小さなお姫様と小さな兎

砂臥 環

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シャルロッテへの隠し事

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レオンハルトがシャルロッテと仲良くしているのは事実で、それはあまりにも距離が近い。

しかしふたりは紛れもなく清い関係だった。

「シャルロッテ、レオンハルト殿下はお姉様の婚約者なのよ! 甘えるのはお止めなさい、とあれ程言っているでしょう」
「私も殿下も適切な距離を保っているわ。 殿下が仲良くしてくださっているのは私が義妹になるからよ」

ふたりとも両親が多少強く注意しているが、そう言われてしまえばどうにもならない。
たとえふたりの空気が醸す空気が恋人のようであって、距離感がおかしく感じられるにしても、不貞の事実はないのだ。

ふたりは人目を憚らず会ったりはしているけれど、逆に密室になるようなところには決して行かなかった。
空き教室のような小部屋や、街への散策などもしているけれど、そういう時は必ずシャルロッテとレオンハルト双方の友人も連れて行く。

偶然手が触れ合うような時もすぐに離すし、場合によってはエスコートすることもあるが『そういう場所だ』と言われてしまえばそれ以上のことを言うのは難しい。

そしてふたりとも、勉学や生徒会の仕事を疎かにしていないのが大きかった。
シャルロッテが『勉強を教わっている』というのは事実であり、レオンハルトもまた『復習がてら』と言うだけあって成績は共に上位。
学園での行事も協力し恙無く成功しており、ふたりの評判はいい。

だからこそ良くなかった。
ギルベルタの立場的には。

『貴女はお姉様のことが心配ではないの?』

あまりにも悪びれないシャルロッテに、カサンドラはいつもそう詰りたいのをぐっと堪える。

ふたりの娘──特にシャルロッテに対し、カサンドラはどう接していいのかわからずにいた。

なにしろ、シャルロッテにも真実を話すことが未だにできていないのだ。
ギュンターの懸念がもっともだったのもあるが、年齢がある程度いったら話すつもりでいたというのに。

だが、それにもやはり理由はあった。




──七年前のギルベルタの誕生日が過ぎた後のこと。
当日こそ泣き止まず大変だったシャルロッテの我儘は、すっかりなりを潜めていた。

だが何故か元気がなく、様子もおかしい。
そして頻繁にレオンハルトの容態を心配し、不安げに聞いてくる。

シャルロッテのレオンハルトへの気持ちが仮に、成長し思い返して『初恋だった』と感じるようなモノだったとしても、当時7歳のシャルロッテにその自覚といったモノはそれまで見られなかった。
素敵な王子様が姉の婚約者になったことを『狡い』とは言ってはいたけれど、カサンドラの「あら、お姉様と結婚したら、素敵な王子様が貴女の素敵なお義兄様になるのよ?」という言葉に素直に納得し、喜んでいた程だ。

カサンドラがさりげなく理由を尋ねると、シャルロッテは堰を切らしたように泣き出し、たどたどしく語り出した。

それを聞いたカサンドラは青ざめ、とても動揺せざるを得なかった。


フロリアンのことを納得しておらず不満だったシャルロッテは、レオンハルトに手紙で告げ口したのだという。
彼の怒りを買って、怒られればいい……そう思って。

──『お姉様はレオ様という素敵な婚約者がいるのに、ウサギの男の子とばかり仲良くしているんです』、と。


レオンハルトが何故、禁忌の花を詰むに至ったのかを、ハッキリと理解した。

シャルロッテの手紙のせい──

だがこんなことを今更、王家の人間に言うわけにはいかない。

カサンドラもいたのだ。
ギュンターがギルベルタを守る為に、厳しい発言を国王夫妻に突き付けた場に。
むしろ、絶対に知られてはならない。

手紙が誰かに見つからないことを祈りながら、シャルロッテにはきつく口止めをした。幸か不幸か行動を見るに、シャルロッテは自分の軽率な行為で起こったことだと理解し恐怖している。誰かに漏らすことはないだろう。

ギュンターに相談しなければ、と急いでこのことを知らせると、彼も同じ結論に至った。

そして──

「こうなると、シャルロッテにはなにも話さない方がいいだろう……」
「……」

ギュンターはそう言う。
彼なりに姉妹のことを思っての結論なのは、カサンドラもわかっている。

姉の人生を狂わせた、と考えてもおかしくないことをしたのだ。

だが果たして、7歳のあの子にそこまで考えられるだろうか。
きちんと話し、自分がしたことでどうなったのかをきっちりわからせた方がいいのでは。

なにしろギルベルタは、18を過ぎるまで表に出られないのだ。 
秘密にするということは、姉妹が会うことも叶わなくなる。

だがシャルロッテはまだ感情の制御が上手くできない。こと、姉に対しては対抗心が強く、ギルベルタへの態度から察されることは充分に考えられた。
肉体の年齢が逆になって、それが良くなるか悪くなるかもわからない。

ギルベルタの献身に感動していた国王夫妻だが、八年という月日はそれなりに長い。その中で、コトのきっかけがシャルロッテだとわかった場合でも、それまでと同じような配慮が続くとは思わない方がいいだろう。

またこの時点でレオンハルトはまだ伏せっており、今後の話し合いは進んでいない。レオンハルトの婚約者がシャルロッテに代わることも想定できた。

積極的なレオンハルトの意思ではなくとも、彼が『両親に判断を委ねる』とした場合、そうなる可能性はそれなりにある。

「……今考えても無駄だ。 まずはレオンハルト殿下の回復を待つしかない」

そう、どのみちギルベルタが『レオンハルトの希望に添う』と言った以上、彼の希望が最優先だ。




皆の心配をよそに婚約は継続され、レオンハルトはギルベルタを大切にし、数年後もそれは続いた。
様子を見たまま、結局シャルロッテになにも話すことはなかったのは、レオンハルトとギルベルタの関係がよかったから。

まさか今更シャルロッテとの婚約の可能性を再び考えることになり、先の判断を後悔することになるなど。
一年前までは、まだ誰も思っていなかった。

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