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瞬き

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 俺は知ってる‥‥‥

 微かな‥‥


 この星の煌めき‥‥‥



 幻のような‥‥



 涙に濡れた君の顔‥‥‥‥




「‥‥‥ぁ‥‥‥お前‥‥‥なんで‥‥‥」


 扉の前にリリィベルが立っていた。

「‥‥寝てたんじゃなかったのか‥‥?」

 喉の奥から絞り出した言葉。
 月光に照らされたリリィベルの青白い姿。


 にこりと微笑む愛する人がいる。


 音もなくただ近寄ってくる。

 座り込んだテオドールのそばに膝をついて、



 抱きしめた。


「リリィ‥‥‥?」
「‥‥‥あなたを‥‥1人にしたくなくて‥‥‥。」


 やっと声が聞こえた。

 それは、今か前世(むかし)か‥‥‥。



 テオドールは感じるリリィベルの小さな身体を抱きしめた。
 ほっとする温かい体温。


「あなたと‥‥離れたくなくて‥‥‥。」

 リリィベルの籠った力を僅かに感じて、呼吸した。
「リリィ‥‥‥。」


 感じる髪の感触と、触れる体温。
 耳元に感じる小さな息。


「‥‥目覚めたらあなたがいなくて‥‥‥

 どうしようもなくて‥‥‥


 私‥‥‥もう限界みたい‥‥‥っ‥‥‥。」


 泣き声のような言葉が胸に染み渡る。

 テオドールの瞳が揺れた。




 それからは、魂と体温と息遣いに神経を持っていかれて。

 ベッドに倒れ込んで、夢中で抱きしめた。

 月明かりで光る顔を見て、心底ほっとして、ときめいて、
 愛しくて、たまらなくて‥‥。


「っリリィ‥‥‥大丈夫だよ‥‥‥。

 俺は‥‥お前を‥‥忘れたりしない‥‥‥。」

 涙がリリィベルの頬に落ちて、その涙を受けて、
 リリィベルは、安心したように笑った。

「‥‥はい‥‥っ‥‥‥あなただけが‥‥‥

 私を探して見つけてくれるって‥‥信じてましたっ‥‥。」



 初めてこの世界で、裸で抱きしめ合った。


 心が潰れそうだ。


 確かめ合うその体温と、愛。
 どんな世界に居ても、離れる事はできない。


 溶け合う身体で、繋ぎ止めて、絡み合う唇で刻んで


 もう2度と離れたくないと願って願って願って



 言葉だけじゃ足りなくて‥‥





 この魂は、一つで出来ていると、そう思い知る夜だった。





「‥‥‥リリィ‥‥つらくないか?」


「‥‥大丈夫‥‥です‥‥‥。」


 いつもの部屋で、抱きしめた。
 直に感じる肌と肌は、最初から分かっていたように吸い付いている。

 暁色に染まる。朝がやってくる‥‥。


 テオドールは、リリィベルの汗ばんだ前髪に唇を付けて諦めたように笑った。

「へへっ‥‥‥父上に、怒られるな‥‥。」
「ふふっ‥‥‥一緒に怒られましょ‥‥?」

 後悔は少しもなかった。これが自然だから。


「‥‥‥幸せで、目が眩みそうだ‥‥‥あんなに、
 怖かったのにな‥‥‥今、幸せで怖いくらいだ‥‥。」

 テオドールの瞳に、溜まった涙がそれを示していた。

「私もです‥‥‥あなたと、こうして抱きしめ合う事が出来て‥‥‥。ずっと、包まれていたいです‥‥。」



 ずっと我慢してきた。でもきっと‥‥


 お互いに限界だったんだ‥‥。



 積もり積もった想いが、不安に弾けて大波となって押し寄せた。止まる理由を忘れてしまった。


「‥‥‥もう少し‥‥ねよ‥‥‥?」
 解放感と、疲労でテオドールの目はゆっくりと落ちていった。リリィベルも吸い込まれるようにその感覚にのまれていった。


 起きたらまた、問題はたくさんあって、

 でも。少しだけ強くなれたような気がしてて、




 離れないよって、身体を繋いだこの絆が、
 大丈夫だよって、何度も教えてくれた気がした。






「ぅ‥‥‥っ‥‥‥。」

 吸い込んだ声で漏れた。
 いつまで経っても呼ばれずに扉の前で立ち尽くすメイド達の俯いた顔。扉を開けて衝撃を受けたオリヴァーの第一声だった。


 静まり返ったテオドールの部屋。
 きっと疲れて気絶したように寝てるのかと思いきや、
 テオドールのベッドに、マーガレットと一緒に寝たはずのリリィベルと、テオドールが裸でシーツにくるまっていた。


「っがっ‥‥‥‥ぁ‥‥‥‥‥‥っ‥‥‥はあ‥‥‥。」


 頭を下げて、片手で両目を覆った。


 オリヴァーはしばらく沈黙した。


「やっちまったなぁ‥‥‥。」
 小さく呟いた。


 スヤスヤと眠る2人に、そんな言葉しか出てこなかった。

 くるりと後ろを向いて、また深く溜息をついた。



「気持ちはわかるがな‥‥‥‥なぜ俺は見たしまったんだ‥‥」

 息子の諸事情を目の当たりにして、やり場のない気持ちが込み上げてきた。

 だが、どうしても本気で怒る気になれないのが情けない。


「わからない‥‥‥まだわからない‥‥‥そんなっ‥‥

 1日だけじゃ出来ない‥‥っ‥‥それはダメ‥‥だ‥‥‥

 いやっ‥‥‥例えそうでもっ‥‥いや!っ‥‥‥


 俺だって、一回じゃないっ‥‥‥‥大丈夫だ‥‥


 いや、受け入れるがな?!嬉しいがな?!


