エロ漫画先生に犯されるっ!

雪見サルサ

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第一章 襲われがちなアラサー女子

第5話 初めてを奪われるっ!

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 “花山れい”ーー性別も年齢も非公表。
 SNSもやっていなければ、メディア出演の経歴もない珍しいタイプの漫画家である。
 得意なジャンルは少女漫画。
 『蛇石くんは犬王子』で大ヒットし、若い少女から老年の女性まで幅広い年齢層の女性を虜にしてきた天才漫画家である。
 女性の心の動きの機微や、主人公の造詣が深く、主人公の村上美月は本人、あるいは実在する誰かをモデルとしているのではないかとにわかに噂されている。
 その人は一体どんな素敵な恋愛をしてきたのだろう、とファンの間では”花山れい”の正体についての考察論争が巻き起こるほど。

 しかしその正体が、予想とは全くかけ離れた眼の前の大男だという。

「う、嘘だよね……?」
「いや、本当だ。ちなみにさっき上村さんが問題にした話は、最新話じゃない。今日更新された最新話では……」
「イヤァァァァァァ! 駄目ぇぇぇぇ!」

 私は咄嗟にネタバレに対する拒絶反応を示す。
 仕事が長引いたせいで、まだ最新話を読めていないことが裏目に出てしまった。
 堂島くんはそんな私を見て悪戯が成功したとばかりにニィと笑う。

「……冗談だ。流石にネタバレをするほど俺も意地悪ではない」
「うぅ……」

 さっき私が言った言葉をそのまま返されたような気分だ。

「でもまさか上村さんが俺の作品の読者だったとは思わなかった」
「ほ、本当に堂島くんが、花山れい先生? 信じられないんだけど……」
「まぁそうだよな。……なにか書くものあるか?」

 私の頭はまだ、カクカクとした動きでペンとスケッチブックを渡す。
 堂島くんはサラサラとスムーズな筆さばきでペンを動かすと、私に見せてくれた。

「……は、花山れい先生の、直筆サイン……!」

 その隣には主人公の”村上美月”の可愛らしいイラストが描かれていた。
 どうやら目の前の大男は本当に、少女漫画家……それもエロ漫画家らしい。
 眼の前の見覚えのあるサインと、美麗なイラストを見せられればこれ以上疑う余地はなかった。

「本当に、花山れい先生なんだ……?」
「ああ」
「あ、ああ、ありがとうございます! 花山先生!」

 私は敬愛する漫画家先生に会えて感極まったように頭を下げる。

「ペンネームで呼ぶのはやめてくれ。……恥ずかしい」

 堂島くんは、隠すように顔に手を当てていた。
 一応世間体を気にしている様子の堂島くんは、少しかわいらしいと思った。
 それにしてもまさか偶然あった同級生が、私の敬愛する漫画家先生だなんて。

(こんなことがあるなんてなぁ。……ん?)

 ふと、これまでの経緯を振り返る。
 はて、私は堂島くんに対して今まで何をしてきたか。
 原作者に対して、試すような問題を出し、さらに恥ずかしいセリフまで言わせてしまった。
 私は急激に恥ずかしさが込み上げてくるのを感じた。

「わ、私ったら漫画の原作者様に、あんな失礼なことを……! ぁぁぁぁあ! 私はなんてことをぉぉ……!」
「気にしていない。得意げな様子の上村さんが面白くてつい、な」
「言わないでぇぇぇ! もういっそ殺してぇぇぇ!」

 堂島くんがからかうようなことを言うので、私のライフはもうゼロである。

「すまない……冗談だ。ここまで俺の作品を好きでいてくれる読者に黙っているのはフェアじゃない気がしてな。……ただ上村さんに知られるのは、俺としては都合がいい」

 堂島くんはこう言うが、正直気持ちは複雑である。
 あれほど女性の心を惹きつけて止まない作品が、目の前の大男によって生み出されたということ。
 さらには私の心の機微や葛藤、性的な趣向まで全てが、この大男の手のひらの上だったということ。
 それを思うと、「ぐへへっ、俺はお前の恥ずかしい秘密を知っているぞ」と、生殺与奪の権を握られたような気分である。

「うぅ……弄ばれた……」
「上村さん?」
「堂島くん、ひどいわ……! こんな惨めな三十路の女を弄んで何が目的よ!」

 酔っていたこともあるだろう。
 私は少し悲劇のヒロインのようなテンションで堂島くんに詰め寄っていた。

「俺の目的か……それは"なぜ俺が舐犬彼氏を描いているのか"という話になるがーー聞きたいか?」

 それは"舐犬彼氏"の原点と呼ぶべきものの話。
 一般の読者では、知り得ない領域に私は踏み込もうとしていた。
 作品の性質上、普通に生きていてR18漫画を書こうとは思わないだろう。
 そこには堂島くんなりの葛藤や、あるいは過去にも立ち入るような壮絶な話に違いない。


「うん、聞きたい」
「……話せば、もう二度と元の関係には戻れないかもしれないーーそれでもいいか?」


(興味がある……)

 漫画家の裏話を聞けること、というよりは堂島くんの人生に興味があった。
 私の記憶では、堂島くんは高校生の時のままで止まっている。
 お互いそれほど社交的ではなかったし、学校で言葉を交わしたのも数度だけ。
 交わることのない存在だと思っていた。

 ふと、あの日のことを思い出す。
 三年の夏、球技大会の日のこと。
 一体どうして堂島くんが自殺未遂を起こしてしまったのか……。

 一人の人生を私が背負うというのはひどく不安だった。
 私には荷が重いかもしれないと思う。
 それでも……

「私は、堂島くんのことが……知りたい」

 女とは、人間とは単純なもので、自分に優しくしてくれた人には好意を抱く。
 秘密を共有できる人には親近感を抱く。
 そしてそれが異性ならば……。

「……わかった」

 堂島くんは短く言葉を発しておもむろに立ち上がる。
 そして私の前まで近づいてきた。
 ベッドに座っていた私は、その行動の意味がわからず混乱する。
 堂島くんは私のパーソナルスペースに入り込むと、なおも歩みを止めない。

 彼われの距離がわずか数十センチと近づいた時、堂島くんは私のあごを指で斜め上に傾けた。


(あれ、これって……)


 脳内ではどういう状況なのか、漠然と理解していた。
 人間が言語を習得するがごとく、私の頭の中に蓄積されてきた数ある物語達の中のワンシーン。
 小さい頃から、憧れ、熱狂し、夢見てきたその瞬間が訪れたのだと。

 それは避けようが無いものに思えた。
 私が知っているどの王子様よりも、力強くて、支配的で、少し荒々しい。



 私はーー堂島くんにキスされてしまった。


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