二人は顔を見合わせてにっこり笑ってアリスを挟むように左右に立った。
「では今度、うちに招待しますわ」
「部屋を見ても同じことが言えるかしら?」
「え……あ、あはは……言えますよ、きっと」
二人の雰囲気からして違うのだとわかったアリスはこれ以上余計なことは言わないように話題を切って鏡台の前へと向かう。
「こんなこと、普段なら絶対に聞きませんけど……聞いてもいいかしら?」
「はい」
「使用人は何人雇っていますの?」
セシルもそうだったが、なぜ皆そんなに使用人の数を知りたがるのだろうと不思議だった。
「いやらしいことを聞いていることはわかっていますわ。ただ、この豪邸を管理するために必要な人数はどれぐらいなのか気になって。ほら、わたくし達の婚約者もそれなりの豪邸に住んでますの。だからどっちが多いかって……本当にいやらしい話ですわね……」
自分に呆れるナディアに空笑いをする。
「三百人ちょっとぐらいだとお兄様は言っていました。豪商の方と比べられると少ないかもしれませんが……」
豪商は国によっては王族よりも金を持っている一族もいると聞く。さぞかし煌びやかな豪邸に住んでいるのだろうと想像し、声を控えめに答えると二人の笑顔が固まった。石になったように動かない二人の前で手を振ることで戻ってきた。
「さすがですわね、ベンフィールド家」
「訪問できて光栄ですわ」
「来ていただき感謝します」
三人で頭を下げ合ったらアリスは鏡台の前の椅子に、二人は持参した化粧道具を広げて後ろに立って気合を入れる。
「アリスはいつも薄化粧ですわね」
「顔立ち的に濃いお化粧は似合わないんです」
「まあ、確かに」
「可愛らしい顔に濃いお化粧は似合いませんものね」
童顔であるため大人っぽい二人のような化粧は似合わないとわかっている。実際、ティーナの真似をして少し濃いめにしてみたことがあったが、驚くほど似合っていなかった。
だから化粧はいつも最低限に留めている。化粧道具も少なく、それほど興味もなかった。
鏡越しに見えるずらりと並んだ化粧道具。
「あ、あの……お二人のようなお化粧は似合わないと思うんです」
「ええ、存じてますわ」
「アリスにわたくしたちと同じ化粧をするなんてイジメのような真似は致しません」
「イジメ……」
それは似合わなすぎて笑われるからだろうかと勘繰るも口にはしなかった。
「アリスに似合うお化粧を昨夜アリシアと一緒に考えてきましたの。まずはそれを試させてくださる?」
「も、もちろんです! よろしくお願いします!」
姿勢を正すアリスが目を閉じると化粧が始まった。二人が持つ筆やパフが肌を滑る。
「やっぱりこっちのほうが似合いますわ」
「そうですわね。本人を前に合わせるとそっちが正解ですわね」
あれじゃないこれじゃない、こっちがいいあっちがいいと頭上で飛び交う会話を耳にしても不安はない。それどころか嬉しかった。二人が自分のためにこんなにも一生懸命になってくれていること、似合う化粧を探しながら施してくれること。
自分に自信がないからと殻に閉じこもっていては人生は楽しめない。大丈夫だと差し伸べてくれる手を握らなければ失礼にあたる。そんな簡単なこともわからず人の親切を拒否し続けてきた自分が情けなかった。
「さあ、どうぞ」
「目を開けてその目で確かめてみて」
カタンと道具を置く小さな音を終了の合図に、アリスはゆっくりと目を開けた。
「…………」
鏡の中に映っている人物は目を閉じる前に見た人物は違い、目鼻立ちがくっきりとして見えた。
薄っぺらい顔をしていた少女ではなく、少し大人びた少女がそこにいる。
自分の顔ではなく鏡に触れて自分であることを確認したアリスは言葉が出てこず、口を開けて二人を見た。
「その表情で何が言いたいか伝わってきますわ」
「どう? これだけ似合っていれば髪が短くても気にならないと思いませんこと?」
