先生、わがまま聞いて

香桐れん

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<五> 先生の家

13 家に行く

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     13 家に行く
 
 学校最寄りの駅から先生の自宅があるE町までは、電車を乗り継いで五十分ほどかかった。
 電車の明るい電灯の下で、先生の表情はすっかり普段どおりに戻っていた。白い頬にも目元にも涙の跡は残っていなくて、瑛斗は密かに安堵した。
 車内は会社帰りの人々で肩が触れる程度に混み合っていた。
 瑛斗たちはほとんど口をきかなかった。
 先生はずっと向かい合うかたちで寄り添い、何を見るともなく瑛斗の制服のボタンのあたりに視線を向けていた。
 こんなに身長差があったっけ。瑛斗は至近距離から見下ろしながら、艶のある頭髪や、くるりと上を向いた濃いまつ毛を見つめた。
 瑛斗は野球部の中でも大柄な方だったし、退部してからすっかり髪も伸び、大学生と見間違われることも増えていた。制服さえ脱いでしまえば先生と自分はカップルのように見えるだろうか――。そんなくだらないことを考えるうちに目的の駅に到着した。
 
 駅に降り立ち改札を出ると、正面に街路樹の植えられたロータリーが広がっていて、周囲をぐるりと沿うようにいくつかの店が建ち並んでいた。
 駅前の明るい通りの向こう側には静かな住宅街が広がっている。
「ここから歩いて十分ぐらいなの」
 別れの挨拶を言い出しそうな口調だった。瑛斗はすかさず「家まで行く」と言い、先に歩き出した。
 呆然とした様子で立ち尽くしていた先生が、後ろから小走りで駆けてきた。
 腕に触れるほどの距離で先生が隣に並んだ。瑛斗はすぐにその手を取った。
 手を握っても今度は拒否されなかった。
 おずおずと握り返してくるのを感じ取りながら、暗闇だからだろうか、とか、この辺りに住む学校関係者はいないのかもしれない、とか考えた。
 もしかすると、今夜の予定が急になくなり、人恋しいだけかもしれない――一瞬頭にぎったそんな考えは、すぐさま払いのけた。
 住宅街を進む静寂に包まれた薄暗い道は、ごく緩い登り坂になっていた。街灯の心許ない光の中でも、この周辺の生活レベルが低くないであろうことが窺えた。
 坂を登り切った辺りに建つマンションの前で、先生は足を止めた。
「ここ」
 先生は少しの間躊躇した様子で瑛斗を見つめてから、小さな声で「寄ってく?」と尋ねた。
 瑛斗は無言で頷いて、先生と一緒に共同玄関のドアをくぐった。
 
 
 
 
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