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序章 

婚約破棄 1

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「リーゼ、お前とは婚約破棄だ!」

久しぶりの夜会で、私、リーゼ・オルフェーヴル、19歳にそう告げたのは、婚約者であるはずのロレンツ・ウォルトン伯爵様だった。

両親が他界して、爵位は叔父様のものだった。妖精の住まうと言われるベルハイム国では、爵位を継ぐ者が財産も全て継ぐことになっている。だから、邸も領地も全て叔父様のものになっている。その叔父様一家がオルフェーヴル伯爵邸に住むようになり、その叔父様も半年ほど前に馬車の事故で他界した。そして、叔父様の次の後継者はロレンツ様だった。

この国は、女性が爵位を継ぐことはできない。だから、叔父様の子供はローラだけで彼女も私と同じように爵位は継げない。

お父様は、私が将来生活に困らないようにと、いずれ爵位を継ぐロレンツ様と婚約をさせたのはわかっていたけど、それはきっと叔父様たちも同じだったのだろう。だから、私からロレンツ様を奪ってローラと婚約させたのだ。

お城の夜会の招待状をいただき、仕方なくやって来ると婚約者であるロレンツ様は私のエスコートどころか迎えにも来ないで、その彼の傍らには従姉妹のフワフワの可愛らしい髪型のローラが勝ち誇ったように寄り添っていた。
ローラは、私のことがいつも嫌いなのだ。いつも私の持っているものは昔から欲しがっていた。爵位が叔父様に代わった時は、勝ち誇ったように「私が今日から伯爵令嬢よ」と喜々として邸の宝石やドレスなども全て奪われた。売られたものもある。

それでも、私がロレンツ様の婚約者だったから彼の両親の手前、私を邸から出すことはできなかったのだろう。

思い出すとため息が出そうになる。

婚約破棄したいなら、こんなところで叫ばなくてもいつでもお受けするのにと、冷めた心になってしまう。
夜会会場内は、ロレンツ様の前触れもない突然の出来事にざわつき始めている。

「わかりました。では、失礼します」
「あぁ。そうしてくれ。私のパートナーはローラだけだ」
「まぁ、ロレンツ様ったら……」

甘えるような猫なで声で、ローラがクスクスっと笑う。

彼が好きだったことはなかった。未練などあるはずもなく、その場を去ろうと踵を返すと、疲れて果てているのにどうして私は婚約破棄を叫ばれるために帰ってきたのだろうと思う。そう思うと、疲れから欠伸が出そうになるのをグッと堪えた。
そのせいで、目尻に涙が一滴浮かび、そっとそれを拭った。

勝ち誇った二人。そのまま去ろうとした私の周りからは嘲笑されていると、ざわつくように騒ぎだした。

「大丈夫ですか?」

振り向くと近衛隊の騎士様が心配げに声を掛けてきて、ロレンツ様を一瞥する。

「夜会でなんと無礼な真似を……」
「貴様に何かを言われる筋合いはない! 下がってもらおう!」

ロレンツ様が、キリッとした毅然とした態度でそう言うと、それを見た近衛騎士の顔に青筋が浮かんだ。

「ここをどこだと思っている。王太子主催の夜会だぞ。招待状のない人間が騒ぎを起こすなど言語道断だ。今すぐに出て行ってもらおう」
「私には、正式にウォルトン伯爵として招待状を頂いている。追い出す事は無理だな」

ロレンツ様が、勝ち誇ったように「ハハハ」と笑う。

「だが、そちらの女性は招待状など貰っていないはずだ。ウォルトン伯爵のパートナーは、リーゼ・オルフェーヴル令嬢だったはずだ。こちらの彼女ではないのか? ……追い出してもかまいませんね。ルーセル殿下」
「かまわないよ。私は、恥知らずな婚約破棄の場所を提供したわけでは無いからね」

ロレンツ様が、大きな声で婚約破棄を叫んだせいで、気がつけば主催者である王太子のルーセル殿下までもがこの場に来ていた。笑顔でロレンツ様の後ろに立っていたけど、その崩れない怒りを秘めた笑顔がヒヤリとした。後ろにいることなど気付かなかったロレンツ様までもが言葉を失う。
壊れた人形のように、ゆっくりとロレンツ様が後ろを向くと冷ややかな笑顔のルーセル殿下と目が合い、ロレンツ様は微動だにしなくなった。

その様子のロレンツ様を無視して、近衛隊の騎士様が手を上げて合図を出す。

「この令嬢を連れていけ!」
「えっ!? ちょっと待って……っ、私は、ロレンツ様のっ……!? ロレンツ様! 助けて!!」
「ロ、ローラ……!?」

近衛騎士が手を上げると、控えていた警備についている騎士たちがあっという間にローラを連れだした。ローラは、青ざめ喚きながら夜会会場から出されてしまった。

婚約破棄をされた令嬢として、私に恥を欠かそうとしたのかも知れないが、あっという間に窮地に立たされたのは、オロオロしているロレンツ様と追い出されたローラになってしまっていた。
会場中がつい先ほどまで私を笑っていた方々もいたのに、あっという間にロレンツ様たちをひそひそと話し出している。

彼は、私を庇うような姿勢でロレンツ様を睨み続けている。
ロレンツ様は、先ほどの勝ち誇った表情はすでになく、後ろのルーセル殿下の冷ややかな視線と目の前の冷酷な視線の彼に挟まれている。それに、ワナワナと青ざめたロレンツ様は必死で耐えていた。
ロレンツ様に振り向くと、ルーセル殿下が私をジッと見つめており、視線が合うと笑みを溢し、手を紳士らしく差し出した。

「リーゼ。こちらにどうぞ」
「は、はい」

周りの視線を一身に受けていることを気にしてくれたのか、ルーセル殿下が私をこの会場から連れ出してくれた。







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