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幼馴染って

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「テオ・・・。」
「なんだ?」

 皇太子宮のテオドールの私室、部屋につくなりリリィベルが口を開いた。
 テオドールは浮かない顔のリリィベルを見て、ふっと笑みを浮かべた。

「お前の幼馴染をボコって怒ってるのか?」
「そんなっ」
 リリィベルは戸惑った表情でテオドールの両腕を掴んだ。

「そんなんじゃありませんっ・・・・。」
「あれは、あの者が言い出した願いだ。俺だって真剣に受けたつもりだ。
 少々失望はしたがな・・・・。だが、あいつは勝負に願いを掛けた。リリィ、お前に関する事だ。
 俺は、手加減はしてない。あの者が俺に追いついてない。ただそれだけだ。

 それに、城に居る間は訓練に参加できるようにイーノクに伝えてあるから心配するな。」

 テオドールは、すっとリリィベルから身体を離し、ぼすっとソファーに座った。
 テオドールの後ろ姿をリリィベルは見つめた。

「・・・お前の護衛をしたいと言った。だが、それは認められない。
 俺に負けたんだ。任せられない・・・。ここはブラックウォールじゃない・・・。」

 怒っているのか、少し声がいつもより低かった。

「・・・テオ、グレンに・・・機会を下さったのですね・・・。」


 ふんっとテオドールは鼻を鳴らした。
「・・・・お前は・・・あいつじゃなくてもいいだろ・・・・?」

「テオが居れば・・・私はそれで構いません・・・・。」

 ソファーの背を挟み、リリィベルはテオドールの首筋に抱き着いた。

「・・・・俺は、俺の認めた奴でなければお前を任せられない・・・・。

 2人の事は信頼してるが、本当は自分で守りたい・・・・24時間ずっとだ・・・・。」

 リリィベルの腕を優しく掴みそう呟いた。
「・・・テオ・・・。」


「俺の気持ちも・・・理解してくれ・・・・。」
「嬉しいです・・・・。」

 スッと瞳を閉じて、リリィベルは抱きしめる手に力を込めた。


 幼馴染は・・・・どう足掻いたって無理だ・・・・。


 未来はもう・・・・俺のものだ・・・・・・。






 翌朝、いつも通りの朝を迎え、執務室へ向かう途中、訓練場が見えた。
 その中には、グレンの姿があった。イーノク達がリリィベルを迎えに来た際にきいた。
 朝の部から、グレンは訓練に参加したと。

 訓練は、俺が前世でやっていた稽古メニュー。どうやらハードらしく騎士団の者でもついてくる者は少ない。そうしてついてこられるようになったのが今の4人とフィリップだ。
 グレンは、第一部の訓練を何とか乗り越えたそうだ。

「・・・・・ふっ。」

 気に食わなさげにテオドールは鼻を鳴らした。

 分かっていた。きっと、訓練をやり遂げるだろうと。
 そしてどんどん強くなるだろう。



「・・・けど、俺は負けねぇよ・・・。」

 そう呟いて執務室へと歩いた。



 守りたい幼馴染が居るってのは、俺も分かっている。

 だが、暁と礼蘭だった頃のようにはいかない。



 俺達は・・・・・番(つがい)だから・・・・。




 お前は、入ってこられない。



 入れるとしたら・・・・この世で俺が死んで、リリィの隣が空いたとしたら・・・・・。



 けど・・・死んでなんかやらねーよ・・・・。


 俺は、この世でちゃんと・・・番(つがい)と人生を歩むのだから・・・・。




 俺の番である以上、お前の場所はリリィの隣じゃない。



「グレンが訓練に出たのね‥」
「はい、リリィベル様。」
「そう‥‥。」
「初日で1部を乗り切っただけでも、大した者です。
 大体は後半立ってられない者もいます。」

 妃教育室までの道のりでイーノクから話を聞いた。
 イーノク達も朝の訓練を終えて来てからここへ来る。

「ハーニッシュ卿は、強くなりますよ。」
「そうなのね‥‥。」

 リリィベルの顔は複雑だった。




 グレンの顔を久しぶりに見て感じた違和感。


 心の中で、つぶやく。



 〝違うのよ〟


 って‥。私の心が‥‥‥。


 何が違うの?と自分に問いても、答えは見えない。


 グレンは幼い頃からそばに居た。


 黒髪の男の子。


 私は何の気もなく、いつもそばに居たのが彼だった。



 一緒に遊ぶのは楽しかったし、勉強も一緒だった。


 彼が剣術を始めた時も、何も思わなかった。




 それが彼だと。言う事に‥‥。



 彼が大人達に紛れて優勝したことも、喜ばしく感じていた。



 今の私は、どう感じていると聞かれたら、



 違う‥‥‥と答える。


 グレンには申し訳ない気持ちが浮かんでくる。



 テオドールに出会ってから感じた、グレンに対する感情。


 あぁ、違う。違った。彼じゃない‥‥。




 私の為に強くなろうと必死になっていた彼に、

 私は、テオドールの言葉が頭をよぎる。


 〝俺は・・・そうだな・・・・守りたい人が見つかったときの為に・・・必死だった。

 お前のことだよ・・・リリィ〟


 視察からの帰り道で、テオドールが言ってくれた言葉だ。


 遠く離れた地で、彼は剣術の稽古を重ねていた。
 それは皇太子という義務、だったかもしれない。

 けれど、守りたい人が私だと言ってくれた言葉に、胸が激しく高鳴ったのだ。


 必死でその腕を磨いて、私を待っていてくれたと考えると、それがロマンチックな台詞で、
 口から出まかせだったとしても。私がいるからそう言った言葉だったとしても
 私の心は強く掴まれた。