アリスの性格上、口が裂けても自分で「似合っている」とは言えないが、心ではそう思っていた。
目が大きくハッキリとしているように見える。薄付きだがハッキリとして見える唇の輪郭。瞼に乗せられた色もよく似合っている。
「魔法みたいですね」
「だから化粧と言うのですわ」
「女の顔は一つじゃないと言う理由の一つですわね」
「じゃあ次はドレスを選びましょう!」
「アリス・ベンフィールドが持つドレスはどんなものか!」
「乞うご期待!」
「そ、そんな大層な物はありませんよ? 数も多くないですし」
母親が作る際に強制的に一緒に作られることがあるため少なくはないが、パーティー好きの令嬢たちのように多くもない。
部屋の奥にある衣装部屋へと続くドアを開けるとズラリと並ぶドレスに姉妹は目を瞬かせた。
「謙遜の使い方を間違えているようですわね」
「これは立派に多いと言いますのよ」
「え、でも、お母様はこの倍くらい持っていて……」
「それは……まあ……ベンフィールド夫人の嗜みでしょうね」
チャリティーにもよく参加しているためドレスを着替えることが多い母親の衣装部屋を何度か見たことがあり、アリスの中で自分はドレスをあまり持っていないのだと思っていたが、二人の言葉で考えを改めることにした。
「さすがというか……上質な生地で作られた物ばかりですわね」
「流行を取り入れた物ばかりですし」
一つ一つじっくりとドレスを見ていくが、二人の表情はそれほど明るくはない。
生地が上質な流行物のドレスばかりなのは羨ましくとも、貴族の流行はあっという間に変わってしまう。
昨日まで流行っていた物が今日はもうダサいと言われるようになることはよくある。そのため流行に乗っかって作るドレスは着れなくなってしまうことがほとんどで、アリスを完璧なレディに仕立てようと思っている二人にとってこれは想定外のことだった。
「これだけ、ですわね」
衣装部屋から持ち出したドレスはたったの五着。それもスタンダードな物ばかり。
「貸してあげられるものならそうしたいのですけど……」
「背丈が違いすぎますものね」
ドレスは全てオーダーメイドであるため、よほど体型が似ていなければ着ることは不可能に近い。
アリシアは背丈と言ってくれたが、実際は何もかもが違う。
アリスの身体に両手でも余るほどの胸はついていないし、キュッとくびれたウエストもなければ長い手足もない。二人と並ぶと自分の体型がいかにちんちくりんなものかよくわかる。
恵まれている人は恵まれていると無言で二人を見た。
「困りましたわね」
「ええ、とっても困りましたわ」
「このドレスで行くのは恥ずかしいですか?」
アリスはシンプルなドレスが好きだ。母親とそっくりであれば派手なドレスも似合っただろうが、残念なことに母親にそっくりと言われたことはない。だからこそ着てもおかしくないドレスを選ぶようにしてきた。母親がデザイナーに付け足せ付け足せと命じてもそれだけは絶対に許さなかった。
形はしっかりしている。生地も良い。だがシンプルすぎる。それが姉妹を悩ませている。
「いいえ、素敵ですわ。でも、せっかくだからアリスにもっと華やかなドレスを着せたいと思っていましたの」
「これらも似合いますわ。アリスのために作られたドレスなんですもの。似合わないわけないですわ」
「じゃあ、これにします」
アリスに迷いはなかった。自分で選んだドレスには思い入れがある。流行は追わない、シンプルなスタンダードなドレス。懐かしいと目を細めるアリスを見る姉妹はそれを止めようとしなかった。
アリスが自分で選んだ物ならそれが一番いい。似合うのはわかっているのだからと。
「アリス、アボット姉妹が来ていると聞いたが……」
ノックを三回鳴らしたあと、返事を待たずにドアを開けたカイルが一歩踏み込んだ状態で固まった。
