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幼少期
10 妹との交流
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アドリアンネが目を開けたとき、いつの間にか眠ってしまっていたことに気づく。
ふと、シワだらけになったドレスを見た。
(シエナが見たら悲鳴をあげるわね)
シエナが悲鳴をあげる様子は見てみたい気もするが、見てみたくない気もした。
だからと言って、ドレスを着替えようにも、アドリアンネは着方なんてよくわからない。着せてもらうのが当たり前だったから。
(呼ぶしかないのかしら)
アドリアンネは、いつも置いてあるベルのほうへと視線を向ける。
いつもなら、了承や否定を示したりするときに使うのだが、本来は使用人が必要になったときに呼び出すために使うもの。アドリアンネが本来の使い方をしていなかっただけだ。
少し悩んだが、呼ばなかったら何もできないと思い、アドリアンネはベルを鳴らす。
数分後、一人の使用人がやってきた。
(ミィナだわ。珍しいのね)
彼女は数少ないと言っては失礼かもしれないが、あまりアドリアンネのことを恐れる素振りを見せない人だった。
ただ、シエナからは勤務態度に問題があるからという理由で、滅多なことでもない限りは、アドリアンネの世話には回されなかった。
「アドリアンネさま、どう……服を着替えたいんですね」
どうして呼んだのか聞こうとしたのだろうが、アドリアンネの服装を見てすべて察したようだった。
ミィナは慣れた手つきでドレスルームから替えのドレスを用意し、着替えさせる。
その間は、両手を満足に使えないため、アドリアンネは黙っているしかなく、着替えの間は沈黙が続いていた。
この着替えの間の沈黙が、いつもなら大したことないはずなのに、やけに長く感じていた。決して、ミィナが手慣れていないというわけではないというのに。
「アドリアンネさまも気をつけてくださいよ?シエナさまが来ていたら、屋敷中に悲鳴が響き渡っていたんですからね!」
ミィナの注意に、アドリアンネは頷くことしかできない。
何も否定できなかったし、眠ってしまったことは、完全にアドリアンネに落ち度があるからだ。
「髪も崩れているので、パパッと直しちゃいましょっか!」
ミィナの言動は、マナーに厳しいものが見たら、無礼なものだ。
屋敷に仕える者としては、その屋敷の主や血縁者には、どんなときでも丁寧に接しなければならない。
ミィナの言葉遣いは、お世辞にも丁寧に接しているとは言いがたかった。でも、アドリアンネは無礼だとは微塵にも感じない。
(これくらいの距離感で接してくれるのはありがたいわ)
異能の関係上、避けられることが多いアドリアンネは、この距離感が心地よく感じていた。
「これで見た目はよくなったと思いますよ!シエナさまも悲鳴をあげないはずです!」
ミィナの言葉に、アドリアンネは苦笑いしかできない。
(私に対しての悲鳴はあげないとしても、あなたにたいしての怒声ならありそうだわ)
そう思ったものの、当然ながら声には出さずに、心の中に仕舞っておいた。
◇◇◇
アドリアンネが気分転換に廊下を歩いていると、何やら視線のようなものを感じる。
アドリアンネが歩みを止めて、くるっと振り返ると、何かが壁に隠れたように見えた。
また前を見て歩き始めると、また視線を感じる。今度は止まらずに、振り返ってみると、一瞬だけ目が合ったような気がした。
でも、すぐに隠れてしまう。
(今のは、シェーノさん……よね?)