 それが、本当のような気がしてならなかったから・・・・。

 テオドールは本当に、強かった・・・・・。



 今も、昔も・・・・・・・。


 それが当然の様に思えた。彼は強い。強かった・・・・。


 だからこそ、グレンに合わせる顔がないのだ・・・。


 私の護衛騎士まで願い出た彼に。


 私は・・・・なんて事を考えているんだろう・・・・・。


 私はひどい女だ・・・薄情だ・・・。


 彼に幼馴染と連呼されるたびに思う。


 違う。と・・・・・。


 私の中で、破裂しそうなの・・・・。それくらい。違うの・・・・・。


 私は黒髪の彼に、誰を見ていたのかを・・・・。


 グレンに恋愛感情を抱いた事はない。ただ、黒髪の彼に重ねていただけ・・・。


 今は分かる。


 彼は決まって・・・・黒髪で私を見つめるの・・・・・。



 だから・・・グレンにかけてあげられる言葉がなくて、私は自分が卑怯だと思うの。



 こんな時ですら、幼馴染の気持ちを気遣ってあげられる事もせず。

 テオドールばかり見つめてしまう・・・・。


「リリィベル様?」
「っ・・なぁに?」
 アレックスに声を掛けられてハッと顔を上げた。
「お部屋、つきましたよ?」
「あっ・・・そうね・・・。いつもありがとう、2人とも。行ってきます。」
「「はい。リリィベル様。」」

 2人は爽やかな笑顔を向け、礼をしてくれた。その姿に笑みを返し扉を開けた。

 テオドールの妃になるための勉強。皇太子妃となるために必要な作法、教養、知識、あらゆるすべてをこの身体に身に着ける為。結婚式が早まったのだから・・・・。


 そう、私は・・・早く、テオドールのお嫁さんになりたいの・・・・。



 もう、あなたから、離れる時間が耐えられない・・・・・。



「ふぅ・・・。」
「お疲れですね。リリィベル様・・・。」
「あ、えぇ・・・少しだけ・・・・。」

 教育を終えた夕陽が差し込む城の廊下、帰り道イーノクがリリィベルを見てそう言った。
「少しでも、授業を急がないと・・・。」
「ご無理をなさいませんように・・・リリィベル様の御身に何かあれば・・・。」
「大丈夫よ?眠ったらすぐに治るもの。それに…テオがそばにいると忘れちゃうの。」

 毎晩のようにテオドールと眠る時間は、リリィベルにとって安らぎと愛しい時間だった。


 例え・・・・どんな悪夢を見ようとも・・・・。


 目を覚ませば、彼が居てくれる。



 そんな帰り道の廊下、向かう先にグレンが立っていた。その姿を見てリリィベルはハッと足を止めた。

「・・・・グレン。」

 グレンが申し訳なさそうな面持ちで、こちらを見ていた。
「お嬢様・・・・。」

「あれ、ハーニッシュ卿、訓練終わったのか?」
 イーノクが声を掛けた。
「はい・・・今朝はありがとう御座いました。」
「いや、一部だけでも疲れただろう?」
「まぁ・・・おかげで、皆さまの強さを知る事が出来ました。感謝いたします。」

 グレンが弱々しく笑った。

「・・・ここは・・・皇太子宮に繋がる道よ?どうしたの・・・?」

「あ・・・・はい。お嬢様、私に少しだけお時間を頂けませんでしょうか?」
「え・・・・・。」

 その願いの為に、グレンはそんな顔をしていたのだ・・・・。断られるのを覚悟で・・・。
 リリィベルは、イーノクとアレックスの顔を交互に見た。

 異性と二人きりになる訳にはいかない。

「・・・・グレン・・・あのっ・・・・。」
「私が付き添います。リリィベル様、ならば殿下にも・・・・。」
「っ・・・いや・・・・待ってっ・・・テオと一緒じゃなきゃっ・・・。」


 フラッと・・・リリィベルの身体がよろめいた。
 目の前が真っ暗になるような気がした。
「リリィベル様!」
 イーノクが慌ててその身体を支えた。
「っ・・・て・・・・・お・・・・・・に・・・・。」

 フ・・っとリリィベルの意識はそこで途切れた。
 目を閉じる瞬間、見えた黒髪のグレンが駆け寄る姿が見えた。


 あぁ・・・ダメよ・・・・。



 あなたじゃ・・・ない・・・・・・。
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