目の前に立つ少女の顔に何度も瞬きを繰り返す。
「アリス、だよな?」
「そうです、お兄様」
驚いていると姉妹が笑い、アリスは兄がまた大袈裟な反応を見せるのではないかと少し身構えていた。
だが、カイルの反応は予想と違った。
「君たちがやったのか?」
笑顔ではないカイルに姉妹は顔を見合わせる。カイルなら絶対に「よくやった! わかっているじゃないか!」と大声で喜ぶと想像していたのだ。それはアリスも同じ。
しかし、目の前のカイルの顔は怪訝そのもの。
「ええ、そうですわ」
「今日はアリスと一緒にダンスパーティーに行く予定ですので──」
「ダンスパーティー? 聞いてないぞ」
「行く前に言おうと思って……」
パーティーに行くと言えば絶対にうるさいのがわかっていたため言わないでおいたのだが、こんなにも早くバレるとは思っていなかった。
予定がある日にカイルの機嫌を損ねることだけは避けたいが、来てくれた二人に失礼な態度を取られることはそれ以上に避けなければならないと口を開こうとしたアリスの前にナディアが腕を出した。
「化粧をすると女は気分が変わりますの。アリスは普段から薄化粧しかしないものですから、少しでも気分が変わればとお手伝いに──」
「余計なことをしないでくれ」
冷たく突き放すような言葉に場の空気が変わった。
馬車を降りる前から口を半開きにし、降りても表情は変わらず、玄関まで長く続く階段を見上げながら二人で手を握り合っていた。
「大きすぎますわね……」
「予想以上ですわ………」
「どうかしました?」
二人で何か呟き合っている様子に階段を上がりきったところで声をかけると二人はパッと笑顔を見せる。
ベンフィールド家が特別であることは誰もが知っている。それはベンフィールド公爵がやり手であるという噂を証明するものだが、証明しすぎだと二人は思った。
見渡す限り広がる整備された芝生と花壇。この敷地はどこまで続いているんだと探ろうにも奥は木々が生い茂り、どこが端なのかもわからない。
出迎える使用人の多さ、屋敷中を歩き回る使用人の多さ──アリスの部屋に着くまでどこを見ても使用人が見えない場所がない。
「こちらです。どうぞ」
「これは……」
「まあ……」
アリスが開けたドアから中に入ると真ん中で立ち止まった姉妹は部屋を見回して塞がらない口を手で隠す。
「広いですわね」
「お二人のお部屋とそう変わらないはずですが」
二人は侯爵令嬢。父親であるアボット侯爵は親バカで有名。その娘の部屋が狭いわけがないと言うアリスに二人は顔を見合わせてにっこり笑ってアリスを挟むように左右に立った。
「では今度、うちに招待しますわ」
「部屋を見ても同じことが言えるかしら?」
「え……あ、あはは……言えますよ、きっと」
二人の雰囲気からして違うのだとわかったアリスはこれ以上余計なことは言わないように話題を切って鏡台の前へと向かう。
「こんなこと、普段なら絶対に聞きませんけど……聞いてもいいかしら?」
「はい」
「使用人は何人雇っていますの?」
セシルもそうだったが、なぜ皆そんなに使用人の数を知りたがるのだろうと不思議だった。
「いやらしいことを聞いていることはわかっていますわ。ただ、この豪邸を管理するために必要な人数はどれぐらいなのか気になって。ほら、わたくし達の婚約者もそれなりの豪邸に住んでますの。だからどっちが多いかって……本当にいやらしい話ですわね……」
自分に呆れるナディアに空笑いをする。
「三百人ちょっとぐらいだとお兄様は言っていました。豪商の方と比べられると少ないかもしれませんが……」
豪商は国によっては王族よりも金を持っている一族もいると聞く。さぞかし煌びやかな豪邸に住んでいるのだろうと想像し、声を控えめに答えると二人の笑顔が固まった。石になったように動かない二人の前で手を振ることで戻ってきた。
「さすがですわね、ベンフィールド家」