アドリアンネは、シェーノらしき人物が隠れた場所へと向かい、そこを覗いてみる。
すると、小さくうずくまっているシェーノが、アドリアンネを見上げるように視線を合わせてきた。
アドリアンネはその場にしゃがんで視線を合わせて、紙を見せる。
『どうしたのですか?』
アドリアンネがそう尋ねてみるも、何も返事は返ってこない。
そのままお互いに見つめ合っていると、やっと返事が返ってきた。
「……ね、姉さまを……見てたの」
『私を?どうして?』
アドリアンネは首を少しかしげながらも、そう書いて聞いてみる。
「お、王子さまに会ったって聞いて……どんな人なのかなって思って……」
少し照れた様子で、理由を説明してくれる。
シェーノの様子に、アドリアンネは思わず笑みが溢れてしまう。
『それなら、庭園でお茶会でもしながらお話しましょうか』
アドリアンネがそう提案すると、シェーノの瞳に光が宿る。
アドリアンネは近くの使用人に庭に茶会のセッティングをするように頼み、シェーノを連れて庭園へと向かう。
すぐに向かっても準備ができていないかもしれないので、少し庭園を見ながらゆっくりと向かう。
「きれい……!」
おそらくは無意識に、シェーノが庭を見てそう言う。
アドリアンネからすれば、一度あの城のきれいな庭を見てしまっているので、そんなにきれい?と思ってしまう。
あの城の庭を見たあとでは、ここの景色は少し色褪せて見えてしまう。
少しぐるぐると見て回ったが、やはり色褪せている。
(やっぱり、物足りなく感じてしまうわ。でも、お城と比べるのも失礼よね)
王城は、一流の職人に頼んで、草の一つ一つ、細部まで徹底的にこだわり抜いているからこそ、あのような美しい光景を目にすることができる。
職人としての技術の差や人数の差もあるのに、並べると考えるほうが浅はかというもの。
「アドリアンネさま。シェーノさま。こちらにおられましたか。お茶会の用意ができました」
アドリアンネを呼びに来た使用人に、アドリアンネは微笑みながら頷く。
ありがとうという意味を込めたのだが、向こうに伝わっているかはわからない。
まだ魅入っているシェーノの手を引いて、アドリアンネは、呼びに来た使用人の案内に従い、セッティングしてくれた場所へと向かった。
急だったため、少し簡潔にはなっているものの、ちゃんと二人分のティーカップと茶菓子が用意されている。
(こういうときのために取っておいてくれたものよね)
貴族ではほとんどないが、やはり突然の訪問というのはないことはない。そのため、突然の来客に備えて、茶菓子は少ないながらも常備してある。
今回用意されているのは、日持ちするものばかりなので、そこから用意してくれたのだと、ありがたい気持ちになった。
アドリアンネが席に着くと、それに習うようにシェーノも向かい側に座る。
そのタイミングを見計らったかのように、使用人はお茶を淹れる。
(さて、王子のことだったわよね)
シェーノも、ここに来ると自分の質問のことを思い出したのか、景色を見ていたときとは違う光が瞳に宿っている。
そこまで期待されると、シェーノの期待を裏切ってしまってはいけないような気持ちになってしまう。
失礼なことを話したりするつもりはもちろんないが、物語に出てくるような王子さまらしいことを語らなければならないのではないかと、アドリアンネはその場の空気で察した。
『クーファ殿下はお会いしていないからわからないけど、セルネス殿下はとてもお優しい方ですよ』
「どんなところが優しいの?」
当然ながら、そこが気になるシェーノは、純粋な思いで質問を投げかける。
『私が少し失態をしてしまったことがあるのだけど、それを笑顔で許してくれたり、私のことを魅力的だと褒めてくれたりもしました』
思い返すと、アドリアンネは少し顔が赤くなる。
あのときは、緊張していて、あまり深くは考えていなかったものの、アドリアンネは魅力的だとか、そんな風に言われたことはなかった。
あるとするならば、欠落者と呼ばれていたらしいことくらい。
さすがに、伯爵家に面と向かってそんなことを言う存在はいない。だが、社交界は真偽不明の噂などはいくらでもあるような場所だ。
