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幼少期

12 生誕パーティー 1

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 一ヶ月後、アドリアンネは、セルネスから送られたドレスを着て、パーティーの用意をしていた。
 セルネスが迎えに来るはずなので、着替えてしまったら、時間が来るまではアドリアンネは何もすることがない。

(そういえば、お母さまも行くというのが意外だったなぁ……)

 フィオリアは、普段は体調不良という体で休んでいるというのに、今日は昨日まで咳き込んでいたというのに行くと言い張っていた。
 表向きでは、ジュードとシェーノのデビューのためと言っていたが、それが本当の理由ではないようにアドリアンネは感じていた。

(それにしてもこのドレス、いくらしたのかしら……)

 肌触りからして、おそらくはインシェン王国のシルク製。
 名ばかりの伯爵令嬢だったアドリアンネにとっては、手なんて届くはずがなかった高級品だ。
 その中でも、染料が少ないため、高貴な色とされている少し暗めの紺色の生地。その生地に、白い糸で刺繍がしてある、夜空のようなドレスだった。
 そして、おそらくは気遣ってくれたのであろう、ペンと紙を入れるようなポケットまでついている。
 妖艶な女性が着そうな感じではありながらも、子どもが着ても違和感のないようなデザイン。

(絶対に汚せないわ……)

 贈られたものなので、もうアドリアンネのもの同然なのだが、美しすぎて、汚すことなんて絶対にできなかった。
 汚したら申し訳なさ過ぎて、無礼であるとわかっていても、自分から婚約解消してしまうだろう。

「アドリアンネさま、お時間でございます」

 コンコンとノックする音が聞こえてから、扉の向こうからそう声がする。
 それは、ずっと聞き慣れたシエナの声だとすぐにわかった。
 アドリアンネは、深く深呼吸してから、ドアのほうに歩き出した。

◇◇◇

 屋敷の玄関から出ると、王族らしいきらびやかさはありながらも、不快感などはまったく与えない馬車が止まっている。
 その馬車の扉の前には、正装をしたセルネスがいた。
 アドリアンネは、セルネスにカーテシーをする。

「アドリアンネ嬢は真面目な方ですね。頭をあげてください」

 そう言われて頭をあげたアドリアンネが見たのは、少し苦笑しているセルネスだった。
 何か失礼なことでもしたかとアドリアンネが先程までの言動を思い返そうとしたとき、アドリアンネの右手に何かが触れる。

「アドリアンネ嬢。私にあなたをエスコートする栄誉をくださいますか」

 そう言うセルネスの周りには、鮮やかなバラが咲き誇っているように見えた。
 アドリアンネは、それに、静かに微笑みを返した。

◇◇◇

 馬車の中。
 アドリアンネは、大事なことに気がついた。

(紙がない……!)

 ペンはきちんと持ってきていたのに、なぜか紙がない。
 今までの行動を思い返すと、ペンはすんなりと入れていたのに、紙だけ机の上に置きっぱなしだった。

「……アドリアンネ嬢。どうかしましたか?」

 セルネスがそう聞いてきたので、アドリアンネは指を四角になるように動かして、紙がないことを伝える。

「……紙を忘れてきたのですか?」

 セルネスの質問に、アドリアンネは何度も頷く。
 そして、申し訳なさでどんどんと小さくなっていった。

「それくらいでしたら、王宮に着いたら用意させますよ。なので、そんなに落ち込まないでください」

 アドリアンネは、セルネスが光り輝いているように見えた。
 そして、今度はありがとうという意味を込めて、何度も頷いた。

◇◇◇

 パーティー会場である王城の大広間に着き、セルネスのエスコートでアドリアンネは馬車を降りる。

「では、まずは紙を貰ってきましょうか。少し待っててください」

 セルネスは、近くにいる侍従に声をかける。
 そして、紙をアドリアンネに持ってくるように命ずると、アドリアンネの元に戻ってきた。

「すぐに持ってくるそうですから、ここで待っていましょうか」

 セルネスにエスコートされ、庭に置いてあるベンチへと腰かける。

「この後、兄上にご挨拶しますが、面識はありますか?」

 セルネスの質問に、アドリアンネは首を振る。

(ミレージュさまにはお会いしたけど……)

 心の中で、そう付け足して。

「……では、ミレージュ嬢のほうは?」

 心の中でも読んだのかというタイミングでのその問いに、アドリアンネは驚愕する。
 アドリアンネがじーっと見ていると、セルネスが弁明する。

「ミレージュ嬢はよく社交界に顔を出しているので、アドリアンネ嬢もお会いしているかと思ったのですが……失礼でしたか?」

 セルネスの言葉に、アドリアンネは首を横に振る。

「こう言っては失礼ですが、ミレージュ嬢は、兄上のこととなると、少し……というところがありますので、兄上がいないところではどうなのかと思いまして」

 セルネスの言葉を聞いて、アドリアンネはミレージュに会ったときのことを思い出した。
 確かに、あのときのミレージュはクーファに夢中で、アドリアンネも、クーファには関わらないほうがいいと本能的に感じていた。
 なぜか、セルネスと目を合わせることができずに、アドリアンネはそっと目を反らす。

「……なんとなくわかりました。ミレージュ嬢は、兄上に近づこうとする者には少し過激な部分がありますので、注意してくださいね」

 アドリアンネは、それに何も返せなかった。
 笑みも向けられず、すぐさま否定もできなかった。

(そんなに悪い方とは思えなかったけど……)

 アドリアンネはそう思ってはいるが、他の人から見たら違うのかもしれないと思って、否定ができない。

「……アドリアンネ嬢ーー」

 セルネスがアドリアンネに声をかけようとしたタイミングで、侍従が紙を持ってくる。
 必然的に会場入りしなければならなくなり、セルネスが言葉を続けることはなかった。

「それでは、会場に入りましょうか」

 アドリアンネは、それに静かに頷いた。
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