「訪問できて光栄ですわ」
「来ていただき感謝します」
三人で頭を下げ合ったらアリスは鏡台の前の椅子に、二人は持参した化粧道具を広げて後ろに立って気合を入れる。
「アリスはいつも薄化粧ですわね」
「顔立ち的に濃いお化粧は似合わないんです」
「まあ、確かに」
「可愛らしい顔に濃いお化粧は似合いませんものね」
童顔であるため大人っぽい二人のような化粧は似合わないとわかっている。実際、ティーナの真似をして少し濃いめにしてみたことがあったが、驚くほど似合っていなかった。
だから化粧はいつも最低限に留めている。化粧道具も少なく、それほど興味もなかった。
鏡越しに見えるずらりと並んだ化粧道具。
「あ、あの……お二人のようなお化粧は似合わないと思うんです」
「ええ、存じてますわ」
「アリスにわたくしたちと同じ化粧をするなんてイジメのような真似は致しません」
「イジメ……」
それは似合わなすぎて笑われるからだろうかと勘繰るも口にはしなかった。
「アリスに似合うお化粧を昨夜アリシアと一緒に考えてきましたの。まずはそれを試させてくださる?」
「も、もちろんです! よろしくお願いします!」
姿勢を正すアリスが目を閉じると化粧が始まった。二人が持つ筆やパフが肌を滑る。
「やっぱりこっちのほうが似合いますわ」
「そうですわね。本人を前に合わせるとそっちが正解ですわね」
あれじゃないこれじゃない、こっちがいいあっちがいいと頭上で飛び交う会話を耳にしても不安はない。それどころか嬉しかった。二人が自分のためにこんなにも一生懸命になってくれていること、似合う化粧を探しながら施してくれること。
自分に自信がないからと殻に閉じこもっていては人生は楽しめない。大丈夫だと差し伸べてくれる手を握らなければ失礼にあたる。そんな簡単なこともわからず人の親切を拒否し続けてきた自分が情けなかった。
「さあ、どうぞ」
「目を開けてその目で確かめてみて」
カタンと道具を置く小さな音を終了の合図に、アリスはゆっくりと目を開けた。
「…………」
鏡の中に映っている人物は目を閉じる前に見た人物は違い、目鼻立ちがくっきりとして見えた。
薄っぺらい顔をしていた少女ではなく、少し大人びた少女がそこにいる。
自分の顔ではなく鏡に触れて自分であることを確認したアリスは言葉が出てこず、口を開けて二人を見た。
「その表情で何が言いたいか伝わってきますわ」
「どう? これだけ似合っていれば髪が短くても気にならないと思いませんこと?」
アリスの性格上、口が裂けても自分で「似合っている」とは言えないが、心ではそう思っていた。
目が大きくハッキリとしているように見える。薄付きだがハッキリとして見える唇の輪郭。瞼に乗せられた色もよく似合っている。
「魔法みたいですね」
「だから化粧と言うのですわ」
「女の顔は一つじゃないと言う理由の一つですわね」
「じゃあ次はドレスを選びましょう!」
「アリス・ベンフィールドが持つドレスはどんなものか!」
「乞うご期待!」
「そ、そんな大層な物はありませんよ? 数も多くないですし」
母親が作る際に強制的に一緒に作られることがあるため少なくはないが、パーティー好きの令嬢たちのように多くもない。
部屋の奥にある衣装部屋へと続くドアを開けるとズラリと並ぶドレスに姉妹は目を瞬かせた。
「謙遜の使い方を間違えているようですわね」
「これは立派に多いと言いますのよ」
「え、でも、お母様はこの倍くらい持っていて……」
「それは……まあ……ベンフィールド夫人の嗜みでしょうね」
チャリティーにもよく参加しているためドレスを着替えることが多い母親の衣装部屋を何度か見たことがあり、アリスの中で自分はドレスをあまり持っていないのだと思っていたが、二人の言葉で考えを改めることにした。
「さすがというか……上質な生地で作られた物ばかりですわね」
