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第二章

ロマンスのはじまり 2

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「愛美ちゃん、幼稚園の先生なんだね。そんな雰囲気だわー」

 真ん中に座る中井さんがそう言うと、千紘さんも頷いている。

「うんうん、ほんわかしていてかわいい。あ、ちなみに私も小春と同い年だから敬語抜きで話そうね」

 千紘さんの年齢がわかりホッとしたのも束の間、まさかの同い年とは思ってもみなかっただけに、今日も驚きの連続だ。

 なぜなら千紘さんは、お化粧や髪型もバッチリで、見た目にしっかり時間とお金をかけていることがよくわかる。

 それに比べて私ときたら、メイクはファンデーションとチーク、薄い色のリップと申し訳程度にしかしておらず、メイクを落とせば中学生と間違えられても仕方ないくらいの童顔だ。

 髪の毛も、邪魔になるからといつも後ろで一つに括っているせいで生え際に変なくせがついてしまっている。だから今日も、いつもと同じように括っている。

 服も、こういった場でどんなものを着用すればいいかわからなくて、とりあえずミモレ丈のワンピースに、体温調整のため薄手の上着を羽織っている。

 日々園児を追いかけ回して運動靴が通常仕様なので、ヒールのある靴は履く機会がほとんどない。

 今日は頑張ってかかとの低いパンプスを履いているけれど、履きなれない上に私の身長が百五十二センチしかないせいで、どんなに背伸びしても子どものようにしか見られない。

 自己嫌悪に陥りながらも表情には出すまいと、作り笑いでやり過ごしていると、目の前に座る誠司さんが私に話しかけた。

「やっぱりどこかで見たことあると思ったら、美波の通う幼稚園の先生だったんだ。でも、それ以外でも、どこかで会ってるような……」

 ようやく合点がいったようで、うんうんと頷いている。

 幼稚園ではほとんど接点もないので、まさか私の顔を覚えていてもらっていたとは……

「そうですか? 港南へ来る前はさくら幼稚園に在籍していたんですが、もしかしたらさくらにいた頃、消防署へ見学に行かせてもらったこともあったから、その時でしょうか? さっきは個人情報になるから、美波ちゃんの名前は出さないほうがいいと思って、あんな言い方してしまってすみません……」

 思わせぶりな言葉で、気分を害していたら申し訳ないと思っていたけれど、今の表情からすると、そんなことは思っていないようだ。

「ああ、どこかで見かけたことがあるのは多分それだ。美波のこと、お気遣いいただいてありがとうございます。四月に一度、お迎えの時間を間違えて遅れて幼稚園に駆け込んだ時、美波のそばについていてくれた先生ですよね? あれから美波は家でも『まなみせんせい』の話をよくするので、知らない人とは思えなくて……」

 後半の言葉は誠司さんのリップサービスだと思うけれど、それでもちょっと嬉しく思う。

「そうなんですね、ありがとうございます。あの日、美波ちゃんからワンちゃんのお話を伺いました。ゴールデン、飼われているんですね」

 名前や唐揚げの話を聞いたことは黙ったままで、当たり障りのない話題を投げかけると、誠司さんもそれに続く。

「そうなんです。マロンって名前のメスなんですけどね」

 そこまで話をしたところで、四人の視線が私たち二人に向いていることに、ようやく気付く。

「二人は知り合いなんだな。二人の会話に入る隙がないから、今日はもう二人、カップル成立ってことで帰っていいぞ」

 藤本さんがそう言って誠司さんを揶揄うと、誠司さんはそれを真に受けたように席を立つ。

「そうか? じゃあお言葉に甘えて愛美先生、行きましょうか」

 誠司さんの反応に、私を含むみんなが驚く。もちろん一番びっくりしたのは私だ。

「え……、ちょ、ちょっと待って下さい。私、ここのお料理、すっごく楽しみにしてたんです。まだ一口も食べてないのに……」

 平日のランチ時間はもちろんのこと、お一人さまで外食なんてしたこともないし、ましてや今地元で評判のお店の食べ物を一口も味わえずに店を出るだなんて、そんなもったいないことできるわけがない。
 本気でそう思っているのに、みんなの反応は、私の予想と反して何だか微妙だ。

「あーあ、誠司、振られたな」

「ご愁傷さま、骨は拾ってやるよ」

「じゃあ、私と抜けましょう? ……ってやだ、そんな怖い顔しないでくださいよ。冗談ですから」

「愛美、あんたも罪なオンナね」

 藤本さん、中井さん、千紘さん、小春の順番で口々にする言葉の意味を考えると、どうやら私が誠司さんの誘いを断ったがために私が誠司さんを振ったと取れる。

「そ、そんな……っ、振るだなんて滅相もないです! 大塚さんみたいに素敵な方を振るだなんて……」

 必死になって弁解する私に、みんなが俯いている。これは一体……?

 少しして、みんなが肩を震わせて笑いを堪えていることにようやく気付いた。

「愛美ちゃん、最高! いやー、いいわ。見た目もかわいらしいけど、中身も純粋でいい!」

「色気よりも食い気ってとこが愛美よね」

 中井さんと小春は、笑いすぎて目に涙を浮かべている。

「もうっ、みんなしてひどい! だってここのごはん、美味しいんでしょう? お腹も空いてるし、すっごく楽しみにしてるんだからね」

 むきになって言い返す私を、誠司さんも笑いながら見つめている。園児の保護者さんに、こんな失態を見られたくなかった。

「すみません。愛美先生があまりにもかわいくて、つい翔太の冗談に便乗してしまいました」

 真正面からこんなイケメンにお世辞でもかわいいなどと言われて、私は今日、もしかして死んでしまうのではないだろうかと思うくらい舞い上がっている。それを表に出すまいと必死に堪えていると、どうやら私が怒っていると思ったのだろう。

「愛美、ごめんね。愛美の反応がかわいくてみんな調子に乗っちゃって、気分悪くさせちゃったね」

 小春が代表して私に謝罪の言葉を述べると、他のみんなも調子に乗ってごめんねと謝罪の言葉を口にした。

 みんなが謝罪をしてくれても、私の発言が原因だから、何だか居心地が悪い。どうにかして場の空気を変えようと、私は話題を振った。

「いや、謝らないでください。場の空気を悪くしたのは私のキャパの狭さが原因ですから。……せっかくの異業種交流会ですし、皆さんのお仕事の話を聞かせてください」

 それぞれが職場の話をすれば、そっちに集中するから流れも変わるだろう。

 私の目論見は見事に当たり、まずは千紘さんがその口火を切った。
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