 ‥‥‥まだ子供は‥‥せめて結婚式まではっ‥‥‥


 5ヶ月‥‥いや、分かってもギリ4ヶ月っ‥‥‥。


 うぅぅんぁぁあああ‥‥‥‥。」





 ぶつぶつとした声に、返事が来た。

「うっせ‥‥‥‥。」
 寝ぼけ眼の息子からの声が。


 ギロっとオリヴァーがテオドールを見た。
 その殺気に目覚めたテオドールは、ガバッとリリィベルを隠した。

「嘘でしょ!」


 みたの?!っと言いたげな驚いた顔のテオドールがそこにある。

「それはこっちの台詞だバカ息子。」
 ニコリと微笑んだオリヴァーだった。

「ちょ‥‥っ早く出てくださいっ‥‥‥」
「なんだと?」

「気まずいでしょっ‥‥出ろって‥‥‥。」

「そんな口を聞いていいのか?」
「‥ちょっ‥‥‥ごめんなさい、とりあえず、出て‥‥

 出ててっ‥‥‥ください‥‥。出ろよマジでっ!」

 冷や汗を流してテオドールはお願いした。

 オリヴァーの頭に角でも生えそうなくらいの笑みが浮かんだ。

「パレードまで2時間だ‥‥‥。チッ‥‥‥さっさと用意しろ。

 後でじっくり話聞くからな‥‥‥‥。」

 最後の言葉だけ、とてつもなく低い怒りの声が腹に響いた。

 テオドールはゴクっと息を呑んでコクコクと頷いた。




 パタンと扉が閉められた。

 両手が勝手に胸に当てられた。
「‥こぉぉぉぉ‥‥‥‥えぇぇぇ‥‥‥‥‥。」

 すぐバレた。と言うか、こんな姿を見られた。
 最早見られた。すぐバレた。

 そんな言葉が頭を駆け巡った。

 すごく悪い事をした気分になったのは久しぶりだ。
 前世ではフルオープン生活だったはずなのに
 習慣とは怖いものだ。

 ダメだダメだと思いながら、起こったこの出来事は、
 しばらく2人の間で楽しむはずだった。


 だが、そんな予定はあっさりと破り捨てられた。


「‥‥‥‥‥。」

 テオドールは、何を思ったか、チラリとリリィベルに掛けたシーツをめくった。


「‥‥‥‥‥ぅう‥‥‥。」

 小さく唸った。
 艶めく姿に唸ったのだ。

 小さくリリィベルは身震いした。
「ごめんなさい。」

 そう言ってまたシーツをかけた。


 もっと格好付けておはようってしたかった。


 けれど、そんな朝とは無縁となったし、
 これからパレードに向けての支度が待っている。

「リリィ‥‥‥リリィ‥‥‥。」
 耳元で小さく囁いた。
 その声に嬉しそうに身じろいで、口元が笑う。

「はぁ‥‥‥くそ‥‥‥かわい‥‥‥。」

 このまま2人で過ごしていたい。

 めでたく明けましておめでとうになってしまった。

 だが、皇族と婚約者はそんな言葉で祝ってる暇はない。

 リリィベルの前髪をかき上げて、額に口付けた。
「リリィ起きてくれ‥‥‥。」
「んん‥‥‥テオ‥‥?」
「うおっ‥‥‥。」
 片目を開けて、細い腕を伸ばしたリリィベルに引き寄せられた。

 抱き寄せられて、テオドールの顔は赤く染まった。
「リリ‥‥‥すまん‥‥時間がねぇ‥‥‥。」

「ん?‥‥‥んんん‥‥‥‥。」

 テオドールの胸板が目の前に映って、リリィベルは驚いて目を見開いた。

「あ‥‥‥‥。」
「おはよう‥‥リリィ‥‥‥。」


 辛うじて上半身を抱き上げて、恥ずかしそうに呟いた。

「テオ‥‥‥っ‥‥私っ‥‥‥あの‥‥‥。」
 リリィベルの顔がどんどん赤く染まっていった。
「身体はつらくないか?」

「あ‥‥‥‥えと‥‥‥‥。」

 昨夜はかなり濃厚な時間だった。
 初めてのその時間に、テオドールも余裕かましてる思考回路はちぎれ取れていたはずだ。

「わりぃ‥‥‥体つらいだろ?‥‥風呂に長めに浸かってられるように、今すぐ起きよう‥‥な?」

「あ‥‥‥はい‥‥‥。」
「ふっ‥‥‥照れくさい朝になっちまったな。」


 そう言ったが、テオドールはリリィベルに口付けた。

 お決まりのその合図で、朝が始まる。


「んふっ‥‥‥‥おはようございます。」

 リリィベルも、柔らかく微笑んだ。
 その笑顔を見て、テオドールは満足そうに笑った。


「愛してる‥‥‥リリィ‥‥‥。」



 嬉しくて、恥ずかしい朝となった。
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