「流行を取り入れた物ばかりですし」
一つ一つじっくりとドレスを見ていくが、二人の表情はそれほど明るくはない。
生地が上質な流行物のドレスばかりなのは羨ましくとも、貴族の流行はあっという間に変わってしまう。
昨日まで流行っていた物が今日はもうダサいと言われるようになることはよくある。そのため流行に乗っかって作るドレスは着れなくなってしまうことがほとんどで、アリスを完璧なレディに仕立てようと思っている二人にとってこれは想定外のことだった。
「これだけ、ですわね」
衣装部屋から持ち出したドレスはたったの五着。それもスタンダードな物ばかり。
「貸してあげられるものならそうしたいのですけど……」
「背丈が違いすぎますものね」
ドレスは全てオーダーメイドであるため、よほど体型が似ていなければ着ることは不可能に近い。
アリシアは背丈と言ってくれたが、実際は何もかもが違う。
アリスの身体に両手でも余るほどの胸はついていないし、キュッとくびれたウエストもなければ長い手足もない。二人と並ぶと自分の体型がいかにちんちくりんなものかよくわかる。
恵まれている人は恵まれていると無言で二人を見た。
「困りましたわね」
「ええ、とっても困りましたわ」
「このドレスで行くのは恥ずかしいですか?」
アリスはシンプルなドレスが好きだ。母親とそっくりであれば派手なドレスも似合っただろうが、残念なことに母親にそっくりと言われたことはない。だからこそ着てもおかしくないドレスを選ぶようにしてきた。母親がデザイナーに付け足せ付け足せと命じてもそれだけは絶対に許さなかった。
形はしっかりしている。生地も良い。だがシンプルすぎる。それが姉妹を悩ませている。
「いいえ、素敵ですわ。でも、せっかくだからアリスにもっと華やかなドレスを着せたいと思っていましたの」
「これらも似合いますわ。アリスのために作られたドレスなんですもの。似合わないわけないですわ」
「じゃあ、これにします」
アリスに迷いはなかった。自分で選んだドレスには思い入れがある。流行は追わない、シンプルなスタンダードなドレス。懐かしいと目を細めるアリスを見る姉妹はそれを止めようとしなかった。
アリスが自分で選んだ物ならそれが一番いい。似合うのはわかっているのだからと。
「アリス、アボット姉妹が来ていると聞いたが……」
ノックを三回鳴らしたあと、返事を待たずにドアを開けたカイルが一歩踏み込んだ状態で固まった。
目の前に立つ少女の顔に何度も瞬きを繰り返す。
「アリス、だよな?」
「そうです、お兄様」
驚いていると姉妹が笑い、アリスは兄がまた大袈裟な反応を見せるのではないかと少し身構えていた。
だが、カイルの反応は予想と違った。
「君たちがやったのか?」
笑顔ではないカイルに姉妹は顔を見合わせる。カイルなら絶対に「よくやった! わかっているじゃないか!」と大声で喜ぶと想像していたのだ。それはアリスも同じ。
しかし、目の前のカイルの顔は怪訝そのもの。
「ええ、そうですわ」
「今日はアリスと一緒にダンスパーティーに行く予定ですので──」
「ダンスパーティー? 聞いてないぞ」
「行く前に言おうと思って……」
パーティーに行くと言えば絶対にうるさいのがわかっていたため言わないでおいたのだが、こんなにも早くバレるとは思っていなかった。
予定がある日にカイルの機嫌を損ねることだけは避けたいが、来てくれた二人に失礼な態度を取られることはそれ以上に避けなければならないと口を開こうとしたアリスの前にナディアが腕を出した。
「化粧をすると女は気分が変わりますの。アリスは普段から薄化粧しかしないものですから、少しでも気分が変わればとお手伝いに──」
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