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第二章

妖精の森から出たさき

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次に目が覚めた時は、あの不思議な空気の流れる妖精の森だった。
森の中の草木にもたれて眠っていたのか、まるで本当の妖精になった気分だ。

『リーゼ。目が覚めた? 木の実食べる?』
「食べますけど……それは、食べても大丈夫なものですか?」
『毒じゃないから大丈夫でしょう』

相変わらずいい加減な返事の妖精から、木の実を受け取り食べると眉間にシワが寄るほど苦かった。妖精はいたずら好きだから、わざと苦い木の実を出したのかなぁと思いながら飲み込んだ。

「水の精霊はどちらに?」
『その時が来れば呼ぶようにと言って、どこかに行ったわ』
「どうやって呼ぶのか聞いてないんですけど……」
『私が呼べば来るから、心配しなくていいわ』
「一緒に来てくれるの?」
『いくら妖精の愛し子でも、リーゼ一人じゃ妖精の森は出られないからね』
「いたずらで私を迷子にしないでくださいね」
『疑り深いわねー。昔は素直で可愛かったのに……』
「苦労しましたからね」

立ち上がりスカートの草や葉っぱを払うと、妖精が「こっちよ」と出口に案内してくれる。
妖精の森の広さはどうなっているのかわからないけど、目の前のこの妖精は迷うことなく進んでいる。その先には、この森の中の光とは違う太陽の光が射しこみ始めていた。

「出口……」
『迷子にしなかったでしょう?』
「疑ってすみません……」

ふふんと勝ち誇ったように言う妖精に謝り、駆け足で妖精の森を抜けると、馴染みのある太陽の光が眩しく一瞬目が眩み目を隠す。すると、聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

「リーゼ」

眩んだ目をはっきりと開くと、そこにいたのはルーセル様だった。

「ルーセル様……どうして……」
「おかえり。リーゼ」

両手を広げて私を迎え入れたルーセル様が、妹を慈しむように抱きしめて来た。

「大変だったね……でも、もう大丈夫だ」
「エクルース国に私を助けに来て下さったなんて……」

まさかルーセル様が来てくれるなんて予想外で、彼の腕の中で感謝しながらも驚いてしまう。

「リーゼ。ここはエクルース国ではないよ」
「えっ……」
「ここはベルハイム国だ。リーゼは、妖精の森をエクルース国から超えて来たんだよ」

……思考が止まる。エクルース国から妖精の森に入ったのは昨晩だ。エクルース国とベルハイム国の距離を考えたら飛竜を使ってでも一晩ではたどり着けないほど遠いはず……。

「……噓ですよね? だって、私は昨晩はエクルース国にいたんですよ?」
「時間がずれたのかな? 妖精の森は時間の感覚がないと聞いていたから……リーゼが、逃げてからすでに二週間は経っているんだよね」
「に、二週間!? そんなはずは! ご飯だって美味しくない木の実一個ですよ!?」

二週間分のご飯は!?

『せっかく取ってきてあげたのに失礼ね。大体、妖精の森に時間の感覚はないと言ったでしょう? 森の中と外は時間の流れが違うし、リーゼは時間の歪に入ったから、出入りに時間がずれていてもおかしくないわよ。だから、早く帰ろうと言ったのに……』

妖精が頭をつつきながら言う。

「リーゼが一向に妖精の森から出てこないから、リヒトがベルハイム国の私に助けを求めに来たんだよ。竜騎士団を率いてきたから何事かと思ったよ」
「リヒト様が?」
「暗殺者は全て捕らえて、ネーベル公爵たちも全員捕縛しているらしいよ。それなのに肝心のリーゼが居なくなったままだから、リヒトが血眼になって探しているんだよ。この私を案内役にしてまで妖精の森に入ろうとしていたから、止めるのが大変だったねぇ」

あんな広い森に入って見つかるわけないだろうと言いたげにルーセル様が腹黒い笑みで、呆然とする私を見下ろしていた。

「リヒト様が私を……」
「リヒトは、ずいぶんリーゼにご執心みたいだね。リーゼはどうかな? 惚れた?」

ニコニコと笑顔で聞いてくる。結婚するかどうかの最終確認のつもりなのだろうけど、この腹黒い殿下の思惑通りなのは少々ムッとしてしまう。

「……ルーセル様に言われたからではないですよ」
「それはいいね。自分の意志で好きになるのはいいことだ」

にこりとするルーセル様に、彼の思惑通りになり負けた気分になる。

「そのリヒト様はどこですか? エクルース国に帰国しました? でしたら、すぐに私をエクルース国に……」
「昨日までは、一日中ここに張り付いて待っていたんだけどねぇ……感情がたかぶっているせいか魔力が溢れて妖精が嫌がるし、誰もリヒトに近づけなくなっていたから、昨晩から近くの別荘に行ってもらった。あれほど魔力が溢れているとは少し驚いたよ……」

二週間も魔力を吸収してない。

「すぐに行かないと……」
「そのほうがいいね。リヒトは怒っているみたいだったし、あれほど感情が高ぶっているならすぐにでも落ち着かせないと……フューリーにでも憑りつかれたら大変だ。ここは妖精の森の側だからどんな妖精が現れるか、わからないからね」

フューリーは、人の精神に干渉する妖精だ。それも人の怒りに反応すると言われている。
憑りつかれれば我を忘れて暴れるらしい。

ルーセル様と話している間に、いつの間にかグレン様が馬を準備していた。

「リーゼ様。よくぞご無事で……ルーセル様。馬を準備しました。すぐに」

お礼を言うと、グレン様は安堵した表情を見せた。

「グレン、助かるよ。さぁ、リーゼ。リヒトのところに連れて行ってあげるよ。私は、何度もリヒトと手を繋ぐのはごめんだからね」
「リヒト様と、手を繋ぐ?」
「あれだけ魔力が溢れているのに、二週間も何もせずに平気なわけがないだろう。側近たちが女を呼ぼうとしていたけど、リヒトはそれにますます怒るし……仕方ないから、私が妖精に魔力吸収を教わってリヒトから吸収したんだよ。あそこまで魔力が溢れていることがわかっていたら、すぐにエクルース国に追い返していたのに……なぜ、私がリヒトと手を繋がないといけないのか……」

ルーセル様は、最初はリヒト様がここに居ることを承諾したのに、魔力の溢れている量が予想をはるかに超えていたようで、途中からはエクルース国で待ってもらえば良かったと後悔したらしい。笑顔でイヤそうな顔をするルーセル様と手を繋ぐリヒト様の二人の様子が浮かんでしまう。
そのうえ、魔力吸収の魔法をルーセル様は使えなかったらしく急遽妖精に教わったらしいけど、それよりも男同士で手を繋ぐことが嫌だったらしい。

「それでも、リーゼほどは吸収できていないようだから落ち着かないんだ。あとは頼むよ」
「はい……リヒト様に早く会わせてください」
「ふふ……妖精姫のお望み通りに」

楽しそうに笑うルーセル様の馬に乗せられて、妖精の森に背を向けてリヒト様のいる別荘へと駆け出していた。




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