アドリアンネも、いくつか聞いたことがある。
その中に、自分のことだろうと思う話もいくつかあった。
あの伯爵家は、他に子どもがいないから婿を取るはずだ。あの伯爵家に婿に行くのは、相当な物好きか金目当てしかいない。などという話。
いくら世情に疎いアドリアンネでも当時、娘だけで跡取りがいないとされた伯爵家は、ワーズソウルだけだった。
だから、この言葉は、自分が世間からどう思われているのか、再確認させられていた。
「……姉さま?どうしたの?」
シェーノが心配そうに尋ねてきたので、アドリアンネは、なんでもないというように、小さく首を振る。
「……そっか。それで、姉さま。聞きたいことがあるんだけど……」
「……?」
王子のことがもっと聞きたいのならば、改めて聞く必要はない。
ならば、何を聞きたいというのか、アドリアンネにはわからなかった。
「……姉さまって、王子さまのこと、好きなの?」
「ーーっ!?」
ふと、シワだらけになったドレスを見た。
(シエナが見たら悲鳴をあげるわね)
シエナが悲鳴をあげる様子は見てみたい気もするが、見てみたくない気もした。
だからと言って、ドレスを着替えようにも、アドリアンネは着方なんてよくわからない。着せてもらうのが当たり前だったから。
(呼ぶしかないのかしら)
アドリアンネは、いつも置いてあるベルのほうへと視線を向ける。
いつもなら、了承や否定を示したりするときに使うのだが、本来は使用人が必要になったときに呼び出すために使うもの。アドリアンネが本来の使い方をしていなかっただけだ。
少し悩んだが、呼ばなかったら何もできないと思い、アドリアンネはベルを鳴らす。
数分後、一人の使用人がやってきた。
(ミィナだわ。珍しいのね)
彼女は数少ないと言っては失礼かもしれないが、あまりアドリアンネのことを恐れる素振りを見せない人だった。
ただ、シエナからは勤務態度に問題があるからという理由で、滅多なことでもない限りは、アドリアンネの世話には回されなかった。
「アドリアンネさま、どう……服を着替えたいんですね」
どうして呼んだのか聞こうとしたのだろうが、アドリアンネの服装を見てすべて察したようだった。
ミィナは慣れた手つきでドレスルームから替えのドレスを用意し、着替えさせる。
その間は、両手を満足に使えないため、アドリアンネは黙っているしかなく、着替えの間は沈黙が続いていた。
この着替えの間の沈黙が、いつもなら大したことないはずなのに、やけに長く感じていた。決して、ミィナが手慣れていないというわけではないというのに。
「アドリアンネさまも気をつけてくださいよ?シエナさまが来ていたら、屋敷中に悲鳴が響き渡っていたんですからね!」
ミィナの注意に、アドリアンネは頷くことしかできない。
何も否定できなかったし、眠ってしまったことは、完全にアドリアンネに落ち度があるからだ。
「髪も崩れているので、パパッと直しちゃいましょっか!」
ミィナの言動は、マナーに厳しいものが見たら、無礼なものだ。
屋敷に仕える者としては、その屋敷の主や血縁者には、どんなときでも丁寧に接しなければならない。
ミィナの言葉遣いは、お世辞にも丁寧に接しているとは言いがたかった。でも、アドリアンネは無礼だとは微塵にも感じない。
(これくらいの距離感で接してくれるのはありがたいわ)
異能の関係上、避けられることが多いアドリアンネは、この距離感が心地よく感じていた。
「これで見た目はよくなったと思いますよ!シエナさまも悲鳴をあげないはずです!」
ミィナの言葉に、アドリアンネは苦笑いしかできない。
(私に対しての悲鳴はあげないとしても、あなたにたいしての怒声ならありそうだわ)
そう思ったものの、当然ながら声には出さずに、心の中に仕舞っておいた。
◇◇◇
アドリアンネが気分転換に廊下を歩いていると、何やら視線のようなものを感じる。
アドリアンネが歩みを止めて、くるっと振り返ると、何かが壁に隠れたように見えた。
また前を見て歩き始めると、また視線を感じる。今度は止まらずに、振り返ってみると、一瞬だけ目が合ったような気がした。
でも、すぐに隠れてしまう。
(今のは、シェーノさん……よね?)
アドリアンネは、シェーノらしき人物が隠れた場所へと向かい、そこを覗いてみる。
すると、小さくうずくまっているシェーノが、アドリアンネを見上げるように視線を合わせてきた。
アドリアンネはその場にしゃがんで視線を合わせて、紙を見せる。
『どうしたのですか?』
アドリアンネがそう尋ねてみるも、何も返事は返ってこない。
そのままお互いに見つめ合っていると、やっと返事が返ってきた。
「……ね、姉さまを……見てたの」
『私を?どうして?』
アドリアンネは首を少しかしげながらも、そう書いて聞いてみる。
「お、王子さまに会ったって聞いて……どんな人なのかなって思って……」
少し照れた様子で、理由を説明してくれる。
シェーノの様子に、アドリアンネは思わず笑みが溢れてしまう。
『それなら、庭園でお茶会でもしながらお話しましょうか』
アドリアンネがそう提案すると、シェーノの瞳に光が宿る。
アドリアンネは近くの使用人に庭に茶会のセッティングをするように頼み、シェーノを連れて庭園へと向かう。
すぐに向かっても準備ができていないかもしれないので、少し庭園を見ながらゆっくりと向かう。
「きれい……!」
おそらくは無意識に、シェーノが庭を見てそう言う。
アドリアンネからすれば、一度あの城のきれいな庭を見てしまっているので、そんなにきれい?と思ってしまう。
あの城の庭を見たあとでは、ここの景色は少し色褪せて見えてしまう。
少しぐるぐると見て回ったが、やはり色褪せている。
(やっぱり、物足りなく感じてしまうわ。でも、お城と比べるのも失礼よね)
王城は、一流の職人に頼んで、草の一つ一つ、細部まで徹底的にこだわり抜いているからこそ、あのような美しい光景を目にすることができる。
職人としての技術の差や人数の差もあるのに、並べると考えるほうが浅はかというもの。
「アドリアンネさま。シェーノさま。こちらにおられましたか。お茶会の用意ができました」
アドリアンネを呼びに来た使用人に、アドリアンネは微笑みながら頷く。
ありがとうという意味を込めたのだが、向こうに伝わっているかはわからない。
まだ魅入っているシェーノの手を引いて、アドリアンネは、呼びに来た使用人の案内に従い、セッティングしてくれた場所へと向かった。
急だったため、少し簡潔にはなっているものの、ちゃんと二人分のティーカップと茶菓子が用意されている。
(こういうときのために取っておいてくれたものよね)
貴族ではほとんどないが、やはり突然の訪問というのはないことはない。そのため、突然の来客に備えて、茶菓子は少ないながらも常備してある。
今回用意されているのは、日持ちするものばかりなので、そこから用意してくれたのだと、ありがたい気持ちになった。
アドリアンネが席に着くと、それに習うようにシェーノも向かい側に座る。
そのタイミングを見計らったかのように、使用人はお茶を淹れる。
(さて、王子のことだったわよね)
シェーノも、ここに来ると自分の質問のことを思い出したのか、景色を見ていたときとは違う光が瞳に宿っている。
そこまで期待されると、シェーノの期待を裏切ってしまってはいけないような気持ちになってしまう。
失礼なことを話したりするつもりはもちろんないが、物語に出てくるような王子さまらしいことを語らなければならないのではないかと、アドリアンネはその場の空気で察した。
『クーファ殿下はお会いしていないからわからないけど、セルネス殿下はとてもお優しい方ですよ』
「どんなところが優しいの?」
当然ながら、そこが気になるシェーノは、純粋な思いで質問を投げかける。
『私が少し失態をしてしまったことがあるのだけど、それを笑顔で許してくれたり、私のことを魅力的だと褒めてくれたりもしました』
思い返すと、アドリアンネは少し顔が赤くなる。
あのときは、緊張していて、あまり深くは考えていなかったものの、アドリアンネは魅力的だとか、そんな風に言われたことはなかった。
あるとするならば、欠落者と呼ばれていたらしいことくらい。
さすがに、伯爵家に面と向かってそんなことを言う存在はいない。だが、社交界は真偽不明の噂などはいくらでもあるような場所だ。
アドリアンネも、いくつか聞いたことがある。
その中に、自分のことだろうと思う話もいくつかあった。
あの伯爵家は、他に子どもがいないから婿を取るはずだ。あの伯爵家に婿に行くのは、相当な物好きか金目当てしかいない。などという話。
いくら世情に疎いアドリアンネでも当時、娘だけで跡取りがいないとされた伯爵家は、ワーズソウルだけだった。
だから、この言葉は、自分が世間からどう思われているのか、再確認させられていた。
「……姉さま?どうしたの?」
シェーノが心配そうに尋ねてきたので、アドリアンネは、なんでもないというように、小さく首を振る。
「……そっか。それで、姉さま。聞きたいことがあるんだけど……」
「……?」
王子のことがもっと聞きたいのならば、改めて聞く必要はない。
ならば、何を聞きたいというのか、アドリアンネにはわからなかった。
「……姉さまって、王子さまのこと、好きなの?」
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